12月 06 2020
科学的根拠に基づいた教え
昨日は怒っている人がたくさんいましたね。特に歩いてくるオバちゃんなどみな怒っているのです。
何であんなに怒っていたのかよく分かりませんが、昨日のブログが気に障ったんでしょうか?
だとしたら、怒っている状況ではないと思うんですけどね。そういう態度を取っても自分が危ないだけだからです。天罰はもうそこらじゅうでくだっているからです。そういう人たちが知らないだけでです。
だから、少々私に嫌がらせをしたくらいで癌などなるわけがないとなめてしてくるのでしょうが、しかし、出てしまうのです。そういう人たちに天罰がです。
そうでなければトラックがこれだけ減るわけがないですし、そこらじゅうの工事現場や会社が怒っているはずがないからです。
そういう現場や会社の連中が、一度、私に嫌がらせして来て、その次に通るとほとんどのところがドン引きしているのです。(または烈火のごとく怒っているか)ということは、私に嫌がらせをしたとたん、癌が(まあ、他の病気かもしれませんが)出た人がいるということになります。そういう態度で分かるからです。
だから、昨日嫌がらせをしてきた人たちは危ないのです。全員です。もういつ癌が出てもおかしくはないからです。
後悔先に立たずです。神理に感謝しませんか。そうすれば救われるからです。
昨日は洗濯にいきましたので、また例の一週ごとに交互に怒っていた大会社の横を通ったんですが、昨日は(先週静かだったものですから)怒っていないといけないはずだったんですが、昨日もその大会社はドン引きしていました。
だから私が「よう、自分のところも癌ばかりが出ているんだろう。癌が止まらないんだろう」と声をかけましたが、無視です。うんともすんともいいません。
それで「もう感謝して布施しろよ。そうすればその癌は止まるから」といって歩いていったんですが、私が少し離れたらです。
急にその会社がガンガンやり出して、ああやはり今日書いた(昨日の時点で)ブログは図星だったんだなと思い「今日書いたブログが図星だったんだろう。ならもう感謝して布施しろよ。そうしないと癌は止まらないぞ」といったんですが、その会社の連中は怒っているだけでもうやけくそ状態でした。
哀れなものです。そんなことしていてもどうにもならないのにです。ドンドン癌が現れてくるだけなのにです。
だからもう私のいうことをきく以外ないのです。その次々に現れてくる癌を止めたいのであればです。
だから、この前いった金山の電車の運転手連中も同じなんでしょう。JRや名鉄の連中に次々に癌が出ているのです。
だから、怒りまくっているのもいればドン引きしているのもいる。周りに癌になる人が続出しているからです。
本当に恐ろしいことです。もう神に手を合わせ、自分が悪うございましたと(本当に自分が悪いんですから)私に頭を下げ、感謝して布施してはどうでしょう。
そうすれば、その現れてくる癌はすぐに止まるからです。その会社の多くの人たちがそのような態度を取るならです。
そうしないと本当に止まることになりますよ。電車がです。
それともまだ、お前のいうことなどきけるか(信用できるか)と突っ張りますか?
しかし、よく考えてみてください。これだけ私に嫌がらせをした人に癌が現れてくるのです。
そうであるなら、これはもう宗教の世界の話ではなく科学の世界の話といっても間違いではないのではないですか。検知でき、実験でき、再現性のあるものを科学というからです。
私に嫌がらせをして来た多くの人たちが次々に癌になっている、検知も、実験も、再現性も、いくらでも出来るのです。
では、いま私が語って起きていることは科学的根拠を伴って起きているということであり、科学といっても差支(さしつか)えないのではないでしょうか。
これだけ何度も何度も同じことが起きてくるからです。
だから、神理をそこらの宗教と同じにしてはいけないのです。高橋先生はいつもいわれていました。
宗教と科学は一致するとです。
そういうものこそ、本当の、正真正銘の宗教なのであり(科学という裏付けがあって説いている教えこそです)私が説いている神理はそれなのです。
こういう態度を取れば確実にこうなりますという、科学的要素を含んだ教えなのです。本当にそのようになるからです。
だからこの正法神理は科学といっても過言ではないのです。
ということは、神理に逆らうということは、それは科学的根拠に基づいた教えに対して逆らっているということであり(だから不幸になっているのです)では、その科学的根拠に基づいた教えに従うなら、幸福になれるということになります。
それは、今だけではなく過去からの多くの実験結果からすでに分かっていることであるからです。(今だけではなく、過去から神理に逆らっている人などみな不幸になっているのです。そうして従った人は幸福になっている。そのような事実は様々な書物に書き残されています。では、これだけ多くの実験結果もないということになります)
神理に対し、起きていることを科学的に書けばこういう書き方になるのであり、昔は科学という言葉がなかったから、宗教といっているだけであって、こと神理に関していうならです。
今でいう「エビデンス」(科学的根拠、証拠)がしっかりあるということです。
だから、最初に書いたオバちゃんたちもです。結局、布施するのが嫌でそれで怒っていたのでしょうが、しかし、神理をきいているのに感謝もせず嫌がらせをしている人たちは癌になる、そういうエビデンスがすでにあるのです。
ではした方がいいのではないですか。神理を見ているのなら感謝の布施くらいです。
実際に、神理に従っている私には何もそんな悪いことは起きて来ないからです。私はこの十年ほどの間だけ見ても病気らしい病気などしたことがないからです。
多少はありますよ。胃が痛いとか、ひどい便秘になったとか、花粉症だとかはです。しかし、そういうことも神理に照らし合わせれば分かるのです。なった原因がです。
これもまたエビデンスの一つでしょうね。
私の周りにどれだけ癌になる人が増えて来ても(いま考えたらそういうことになりますよね。私に嫌がらせした人が次々に癌になっていた。では、私の周りにいる人たちがたくさん癌になっているということですから)しかし、私自身はそういう病気には一切ならない。
それは神理に従っているからです。
神理に従うか、逆らうかでこうも違うのです。
だから、よく考えればこのような科学的根拠がたくさんあるのです。この正法神理にはです。今だけではなく、もう数百年も、数千年も、数万年も、もっと前からです。
多くのそのような実験結果が出ているからです。神理に従うなら幸福になれるというです。
しかし、神理に逆らって幸福になった人はいない。
それでも神理に対し感謝はしないと、従う気はないとそういうのなら、それはそれで構いませんが、しかし、そういう人はほぼ百パーセント不幸になります。
こちらにはそういうエビデンスがたくさんあるからそういっているのです。
それでも逆らいますか? この正法神理です。しかし、それだけ非科学的な不幸への道もないのです。



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