8月 04 2020
目に見えない不思議な力
もう理解されませんか。くだらない嫌がらせをし続けていることがどれだけ危ないことかをです。
私は皆さん方のように(この辺りの)力ずくで嫌がらせをしているわけではないのです。そういう私に力ずくで嫌がらせをしてくる人たちに、こちらは何もしていないのに勝手に悪いことが起きてくるのです。
そうではないでしょうか。私は私に嫌がらせをして来た人たちに、そういう人たちと同じように力ずくで嫌がらせを返しているわけではないからです。そういう私に嫌がらせをしてくる人たちの多くに不思議なことに次々に悪いことが起きてくるのです。
それをこの辺りの多くの人たちは私のせいにして怒っているのですが、よく考えてもらえませんか。そんなこと人が出来ることであるのかどうかをです。
例えば、人が人を病気にするなどのことが出来ますか。しかも次々とです。人の力を何も使わずにです。(おかしな薬など使うなら別でしょうが)
昔の人ならです。そんなことがたびたび起きて来たら、それは天罰がくだっているとすぐに理解し、自分が悪かったと素直に頭を下げたのです。
そんなことを人が起こせるわけがないと誰もが知っていたからです。そうして悪い方に天罰がくだるのが道理であるということも知っていたからです。
ところが現代の人たちは、絶対にそれを認めません。どれだけ自分たちに天罰がくだろうと、それを人の(私の)せいにし続け、それに悔しがって嫌がらせをし続けているのです。自分たちの行いはまったく反省せずにいてです。(ほんと「子供か」といいたいです)
気は確かですか。そのような目に見えない力を勝手に人のせいにして、起きていることを矮小化(わいしょうか)し、神を無視し続けているからです。
だから私はいっているのです。そういう危ないことはもうやめたらどうですかとです。
その起きていることは人の力で出来ることではないからです。私に嫌がらせなどして病気になっている人たちは、それこそ本当の天罰がくだっているからです。
もうそんなこと(本当は)誰も分かっているんですから、それを素直に認めて、そのような目に見えない不思議な力をもっと畏れて自分の行いを反省すべきなのです。
その目に見えない不思議な力こそ本当の神の力が現れているからです。
それはそうと、最近は不倫や離婚などよく話題になっていますよね。(芸能人など)
ほんとどうにかなりませんかね。そういう話題もです。ただでさへコロナ禍でめいっているのによけいめいります。そういう不幸な話題はです。
園頭先生が夫婦の在り方を正法誌に書いていられます。少々抜粋して起きましょう。
1978年十月号の婦人のページから抜粋します。
<男女は平等です。どちらも神の子の生命を生きているという点において平等です。お釈迦様もそのことを説いていられますが、キリストは、
「妻はすべてのこと夫に従え。夫たる者よ。妻を愛せよ」「夫はその妻を愛すること、己の身体を愛する如くせよ」「妻もまた、その夫を敬うべし」「夫は己みずからの身を支配する権利を持たず、その権利を持つ者は妻なり。かくの如くまた、妻は己みずからの身を支配する権利を持たず、その権利を持つ者は夫なり」と説いていられます。
キリストは、今から二千年前に生まれられたわけですが、キリストが生まれられる千五百年前、お釈迦様が生まれられる千年前から、インドアーリア民族が持っていたベェーダ聖典には「妻は夫の友である」とか、また叙事詩(じょじし)には「妻子は自分の身体である」と説かれています。お釈迦様は「この世の最上の友は誰ですか」という問いに対して「妻は最上の友である」と答えていられます。
お釈迦様やキリストが生まれられます千年も千五百年も前から、いやそれ以前から伝えられてきた真理(神理)と、お釈迦様やキリストが説かれた真理が同じであるということは、そうして、今また高橋信次先生が説かれたことが同じであるということは、真理は永遠不変であるということであります。
(中 略)
「よき師、よき友を持つことは、人生のすべてである」と、ある時お釈迦様はいわれましたが、その友の中の最上の友は、夫に取っては妻であるというのが、お釈迦様、キリストが生まれられるずっと以前から伝えられてきた真理なのです。
皆さんは夫に取って最上の友であるのでしょうか。何でもかくすことなく話し合え、助け合え、どんな時でも尊敬の念を失わず、愛し合えていられるでしょうか。
尊敬の念がお互いの中になかったら、よき友とはいえないでしょう。相手が困った時に知らぬ顔ばかりか、むしろ「いいざまだ」と思っても、よき友とはいえないでしょう。また腹を割って何でも話合いが出来ないというのでも、よき友とはいえないでしょう。
夫が順調にいっている時はいい妻であっても、何か、夫が失敗したりするとすぐに夫をなじり、夫を無能力者扱いにして憎むというようなことでは、本当のよき妻とはいえないでしょう。困った時に、よく慰め励ますことが出来てこそ、よい妻といえるのではないのでしょうか。
夫が一番ありがたいと思う妻は、自分が失敗した時にも、嫌な顔ひとつ見せずいつもとかわらぬ笑顔で「人間、誰しも失敗しないということはありえないことです。最初からまたやり直せばいいじゃないですか」といって、収入が少なくなったら、少なくなったなりで、それでも感謝してやりくりしてくれる妻であり、夫に全然収入がなくなったら、夫が勇気を回復するまで、夫に代わって家庭を支えてくれる妻です。「なにさ、これくらいの収入で、これでやっていけというの。あなた頭がどうかしてるんじゃない」などとやられたら、たいていの男は逃げだしたくなるでしょう。夫を蒸発させるのは、その奥さんにも責任があると私は思っています。
夫をくさしていて幸せになろうと思ってもそれは絶対に不可能なことです。
自分は夫に取って「よき友」であったか今月はゆっくり反省してみてください>
夫婦となるのも過去世からの深い縁のもとそうなるのであり、その縁というものもです。
また目に見えない不思議な力なのです。(まあ、だからです。夫婦はそのような深い縁があって今生夫婦になっているのですから〔そうして妻に取って夫は最上の友なのですから〕簡単に別れない方がいいということです。最近は少し何かあるとすぐに別れる夫婦がたくさんいるようですが、それでは互いの心の勉強にならないのです)
そのような不思議な力をです。もう少し畏れてはどうでしょう。そのような力は確実に存在し、私たちを導いてくださっているからです。
その力を人間の力などと誤解しているなど、どれほど愚かか知れません。
その不思議な力を畏れ敬うことです。そうすれば、そのような目に見えない不思議な力はよい方に作用してくれるからです。



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