12月 02 2020
神に逆らう許されない態度
もう出まくっていますね。天罰がです。(ほんと恐ろしことです)
あちこちで怒りまくっているからです。
昨日は堀川の方を回っていたんですが、あの辺りは静かだったんですけどね。そこから六番町の辺りを回ると大きな現場や会社がいくつもあって、そこらもやはりどこもドン引きしていました。
少々(引き気味に)怒っていた現場があったので「もう感謝して布施しろよ。そうしない限り天罰は止まらないのだから」と散々いったのですが、納得いかないのか、そのような小さな音での嫌がらせをやめようとはしませんでした。
しかし、そこはずいぶんキレていたところなのです。そこがもう全然キレることが出来ない。よほど天罰がくだっているのだなと思い「まだ分からないのか。昔の人たちは神理などきけばみな感謝して布施してくれたの。だから救われたの。それなのに現代の人たちはそういうことを一切しないのだから、しないどころか嫌がらせまでしているのだから、そんな態度が許されるわけがないだろう。昔だってそんな態度を取っている人はみな罰が当たったのだから、現代の人たちが当たらないわけないだろう」とこれまた散々いったので最後は静かになっていましたかね。
いい加減理解してくれればいいのにです。私のいうことを理解し、それを行ってもらわない限り、絶対に天罰は止まらないからです。
それで「いい加減に感謝して布施しろ、そうすれば自分も助かって神理も広がるのに」などとブツブツいいながら帰ってきたんですが問題はそこからなのです。
そこから家までの間の会社の連中がもうそこらじゅうで怒っているのです。あっちでゴン、こっちでガンガンガン、向こうでブシュ―とあちこちから音がきこえて来ます。
「オイオイ、そこらじゅうで怒っているじゃないか」と思って「もうそこらじゅうで怒ってるぜ。そんな神理をきいていて感謝もせず嫌がらせしっぱなしで、それで許されるわけがないだろう。詫びを入れて感謝して布施しろ。それ以外その天罰を止める方法はないのだから」と怒っているところにそればかりいっていました。
もうそれ以外、いうことはないからです。
詫びを入れて感謝して布施しない限り、絶対に、絶対に、絶対に、その天罰は止まらないからです。
神理に逆らい、無視を続けている限り、その天罰はドンドン増えるからです。それだけ不遜な態度もないからです。
だから、私のいうことを無視して、そんな嫌がらせをし続けている人たちは残念ではありますが、まだドンドン周りに現れてくるのです。そのような天罰はです。
止まりませんよ。その天罰はです。そのような(許されない)態度を続けている限りはです。
だから昨日ように神理を説いている私に、露骨に不遜な態度を取った会社など今日も現れるんではないですか。そのような天罰(病人)がです。
そういう態度を取れば取るだけいくらでも現れてくるからです。天罰はです。その神に(神理に)対する許されない態度を反省しない限りはです。
現にそれだけ毎日のように天罰が現れているところがあるからです。(もちろんどこかの会社なんですが、今日も朝からずいぶんお怒りです。ですが、私が音を立てている奴に「そんなことしていると自分に病気が出るぞ」と声をかけるとピタリとその音がやみました。人が病気になるのはかまわなそうですが、自分が病気になるのは嫌なようです)
だから嫌がらせなどして来た人に次々に天罰が現れているのです。それだけ恐ろしい態度もないからです。
神理に対し平気で逆らっている。
それでは神に堂々と逆らっているのと同じであるからです。
では、それほど恐ろしい態度もないのではないですか。神に平気で逆らっているというのなら、それこそ何を起こされるか知れないからです。神からです。
その恐ろしさを未だ理解しないのです。現代の多くの人たちはです。何度そのような天罰を食らってもです。それでも理解しない。
じゃいつするのか? という話にもなるのです。
もういい加減、理解しないといけないのです。神の存在も、神の恐ろしさも、その神に対する許されざる態度もです。
認めないといけないのです。それだけ多くの神の業がすでに現れているからです。(何度でもいいますが、人ではこんなこと起こせません。目には見えませんが、そのような存在を認めるしかないのです。このように現れてくる力が〔エネルギーが〕神の存在を現しているからです)
特にこの辺りの人たちは、これだけ多くの天罰が(神の業が)くだっているのです。(しかも次々と)ということは、それだけ多くの神の慈悲が現れているということになります。(神の愛や慈悲が現れていなければそんなこと起きませんから。そんな気づきの現象などです)
それだけ神が愛を現してくださっているのですから、その神の愛に早く気づいてもらいたいものです。
それは、この辺りの人たちばかりでなく、このブログを見ている人たちはです。
このような体験談など(これ本当に起きていることですから)どの人が書いたブログにも書かれてはいないからです。
このブログを見ている人だけが知る、本当の神の愛と慈悲が現れる現象であるからです。
そういうことを知ることが出来る有難さを(何度もいいますが、有難いとは有ることが本当に稀であるということですから。こういう体験談をきけることがどれだけあり得ないことか、その有ることが大変難しい有難さを)もう少し(というか、もっと凄く)理解してもらいたいものです。
そうすれば感謝の心も出てくるからです。また、そういう(感謝する)心がもっともっと出て来ない限り自分が救われることもないからです。
そのような神の愛ある現象が昨日も私には現れていました。
昨日堀川にいって堀川沿いを歩いている時のことでした。
私が川を眺めて、相変わらずカモメがいないなと思いながら(一羽もカモメが堀川にいなかったものですから)「お前らまだカモメは来ていないから顔を出せ」と川の中にいる魚たちに声をかけていると、どこからか二、三羽のカモメがこちらに飛んできました。
あれ、カモメがいるのかと思い「おう、お前ら来たのか」と声をかけました。すると後から後からカモメが飛んでくるではありませんか。
そのカモメたちは、どうも横の白鳥公園の中にある池にいたようで、それで私の声をきいてこちらに飛んで来たようなのです。
十数羽のカモメたちが私の上空をグルグル飛び回っていました。「久しぶりだな」と声をかけるとよけい嬉しそうにそのカモメたちは飛び回っています。
それで白鳥公園の中の池にいってみるとずいぶんいましたね。数十羽のカモメたちがです。
「何だたくさん来たじゃないか」と思って「お前ら元気か」と声をかけるとバタバタ羽をばたつかせるカモメや池の中でまたバシャバシャやっているカモメもいて、みな嬉しそうでした。
そうして少し向こうの木にもやはり数十羽のカモメたちがいて、そのカモメたちは大きく飛び回って、こちらに嬉しそうに飛んでくるカモメも何羽もいました。
みな喜んでいるのが手に取るように分かります。
本当に楽しいですよ。この正法神理を実践しているとです。次々に愛ある現象が周りに現れてくるからです。
ずいぶん違いませんか。神理を無視している人たちと私とではです。
神理を無視し逆らっている人たちは、いつ病気になるのかとビクビクし、神理を実践し従っている私は、このような神の愛ある現象がどこにいっても現れる。
ずいぶん違うのではないでしょうか。起きてくる現象がです。
何度もいいますが、神理に従っている私の周りには天国の世界が、そうして神理に逆らっている人たちには地獄の世界が常に現れているのです。(コロナ禍もそうですから)
私のような稀有な経験をこのブログを見ている多くの人たちも体験してみませんか。私と同じことをするなら同じ現象が現れてくるからです。
それとも今のようにです。いつ病気になるのかとヒヤヒヤの人生の方がいいのですか? そういう人も中にはいるかもしれないからです。
そういう人生の方がいいという人はそれでも構いませんが、しかし、そのような人たちはその後、地獄行きというオプションまでついています。(苦笑)それだけ不幸な人生もないのです。
もう神を認めて、神に対する許されない態度を改めたらどうでしょう。それを悔い改めるなら(そうして、この福音〔神理〕を信じるなら)これからの人生も大きく変わってくるからです。
どれだけ愛ある人生を歩めるか知れないからです。
そういう体験をしている者がここにいます。やってみませんか。私と同じことをです。そうすれば少なくとも今のような不幸からは(こちらの天罰だけではなくコロナ禍からも)逃れることが出来るからです。



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