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3月 19 2020

終わらない不幸

10:49 AM ブログ

しかし、新型肺炎の影響はとどまるところを知りませんね。日本はもとより世界各国で入国拒否や入国制限だけではなく、今度は出国制限まで始まりました。

これで経済はなお一層悪くなっていくことでしょう。不幸が止まりませんね。

しかし、よく考えてみればです。

どこかの会社の連中くらい稀有な人生を歩んでいる者たちもいないでしょうね。

だってこの連中、毎日のように何か起きているようだからです。

昨日でも夕方(昼間もやたら怒っていましたが)家に帰ってきてしばらくしたら、急にです。

急に怒り出してでかい音を立てまくりです。また何か起きたなとすぐに分かりました。そうしたら夜の八時過ぎにもまた急にでかい音を立て始めて、怒りまくっています。

もう癌になる人が止まらないのでしょう。しかし、怖くはないのでしょうか?

毎日こんなことが起きていてです。(今日などドン引きしていますが)

たとえ毎日でなくてもです。話半分だとしても、二日にいっぺんくらいのペースで、人が次々にひどい病気になるなどということが普通起きるでしょうか?

もし、そんなことが起きているのだとしたら、これだけ稀有な人生もないのではないですか。そんな二日に一度は周りの誰かがひどい病気になっていくなど、世にも奇妙な物語くらいにしか出て来ないようなあり得ない話であるからです。

もしそんなことが本当に起きているのなら、それだけ恐ろしい話もないからです。

しかし、神理を書くのをこれだけじゃまをし(それこそ毎日のようにです)逆らい続けているのなら、そういう信じられない不幸も起きるでしょう。

それだけ神理は偉大なものであり、その流布をじゃまする行為はどれだけ罰当たりな行為か知れないからです。

それだけ偉大なものの流布をじゃまするのですから、それだけあり得ないことも起きるということです。

これだけ(ある意味、新型肺炎に負けないくらいの)すさまじいことが起きているのです。しかも、このような不幸が(この会社だけではなく)もうこの辺りなどあちこちで起きています。

似たようなことをする人がこの辺りにはたくさんいるからです。

では、似たようなことはたくさん起こりますよね。それだけ罰当たりな人が多いということであるからです。

ならもう布施くらいすればいいのにね。そうすればそんなひどい罰も当たることはないからです。

しかし、誰もそういうよい行いをしようとはせず、まったく無反省に神理を説いている私に対し同じ悪いことを(嫌がらせを)し続けています。

自分たちもその神理をきいているのにです。

正気ですか、といいたいくらいですが(それでは罰も当たります)しかし、どれだけ罰が当たったら、そういうことが、すさまじく危ない行為であると、すさまじく間違った行為であると分かるのでしょう。

どれだけ不幸が起きても、いつまでたってもそれが分からない人たちがあまりに多いからです。

そういう人たちが本当に哀れです。

そういう人たちは、そのような不幸だけでなく死後も深い地獄に堕ちていかなくてはいけなくなるからです。

その人たちの本当の不幸は死んだその後に起きるのです。地獄での苦しさはこの世の苦しさとはケタが違うからです。

だから、哀れだといっているのです。その起きている不幸は今生だけでは終わらないからです。そういう罰当たりな人たちは、その後が本番であって、生きている時だけではなく、死んだその後に本当の苦しさが待っているからです。

そういうことを理解しようとしないのです。この辺りの人たちはです。

先の苦しみなど分かろうともせず、自分が悪いことを棚に上げて逆恨みし続け、目の前に起きていることを騒いでいるだけなのです。

そういう態度では、そのような苦しみはこれからドンドン増していくだけなのにです。

神理に逆らい続けているということは、それだけ恐ろしいことであるということです。その恐ろしさを真剣に理解しないといけないのです。

そうしないと、その不幸はどれだけ大きくまた長く続くか知れないからです。

これだけ不幸が続いているのです。(もう何年にもわたりです)いい加減、恐れ理解しませんか。

この神理をです。

私は正しいことをいっているから奇跡が起き続けているのです。

しかし、この辺りの人たちは誰も私のいうことなどきかず、恐れもせず、平気で罰当たりな行為をし続けています。

だからドンドン不幸になっていくのです。

例えば、自分の体が悪いにもかかわらず、医者のいうことをきかず無視して、その医者に逆らい続けている人がいたとしたら、そういう人はどうなるのでしょうか?

当たり前のことですが、その人の体はドンドン悪くなって最後には死んでしまうでしょう。

そういう人がこの辺りにはたくさんいるということです。

私は心の医者なのであり、その心の医者が今の多くの人たちは心が悪いからそれを直さないといけないといっているにもかかわらず、それを多くの人たちは無視し続けているのです。

では、そういう人たちはどうなるのでしょうか?

そういう人たちの心はドンドン悪くなり、最後には死んでしまうということです。その悪い心は肉体までをもむしばんでいくからです。

そうして最後には、その肉体をもダメにしてしまうからです。

しかし、肉体と違い心が悪い場合はそれからが本番で、その肉体がなくなった後の心の世界で(地獄界で)そのような心が悪かった人たちは(それを直さず死んでいった人たちは)さらにひどい苦しみを長い期間受け続けなければいけなくなるということです。

心の法則と肉体の法則は違うからです。肉体は今生限りですが、心は永遠に生き続け永遠不滅であるからです。

これは本当のことなのです。だからいっているのです。

怖くはないのですか?とです。この後は、これまでとは比べものにならないほどの本当の苦しみが待っているからです。

逆に心が永遠不滅であるからそうなるのです。心が理解するまで(正しいことをです)苦しみが続くことになるのです。

心は生き通しであるからです。

だから、そのままの無反省な態度を続けるなら、苦しんで、苦しんで、苦しんで死んでいき、そうしてその苦しみは、その自分が死んだ後の(肉体をなくした後の)地獄界でさらにひどい苦しみを受けなければならなくなるということです。

もう、その地獄で苦しんでいる人たちが相当数いるのですよ。この辺りなど、ずいぶん多くの神理に逆らっていた人たちが亡くなっているはずであるからです。

そういう人たちがいま現在すさまじい苦しみを受けているということです。地獄界でです。

それでも反省はしないと、態度は変えないというのでしょうか?この辺りの(生きている)人たちはです。

そうであるなら、苦しんで死ぬだけではなく、地獄にも確実にいかなければいけなくなるのですが(そうして、その地獄で地獄の苦しみを味わうことになるのですが)しかし、そのような不幸で死んで地獄にいる人たちなど、さぞ私を恨んでいるのでしょうね。

私のせいでこんなことになったとです。

では私など、そんな恨んで死んだ人が化けて出て来たり、そういう人たちの恨みで祟られたりしてもおかしくはないはずですが、しかし、私は、そういう人たちが化けて出て来たこともなければ、そういう人たちに祟られたこともありません。

そういう不幸な人たちがどれだけ出ているのか知りませんが、私はピンピンしていますし、祟りどころか奇跡が次々に起きているのです。

そういう不幸な人たちと私ではあまりに対照的なのではないでしょうか。起きてくることがです。

もし、私が(人を病気にするなどの)そんな悪いことをしているのなら、逆に私に、この辺りの多くの人たちに起きているような不幸が起きて来ても不思議ではないはずだからです。

しかし、悪いことをしているはずの私には奇跡ばかりが起き、悪いことをしていないはずの私のブログを読んでいる人たちには悪いことばかりが起きている、どういうことでしょうか?

だから、このような起きてくることでも分かるでしょう。

どちらが悪いことをしているのかはです。

悪いことをしている方に悪いことが起きてくるのであり(それが道理でしょう)よいことをしている方には、どれだけ多くの人が逆恨みしようが、悪いことは起きないのです。

そのしていることが自分に返ってくるだけであるからです。

この世は(それはあの世も同じですが)実にシンプルです。自分が普段していることが、自分に返ってくるだけであるからです。

だから、自分がよいことをすればよいことが返って来て、悪いことをすれば悪いことが返ってくるということです。

因果応報、善因善果、悪因悪果、そのような法則は絶体であるということです。

よいことをしている人は、その自分の行いが自分自身を守るのであり、悪いことをしている人は、その自分の行いが、自分自身を不幸にするのです。

その通りのことが起きているのです。

そのような神がつくられた法則は、永遠不変(何千、何万、何億、何兆年後であろうと永遠に変わらない)であり、普遍妥当(日本であろうが、アメリカであろうが、もし他の天体に人が住んでいるのならば、その天体の人間も正しいといえる、どこでも正しく当てはまる)であるからです。

だから、そのような神がつくられた法則からは絶対に逃れられないのであり、だから私は、感謝して布施するまでは終わりませんよ、この辺りで起きている不幸は(特別この辺りだけではありませんが)といっているのです。

その神の法則に照らし合わせればそうなるからです。

だからくどいくらいいっているのです。この神理をしっかり理解しないといけないとです。

神理をしっかり理解するなら幸福になるからです。そうして、いま自分がなぜ不幸なのかもよく分かるからです。

しかし、神理を頑なに理解しようとしない人が多いのですが、それがこれほどの(多くの)不幸を呼んでいるということです。

神がつくられた法則を無視し(このブログでこれだけ書いているのに)自分本位な生活を多くの人が続けているからです。

不幸な行いを反省し、愛の行為を行わない限り、その起きている不幸も止まらないし奇跡も起きてきません。

早くそれに気づいてください。多くの人に大きな不幸が訪れる、その前にです。

2コメント

2 コメント to “終わらない不幸”

  1. ウナッシー2020/03/20 at 8:04 AM

    神の存在は有難いものであると思います。それは心からの反省が出来るからです。本当の自分を受け入れて下さるその御心は、まさに無限に拡がる大宇宙のごときであると思います。そのような環境におかれると、日々の生活においても感謝することが多くなり心も安定して全てが愛に溢れるものとなってくるのです。そんな素晴らしい人生へと誘うこの神理に縁のある方々は何故その事を欲しようとしないのか私は理解出来ないものであります。いままさに神はその手を差し伸べて下さっておられるのにです。

  2. gtskokor2020/03/20 at 11:17 AM

    その通りですね。本当にもったいない話です。これだけ救われる教えがここにあるのにです。
    それをいつまでも無視している。そういう人たちの気持ちが本当に分かりません。

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