7月 14 2020
神理を無視する危なさ
九州や広島などまた激しい雨が降っているようですね。(こちらも〔岐阜など特に〕降っていますが)
広島など土砂崩れが起きて人が巻き込まれているようですが、しかし、大丈夫なんでしょうか。このブログを見ている大方の人が面白半分に見ているだけで、ブログに書かれてあることをこれだけ無視し続けていてです。
ここに書かれてあることは神理なんですが、まあ、あまり大丈夫じゃないからこれだけのことが起きているのです。
最近は小学生などもずいぶん引いています。頭を下げていく小学生も段々増えて来ました。さすがにもう分かるのでしょう。小学生であってもです。
これだけ神理を無視していては日本が危ないとです。だから神理を無視している自分たちが悪いとです。だからこんなことが起きているんだとです。
これだけ日本に災いが続いていては、このブログを見ているのであればもう誰だって分かるでしょう。
神理を無視し続ける危なさはです。
明らかにおかしいからです。これほど災いが続くのはです。そうして、その起きている災いが私のいうことと不思議と一致している。
ではもう私のいうことが正しいと認めざるを得ないでしょう。
だから、いうことが当たるのであるし、だから、私に逆らう人たちには天罰がくだっているのであるし、だから、私には奇跡が起きるのです。
ここに書いていることが本当の神理であるからです。それが本当の神の教え(神理)であるなら従わなければ災いが起きてくるのも道理であるからです。
それが小学生でも分かりだした。そうであるなら小学生とはいえ、これまでのような横柄な態度を反省せざるを得ないのでしょう。
神理の偉大さはこれまで起きた数々の奇跡を見るなら分かるはずであるからです。
またそれが分かるから態度が変わってきたのです。多くの小学生たちもです。
だから頭を下げる小学生が増えて来た。これ以上、間違った(神理に逆らう)態度を続けていては(自分だけではなく)日本が危ないと、もう小学生でも分かり始めているからです。
しかし、小学生でも分かることが、大人に分からないというのもずいぶん情けない話なのですが、そういう情けない大人たちはともかくです。
では、その気づき始めた小学生たちにいっておきます。自分のこれまでの行いは間違いであったと、悪かったと気づいて素直に反省出来る小学生は、これから私の顔を見たら頭ぐらい下げていくことです。
そういう態度を取ることが出来れば、その小学生たちは救われていくからです。
しかし、相も変わらず「悪いのはお前」と、私の顔を見れば無視するか、怒って嫌がらせをして、自分の間違いを認めないような、そんな(大人と同じような)傲慢な小学生はどこかで天罰がくだり地獄に堕ちるのです。
そういう態度は間違っているからです。
だから、不幸になりたくなければ、そういう謙虚な態度を私に対し小学生は取るべきでしょう。それが正しい態度であるからです。(正確にいうなら不幸になりたくなければというのではなく、正しい態度を取りなさいと私はいっているのです。正しい態度を取るなら、その人に災いは起きないからです)
もし、そのような小学生たちがこのブログ(神理)を読んでいるのならです。心から感謝して頭を下げるべきなのです。
これだけ有難い(巡り合うことが難しい)教えと、すでに小学生の時に巡り合えるほどの幸運もないからです。
それほど幸運であるということです。このブログを読み続けている小学生たちはです。ほぼ巡り合うことが不可能な神理と(そのことはこれまで何度書いてきたか知れません)すでに小学生の時点で巡り合っているからです。(それだけで超幸運であり、その教え〔神理〕の価値が分かって神理を読み続けている。一体どれだけ幸運なのでしょう。そのような小学生はです。それは少し大げさに書くなら、自分たちが将来、釈尊やキリストになれるかもしれない教えを小学生の時から学んでいるということになるからです。それだけ幸運な話もないのではないでしょうか)
どれだけ書いても書き足りない、それほど有難い教えである正法神理と巡り合った感謝の心は、たとえ小学生であっても、ちゃんと示さないといけないのです。
それが(私ではなく)神に対する正しい態度であるからです。
それは小学生だけではなく、中学生も、高校生も同じであるのです。このブログを見ているのなら、そういう謙虚な態度は取るべきなのです。神理を説いている私に対してです。
それは何度もいいますが、これだけ有難い教えもないのであり、それが神に対する正しい態度であるからです。(だいたい、行えば奇跡が起きてくる教えなど一体どこにあるのでしょう。この世のどこを探してもそんな教えなどないのです。その一点だけ見てもこの神理の有難さがよく分かります)
神の導きがなければ、この神理とは巡り合ってはいなかったはずであるからです。
それだけ有難い教えを伝えてもらえることは(しかも学生のうちから)これだけ有難い話もないのです。
それは、生きている間はもちろんですが自分が死んだ後、もっとよく分かることなのです。この教えと巡り合い、そうして読み続けていることがどれだけ有難いことであるのかはです。(だから死んだ後まで救われるということです。この教えを死ぬまで感謝して読むことが出来ればです)
だから、子供らは特にです。バカな(傲慢な)大人たちのマネは決してしないことです。それだけ不幸もないからです。
もう分かるでしょう。小学生でも分かるのですから、中学生や高校生はなおのこと分かるはずです。
このままでは日本が危ないとです。それはバカな大人たちのせいなのです。大人たちはそれが分かっているのに、それでもまだ神理に従おうとはしないのです。
災いが起きるのが分かっていて、それでも神理に逆らい続けているのです。
そういう愚かなことをし続けているからこういう結果が現れてくるのです。すさまじく悪い結果がです。
神理に逆らう(無視する)ということは神に逆らっていることと同じであるからです。
だからこれほどの災いも現されるのですが、しかし、それが分かっていても、それでどれだけ多くの人が(それこそあなたたちのような子供も含めたです)不幸になっても、それでも反省しない。
本当に無責任そのものなんですが、それだけ大人は頑なであるということです。それだけ心が固く小さくなっているのです。多くの大人たちはです。
そういう大人たちのマネをしていては自分たちもダメになるのです。実際ダメになっているでしょう。そういうダメ大人のマネをしている者たちはです。
それをみな私のせいにしていますが、そういういい加減な話を信じるよりもです。
奇跡が現れている私のいうことを信じることです。そうすれば自分たちもいずれ奇跡が起きてくるようになるからです。(子供らはなるでしょうね。若いうちから神理を知って少しずつでも実践していくならです)
そうして、私のいっていることを素直に行うことです。そうすれば自分たちは(バカな大人たちと違って)幸せになれるからです。
私のいうことを行うなら(ここに書かれた神理を実践していくなら)自分たちが大人になる頃には今の日本は、今ほどの災害は起きなくなり、奇跡も起きてくるような、そんな日本になるはずだからです。
神理に従う人が増えれば、もっと平和で豊かな国に日本は変わっていくのです。神がそのように導いていかれるからです。正法神理が出現したこの日本をです。
だから、せっかく学生の頃にこの神理と巡り合う幸運をいただけたのなら、この神理を信じ行うことです。
そうすれば、驚くくらい、その後の人生は変わってくるからです。
実際、その神理を実践し人生が大きく変わった正しい大人もいます。(ウナッシーさんです。この方、すでに五十を過ぎています)
大人でも変わるのです。では、これから長い人生を歩むことになる学生らが何で変わらないことがありましょう。
学生のうちから神理を実践するなら、大きく自分の人生は(運命は)変わるのです。すさまじいくらいよい方にです。(神理に逆らったばかりにすさまじいくらい悪い方に人生が変わった人たちがたくさんいます。では従うならどれだけよい方に変わるか知れないのです)
もう日本が滅びかけています。ダメな大人たちがダメなことをし続けているからです。
このままダメな(いつまでも神を信じない)大人に任せていては日本はつぶれてしまいます。(神による天罰によってです)
せめて学生たちから信じませんか。私のいうことを(神理を)です。
そうすれば、神はその学生たちの心をくんでくださり、日本に起きる災いも(天罰も)和らいでいくことになるからです。
とにかく今のままでは日本は確実にダメになります。あまりに神の心に逆らう人たちが多いからです。
学生たちからまず信じませんか。この神理をです。
そういう人たちが出て来ない限り、日本に起きている災いは(天罰は)増えることはあっても決して減ることはないからです。



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