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3月 23 2021

感謝の布施と歴史に名を残すということ

10:42 AM ブログ

また昨夜は大騒ぎでしたね。どこかの会社などです。

この会社、最近は毎晩急死する人が出ているようで昨夜もそうでした。十時少し前くらいの時間だったでしょうか。急にガンガンガンガンとでかい音を立て始めました。

こちらもまた始まったなと思い「感謝して布施しないと死ぬのは止まらんのだわ。言葉が通じんのか。感謝して布施しないと止まらんのだわ。死ぬのわよ」と何度もいってやりました。

凄い会話なんですが本当にそうだから仕方ありません。そういうと静かになりました。

もうこの連中、急死する人が止まらなくなったようです。

しかし、それはこの連中だけではないようです。昨日などずっと怒りまくっていたところが急に静かになっていました。

そこは市営住宅の改修か何かをしているところなんですが、これまでは私が通るたびに凄い怒りようでガンガンでかい音を立てて来たのです。それが昨日通るとシーンとしています。つい四、五日前に通った時にはガンガンやられたんですけどね。

それで「おーい、生きているか、死んでんじゃないのか」などと声をかけていたんですが、そんなこといっていたら、急にまたガンガンやってきました。

しかし、前と違ってずいぶん小さな音で元気がありません。「どうしたんだ。誰か死んだんじゃないのか。誰か死んでんだろう。家の近くなど一杯死んでるからな」などと声をかけましたが(何を叫んでいるんでしょう、私はです。しかし、事実は事実です)ずっとガタガタ何人かの作業員がやっていて怒っているようでした。

それで「もう感謝して布施しないと死ぬ奴は止まらんぞ」といったのですが、そういったとたんです。(私はそんなことをいえばまた怒り出すと思っていましたが)

なんとその現場の連中が急にドン引きしてしまい、一切音がしなくなりました。

そこから私が何をいっても全然音を立てなくなりました。どうしたんだ急にと思いましたが、どうせ図星だったんでしょう。

本当にこの現場に急死した人が出て、それでずっと怒り続けていたのが急に静かになって(一人ばかりじゃないと思いますが。前もそういう人が出たので、この連中はひどい怒り方をしていたと思うからです)そうして私が煽(あお)ったものですから、また作業員が怒り出したのですが、今度は図星をつかれて皆ドン引きしてしまった、といったところなんではないでしょうか。

だから、急に静かになった。そこの作業員の多くがこれ以上、死ぬ人が出てもかなわないと思っているからです。

それだけ多くの人が急死しているんではないですか。そこはです。そういうところが他にもあるからです。(もちろんどこかの会社以外でです)

本当に恐ろしい話なんですが、だったらもう本当に感謝して布施した方がいいと思いますよ。このままでは急死する人が増えることはあっても減ることはないからです。

すでにこの辺り、相当数出ているようだからです。そのように急死する人がです。

あのブシュ―とやって凄く怒っていたところが、次に通るとシーンとしていたと前のブログに書いたところもです。その会社の近くを昨日もまた通ったんですが、昨日通ると今度は激しくお怒りのようでした。

何でこう態度が極端に変わるのか不思議なんですが(まあ、それだけ出ているんでしょう。恐ろしい現象がです)昨日はまた凄い怒りようでした。

ブシュ―だけじゃなくゴンゴンゴンとかもやっていましたからね。何か相当頭に来ているようでした。またここも急死する人が出ているんではないでしょうか。

それが止まらなくなった、だからキレているのがいる、どこも似たようなことをしているからです。やたらキレるか(というか、パニくっているだけなんでしょうが)ドン引きするかのどちらかであるからです。そういうことが起きているところはです。

しかし、怒れば怒るだけ恐ろしい災いは起きて来ます。悪いのは自分たちの方であるからです。

だからもう詫びを入れ(これまでの数々の嫌がらせの)感謝して布施するしかないのです。それ以外ないからです。そのような恐ろしい災いを止める方法はです。

本当にもうそこらじゅうで起きているのですよ。この辺りはそのような恐ろしい災いがです。私はそこらじゅうで教えてもらえるのでよく分かるのです。

例えば、先ほどの会社の近くにある現場なんですが、そこは一、二度、嫌がらせをしてきましたが(そこは家をつくっている大工連中です)その後はピタリと嫌がらせをやめてしまい、私が近くを通ってもシーンとしていたのですが、そこが昨日はまた久しぶりにガンガンやってきたのです。(ずいぶん遠慮気味にですが)

それで「何だまた何か起きたのか。もう一度嫌がらせをしたら、静かにしていても止まらないんだわ。怒っているよりは起きる天罰が少ないというだけで感謝して布施しない限り、もうその天罰は止まらないんだわ。だから感謝して布施しろよ、そうすれば天罰は止まるから」といったんですが、どこまできいているのか、それをきくとその現場の連中はシーンとしていました。

だいたい、神理をきいたのなら感謝して布施するのが当たり前なのに、それをまるっきり無視しているのです。その時点でギリギリです。(災いが起きるかどうかのです)

それにもかかわらず、嫌がらせをしてくるのですから、一度でも私に対し嫌がらせをするのなら確実にもう天罰の対象になるでしょう。

だから私に対し嫌がらせをしてきた人たちには全部いっているのです。

絶対に感謝の布施はしてくれとです。そうしないと確実に天罰がくだるからです。そういう人たちにはです。

その通りのことがほぼすべてのところで起きているのです。私に嫌がらせをして一切何も起きていない、などというところはまずないでしょう。百パーセントないとはいいませんが(全部を確認したわけではないので)私が確認出来るところで何も起きていないところなどなかったからです。(どこも何か悪いことが起きているようです。確実に様子が変わるからです。私に何度も嫌がらせをしていた人はです)

それだけの加護があるということです。この正法神理にはです。

その確実に神のご加護がある本当の神の教えであるこの正法神理にこれだけ逆らってしまったのです。

それは罰も当たるでしょう。だからもう素直に従ってはどうでしょう。これだけ神理のご加護を知っている人たちもいないからです。

その神理のご加護を出来ればこれだけ体験した人たちが、世に伝えてほしいからです。そうすれば黙っていてもこの正法神理は世に伝わっていくからです。

そのように心を入れ替えるなら、それこそ歴史に名を残すと思うんですけどね。キリスト教のパウロのような人もいるからです。(パウロもはじめはキリスト教にはむかっていましたから。キリスト教徒を迫害していましたから。それが途中で心を入れ替えたのです。キリストが現れる奇跡を体験してです)

しかし、このような事実が分かっているのに、それでもまだ神理に逆らい続けるというのなら、起きてくる天罰はまだこれから最凶最悪なものに変わっていきます。

あまりに罰当たりな態度を多くの人が改めないということでです。

だからもう改めてはどうでしょう。自分たちの考えをです。こちらではもうこれだけ恐ろしいことが次々に起きているからです。(ここに書いていることは嘘でも大げさなことでもなく本当のことですから。起きていることを起きているままに書いているだけですから)

このようなことが自分たちに現れないと分からないではあまりに愚かでしょう。現れる前に改めることです。自分たちの態度をです。

昔の人たちは皆そうしたからです。だから多くの人が助かったのです。多くの人が災いが現れる前に自分の心と行いを改めたからです。

しかし、現代の人たちは絶対にそういうことをしようとしません。どれだけ悪いことが起きても、それを責任転嫁し続け、自分が悪いとは死んでも認めないのです。

その結果が、これほどの災いを日本に現しているということです。

よく考えてみればこれだけ愚かな行いもないでしょう。自分の考えを少し改めるなら、これだけの災いは現れないのにです。そうして幸せな生活が出来るのにです。

しかし、自分の考えを絶対に改めようとしない。どれだけ多くの不幸が自分の回りに現れてもです。

しかし、それではもう死んでしまうのです。それと分かる現象がもうこちらではたくさん起きているからです。

自分が滅びる前に気づきませんか。自分の間違った心と行いにです。そうして少し心を入れ替えるなら、歴史に名を残す人にもなれるのです。(雲泥の差です。天罰で滅びるのと歴史に名を残すのとではです)

それに気づき直した人だけが救われていきます。どうせ死ぬなら、歴史に名を残して死んでいきませんか。

感謝の布施をして自分の体験を世の人々に話すことが出来れば、自然とそのような道はついてくるからです。

ただ天罰で死ぬなど、これだけ哀れな死に方もないのです。

少し心を入れ替えるだけで、これからの人生は大いに変わってきます。しかし、今のまま(心を変えないまま)ではもう滅びていくしかありません。

少し心を入れ替えるだけでガラリと人生が変わります。やりませんか。歴史に名を残す大事業をです。

それだけやりがいのある仕事もないからです。この神理を知っている人たちは、それが出来るからです。

2コメント

2 コメント to “感謝の布施と歴史に名を残すということ”

  1. うなッシー2021/03/24 at 5:52 AM

    こんにちは、報告です。私は、この50も半ばを過ぎたオヤジがですね、この歳にしてようやく自身の心癖を知ることができました。これまでどれ程先生のブログにお世話になり、また慈愛を頂いてきたか。また駆け出しではありますが本当に感謝します。それは私の欠点ではなくて不足していたところを発見できたことでもあったのです。例えば、自分が周りより劣っていたり周りが優れていると大抵は自分はダメだと感じて劣等感を抱くものですが、そこはやはりこのブログのお陰もあり不足として捉えて前に進むことができるのです。そのことが本当に素晴らしいものであると感じています。これから新たな自身を構築していくために尚、一層の精進に努めて参ります。

  2. gtskokor2021/03/24 at 11:18 AM

    ウナッシーさんはもう駆け出しではないでしょう。(笑)少し謙虚さが過ぎるのではないですか。
    こちらの人たちなど傲慢さが過ぎています。ウナッシーさんと足して二で割るならちょうどよくなるかもしれませんね。こちらの人たちもです。(笑)
    ウナッシーさんだけでなくこちらの人たちも早く前に進んでほしいものです。
    あまりに前に進もうとしない人が多いため、こちらなどもう大変なことが起きているからです。

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