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11月 11 2020

奇跡と災いの本当の原因

10:29 AM ブログ

今日はもう朝の暗いうちから(五時半ごろ?)怒っている人がいたようですが、しかし、思ったほどではなかったですね。昨日はです。

あんなブログを書いたのです。もっと怒っている人がたくさんいるのかと思っていたんですが、もちろん、個人とか、トラックの運転手連中などはみな怒っていたんですが、会社や現場の人たちはそうでもなかったですね。

怒っていたところもありましたが、なんと引いているところが案外多いのです。会社や現場などです。

そういうところはよほど出ているのでしょう。災いがです。だから、少々のブログを書いても怒るに怒れない。私に怒って嫌がらせなどしてよけい出てもいけないからです。災いがです。

ああ、そうではなかったですね。そういうところが本当に災いがたくさん起きているのなら、感謝の布施くらいしてくれないといけないからです。(苦笑)

しかし、それが来ない。では、大して出ていないんでしょう。そういうところにも災いなどです。気のせいなのでしょう。こちらのです。

しかし、もしです。もし、災いがたくさん出ているのなら、これからはもっと出ます。(こちらも必死に祈りますから)それだけは覚悟してくださいね。私的にはもうずいぶん災いが(天罰が)起きている様に見えるからです。私に嫌がらせをしてくる人たちにはです。

だから、昨日私に嫌がらせをしてきた人たちは覚悟してくださいね。これからはずーっと祈り続けますからね。そういう人たちが感謝の布施をしてくれるまではです。

何か、そんなにずっと祈れないだろうと思う人もいるかもしれませんが、例えば「今日、私に嫌がらせをして来た者たちにすさまじい数の現象を現し、その者たちを正しくお導きください」とか「この一週間、私に嫌がらせをして来た者たちに徹底的に現象を現し、その者たちを正しくお導きください」とか、祈り方などいくらでもありますし、そういう祈り方でも十分きかれます。正しい祈りはです。

別にその嫌がらせをしてきた人、一人一人をちゃんと祈らないと祈りがきかれないというものではないからです。私に嫌がらせをしてきた人など天はみな知っているからです。

だから、私が知っていようがいまいが関係ないのです。間違ったことをしている本人が裁かれるだけであるからです。

その気づきを与える祈りが私の祈りであるからです。

だからいくらでも、またいつまででも祈ることが出来るのです。そのような祈り方をするならそのような人たちをです。(例えば、この一週間という部分を、この一ヶ月でも、この一年でもすればいいからです。そういう祈りをするならずーっといくらでも祈れます。過去にさかのぼってもです。だからどのような祈りでも可能なのです)

昨日からそのような祈りを始めています。少なくとも、昨日の私に嫌がらせをした人たちはもういつ災いが自分に現れるか知れません。一~二週間、何も起きないからと安心はしないでくださいね。

いつまでも私はその人を祈り続けているからです。では、その祈りがいつきかれるか知れないからです。また祈りがきかれて、何か起きても、それでも私は祈り続けています。

だから、さらに何か災いが起きてくるかもしれませんので、災いが一度起きたからと、それ終わりとは思わないでくださいね。

その人が感謝して布施してくれるまで、私は、その嫌がらせをした人に対する祈りをやめないからです。(だから二重、三重の災いが起きてくるかも知れないということです)

まあ、ただでさえ祈りがきかれるのに(私はそう信じていますから)その私が連続で祈るのです。では、そういう人たちは一体どうなるのかと思いますが、それは祈られた方の問題であって、私の問題ではありません。

そこはご了承ください。神理をきいているのに感謝もせず嫌がらせをしてくる方が悪いからです。祈る私の方が悪いわけではないからです。

この辺り、ご存知の方も多いと思いますが、私は嫌がらせをされた辺りには必ずまた顔をみせます。(何か起きていないか確認の意味で)そのような時に頭を下げて感謝の布施などするなら、もうその人に災いが現れることはありません。

もう罰当たりな態度はやめてはどうでしょう。そのような徳ある行いをされるなら、生きている時だけではなく死んだあとまで救われるからです。

しかし、今のまま意地を張り続けるなら、いま起きている災いは激しさを増し、死んだ後は、さらに厳しい(地獄の)世界へと堕ちていかなければいけなくなるからです。

昨日は堀川の方にもいったのですが、今年はまだ全然カモメが来ていませんでした。

いつもなら、もう今頃はたくさんカモメが来ているはずなのに(それでも最近は減りましたけどね)今年はまだ一羽もいません。

それで私が「おーい、まだカモメもいないから顔くらいだせ」と川に向かって呼びかけていると、いきなりです。バシャっと凄い勢いで大きく跳ねた魚がいました。

三~四十センチくらいの細長い魚でしたが、その魚がなんと一メートル近く上に高く飛んだのには驚きました。

「おお」とか声を上げていると、すぐにまた同じ魚が高く飛び上がってきました。(だから、二回連続で高く跳ねたということです)

「お前、凄いな。元気だな」とか声をかけていましたが、その後、数匹あちこちで魚たちがパシャパシャやっていたようでした。

一昨日も今度は庄内川の方を回ったのですが、その時もバシャバシャやっているのがまだいました。寒くなってくると、魚もあまり出て来なくなりますが元気がいいのはいるようです。(笑)

その庄内川の帰りのことです。私が庄内川から出てくると、一羽の鳥が電線にとまってピィピィよく響く声で鳴いていました。

どういう鳥か分かりませんが「お前元気だな」とかいいながら、歩いていったんですが、しばらく歩くと、また同じ鳥が今度は家のアンテナの上にとまって鳴いています。

「あれ、あの鳥さっきいたのじゃないか?」と思いながら歩いていったんですが、そうしたらまたしばらく歩いていくと同じ鳥が電線にとまって鳴いているのです。

どうもこの鳥、私の後を追いかけて来てそうして鳴いているようでした。

それで「何だお前、ついて来ているのか。どこまでついてくるんだ。お前の元気がいいのは分かったから、もう帰れ」と声をかけると、そのうちにその鳥はどこかに飛んでいってしまいました。

先ほどの魚にしても、この鳥にしてもです。ずいぶん愛を感じて癒されるのですが、それに対して人間たちの態度はどうでしょう。

このような動物たちとは正反対の態度を取っています。(ほんとずいぶん怒りや憎しみをこちらは感じますが。そのような嫌がらせや神理を無視する態度はです。〔苦笑〕)

いい加減、神理を説いている者への態度を改めてはどうですか。神理を説いている者には動物たちでさえ、このような愛ある態度を取るからです。

それが、万物の霊長である人間が正反対の態度を取っていては、それは罰も当たるでしょう。動物たちの長であるはずの人間が一番間違った態度を取っているからです。

神理を説いている者に対してです。

また新型コロナが流行り出しましたが、予想されていたこととはいえこうたびたび新型コロナが流行るようでは、仕事から何からまともに出来なくなります。

それはそうでしょう。これでまた東京や大阪、そうして今度は北海道もですか(何か、問題のある地域ばかりですが。〔苦笑〕)そういう地域に異常に新型コロナが流行り出したら、やれ自粛だの、行動制限だの、都市封鎖だの、また始まれば仕事や遊びどころではなくなるからです。

このままではまともな生活にまで大きく支障をきたすようになるのです。

もしかしたら、今年日本に大きな災いが起きなかったのも(強い台風や大きな地震)これがあったからかもしれませんね。このコロナ禍があったから、他の大きな禍は抑えられたのです。

出どころか一緒だからです。すべての災いは同じ神から出ているからです。(天変地変もそうですが、この新型コロナなどもです。その出てくる順序は様々ですが〔例えば、コロナ禍などは中国のウイルス研究所からだとか、アメリカの陰謀だとかいろいろいわれていますが〕要はそういう順序で神がこのウイルスを世に現したということです)

だから今年はそれほど大きな天変地変が日本には起きなかったのです。(もちろん多少はありましたが)これでいつもの年のように激しい天変地変など起きて、それプラスこのコロナ禍ではさすがに日本の人たちも、それこそ自分たちの生活に追われて、神理どころではなくなるからです。

だから、そのギリギリのところで神は災いを止めているのです。日本の人たちに、この正法神理を早く気づかせようとです。

そう思ませんか。このブログを長く見ている人たちなら、分かるでしょう。私のこの解説が間違ったことをいっていないとです。

もし、私がトンチンカンな後付けのようなことをいっているのなら、先ほど書きましたような愛ある奇跡は起きないのです。

ここに書くことが正しいから、そのような他の人に起きない、愛ある奇跡も起きているのです。ここに書いている解説こそ本当に正しいことであるからです。

本当の神の心であるからです。

だからしないといけないといっているのです。このブログを見ている人たちは、この正法神理をです。

神理を見ている人たちが、その神理を無視すればするだけ災いが現れてくるからです。(実際その通りのことがこの辺りには起きています)

しかし、そのような人たちが、この神理を無視するのをやめるなら、このコロナ禍は段々おさまっていき、ワクチンも特効薬も早く出来ることになるのです。

神がそのように導いてくださるからです。

もう私のいうことを信じ行ってもらえませんか。この正法神理をです。

そういう人が増えれば増えるだけ災いは減っていくからです。そういうものなのです。

この神がつくられたこの世界はです。神の意志に従えば奇跡が、そうして逆らえば災いが、必ず起きてくる、そういう世界なのです。

この世とはです。

それを知らないだけなのです。神理を知らない人たちはです。

感謝の布施くらいしてもらえませんか。このようなことはです。他のどこであろうと絶対に知りえることがない。そのような教えであるからです。

この正法神理でないと分からないことであるからです。このような奇跡と災いの本当の原因はです。

いつまで私のいうことを信じようとせず無視を続けるのですか? しかし、それをしている限りはです。

決して災いはおさまることはないのです。

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