7月 17 2020
現代人の傲慢で愚かな考え
昨日は久しぶりに朝から出ていったのですが呆れましたね。
何に呆れたかといえば、これほどの状況になっているというのに、態度が変わらない人が多かったからです。
昨日は東山動物園にいって、帰りは辻説法がてら歩いて帰って来たのですが(帰り道は五時間の道のりです。東山から家まで二十キロくらいありますから)行きは東山動物園まで地下鉄でいったのですが、地下鉄の中がずいぶん静かだったのです。
あれだけ静かに電車に乗れたのは久しぶりだったので(私がブログを書く前の頃のようでした。〔笑〕)さすがにみな態度が変わって来たのかなと、これはもうこの神理に帰依するしかないと多くの人たちが思い始めたのかなと、勝手にそう思っていたのですが、東山動物園についたら、何が何がスタッフから工事している連中から全然変わりません。相変らず人の顔を見れば嫌がらせです。
こりゃダメだわと思って、ガンガン東山の連中にはいって(辻説法をして)いたのですが、来ている客は引いている人が結構多かったですね。やはり前とは違ってきたのではないでしょうか。ある程度の人たちはです。
しかし、低レベルの人たちは全然変わりません。その後の五時間かけて辻説法をしながらの帰り道はほとほと疲れました。そういう低レベルの人が多かったからです。
もう何をいってもきこうとしないのです。とにかく「お前が悪い」という態度でガンガン嫌がらせをしてくるところ(工事現場など)がたくさんありました。
しかしまあ、工事現場の連中と運転手連中はほんと変わりませんね。どれだけ罰が当たっても絶対に引こうとはしないからです。
本当に神の業を恐れようとしない傲慢な連中です。(まあ、全員ではないのでしょうが)しかし怖くはないのでしょうか。この連中は神の業がです。
もう天罰のレベルが相当違って来ています。(この辺りはもちろんですが日本全体を見てもです)いつまでも頭を下げようとしなければ滅ぼされるのです。もう少し謙虚になってはどうでしょう。
すでに多くの傲慢不遜な人たちが滅ぼされているからです。
何度もいいますが、こちらが悪いのに頭を下げろといっているわけではないのです。(これも何度も書きますが、その罰が当たっている理由は、自分たちが神理を知らされているにもかかわらず、それにまったく感謝もしないで一方的に嫌がらせをしていることだからです)そちらが悪いから、反省して頭を下げろといっているだけなのです。
しかしそれでもそれを頑として認めず、私に罪を擦りつけ続け罪をつくり続けています。これでは災いが止まるわけがないでしょう。
だから現代人は愚かだと私はいうのです。これだけ傲慢で愚かな考えの人たちもそうはいないからです。
よく考えてみてください(これももう何度いっているかしれませんが)私が力ずくで何かやっているわけではないのです。(例えば、他の人たちのように力ずくで嫌がらせなどです)自然に悪いことが起きてくるのです。
そういう無反省の人たちの周りにです。
そうしてそれは日本に起きていることも同じで、誰かが、何かを力ずくでやっているわけではなく、勝手に悪いことが次々に起きて来て、そうして多くの人が不幸になっているのです。
分かりませんか。この意味がです。こういうことが、ただの偶然で(あるいは私のせいで)起きるのかといっているのです。偶然にしては起きすぎでしょうといっているのです。
だから昔の人たちは、そのような大きな力を恐れたのです。誰かが(人が)何かをしているのではなく、勝手に悪いことが次々に起きて来て(例えばそれが天変地変だったり、病〔疫病〕だったり)そうして多くの人たちが滅びていくからです。
だから、それを神の力として、目に見えない神を恐れ、その目に見えない力に対し、多くの恐れを抱いて自分たちの行いを反省したのです。
すると、そのような災いは不思議と起きなくなっていったからです。
だから、それを神だと認識し、あまりに悪いことが起きると自然とそういう考えが出て来て(自分たちが悪かったというです)みな心と行いを変えたのです。昔の人たちはです。
そうすることで多くの禍はおさまっていったからです。
それが正解だったのです。そのような目に見えない力と意志は本当に存在し、そうすることが(自分たちの心と行いを反省することが)その禍を止める唯一の方法であったからです。
ところが現代の人たちはどうやってもそれを信じません。それこそ死んでもです。
そういうものはすべて偶然の産物であり、災いは時間がたてば終わるのであると勝手にそう思い込んでいるのです。これだけ災いが長くたくさん起きているにもかかわらずです。
それでもまだ分からないようです。そのような考えは実は大ハズレな考えであるということがです。
それが大ハズレな考えであるとこちらの人たちは少し気づいて来ましたが(災いが偶然ではないということだけはです。しかしそれを私のせいにしています。それは別な意味で大ハズレですが)しかし、まだ多くの人たちがそれに気づいていません。
または気づいているのに、とぼけているようですが、それがために災いは終わることなく続き(また、今日あたりから大雨が降るんでしょう。最悪ですね)まだこれからさらにひどくなるでしょう。
そのような大ハズレな(またはとぼけるなどという残念な)考えを反省しない限り、その災いは止まらないからです。
神など存在しないし、災いは偶然起きているだけで時間がたてば止まるなどという傲慢で愚かな考えが、現代にこれだけ多くの災いを現しているということを早く理解しないといけないのです。
そうしないと、この災いまはまだこれからどれだけ増えるか知れないからです。
実際、大雨だけではなく新型コロナの感染もまた増えて来ました。
これもまた怖いですよね。こんな感じでドンドン増え出したら、感染者がどれだけ増えていくか知れないからです。この新型コロナはまだはっきり症状が分かっていません。今回の感染者は重症者が少ないからと軽く見ないことです。
一度このコロナに感染したら、いつ治るか知れないのだし(治ったと思ってもまた復活したり)後遺症のひどい人もいるようだからです。
このような得体の知れない疫病などならない方がいいのです。
こういう天変地変や疫病などまさに神に逆らう人たちへの天罰の最たる現象です。
もういい加減、禍を私のせいにしたり、とぼけたりするということはやめにしませんか。そんな態度を続けていれば自分が滅びるだけではなく、日本全体が滅びてしまうからです。
一番分かっている人たちが(この災いの本当の原因をです)いつまでも知らないふりを続けていては、災いが止まるわけがないのです。
自分さへよければ後は知らないという、そのような小さな考えもまた現代の人たちの傲慢で愚かな考えの一つであるのです。
そのような様々な間違った考えを反省しませんか。
そういう間違いを反省しない限り日本がよくなってくることは絶対にないからです。
もし、この日本がこのままよくならなければ(災いが起き続けて滅びるようなら)その罪は本当のことを知っているのに知らないふりをして自分のことをし続けた。このブログを見ているだけの人たちにあるのです。
その大変な罪をこのブログを見ているだけの人たちはよく理解すべきなのです。
そうしないと最後に一番泣くことになるのは、このブログを見ているだけの人たちであるからです。
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追伸…これだけまた新型コロナが広がって来ているにもかかわらず、政府はGoToキャンペーンを強行ですか。(東京だけ外して)
政府は日本全国に新型コロナを広げたいのでしょうか。そうとしか思えないやり方ですね。このような強引なやり方はです。
そうではないと、経済の活性化をしなければ日本国民全員が飢え死にしてしまうではないか、ですか。(苦笑)
ほんと嘘いいなさい、他にやり方はいくらでもあるでしょう、といいたいです。そんなこと経済にシロウトの私でも分かるからです。
いくらでもあるでしょう。やり方などです。早く第三次補正予算を決めて消費税ゼロでも、粗利補償でも何でもすればいいからです。金は無尽蔵に政府は出せるからです。(出せますよね。自国通貨建ての国債などいくら出しても財政破綻などしないんですから。日本はです。中国がいい例です。ただしインフレにならない限りはという条件はつきますが)
だから、それをすればいいのです。これだけまたコロナが広がり出しているのに無理してGoToキャンペーンなどしなくてもです。
こういう異常事態です。政府は金をばらまけるだけばらまくのです。そうしないと多くの人が経済危機で滅びてしまうからです。
こういうところも現代人の愚かさの現れですよね。安全に多くの人を救える方法があるのに、危険な多くの人が救われない方法をわざわざ選んでいるからです。
日本の多くの人々が神の心を理解しないがために、日本はドンドン悪い方向に進んでしまうのです。
そのように神から導かれるからです。
しかし、多くの人がこの神理を理解し実践するならすべての面において日本はよい方向に向かいます。(例えば、経済の面でも多くの人がこの神理を理解するなら、政府が正しく金をばらまけるように皆で祈ればいいからです)
まだ、分かりませんか。この正法神理の大事さです。
このブログを見ているだけの人たちが神理の大事さに気づかない限り、日本は決してよい方向にはいかないのです。



人目の訪問者です。

こんにちは、お久しぶりです。私は日常においても気付きが多くなって参りました。それは奇跡とかではなく己が間違った心を持っているという事を気付かされ、その場で反省して祈りをする、そんな事が以前より多くなりました。でもそれは周りの方の存在がそのような順を与えて下さるのであり、そういったことも含め感謝も絶えません。さて、コロナ感染もまた増加傾向にあるなかでいよいよお役人も手を打たなくてはならなくなりましたし、国民もそれを望んでいる様子です。しかし本来、一人一人が何を為すべきかを考え行動をとるべきてあり、それがこの教えの第一歩になるのでしょう。焦らず怠らず愚直に精進してこその光明となりえる教えには、結果を早急に求めようとするこの時代の流れには、縁だけではなし得ない決意が求められるのでしょう。そういったことを考えれば、先日先生にご指南下さった言葉「行いが聖者をつくる」の重みを感じております。
頑張って下さい。