7月 07 2020
神に対する正解
九州は大変な雨になっているようですね。
鹿児島、熊本に続き、昨日は福岡、佐賀、長崎にまで大雨特別警報が出たとか。(まだ継続中のようですが)本当にすさまじい雨になっています。
福岡の大牟田市なども大変な雨になりいたるところで冠水しているとのことですが、この大牟田は昔、正法会の道場があったところです。今も園頭先生がご健在で、この道場にたくさん正法会員が集まって、神理の実践をしていたのならこんなことは起きなかったのですが、そこは本当に残念です。
この大牟田の地から正法神理が消えてしまったのはです。
まあ、大牟田の地だけではありませんけどね。正法神理が消えてしまったのはです。だから、日本はこんなことになっているんですが、それにしても熊本の球磨川の氾濫はひどいですね。
多くの人が亡くなったようだからです。(今のところ四十九人の人の死亡が確認されています)
しかし、最近の熊本はひどいですね。大きな災いが連続して起きているようだからです。平成二十四年(2012年)七月の九州北部豪雨(平成二十九年七月の九州北部豪雨とはまた別)の時も凄い雨が降りましたし、その後の熊本地震(2016年、四月)でもひどい被害が出て、阿蘇山の噴火も心配です。
それに加えての今回の豪雨です。泣き面に蜂どころの騒ぎではありませんね。次々に災いが現れて来ています。最近の熊本はです。
何で熊本はこんなことになっているんでしょうか?
何かきくところによると、今の熊本知事は球磨川支流の川辺川ダムに反対して知事になった人らしいですね。
その川辺川ダムがつくられていれば、今回の球磨川の氾濫は起きなかったかもしれないのに(というより、起きなかったでしょう)今回これだけひどい氾濫が起きても、それでもまだ熊本知事はダム建設に反対であるとか。
なるほどね。こういう心の知事であるから(県民の命より自分の我の方が優先)熊本はこれだけ集中して災いが起きて来ているのでしょう。
知事の心が悪いからです。
結局、知事の心が段々悪く(我が強く)なって来ているのでしょう。だから最近の熊本は特にひどい災いが頻発するようになってきたのです。
その知事の頑なな心が現れているからです。
そんな人が知事をしているのなら、まだこれから熊本に何が起きてくるか知れません。気をつけてください。熊本の人たちはです。そういう知事を選んでいてはいつ災いが起きるか知れないからです。
この方がどれだけ立派な方なのかは知りませんが、そのような肩書だけでいつまでも知事になど選んでいると、その人の心がどう変わっているか知れません。あまりに、その地域に災いが起きて来た時は(特に大きな災いが起きた時などは)知事を代えた方がいいのです。
その知事の心で、その地域に起きてくることは変わってくるからです。知事の心がよければ大きな災いなど、その地域には起きないからです。
鹿児島も最近はずいぶん激しい雨が降ることが増えたようですが(昨日、一昨日もひどかったようですし)やはり知事が代わってからでしょう。そうなったのはです。
鹿児島は原発を稼働させてからそれほどひどい災いは起きなかったんですが、今の知事に代わって原発を止めろとかいいだしてからまたひどい雨が降りだしました。
この知事は左翼的で女性を怒鳴りつけたとか、いろいろ問題のある人のようです。
そういう人が知事になると、そういうことになるのです。その地域に災いが増えるということです。
その知事の心がその地域に現れてくるからです。
だから私は知事の心は大事ですよと常々いっているのです。あの静岡の知事もそうですが(だから今回の大雨は静岡もずいぶん降っているようですし)知事の心で、その地域に起きることは変わってくるからです。
だから正しい心の知事が、その地域に誕生すると災いも起きることがなくなり、その地域の税収も増え、その地域の住民の生活も豊かになるということです。
正しい心の知事ということはやることも正しいのですから、当然、その地域の税収も上がってくるからです。
しかし、そういう特別よい地域が(その地域に奇跡的なことが次々に起きているような)今のところ日本にはありません。
だから、特別心がきれいで正しい知事がいま現在の日本には存在していないのでしょう。
神理が拡がっていないのですからそれはそうなんでしょうが、しかし、正しい心の住民がほとんどいないのに正しい心の知事が誕生するはずがありません。まず、その地域に正しい心の人たちを増やさないと正しい心の知事も誕生しないということです。
では、ずいぶん先は長いということになります。その正しい心の人たちがいま現在の日本にはほんのわずかしかいそうもないからです。
だから、これほどの災いが日本中に起きているのです。心の正しい人が少ないからです。
しかし、今回の大雨は関東から九州にいたるところのどこに記録的な大雨が降るか分かったものではありません。それにしてものひどさです。
こういう時こそ悔い改めて心静かに神に祈られたらどうでしょう。そうしないといつ自分のところに、その大雨が降るか知れないからです。
こちらはこちらで相変わらずのひどさです。雨ももちろん降っているのですが、どこかの会社などまたコロッと逝く人が出たようです。(朝からカーンとかやってずいぶん怒っていましたから)
それでパニくっているのと、ドン引きしているのと両方いるようですが、よくこんなことが頻繁に起き出して平気で(同じような態度で)いられるものです。
そんなことをしている間に(自分や回りの誰かが)コロッと逝ってしまうかもしれないのにです。
本当に恐ろしいことです。
球磨川の氾濫を恐ろしいとかいっている人がいましたが、こちらで起きていることの方がよほど恐ろしいでしょう。予想も予報もなしに(天気はまだ予想できますから)いきなり逝ってしまうからです。
よくこの状況で普通に仕事をしていられるなと思いますが、神理を実践している私など、そのような恐ろしい現象とは真逆の現象が次々に現れています。
昨日でも午後から洗濯にいき、その間、暇だったので荒子川公園にいっていたのですが(何で最近はここによくいくのかといえば、荒子川公園までいく間に私に対しひどく怒っている会社が何社かあるのです。〔この連中も私に嫌がらせばかりしてきたものですから、相当天罰がくだっているようです〕そこの連中に辻説法がてらいっているのです)昨日は雨で荒子川公園はほとんど人がいませんでした。
それでいつも座らない屋根付きのベンチに腰を下ろして少々休んでいたのですが、そうしたらしばらくしたらすずめが一羽近くに降りて来て、私の足下まで来てチョンチョン跳ねてピィピィ鳴いています。
それでそのすずめに声をかけていたら、たちまち何羽も降りて来て十数羽のすずめが私の周りでピィピィ騒いでいました。
そうして私の周りにはすずめだけではなく、カラスやムクドリまで飛び回り、何か名古屋にいるのではなく森の中に一人(荒子川公園は緑が多いですから)鳥たちと戯れているようでずいぶん癒されました。
雨も降っていて何か幻想的な雰囲気でしたね。前の荒子川から急に鳴き声がきこえて来て(キキーとかいうです)川を見ると二羽の小さな水鳥がいて、その水鳥たちの鳴き声も加わってです。(笑)
いま現在、日本中に大雨が降っていてあちこちに大きな被害が出て、コロッと逝くような殺伐としたことまで起きているというのに、私の周りだけはまるで別世界のような愛ある現象があふれています。
正しいことをしている者にはちゃんと正しいことが起きてくるのです。正しいことをしている人には神はそれに必ず応えてくださるからです。
こういう現象を知れば分かるはずです。一体、どちらがしていることが正しいのかはです。
私ですか?それとも私以外の人たちなのでしょうか?
繰り返しいいますが、正しいことをしている人には神はそれに必ず応えてくれます。神に対する正解は、それは愛ある現象なのです。(もちろん不正解は災いです)
いま現在、いたるところで災いがあふれています。それは神に対し、不正解の人が多いからです。
不正解の人が多いから、悪いことがあふれているのです。
愛ある現象も災いも、それは神が神の子の人間に対する回答であるのです。
では神への正解を増やしませんか。そうすれば愛ある現象が増えてくるからです。その神への正解こそ正しいことであるからです。
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追伸…先にも書きましたが、それにしてものひどさですね。今回の大雨などです。まだこれからどれだけ降るか分かったものではないからです。
この大雨など見ても分かりませんか?自分たちの間違いがです。
例えばこの大雨に対して、どれだけストをしようが、どれだけデモをしようが、それでこの大雨が止まるわけではありません。
しかし、自分たちが心を入れ替え、反省して祈るなら、この大雨は止められるのです。雨乞いと同じように雨も祈れば止められるからです。
しかし、このブログを見ている多くの人たちは、どうしてもそれに気づきません。同じ態度を取り続け、同じ災いを受け続けているのです。
いつになったら自分たちのその間違いに気づくのですか?せっかく神理を見ているのにです。
もっと真剣に読まれたらどうでしょう。この神理をです。この神理の中には今回のような大変な災いを止める手立ても書いてあるからです。
心と行いを変え、正しい祈りをするなら、この大雨は止められます。一緒に正しい祈りをしませんか。
それにはまず正しい(愛ある)行いをしないとダメなのです。
昨日また布施をいただきました。
そのような愛ある正しい行いから、正しい祈りは始まるのです。



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