6月 01 2020
徳川宗春
皆さん(特にこの辺りの)早くこの教えに帰依しましょう。そうしないと本当に危ないからです。
などと書いてもです。この辺りの人たちはそれが脅しではないと分かっていても、それでも逆らってくる人が多々います。本当に神経が分かりません。
本当に、本当にです。そのまま地獄に直行してもよいとそう思っているんでしょうか。
しかし、このままだとドンドン増えるんですけどね。コロッと逝く人がです。
怖くはないんでしょうか。この辺りの人たちはです。神も神の業もです。私ならこんな現象が起きて来たら、へへーとなるんですが(怖くて。だっていつコロッと逝くか知れないなら怖いでしょう。普通はです)こちらの人たちは平気のようです。
誰も大して態度が変わらないからです。特にこの近所はです。
前のマンションなど昨日でも平気でバシバシやっていましたし、どこかの会社の連中なども相変わらず怒っているだけだからです。
では、別にかまいませんが(こちらがコロッと逝くわけではありませんから)帰依する気がある人は(せめて布施くらいする気がある人は)そうしてください。
そういう人には危ない現象は出ないと思うからです。
前回のブログの追伸の話の続きなんですが、こちらなど十万円給付の郵送申請もまだ届きません。前回も書きましたが、あまりに給付が遅ければです。(ダントツドベではです)
もう河村市長など総理を狙う男などとは口が裂けてもいえなくなります。より以上に経済を活性化させなければいけないこのような状況の時には、真っ先に届けなくてはいけないはずだからです。
全国民への一律の現金給付などはです。
それなのに、こういう非常時に一番大事な現金を届けるのがなんと日本で一番遅いなどいい恥さらしでしょう。
それでは河村市長がかねがね口にしておられる徳川宗春にも笑われます。少しは見習ってはどうでしょう。
その徳川宗春をです。
この徳川宗春は、江戸時代の第七代尾張藩主で徳川吉宗の「享保の改革」(超がつくほどの質素倹約規制です)を批判し(いきすぎた倹約はかえって庶民を苦しめる結果となるなどとです…正論です)その逆の商業を重視した放任政策を行い、その結果、名古屋は空前の好景気となって経済を爆発的に回復させたことで有名ですが、このようなコロナ禍の影響で経済がすさまじい落ち込みをしつつある現在、この方がしたことを踏襲(とうしゅう)することこそ大事なことなのではないでしょうか。
それが分かっているはずなのに、その逆のことを河村市長が行っているなど、もう河村市長は徳川宗治の名前を口に出すのもおこがましいということになります。
それともこのような遅れは河村市長の策なのでしょうか?
わざと十万円をどこよりも遅く配り、そのおわびとして名古屋市民には名古屋からも同じく十万円の給付を行い、名古屋市民だけは今回の現金給付は二十万円とするとかのです。
そのような策があるのなら、その名前は全国にとどろき、一躍有名になるでしょう。名古屋市民をどこの地域の人たちより裕福にしたということでです。(笑)
もしかしたら、そのような深い策をお考えなのかもしれません。なにせ、河村市長は総理を狙う男などと昔から豪語されていました。そういう方が我々市民と同じ考えのわけがないからです。
私のようなただの一市民などには及びもつかない深謀遠慮(しんぼうえんりょ)があるはずだからです。
浅はかな考えで市長を批判したことを反省します。どれだけ遅くなっても楽しみに待ちましょう。十万円(名古屋だけは二十万円?)給付をです。(笑)
しかし、この徳川宗春という方はいろいろ批判されていますが(放漫〔ほうまん〕経営だのなんだのです)しかし、その著したものを見るとです。なかなかよいことが書かれてあるのです。
この宗春が記した二十一箇条からなる「温知政要」(おんちせいよう)の第一条など「大きな愛と広い寛容の心で仁徳ある政を」と書かれてありますし、第二条などは「愛に敵なし 権現様のような仁者であれ」と書かれてあり、そうしてずっといって最後の第二十一条など「『まぁええがゃぁ』が臣下に対する主君の心得・古参新参・男女等を問わず平等に深く愛情を示せ」と書かれてあり、こういうことが書けるのは心が高い証拠なのです。
この温知政要の中身を読んだわけではないので、しっかりとは分かりませんが、この二十一箇条を読むだけでも、その心の高さは分かります。これだけ愛や寛容の心、人徳、そうして平等という言葉まで出てくるのです。(この方、多分、過去世でこの正法神理を学んでいますね。だからこういう言葉が出てくるのです。江戸時代ですよ。士農工商が残っていた時代に出て来ます例えば平等などという言葉がです)
心は相当高かったのだと思います。だから、そういう方が行ったので一時にせよ、すさまじく繁栄したのです。名古屋はです。この方の政策が正しかったからです。
しかし、所詮、名古屋単独ではその政策にも限界があります。もし、この時、徳川吉宗が享保の改革をやめて、宗春の政策に従っていたのなら、空前の好景気を吉宗以降の江戸時代の人々は体験し、もっともっと文化文明は発達していたことでしょう。
つまり明治維新はもっと早まったということです。
しかし、吉宗は超緊縮財政である享保の改革をやめようとはしませんでした。その結果、江戸時代の文化文明は停滞し、江戸時代はいま私たちが知る貧しい時代となったのです。(平和ではありましたが)
しかし、江戸時代はもっと裕福でもっと文化文明が発達した時代に実は変わることが出来たということです。
あの徳川宗春の政策に従っていればです。
その江戸時代の政策が(質素倹約が)未だに美徳といわれていますが、たしかにいきすぎた贅沢は間違っていますが、これだけコロナ禍で疲弊している時に質素倹約などしたら多くの人が餓死してしまいます。
こういう(特に経済の)非常時は徳川宗春の政策を取るべきなのです。
それこそ積極財政でガンガン金を市中に回し経済を活性化させるべきなのです。そうしないと日本は江戸時代に逆戻りしてしまうからです。
そうなりかねないほど経済的打撃は大きいからです。今回のコロナ禍でです。
だから百兆円の国債を発行しないといけないといっているのだし、一律の現金給付も大事であるといっているのです。
こういう経済が大打撃を受けている時はすべての人に金を届けないと、その金がどこでショートするか知れないからです。そのショートとしたところからどれだけ経済的被害が広がるか分からないからです。
だから急がないといけないのに、本当に名古屋市などモタモタしています。(もし名古屋が十万円給付がドベなどということになればです。切腹もんですよ河村市長)
どちらにしても、徳川宗春の政策を実践しなければいけない時がいま来ていることだけは確かなのです。
政治家の方々は、くれぐれもこのような時に、享保の改革のような政策だけは絶対にやめていただきたいとそう思う次第です。
ここでやり方を間違えるなら、日本は完全に経済的にも沈んでしまうからです。



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