12月 31 2011
年末に辺り
今年は本当に色々なことがありました。(私としましても、この日本にとってもです)
今年の漢字は「絆」が選ばれましたが、私個人としてはやはり「災」という文字でしょうか。
去年も百年に一度の異常気象と言われましたが、今年はそれを遥かに超える異常現象が起きました。
今年はすでに始めから天気が異様でした。太平洋側はまったく雨が降らないのに、日本海側は大雪になり異常な寒さが続きました。鳥インフルエンザや火山の噴火もあって、いつもの年より寒さが厳しいところにもってきて、あの東日本大震災です。
考えられないような大地震に大津波、それに福島の原発事故まで起きて、その後の大雨に異常高温、それで終わっても十分きついのに、秋には今度は史上最大と最強の台風が直撃、その後、日本企業が数多く進出しているタイにも大洪水が起きて、この冬は異様な暖かさと(十一月)異様な寒さ(十二月)となり、今年は最後の最後まで「災」に襲われた年ではなかったでしょうか。
私にも今年の中頃からでしょうか、不思議なことが起こり始めました。なんと、ここに書くこと、そして祈ったことが次々に実現していったのです。
今年の異常現象の半分くらいは私が祈ったから起きたのではないか、とさえ思えるくらいでしたが、祈りがこのような形で現象化を見せるのも、日本の誰一人、本当の神の教えを積極的に知ろうとしなかった、その結果であると思えてなりません。(来年は、私が祈れば次々によいことが実現する、そんな年にしたいものです)
しかし、これで「災」が終わったと思うのは早計でしょう。もし多くの人が、今年のような心のままでいくのであれば、来年は今年以上の「災」が起きることになります。
私が適当なことを書いていると思われますか?それともこれは脅しでしょうか?そうではありません、これは警告です。それはここに書いたことが、ことごとく起きたことでもその事実が分かります。(一つ二つまだ起きていないこともありますが)
もう日本の方々が、本当の神の心を知らなければならない時が来ているからです。心を神に向けなければならない時が、すでに来ているのです。(去年と今年はその気づきの現象が顕著に現れ始めたと、ご理解ください)
政治改革もたしかに難しいものですが、唯物無神論を何十年も何百年も信じている人たちに、神の存在を理解させ、有神論に変えさせることはもっと難しいのです。高橋、園頭両先生も、その意識改革には大変苦労され、結局、高橋先生や園頭先生の崇拝者はたくさん出てきましたが、唯物無神論を打破するまでには至りませんでした。
両先生ほどの方々でも、日本に根付いている“唯物無神論”という間違った考えを打破するまでには至らなかったのです。そうであるならば、そのような偉大な方々より遥かに劣る私が、どうしてその壁を破ることができましょう。
高橋、園頭両先生の弟子たちがことごとくダメになった現在(そのような人たちがダメだから現在も日本は唯物無神論のままなのです)私一人で何ができるでしょうか。
天はそれを十分承知していました。だから、起きたのです。去年気づけばあの程度の(それでも百年に一度という異常気象でしたが)現象で済んだのです。しかし、ほとんどの人がそれ(神の心)に気づきませんでした。それが今年のこの結果です。
これほどの結果が出ているにもかかわらず、それでもまだ気づかない、何もしないというのであれば、来年は今年以上の災いが起きる、というのも、ある意味当然なのではないでしょうか。(それは神の求める運動に気づき、それをするかどうかという意味です。自分の懐を暖めることばかりしていては、それは神の運動をしているとは全然いえません)
今年、法を知ってくださり、少しでもご協力いただけた方には感謝しますが、来年も私のブログを、ただ見ているだけ、という人が多ければ、もう神は許さないでしょう。今年以上の大災が起きても仕方がありません。(一番大事な神との約束を多くの人が違えるのですから)
そうならないために、私は私のやれることをやるだけです。このブログで警告し祈りで現象を現す。協力者がたくさん出てこなければ、私はそれ以上、為す術がありません。私はまだ発展途上であり、来年は今年以上の現象を現し、神の存在を知らしめ、心の偉大さ大事さを、より多くの人に知ってもらおうと思っています。(それには、今年のような〔地震、大雨、台風などの〕現象が出るのではなく、キリストや園頭先生がされたように、多くの人を癒す、癒しの現象を出したいものです)
しかし、そのような現象を現すには、多くの人が神の心に気づき“唯物無神論”は間違いで“唯心有神論”が正しいということを、知っていただかねばなりません。そしてそれを知られたのであれば、神の心をこの世に現す、それを多くの人が実践していかなければならないのです。(そのような心と行いがあって、初めて、神の心を知ったと神が認められるのですから)
来年がいい年でありますようにと、ただ漠然と祈っているだけでは、来年はいい年にはなりません。
来年いい年にしたいのであれば、そのような祈りはもちろんのこと、心を変え、行いを変え、自身が神の心に目覚めるしかないのです。
年明け早々にでも、そのような人々が大勢出て来てくれることを願ってやみません。この年末年始、多くの方がよくよくお考え下さり、来年こそ本当によい年(神の心が現れる)になりますよう願わずにはいられません。
今年はお世話になりました。(それでも多くの人が法を拡げてくださったことに感謝いたします)どうぞ皆様方よいお年をお迎えください。
最後に、私の祈りに応えてくださり、様々な現象を現してくださいました、神と高橋先生と園頭先生始め、多くの天上界の偉大な方々に心より感謝いたします。どうぞ来年もよろしくお願いいたします。
今年は本当にありがとうございました。



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