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3月 23 2020

明智光秀の心

10:51 AM ブログ

昨日の日曜日はNHKの大河ドラマがやっているのですが、今年は明智光秀が主役のようですね。

その明智光秀が活躍した戦国時代のことを高橋先生がいわれていて、そのことを毎日新聞の記者が毎日新聞の夕刊のコラム欄に書いたことがあります。(昭和四十八、九年の頃のことです。この頃から高橋先生の名前は世間に知られるようになっていったようです。ご著書がずいぶん売れていたことと講演会での過去世の言葉を語る現象が話題となってです)

ちょっとその部分を抜粋してみましょう。

GLA誌 1974年、三月号より抜粋します。

<友人が帰依する予言者T氏(高橋先生のこと)は、ときに魂を戦国時代に遊ばせて、当時の様子をこう話してくれる。光秀の手で信長を殺させ、その光秀を自分が討って天下を取ろうとする秀吉の野望を、光秀自身は知っていた。止めようもない力が秀吉の計算どおり、歴史の歯車を動かすことも光秀は同時に感じていた。秀吉の思惑が何であれ彼にはどうでもよいことだった。いま暴君信長を殺すことは、坊主や農民などより多くの人命を救うことになる。彼は甘んじて運命に従いカチッと音を立てて歯車が動いた。『身をも惜しまじ、名をも惜しまじ』が辞世の言葉だった。「田中首相は斎藤道三の生まれ変わりだそうですよ」とT氏はニコリともしないで話を続ける。一介の油売りから身を起こした道三は刻苦勉励、奇略縦横、とうとう美濃一国の主となった。その彼が天下を望んで果たせなかったのは、一国の主となったあともまだ私利私欲にまみれ、光秀の様に天下万民の幸せに思いを寄せなかったためである。「田中さんが数百匹もコイがいるという広大な邸を、また噂にのぼる土地などを万民のために開放する。これで政府不信のムードは逆転できるんですがね」>

これだけ新型肺炎が世界に広がり、世界の混乱が激しくなると、これもまた戦国乱世のような様相を呈しているようです。(アメリカやイギリスなどこの新型肺炎との対決をもはや戦争としてとらえているのですから)

こういう時にその国の主の手腕が問われるのですが、安倍総理は明智光秀のような人物なのでしょうか?それとも斎藤道三のような人物なのでしょうか?

安倍総理が、明智光秀のような人物であるなら(身も名も惜しまず多くの人々のため暴君を討つ)多くの国民は助かっていくのでしょうが、斎藤道三のような人物であるなら(私利私欲にまみれ自分のためにしか権力を使わない)日本も他国(中国、イタリア、スペイン、イラン他)のように新型肺炎の感染者は爆発的に増え死亡者も増えていくことでしょう。

安倍総理の心の中までは分かりませんが、安倍総理が総理になられてからもデフレは続き実質賃金も下がり続けています。

とても万民のために(明智光秀のようには)総理の任を果たされているようには思えませんが、それはともかくです。

別に田中角栄元総理のように、私邸を差し出して万民のために開放しろといっているわけではないのです。

このような非常事態であるから(自分の腹を痛めるわけでもない日本の金をです)大盤振る舞いして、民を安心させてほしいといっているだけなのです。

そうであるなら三十兆円などとみみっちいことをいわず、せめてアメリカの半分くらいは出してもらい(アメリカなどこの新型肺炎に対する経済対策は二百兆ですから)イケイケドンドンでやってくれませんか。

そうすれば、多くの人々の先の見えない不安も解消されて経済も回っていくからです。

とにかくいま現在は古今未曽有の異常事態です。それぞれの国の指導者の手腕が大いに問われるところでしょう。

そのそれぞれの国の指導者の方々が皆、明智光秀のような心になって国に尽くすなら、その国は救われていきますが(国のトップがそういう心になれば神の光が降りてきますから。その国にです)斎藤道三のような心であるなら、その国にドンドン新型肺炎が広がり取り返しがつかないことになるでしょう。

その国のトップの心が、このような非常時は大いにその国に現れてくるからです。

多くの国の指導者が、このような時は(このような非常事態の時だけでもです)ぜひ、明智光秀のような心になってもらいたいものです。

そうすればその国の多くの人々が救われていくからです。

そうしてそれは国単位だけではなく、この辺りでも同じでしょう。

一人一人が明智光秀のような心になるなら救われていくのですが、いかんせんこちらの人たちなど未だ当たり前のように責任転嫁して怒りまくっています。(どこかの会社など相変わらず今日も朝からお怒りです)

お前のせいといくらいっていたところで、災いが起きて苦しんで死に、そうして地獄に堕ちていかなければいけないのは、その責任転嫁している人たちの方なのです。(残念ですが、私ではありません)

どうせ死ぬならです。少しは明智光秀を見習い、責任転嫁などするのではなく、すべて悪いことは自分で引き受け、そうして死んでいったらどうでしょう。

そのように死ぬのは哀れですが、しかし、そのような心で死んでいくのなら(悪いことは全部自分で引き受け、一切他の人のせいにはしない)その潔い心を神はすべて知っていられます。

その心が神に通じ、死後は天上界にいくことが出来るからです。

明智光秀なども死後は天上界にいき、そうして幸せに暮らしているそうですよ。いま現在でもです。

自分のことなど考えず、人のために尽くせる、そういう愛ある心が多くの人々を救い、そうして自分自身をも救うのです。

今のこの辺りの人たちとはあまりに違うのではないでしょうか。考え方です。この辺りの多くの人たちなど、自分の罪を認めたくないばかりに、その罪を全部私にかぶせて平気でいるからです。

だから、そのような人たちに次々に災いが現れるのです。そういう考え方が大間違いであるからです。

たとえ、自分の罪でなくても自分の罪として認め、責任を取れる、そういう(大きな)人物にならないといけないのに、その真逆の態度を取っているのですから(自分の罪まで人に擦り付ける)それでは罰も当たるでしょう。

それだけ姑息(こそく)で卑怯(ひきょう)な態度もないからです。

ソロソロ反省してはどうでしょう。そのような態度をです。

そういう間違った態度を反省しない限り災いは止まらないからです。

神理をきいている以上、嫌がらせなどやめて、感謝して布施しないと災いは止まりません。(こんな簡単なことを何でいつまでも出来ないのか意味が分かりません)

それをしてください。それをしない限り災いは起き続け、そうして最後には地獄に堕ちていかなければいけなくなるからです。

これは確実にそうなるのです。もうそれが嘘ではないと分かるはずです。そういい続けている私には奇跡が起き続けているからです。

奇跡が起き続けているということは、正しいことをいい続けているという証拠であるからです。

それはこの神理を無視している人たちも同じなのです。いずれそのような人たちの周りにも災いは起きて来て、そうして、そのような人たちも最後には地獄に堕ちるのです。

それだけ神理をきいていながら無視する態度など間違っているからです。

そのような地獄に堕ちたくなければ正しい態度を取ることです。地獄は自分の想像以上に苦しい場所であるからです。(別に地獄に堕ちたくなければというより、神理に対し正し態度を取ることが神の子の人間として当たり前のことなのです)

その地獄といえばです。明智光秀と違って天下人にまでなった信長や秀吉などいま現在も、その地獄にいるそうです。

いくらこの世で最高の権力者になってもです。その心が間違っていれば地獄に堕ちるのです。

今の指導者の方々も、そのことはゆめゆめお忘れなきようお願いいたします。

このような非常事態の時にはです。その指導者の方々の手腕に(心に)多くの人々の命運がかかっているからです。

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