10月 18 2020
神理の有難さと恐ろしさ
何か大変なことになっていますね。本当に滅びるのは明らかなのではないですか。このままではです。
だって、前回ブログを書いた日のことです。あの日、ブログを書いた後、昼に大きな音がどこかの会社の方から響いて来たのでまた昼休みに何か起きたなとピンと来ました。
何か救急車の音まできこえて来たようなので、それで昼休みが終わった後、どこかの会社の連中に「何だ救急車の音もきこえていたが誰かコロッと逝ったのか」と冗談半分で声をかけたのです。
そうしたらです。何か様子が変で(怒っているような引いているような)おかしいなと思って「オイオイ、本当に誰かコロッと逝ったんじゃないだろうな」と続けて声をかけたら、怒り出しましてね。
「本当に誰かコロッと逝ったのかな?」と思って声をかけて探っていたら、どうも本当に誰かコロッと逝ったようで、それで怒りまくっているようなのです。ずいぶん腰を引きながらです。
そうして、その日の夜も怒っていたようですからね。もうどこかの会社など昼であろうと夜であろうと関係なく、何人コロッと逝っているのか分からないとそういうレベルのようなのです。(どれだけ恐ろしい話なのでしょう。本当に怖くはないのでしょうか?)
そうして、そういう恐ろしいことばかりでなくずいぶん奇妙なこともあるのです。というのも、私が歩いていると家をつくっているところがこの近辺にはいくつもあるのですが、そういうところの大工が最近はいないところがよくあるのです。
普通の日なのにですよ。それなのにつくりかけの家がそのままになっていて大工が誰もいない、どこにいっているのでしょうか? 大工連中はです。
現場をかけ持ちしていて、それで他の現場にでもいっているのでしょうか? しかし、そんなに頻繁にいきますか?家をつくりかけにしたままあちこちの現場に大工連中がです。
そういうつくりかけのままそのままになっている現場がよくあるのです。最近はです。
そんなに家をつくっている大工連中は忙しいのでしょうか?ずいぶん景気は落ちているようなのにです。
二、三日前もそうでした。ある場所とある場所の家をつくっているところの大工がいなかったのです。しかし、そのうちの一ヶ所は並びで二軒の家をつくっていて、大工もたくさんいたのです。
そこはまた私が歩いていると、特別たくさん嫌がらせをしてくるところなんですが(大工の人数が多い分)そこがです。普通の日だというのに誰も大工がいません。先週まではいたのにです。
それが二、三日前に通るとシーンとしています。もう一ヶ所のところもそうです。誰もいません。急に大工がいなくなったとそんな感じで、そういうところがあちこちにあるのです。
その日はたまたま休みだったのでしょうか? しかし、普通の日に休まないでしょう。大工連中がです。日曜日まで出て来てやっているところもあるのにです。
では他の現場にいっているんでしょうか? そんなにあちこちの現場の大工がです。
まあ、そういうところもあるのかもしれませんが、中には私に嫌がらせをし続けていて、そこで家をつくっていた大工全員に災いが現れた、というところもあるのではないでしょうか。
だから、その現場には大工がいなくなった。そこにいた大工がみな病気になってしまったからです。
それだけたくさんこの辺りには災いが現れているのだし、それに大工連中などです。何か私に嫌がらせをしてくれば、必ずその現場には災いが現れるのです。そういう確認はもう何度もしているのです。
では、そこの大工全員に災いが現れても決して不思議ではありません。だから、そういうところもあるのではないでしょうか。だから、その現場には大工がいない、皆コロッと逝ってしまったからです。
などという、そんなシャレにならないことも想像できますが、まあ、それほどの災いが一変に現れるとも思えません。(でも、どこかの会社のことを知るなら分かりませんが)しかし、このような恐ろしことや奇妙なことが、最近はこの辺りなどそこかしこで起きているということだけは確かなのです。
だから、そういう起きている事実は事実としてしっかり書いておきます。そのうえで、このブログを見ている人たちには判断してもらえばいいからです。
いつまでも神理を無視していてよいのかどうかをです。
それでもまだ無視し逆らい続けるのですか? この正法神理にです。
このような状況では、そういう態度を取っていたところで、危ないだけで一つもいいことは起きないように思うんですが、それでもそのような態度を続けるのですか? 特にこの辺りの人たちなどです。(危ないですよ。特にこの辺りの人たちなどはです。もう相当しているからです。神理に対する罰当たりなことをです)
もうこれ以上の神理の無視はしない方がいいと私は思うんですが(もうくるところまで来ているように思いますので。この辺りは)しかし、どちらにしても態度を改めない限りは何度でも現れて来ます。
恐ろしい災いはです。
だから分かるまで何度でもいいますが、昔の人たちは神理をきいたのなら皆(ほとんどの人たちが)感謝して布施してくれたのです。
それだけ昔の人たちは神理の有難さ(神理に巡り合うことの難しさ)と恐ろしさを理解していたからです。
しかし、今生はそういう人がほとんどいません。(神理の有難さと恐ろしさを理解する人はごくわずかです)だから、これほどの災いも起きているのです。
いつまでも多くの人たちが神理の有難さも恐ろしさもまるで理解しようとしないからです。
神理に逆らい無視を続けるから、こういうことになるのです。それ以外、考えられないでしょう。
これほど多くの災いが、これだけ短期間に、これだけ多くの人たちに現れてくるなどです。
だから神理を無視すればするだけ、神理に逆らえば逆らうだけ、ひどいことは起きてくるのです。それだけ罰当たりで傲慢な行いもないからです。
まあ、そんなことを書けば書くだけ、起きれば起きるだけ、反発する人がこの辺りには多いのですが、そんなバカなことをし続けていればいずれは滅ぶのです。多くの人たちがです。
そうして、神理に逆らい続けて滅ぼされた人たちが行く先の世界はより深く苦しい地獄の世界です。(普通の人たち〔普通に悪いことをして死んでいった人たち〕以上の苦しみが、その世界では待っているのです)
そこでまた苦しみ続けるのです。この世はこの世で(いつ災いが現れるかと)苦しんで、その先の世界でも(死後の世界でも)またより以上の苦しみが待っている。
本当にろくなことがありません。神理に逆らっているとです。
別にそれは脅しで書いているわけではありません。本当のことを書いているだけなのです。本当のことを書き続けているから、私には奇跡が起き続けているからです。
だから、そういう人たちが分かるまで(滅ぶまで)書き続けますが、過去の人たちがみな神理には感謝の布施をしているのに、現代の人たちだけしなくていいはずがないでしょう。
そんな態度の人ばかりならいずれ神理は説けなくなるからです。(布施が集まらなければです)
そんなことを神が許すはずがありません。だから、これほどの災いも起きてくるのです。何でこんな簡単な話をいつまでも理解出来ないのですか。(理解しようとしないのですか)
現代の人たちはです。
今日も朝から怒っている人がたくさんいますが(この辺りはもうどこかの会社だけではないようだからです。次々に不幸が起きているのはです)しかし、そのような怒る(不幸な)ことはすべてです。
すべて神理に対する態度が間違っているから起きていることであり、その態度を正さない限り、起きてくる不幸は止まらないのです。
神理に対する態度を正すだけでいくらでも起きてくることは変わります。(もちろんよい方にです)
では、変えるしかないのではないですか。この辺りなどもう滅ぼされる人が次々に現れて来ているようであるからです。
それだけ神理の有難さと恐ろしさを理解しないということは悪であるということです。
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追伸…昨日は午後から名古屋駅に大村知事のリコールの署名にいってきたのですが、寒かったですね。あんなに寒いとは思わなかったです。まだ十月だからと甘くみていました。
その寒い中、その署名の場所で街宣をしていた人たちがいましたが、ほんとご苦労様です。あのような寒い中わざわざ遠くから来られてです。(苦笑)
しかし、この方たちも本当に残念です。今一理解が足りないからです。この正法神理に対してです。(政治的には正しいと思いますが)
そこに気づいてもらわねばこちらもいけないからです。そちらにはです。
自分たちが正しいのであれば必ず奇跡が起きて来ます。(次々とです)何でそれが起きないのですか? そちらの方々にはです。(私は昨日でも起きていましたよ。お気づきですか?)
それは正しくない部分があるからです。(特に宗教観など間違いです)
だから日本で止まるのです。それだけではないからです。私たちは日本を、そうして日本の人々を救うのではなく、すべての人々を救わなければいけないからです。日本を通してです。
だから、日本を主とするのではなく神を主としないといけないのです。そうしないとそれが分からないからです。(分かりませんよね。キリストがいわれた「汝の敵を愛し、責め憎む者のために祈れ」という心はです。今の心ではです)
あんまり書くと怒りますので書きませんが(もう書いちゃいましたかね。怒らせるくらいです。〔苦笑〕)この神理に感謝の布施くらいされませんか?
そうすれば、キリストの心も段々わかってくるからです。そうすれば、されていることにも様々な奇跡が起きてもっともっと広がっていくからです。
そのような正しい政治運動もです。



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