2月 01 2021
神理に逆らう恐ろしさと罪深さ
天罰のことをもう少し書いておきますが、このような天罰は身内に対しても同じなのです。
つまり私の母に対しても同じようにくだるということです。
うちの母も、実は私が夜、祈りなどしていると(私はほとんど毎日、夜になると反省禅定と祈りを三十分ほどしているのです)よくじゃまをしてくるのです。
黙って祈っていると向こうの部屋からゴホゴホとか、ガチャガチャとかやって来て、こちらの部屋から祈りを中断して「そんなことしていると罰が当たるぞ」ということをよくいっていたのですが、そんなことをいっただけではそのような嫌がらせを母は全然やめません。
罰など当たるわけがないと思っていますし、面白くもないのでしょう。私が何をしているのか、母には今一よく分からないからです。(説明しても〔本当の神の教えを説いているとです〕理解しないのですからどうしようもありません…まあ、理解しろという方が無理なんでしょうが。〔笑〕)
金は稼がないし、毎日ブログを書いてあちこちで何か(でかい声で)いい回っているだけで、母から見たら遊んでいるようにも見えるのでしょう。
そうして夜になると急に黙って祈り始める、普通の人から見たら私はどう考えても変人ですよね。(苦笑)
まあ、この時代、しっかり神理を実践している者など変人にしか見えないのでしょうが、それはともかく、あまりにじゃましてくるので一度母を祈ってやろうと祈ったのです。
そうしたら、しばらくしたらです。母が「歯から(歯ぐき)血が出て来て全然止まらない」といいだしました。
ああこれは罰が当たったなと思い「祈りのじゃまなどするもんで罰が当たったんだわ、病院でもいってこい」というと、明日にでも歯医者にいってこようかな、などという話をしていました。
しかし、次の日になるとその歯ぐきからの出血も止まったようで、それで歯医者にいくのはやめたようでした。
そういうことがあってしばらくは静かだったんですが、ちょっとするとまた始めます。喉元(のどもと)過ぎれば熱さを忘れるというやつでしょうか。祈っていると平気でゴホゴホやってくるのです。
だからまた私が「また罰が当たるぞ」といったんですが、全然やめる気などなさそうでした。それで仕方がないのでまた祈ったのです。
そうすると二、三日するとまたじゃまをやめてしまいました。
何でだろうと思っていたらどうもまた歯ぐきから血が出て来たようで、そんなようなことを後でいっていました。
また罰が当たったんだなと思っていたんですが、しかし、またしばらくするとやり始めるのでまた祈ります。
そうするとしばらくするとまた祈りのじゃまをやめるのです。
そうして数日前でしょうか、先月の終わり頃に急に母が歯医者にいくと言い出しました。母は月に一度、歯医者にはいっているのですが、月はじめにいくだけで月に二度もいったことはありません。
先月も月はじめに歯医者にはいきましたので、今月は珍しく二度もいくんだなと思っていたら、これもまた後で分かったんですが、また歯ぐきから血が出て来て、今度は顔まで(歯ぐきまで)はれてしまったとのこと。
それで急きょ歯医者にいってきたようなのです。
だから私が「人の祈りのじゃまばかりしているから罰があったんだわ」といっておいたのですが「とろいこといっとったらかんわ」とかいっていました。(母の言葉の意味は分かりますよね。「とろくさいことをいうな」というい意味です)
しかし、事実は事実です。さすがに三度も続いては母も口では認めなくても祈りのじゃまはしなくなりました。また罰が当たってもいけないからでしょう。
しかし、また時間がたつとしてくるかもしれませんが(すぐ起きたことを忘れますから。年も年ですから母はです。〔苦笑〕)じゃましてくるなら、また祈るだけです。
そうすればもうすぐに天罰がくだるのです。しかし、何度も同じことをするなら、そのくだる天罰は段々ひどくなります。
これ以上はやばいと思うんですが、こればっかりは本人の自覚の問題です。理解してもらうしかありません。神理の祈りのじゃまなどすれば確実に罰が当たるからです。
私の世話をしている母であってもこうなのです。
では、嫌がらせしかしない人たちに罰が当たらないわけがないのであって、だから前回書いたような人たちは次々に罰が当たるのであって、だから、ブシュブシュやっていくトラック連中も、歩いている時にすれ違いざまに嫌がらせしてくる人たちも、こういうことを考えるならみな当たっているんでしょうね。天罰がです。
こちらが確認できていないだけでです。
こういう状況なのです。いくらでも天罰が現れてくるのです。神理に逆らっている人たちにはです。
だからソロソロ現れてはいませんか。様々な天罰がです。このブログを見ている他の地域の一切、布施しようとしない、神理を信じようとしない、多くの人たちにもです。
祈っていますからね、こちらはガンガンにです。(苦笑)
もし何か(悪いことが)現れてくるようなら、ちゃんとこれまでの行いを反省し(神理を無視し続けていたことを)感謝して布施してください。そうしないと、その天罰はドンドンひどくなっていくからです。
もうどこかの会社など怒るに怒れず、それでもところどころでガチャガチャやって嫌がらせだけはしてくるのですが(ずいぶん細かいです)しかし、どういう嫌がらせであろうと、そういう態度を続けるならドンドン天罰は現れて来ます。
もう、これまでの行いを反省し感謝して布施するしかないのです。そうしない限り、その天罰は止まらないからです。
しかし、それをするなら天罰は止まるのです。一体どちらがいいのか、いい加減真剣に考えるべきでしょう。くだらない意地などいつまでも張っているのではなくです。
そのまま天罰が止まらないなら最後には全員滅ぼされるからです。すでに滅ぼされている人たちがこちらにはたくさん出ているからです。
しかし、そういう人がどれだけ出ても分からない。それを責任転嫁し続けている。(すべて私のせい)そういう間違いをしている間は天罰は出続けるのです。
間違いは間違いだからです。その間違いを(そのような天罰はすべて自分たちのせいと)反省出来るまで天罰は出続けるのです。
こちらなどもう顔を引きつらせて怒っている人もいます。泣きそうな顔をして怒っている人もいます。
哀れなものですが、しかし、どういう顔をしていようと怒っている間はその天罰は止まらないのです。それこそ自分の一族郎党が滅ぼされるまで、その天罰は続くのです。
神理に逆らうということは、それほど恐ろしく罪深い(自分のせいで一族郎党が滅ぼされるくらい)ことであるからです。
そうしてその滅ぼされた後は、全員地獄行きです。その地獄で本当の地獄の苦しみを味わうことになるのです。
自分だけでなく自分に縁ある人々がです。神理に逆らった自分のせいでです。
そういうことになってもいいのですか? これは脅しでも何でもなく本当にそうなるのです。
知らないだけなのです。現代の人たちは、神理の恐ろしさをいつまでたっても理解しないからです。これほどのことが起きているにもかかわらずです。
よく考えてみてください。罪の重いことをしているから罰が当たるのです。普通は少々悪いことをしたところで罰など当たらないでしょう。(殺人犯だって、そんなに簡単に罰など当たらないんですから)
しかし、神理に逆らうなら前回も今回も書いたように、すぐに罰が当たるのです。
なぜでしょうか? なぜ神理に逆らっている人たちには次々に罰が当たるのでしょうか?(これは特別私だけの話ではありません。前にウナッシーさんのコメントにも書いてありましたが、ウナッシーさんのお義父さんにも罰が当たったことがあるのです。〔急に歯が痛くなった〕ウナッシーさんの状況も考えずウナッシーさんをなじったからです)
つまりそれほど罪が重いということです。神理に逆らう罪はです。
だから罰が当たるのです。この世のどのような罪よりまだ重いからです。神理に逆らうということはです。それを理解しないだけなのです。現代の人たちはです。
この神理の偉大さをどれだけ書いても理解しようとしないからです。それもまた罪になるのです。
だから理解するまで何度でも書きますが、神理に逆らっているということは、神に直接逆らっていることと同じなのです。
それが正しいのです。だからこれだけ簡単に(身内であろうと誰であろうと)次々に天罰がくだるのです。
それだけ神理に逆らう罪は重く深いからです。
私がいっていることは正しいのです。だから、このまま神理に逆らい続けるなら、自分だけではなく自分の縁につながる一族郎党まで滅ぼされ、深い地獄に堕とされるといっているのです。
確実にそうなるからです。多くの人たちが今のような神理に対する横柄な態度を改めない限りはです。
それを信じないだけなのです。このブログを見ている多くの人たちはです。だからこれだけの天罰もくだるのです。
それだけ物分かりが悪く罪の重い行いもないからです。神理を(長年見ていながら)いつまでたっても、その神理を信じない。
それだけ神に対する罪深い態度もないからです。
先々月は(去年の十二月は)ずいぶんこのブログの訪問者が減ったとこのブログに書きましたが、先月はもっと減っているようです。(先々月より三~四十人は減っているようです)
まあ、このブログが面白くないので読まなくなったのならいいのですが、そうではなく、このブログを読んでいる人がそれだけ滅ぼされたのかもしれません。先月も過ぎ越しの祭が起きているところはいくつもあったからです。
そのような天罰は確実にくだっているのです。いま現在においてもです。
この天罰を止めるには自分の心と行いを改めるしかないのです。いつまでも悪魔の思想に踊らされ、やけくそのような態度を取り続けているのではなくです。
正しい態度を取りませんか。特に神理に対してはです。だからもう神理を正しく理解しないといけないということです。そういう時が来ているのです。
そうしないと、このブログを見ている多くの人たちの罪はどれだけ深くなっていくか知れないからです。
その通りの(罪深い)現象が次々に現れています。
しかし、私の周りには相変わらず愛ある奇跡があふれています。早くこちら側に来ませんか。
神理に従うならこれだけ楽しいこともないからです。
(苦しいのではなく楽しいのです。神理に従えば従うだけです。私たちは元々神から出ている神の子です。ではその神の心を実践するのですから、これだけ楽しいことは神の子である私たち人間にはないのです。それを知らないだけなのです。悪魔に騙されている多くの人たちはです)



人目の訪問者です。
