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1月 17 2021

心と災い 

10:00 AM ブログ

昨日のブログを書いた後のことなんですが…どうもまた出たようです。どこかの会社にコロッと逝く人がです。

昨日ブログを書いた後どこかの会社にいくつか電話がかかってきていたのですが、そのうちにまた烈火のごとく怒り出したのがいました。凄い怒り方だったんで「また出たのか?」と声をかけたんですが、その後もやたら怒っていました。そうして、その後はドン引きしています。

その極端な態度「ああ、また出たんだな」とピンと来ました。

しかし、恐ろしいことです。こんなことが次々に起きているのに怒っているだけだというのですから。

本当に現代の人たちは頭がおかしですよね。こんなことが起きていたら、普通は恐れて頭を下げる人がたくさん出て来てもおかしくはないはずなのに、恐れるどころか怒りまくって平気で嫌がらせをしてくる人ばかりです。

大丈夫なんですかね。そういう人たちは今頃みなコロッと逝ってませんか。こんな恐ろしい神の業をあまりになめているからです。

神の業に対し、それほど傲慢な態度もないからです。

しかし、どう考えても態度がおかしいと思うんですけどね。普通これだけ天罰がくだったら(もうこちらなど数えきれないくらいくだっているんですから)反省する人があちこちから出て来て、頭を下げる人がたくさん出て来てもおかしくはないはずなのに、この辺りなど、そういう人がほぼゼロです。(まるっきりゼロではないので)

昨日でもこのブログを見ている人が多かったんでしょう。ずいぶん怒ってキレかかっている人がたくさんいました。昨日のブログの内容が内容であったからです。

しかし、昨日のようなブログを読んでキレますかね。

恐れはしないんでしょうか? 反省はしないんでしょうか? 自分たちが悪いからこういうことが(これだけ天罰が)起きているとです。

しかし、そのように思う人はほとんどいなくて怒っている人ばかりです。だから極端にいうなら、この辺りは天罰がどれだけくだろうと反省する人は皆無で、その罪を私に責任転嫁している人たちばかりであるということです。

それで天罰が止まると思っているんでしょうか? そのような傲慢不遜な態度(心)でです。

ほんと、呆れるほどの傲慢さです。昔からそういう人はいたんでしょうが、現代はそういう人がほとんどです。

だから止まらないのです。災いがです。

昔の人なら、これだけ災いが起きて来たら、みなその災いを恐れ反省して神に頭を下げたのです。

だから災いは止まったのであって、その災いを恐れもせず全部人のせいにして怒りまくっていて、災いが止まるわけがありません。

その災いは、そのような傲慢な心が現しているからです。

その傲慢な心を直したから、昔の人は早く災いがおさまったのであって、現代の人たちは、どれだけひどい災いが現れて来ても心など直そうとしません。起きている災いと心は関係ないと思っているからです。

だから災いが止まらないのです。ドンドンひどくなるばかりなのです。心と起きてくる現象は関係大ありだからです。

昔の人たちはそれを知っていました。だから自分たちが反省し、だから災いはおさまったのです。

いい加減気がつきませんか。そのような正しいことにです。その通りのことがこれだけ起きているからです。

しかし、そのような大事なことにいつまでたっても気づかない。だから、起きてくる災いがひどくなる一方なのです。

現代の多くの人たちが自分の心をまったく直そうとしないからです。その自分たちの心が周りに災いを現している原因なのにです。

最近私はよくメジロを見るのです。

まあ、もちろんすずめやムクドリやカラスなどはよく見ますが、ほんと増えましたね。メジロを見るのもです。

少し前まではこの時期でもたまにメジロを見かけるくらいだったんですが、最近は歩いていると急に横の木から凄い勢いで飛び出してきた小鳥がいると思ったら、その小鳥が近くの木にパッととまるのです。

そうして木の間を凄い勢いで飛び回っています。ん、と思ってよく見るとそれがメジロなのです。

「おお、お前か、元気いいな」などと声をかけるとよけい喜んで飛び回っています。それが二、三羽の時もあれば五、六羽いる時もあり、鳴きながらよく私の周りを飛び回っています。

どこからか急に飛んで来て木にとまりジッとこちらを見ているメジロもいます。

そうして名前を知らない鳥も似たようなことをするのがたくさんいます。

そうして、ある神社の池などいくとです。この真冬の寒い時でも鯉たちが集まって来て私の前をたくさん泳いでいます。その鯉たちの中にはあのクリッとした目でこちらをぎろりと見ているものもいて、かわいいものです。

去年までは暖かい時期はともかく(暖かくなればよく寄って来ますが)こんな寒い時期に鯉が集まってくるなど考えられなかったんですが(鯉は寒い時期は底にいてジッとしていますから)今年など池にいる鯉がよく集まってくるのです。これだけ寒い時期でもです。

つまり私が何をいいたいのかといえばです。

私の周りではよいことが(愛ある現象が)ドンドン増えて来ているということです。

ずいぶん違うのではないでしょうか。恐ろしい現象がドンドン増えている人たちと私のように愛ある現象がドンドン増えている者とではです。

つまり愛ある心で、愛ある行いをするなら、ちゃんと周りに愛あることは起きてくる(増えてくる)ということです。いくらでもです。

自分の心と行い次第なのです。自分の周りに起きてくることはです。別に人のせいではありません。全部自分が原因で起きていることであるからです。

だから、どれだけ周りの人に多くの不幸が起きていても私には関係ないのです。私自身が愛ある行いを増やせば(愛の心を増やせば)返ってくる愛も増えてくるからです。

実際その通りのことが起きているのです。

これだけ正しい話もないのではないでしょうか。いった通りのことが起きているからです。

だからいっているのです。心が(と行いが)災いを現すのですよとです。その心と行いを愛あるものに変えれば、ちゃんと愛が返ってくるのです。自分自身にです。

いい加減気づきませんか。私はここにずいぶん大事なことを書いているからです。

その大事なことをいい加減にきき行わないからちっともいいことが起きて来ないのです。逆らうからよけい悪いことが起きてくるのです。

ここに書かれてある神理は、それだけ正しく大事なものであるからです。

いい加減その価値を認め、行いませんか。この神理をです。そうすれば、その行った分だけよいことが(愛が)返ってくるからです。

どちらにしても悪いことがドンドン増えて来ています。(この辺りの天罰、天変地変、コロナ禍などなど)そのような災いは自分の心がつくるのです。

心を正しませんか。この神理に合わせてです。

そうすれば皆が幸せになれるからです。

2コメント

2 コメント to “心と災い ”

  1. うなッシー2021/01/18 at 5:55 AM

    年が明けてからもう半月が経とうとしております。今年は当初から一風変わった方と縁を持ちました。その人は霊が見えるのであり、その方だけでなく家族もそうであるようなのです。でもそれは最初は知らなかったことなのですが、あることを切っ掛けに知ることになったのです。それはその方と共通の知人がいまして、どうやらその知人とトラブルになっているというのです。そうして色々と話していくうちに今度はその共通の知人が別のトラブルに巻き込まれて相談に来たのでした。しかしその後霊視のできる方の話を聞くと、共通の知人の生き霊がいたので名前を呼んで自分の元へ帰らせたらトラブルが発生したと言うのです。私は先生のブログに縁があるので、なるほどた合点を知って話を聞いていました。しかし、その後も悩まされていると言うので何故この霊視のできる方はどこか幸せなが感じがないので、霊視ができてもそれだけのことなのですよ、と話して自分の心の大事さを少しずつ話しています。これも神の導きであると思い静かに見守っていきく所存でございます。

  2. gtskokor2021/01/18 at 11:20 AM

    そうしてください。神理を知らずに霊視など出来る人は百パーセント地獄霊が憑いています。その方もご家族もそのようなよくないものに支配されているのかもしれません。
    そういう方にこそ神理を伝えないといけないのです。

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