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8月 05 2020

神理に従う大事さ

10:33 AM ブログ

前回のブログで抜粋しましたが、園頭先生が書かれた正法誌の中の婦人のページには、これまでの女性の歴史や女性としての正しい在り方がいろいろ書かれてあります。

ですから、もう少し抜粋しておきましょう。今の女性の在り方は大いに違っている部分が多いと思うからです。(苦笑)

1978年十一月号の婦人のページから抜粋します。

<永い封建政治の下で、日本の女性は忍従の生活を強いられてきた。婦人が男子と同様に平等に一人前に認められるようになったのは終戦後である。明治維新になっても婦人の地位は認められず準禁治産者として未成年者と同様に扱われ、財産権も、わが子に対する法律上の権利も、参政権もなく、夫の姦通の罪はなく、妻だけに姦通の罪があった。

明治以後の日本の婦人運動は、一人前として認められていなかった婦人が、男子と同様に一人前に認めてもらいたいという運動であった。終戦になって、さて男子と同様に政治上、法律上の権利が与えられてみると、それまでに抑圧されていた反動のせいか、男子を蔑視する風潮が起り、また、男子自身も卑屈になって「戦後強くなったのは靴下と女性である」といわれるようになった。

男女平等の教育が徹底して、家事、育児にも、男子が手伝わされるというよりもすすんでする若い男女が増えて来た。終戦後、学校教育の中で「人生の幸福は、本能即ち食欲、性欲などを満足させることにある」と教えられ、また新聞がそれを書きたてたこともあって、戦後の日本人の大部分は物質欲、食欲性欲などを満たそうとして狂奔し、精神の尊さを失ってしまった。その現れが性道徳の頽廃である。

(中  略)

日本の宗教界においては、宗教家が性の問題にふれることはタブーとされてきた。しかし敢えてここで性の問題を取り上げるのは、家庭の調和を実現する場合に、性生活を無視しては家庭の調和は成り立たないからである。自分では夫婦生活をしながら、人に説法する時だけ、人生から性生活を抜いて、きれいごとだけを説法する宗教家は、私は卑怯だと思っている。

日本青年会議所の宗教部会で私が正法の話をしたことがあった。私の話が終わったあと「祇園にいこう」とみなを誘ったのは、京都のある有名なお寺の住職であった。

性道徳の頽廃を嘆いてばかりいたのでは問題は解決しない。小、中、高校生に性道徳の大事さを教える前にしなければならないことは、大人たちの「性」に関する考え方を浄化することである。間違った宗教の影響で、日本人は永い間「性」を不潔なものとして扱って来た。仏教もキリスト教も性を罪悪視してきた。「性は尊ばれなければならない」私は声を大にして叫ぶ>

同じく十二月号の婦人のページより抜粋します。

<日本の性に関する考え方が、キリスト教の禁欲思想に影響されてきたことは大きい。キリスト教では物質と精神、肉と霊とを画然と分離して、性というものを肉に属するものとして罪悪視してきた。

この考え方は、日本従来の封建社会の中で、女性を一人前の人格者として認めなかった男尊女卑の考え方と相まって、時には女性を男性を誘惑する悪魔のようにさえみることもあった。「女は魔物である」という言葉が使われ、男性が罪を犯した時も、男性の罪は不問に付されて「犯罪の陰に女あり」と、その犯罪にかかわった女性のみが悪い者であるかのように扱われてきた。その反動として、終戦後、男女平等ということで女性の性が解放された結果、性道徳が乱れてしまった。「何とかしなければいけない」と世の職者、教育家たちは慌てている。人間を肉体だけとしか見ないお粗末な教育者は、性教育は小さい時からした方がよいと、性殖行為の図などを示して教育しているようであるが、そういうことで性教育をしたと思っているのは「哀れ」というほかはない。人間は霊的存在であることを教えないで、単に肉体的問題だけを取り上げると、子供たちはそのことだけに興味を持って、かえって性道徳を頽廃させることになる。

人間は尊ばれなければならないといいながら、その人間の中から性の問題だけを罪悪視して、触れてはならないこととして抑圧してしまうことも間違いであるが、かといって反動的に肉体的な面だけを強調することも間違いである。

女性は自らの性というものを、神が与えられた営みとして神聖視しなければならないと同時に、男性もまた女性の性の前に拝跪(はいき)して女性とともにその性を尊ばなければならない。ここにおいてその性は神が天地創造されたその真理にそったところの、神の子の霊を生む神聖な行為としてそれは喜びとなるのである。

女性の側だけにこのようなことを要求するのは酷かもしれないが、女性が、女性自らの性を尊んで、女性の立場から見ても正しい男性であることを認められない男性には、自分たちの性は許さないという毅然(きぜん)とした態度を取ったとしたら、世界の人口の半分の女性の力だけでこの世界から男性の犯罪を一掃できて世界の平和を実現できるのではないかと思っている>

園頭先生は女性の在り方をこのように書いていられます。左翼の教育者がいっていることとずいぶん違うのではないでしょうか。そのような人たちは、抜粋した中にも書かれてありますように、人間を単に肉体としか見ないからです。

神の子の神聖な存在であるとは思わないからです。

しかし、人間は神の子であると理解すると、こういう考えは変わってきます。(というか、どれだけそのような考えが低俗か分かります)すると、性行為というものの考え方も当然変わるのです。(神が天地を創造された、その神理にそった神の子の霊を生み出す神聖な行為とです)

このようにすべてのことにおいていえるのですが、神理から離れれば離れた分だけ人は(神の子の人間は)不幸になります。

ではなぜ、いま現在世界中がこれだけ不幸になっているのか、その理由も分かってもらえると思います。

多くの人たちがずいぶん神理から遠い考えでいるからです。

神理は数千年前も、数万年前も、あるいはもっと前から変わっていません。永遠不変なのです。

その永遠不変の神理に従えば、その従った分だけ幸せになり、離れれば、その離れた分だけ不幸になります。

神理に従う大事さ、少しは分かっていただけないでしょうか。

追伸…それにしても新型コロナの感染者の勢いは止まりませんね。日本だけでなく、アメリカもヨーロッパもまた再拡大しているようではないですか。

しかし、この状況で日本政府がこうも動こうとしなくては(動かざること山の如しですね。〔苦笑〕風林火山か)新型コロナの感染前にみな餓死してしまいます。

もう潰れかけているところも多いんですよね。(観光業や飲食業など特にです)それに医療関係もこれだけ急激に感染者が増えては一杯一杯だし、なんであの予備費を使わないんでしょうか?

十兆円もあるのにです。

もし、このまま日本政府が傍観を続け(口だけ出して)新型コロナが原因で多くの国民が死ぬようならです。

それは日本政府が日本国民をジェノサイド(大虐殺)したことと同じなのです。

配ってもらえませんか。困っている人たちに(政府が)いくらでも出せる現金をです。

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