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4月 03 2020

いつまでも神理を理解しない不幸

11:03 AM ブログ

東京の一日の新型肺炎の感染者が昨日はなんと九十七人も出たそうですね。

本当にやばいんじゃないですか。オーバーシュート(百人以上)にドンドン近づいているからです。

この調子ではいくんではないですか。(汗)だから私はいったのです。祈った方がよいとです。

そうすれば奇跡も起きてこんな危ない状況にはならなかったと思うからです。しかし、東京の(このブログを見ている)人たちは誰もやる気を見せません。

では、こうなるのも必然でしょう。もう何度も書いていますが、悪い方、悪い方へと導かれていくからです。東京も神理を無視している人が多いからです。

しかし、そうであるならです。早めに都市封鎖(ロックダウン)をした方がいいのではないでしょうか。こんな狭い国の首都で新型肺炎の感染爆発(オーバーシュート)が起きるなら、あっという間に日本中に新型肺炎が蔓延する恐れがあるからです。

それに東京で医療崩壊が起これば、それは全国に波及します。

そうであるなら(冷たい言い方になりますが)中国並に東京を封鎖しないといけないでしょう。(もう道路も封鎖して東京から出てくる人は逮捕)

東京のせいで日本中に新型肺炎が蔓延し日本中が医療崩壊を起こしてからでは遅いからです。

ですから東京の皆さん、さようなら。

……。

などということにもなりかねませんよね。この状況ではです。冗談抜きでです。

こういう(本当に本当の)ギリギリの状況になっても、外出を自粛して手洗いとうがいに精を出せばそれでいいのでしょうか?

しかし、それをしていても全国的にもドンドン感染者が増え、東京など今日にでもオーバーシュート(感染爆発・災い爆発)が起きてもおかしくはないのです。

これは皆が新型肺炎への警戒を緩めたからこうなったという人もいますが、それほど目に見えて警戒を緩めたでしょうか?東京をはじめとした全国の人々がです。

ここ数週間でも学校はずっと休みであったのだし、イベントなどもほとんど中止、そればかりか各企業でも在宅勤務に切り替えたり、工場を休止したりしているところが増えています。

警戒を緩めたどころか、逆に前より警戒しているのです。ここ数週間の日本国内はです。外国などの影響もあってです。(欧米諸国があれだけ新型肺炎が蔓延し出しているのです。それはビビります)

認めたくないからと現実を無視して逆のことをいっていても問題は解決しないのです。

現実は現実として認めるべきなのです。はっきりいえば「どれだけ警戒しても新型肺炎の感染は止まらない」とです。いくら口先でごまかしても現実は変わらないからです。

これほど危ない状況になっても、それでも神などには頼りませんか?祈っても同じだというのでしょうか?

しかし、私たち(神理を知っている者)の祈りは何度も奇跡を起こしています。

それでも無視を続けるのでしょうか。特に東京の人たちなどこの正法神理をです。

だとしたら、確実に新型肺炎のオーバーシュートは起こるでしょうね。それは予言して起きます。

今のまま神理の無視を東京の(神理を知っている)人たちがし続けるなら、確実に東京はオーバーシュートが起こります。そのように導かれていくからです。

何度も書きますが、すでにそのようなこと(オーバーシュート・災い爆発)はこちらでは起きているからです。

しかし、残念ですね。ずいぶん長くこのブログを見ている人も多いはずなのに、未だこの神理を理解しない人が多いというのはです。(ねぇ、ウナッシーさん)

どれだけ奇跡が起きたと書いても、どれだけ災いが起きたと書いても、このブログを見ている多くの人たちには届かないようです。

自分の周りにどれだけひどいことが起きて来ても、神理に頼ろうとする人も、神理を理解しようとする人も、このブログを見ている多くの人たちからは出て来ないようであるからです。

しかし、そうであるならです。ドンドンひどいことは起きてくるでしょう。何度も書きますが、こちらではすでに相当ひどいことが起きているからです。

それを止めようがないのです。こちらの人たちも私のいうことを(神理を)少しもきこうとはしないからです。

しかし、前回も書きましたが、人の意見を少しもきこうとしない人たちなど、どれだけ小さな心の持ち主か知れないのです。

そうではないでしょうか。そういう人たちは自分の考えが絶対だと思っているからです。すべてだと思っているのです。

しかし、その人がどれだけ頭がいいのかは知りませんが、たった一人の考えが、それほどのものでしょうか?

実際、そのような頭のいい人たちは、ここに書いている神のことや心のことを知っていたのでしょうか?

そういう(傲慢な)人たちがすでに自分の知っていることをわざわざ読むはずがありません。

では、その人たちは、ここに書いている神のことや心のことは知らなかったということになります。

神のことはともかくです。誰でも持っている心のことさえも、その人はまだ知らないことがたくさんあるのです。

そうであるなら他にも知らないことはたくさんあるのではないですか。

その人は自分自身も待っている心のことさえもよく知らなかったからです。

きくべきことはきくべきでしょう。もう何年もこのブログを見ているのならです。

きいた方がよいことと、きかなくてもよいことは、きき分けるべきだと私はいっているのです。

ここには(この神理の中には)非常に大事なことも書いてあるからです。他のことはともかくです。その大事な部分だけはきくべきなのです。

そういうことを何も理解しないで、読むだけは読んで後はみな流しているからよいことが起きて来ないのです。

きくべきところはきいて、きかなくてもよいところはきかない、そういう正しい判断が出来ていないからです。

だから、このブログ(神理)を見ている多くの人たちが不幸になっているのです。そういう正しい判断が出来ず、この神理に書かれた大事なことまで全部スルーしているからです。

しかし、この神理の中には、やれば幸せになることも書かれてあれば、やると天罰がくだることも書かれてあるのです。

本当にそういうことが起きているのだから、それをいつまでも理解しようとしない自分たちが悪いのです。

少し考えて分かりませんか?病気ばかりになって(中止や自粛ばかりで)何一つ出来ない、そんな世界がいいのか、それとも周りに鳥や魚たちが喜んで寄って来て心が癒され祈れば奇跡が起きる、そんな世界がいいのか、一体どちらの世界がいいのでしょうか?

神理を無視している人が多ければ最初のような世界になり、神理を実践している人が多ければ後のような世界になるということです。

それは(神理を実践している)私たちの周りで起きていることと(神理を無視している)このブログを見ている他の人たちの周りで起きていることを見比べてもらえれば分かるはずです。

その通りのことが起きているからです。

どちらにしても、神理を無視し続けるなら決していいことは起きてきません。

これだけ悪いことが(新型肺炎、激しい天変地変、すさまじい数のバッタの蝗害などなど)日本はもとより世界中で次々に起きて来ているのです。

これほどの状況であるのならです。もう神から科学からすべてのものに頼り、よい方向に向かうよう努力するしかないのではないでしょうか。

これだけひどいことがこれだけすさまじい数、起きて来ているからです。もう選り好みしている時ではないということです。

そうであるならです。科学に頼ることはもちろんですが、神に頼ることも大いにあることなのではないでしょうか。

科学だけではとても太刀打ち出来そうもないからです。これだけすさまじいことがこれだけ起きて来てはです。

しかし、どうせ神に頼るならです。本物の神に頼りませんか。その方がよほど効果があるからです。(というか、本物の神に頼るなら効果絶大です)

その本物の神の力が現れてくるのは、この正法神理だけなのです。

それをいい加減、理解して下さい。このブログをもう何年も見ている人たちはです。

追伸…なんですか。政府はマスクを配るそうですね。この非常時にです。(だからマスクなんでしょうか?)

しかし、マスクが配れるなら現金(小切手)も配れるでしょう。では、現金を配れよといいたいのですが、こういう非常時によく分からないことをしている政府などもです。

神理を実践している人たちが集団で祈れば、国民に取って一番大事なものを一番早く配ってくれるような順序もついてくるのです。

神がそのように導いてくださるからです。(だから例えば、現金や消費税を下げてくれるのがいま現在の国民に取って一番よいことなら、それをやらざるを得ないようなことが起きてくるということです。政府内〔やそれをじゃまする勢力〕などにです。前も書きましたが、新型肺炎が蔓延し出すとかそういうことがです)

だからそういう面でも必要なのです。神理を実践してくれる人たちがです。そういう人たちが心を一つにして祈ればたいがいの祈りはきかれるからです。

やりませんか。この正法神理をです。そうすればどれだけひどい状況であってもです。

必ずそのひどい状況は変わってくるからです。

このブログを見ている人たちが、少しでも早くこの神理の偉大さに気づいてくれることを願ってやみません。

2コメント

2 コメント to “いつまでも神理を理解しない不幸”

  1. ウナッシー2020/04/04 at 8:36 AM

    このご時世にあっても未だ賛同の兆しが見えないことを不思議に思います。しかしながら、私自身を振り返るとこのブログと出会えていなかったら同じ穴の貉となっていたことでしょう。その位の新型コロナの猛威には恐怖さえ感じています。若かりし頃に園頭先生の研修会へも参加し直々に指導も受け固い握手で激励もされた私でしたが、単身赴任を境に縁が途切れたのでした。その私が復縁したこのブログがあっての今は、ただただ自分の心に引かれながら歩んできたところも感じられるわけで、最近になりようやく自分自身を俯瞰てきるまでになってきたことを嬉しく思います。これもやはり、ブログを通して末法の現実を知らしめて下さっていることと感謝しております。そのくらい必携となるバイブルとなっていることは確かでございます。心付け程度のものではございますが今後とも御布施をさせて頂きますことをお伝えいたします。合掌

  2. gtskokor2020/04/04 at 9:20 AM

    それはありがとうございます。ウナッシーさんも正法に関してはいろいろ歴史があるのですね。(笑)
    それにしても困りましたね。他の人たちは、これほどのことが起きているというのに、それでも布施などしない。死んでも神理に対し布施などしない、という人たちばかりのようだからです。
    それはこちらの人たちを見ていれば分かるのですが(こちらの人たちなど、どれだけ悪いことが起きて来ても、それでも頭を下げて布施するなどという謙虚なことはしませんから。それを私のせいに〔責任転嫁〕し続け、怒りまくっているだけですから。どこの人たちも似たようなものでしょう)しかし、これはまずいですよね。
    だって、神が神理に対し感謝の布施も出来ない人たちを、そのままにしておくはずがないからです。布施するまで(感謝するまで)災いは(天罰は)現し続けるでしょうからです。
    しかし、このブログを見ている人たちは、そんな神の心など絶対に理解しようとはせず、意地でも布施などしない。
    何かいい手はないでしょうか?ウナッシーさん。

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