>>ブログトップへ

5月 25 2020

地獄の世界

10:26 AM ブログ

しかし、前回のブログなど読むとよく分かりますね。

何十年、何百年、何千年、あるいは何万年前であってもです。神理(仏法)は変わらないということがです。

そうしてこの先、何十年たとうが、何百年たとうが、何千年、何万年たとうがです。絶対に変わらないのが神理であり、変わってしまってはそれは神理ではなくなるのです。

その神理を正しく理解し実践している限り、奇跡は起き続けるのであり、心は救われ続けるのです。

その神理の極意とは「悪をつくらず、多くの善を行い、心を清くする」たったそれだけのことだというのですから、これだけ簡単で分かりやすい話もありません。(笑)

その神理を伝えられ続けていてです。何で感謝一つ出来ないのでしょう。それがまた不思議でならないのです。私などはです。

これだけ簡単な話もまたないのにです。それをするなら悪いことなど起きずに奇跡まで起きてくるのにです。

それなのに、そんな簡単な(そうして人としての当たり前の筋を通すという)行為をせずにいて、災いばかりが起きている人が多いというのですから、これもまたこれだけ不思議な話もないわけです。

何でそんなことをしているのかと、災いが起きた方がいいのかと、そうして自分は人としての筋を通さない方がいいのかと、そのように思えるからです。

だとしたら、人として相当ひねくれていますが(苦笑)こちらの人たちなど感謝しないどころか嫌がらせまでしてきます。(そしてこのブログを書くじゃままでです。今日もやってますが……そうしてまた何か起きたようですが。さっき凄い音を立てていましたから)

まったく不思議ですよね。こちらの人たちなどです。自分たちは、散々、神のことを教えられ、そうして心まで救われているのに、何でじゃまや嫌がらせなんでしょう?

そのお返しがです。

それで最近私は、嫌がらせをして来た人たちに「何で神理をきいているのに感謝もしないで嫌がらせをしているんだ。その理由をきかせてくれないか」ときいているのです。

私にはまったくその理由が分からないからです。

しかし、その理由を話してくれた人は一人としていません。なぜでしょうか?

そういうことをしている人たちの心はあまりに複雑怪奇で私には考えも及びませんが(やっていることが、人としての道をあまりに外れすぎているのでしゃべりようがないのでしょうが)しかし、そのような人たちは死ねば当然地獄に堕ちます。

そこは覚悟しておいた方がいいでしょう。そういう(大間違いな)行いをし続けていては天上界など絶対に往けないからです。

高橋先生のご著書である「人間・釈迦」に次のような場面が書かれてあります。

<コリータは、ふと今は亡き母のことを思い出した。人情の常として、他界した母親は、現在どんな世界で生活をしているのだろうと、彼もまた思うのだった。

彼は、目を閉じ、母を念じた。すると、母の生前の顔がくっきりと眼前に浮かんで来た。

「おや……母がいる。一人淋しそうにして、こちらを見ている。何を欲しがっているのだろう」

コリータは自分の眼を疑いながら、しかし、薄暗いところに立っている母をみつめていた。

場所は、コリータの家の近くのような感じだった。

母は明らかに水を欲しがっている様子だった。

そこでコリータは、その場を立って、托鉢の鉢の中に水を入れ、母親に差し出した。

ところがどうだろう、水のいっぱいはいった鉢を母親の口元まで持っていくと、どういうわけか、水が火になってしまうのだった。

コリータは何度も繰り返した。そしてなんとか母親に水を与えたいと思ったが、どうしても火に包まれてしまった。

コリータはこの疑問が解けなかった。

そこで彼は、ブッダに自分の体験を話し、そのわけをたずねた。

するとブッダは、

「コリータよ、心眼が開かれておめでとう、よく精進を続けてくれた。ところでそなたの母は、生前、バラモン種の出身で多くの信者から布施をいただきながら、他人に対して奉仕の心も行為もなく、自我が強く、虚栄に満ちていた。

母親の世界は火炎地獄である」

と、コリータの目をみつめながら静かにいった>

コリータ(大目連)の母は我が強くて虚栄に満ち、感謝の心も(奉仕の心も行為も)ありませんでした。そういう人は火炎地獄に堕ちるのですが、そういう人が多くないですか?

このブログを見ている人たちもです。(苦笑)

我が強くて虚栄で(プライドだけはやたら高い人が多いですから。このブログを見ている人もです。お前に何が分かるみたいなです。ではこのブログを読むなよといいたくなりますが。〔笑〕)感謝の心も行為もない(奉仕の心も行為もない)まさに火炎地獄に堕ちたコリータの母とそっくりです。

どちらにしてもです。もうこのブログ(神理)を書き始めて十年になります。その間、このブログを見ている人で亡くなった人もいるでしょう。年寄りもたくさんこのブログは見ているからです。

別に十年も書き続ければです。年寄りだけではなく、若くても病気で亡くなる人もいれば事故で亡くなった人もいたでしょう。十年という期間は、それなりに長いからです。

しかし、これだけはいえるのです。

この神理をただ見ていただけで、感謝一つせず亡くなっていった人たちはみな地獄に堕ちているとです。

そこは間違いないと思います。神理を知らされたのなら感謝するのは神の子の人間として当たり前のことであるからです。この世で神理を伝えられるくらいの恩はないからです。

せめてそれくらいは理解してもらいたいものです。このブログを長年見ている人たちはです。

何度もいいますが、後悔先に立たずです。地獄に堕ちてから後悔しても遅いのです。地獄は皆さんが思っているほど生易しい世界ではありません。本当にこれでもかというくらい苦しい世界なのです。

そうして本当に実在する世界でもあるのです。

傲慢で不義理な態度をし続けていれば、そのような人たちは死後は確実に地獄に堕ちていきます。

せっかく正法神理を知らされたのです。少しの実践くらい(奉仕の心で感謝の布施くらい)されてはどうでしょう。

その少しの実践が自分自身を救うからです。

追伸…今日にも新型肺炎の緊急事態宣言が全面解除されるようですね。

その新型肺炎の収束は見えてきつつあるのですが、しかし、もう経済などガタガタで第二次補正など相当出さないと(もちろん現金をです)もう持たないところ(企業)が続出でしょうね。

ところで例の政府の十万円給付なんですが、名古屋などやっと今週から郵送申請の方が始まるらしいではないですか。

今頃ですか。

まあ、行政の方もいっぱいいっぱいでそんなに早くはやりたくても出来ないのでしょうが、こういう状況を考えるとです。二重行政の無駄をなくそうなどといっていた人たち(党)がいかに間違っていたかが分かります。(というか、平時の時の目の前のことしか考えていなかったのかがです)

二重行政どころか、三重行政でも足りないくらいです。このような非常時にはです。

だから、そういう人たちもです。さすがにもうそのような短絡的な考えは反省されたと思いますが、その政府が出す十万円をです。

いらないなどという短絡的な考えの人もいるようですが(何でこれだけ経済が危機的状況にある時に十万円をもらわないのでしょう。その十万円を何かに使うなら、その分、経済的に助かる人たちがたくさんいるのにです。十万円をいらないなどという、このような考えも本当に自分のことしか考えない短絡的な考えです)もし、このブログを見ている人たちでそんな人がいるのならです。

その十万円はもらってこちらに寄付してくださいね。私はちゃんと使うからです。というか、こちらはここ数年、ほしい物も買わず、食べる物まで不自由して(ほんと最近は安い物ばかり食べています。お蔭でずいぶんやせました。〔涙〕)神理を伝え続けているからです。

いらないなら、それくらいしてくれても罰は当たらないでしょう。というか、そういうことをしないから罰も当たっているからです。

今のままただこのブログを見ているだけではみな地獄行きです。少しの奉仕の心くらい見せてはどうでしょう。

それが当たり前の人の道であるからです。

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。