6月 17 2021
どちらのいうことを信じるか
また、どこかのバカ会社、朝から大騒ぎしています。(もう町中に響くくらいのでかい音を立てて)
まったくどこまで愚かなんでしょう。こんなことをしていたら死ぬ人間はもっと出るのにです。この連中、本当に止まらなくなったようです。滅ぼされる人がです。
それでパニくって大騒ぎしているようなんですが、こんなことをすればするだけよけい滅ぼされていきます。最悪ですね。これではです。こういう時にしなければいけない真逆の態度を取り続けているからです。
では、どうなるのか? もう誰でも分かります。このままでは全員滅ぼされるということです。
こういう恐ろしいことが(リアルに)次々に起きていても、それでも誰も頭も下げなければ布施する人もいない。
本当にすさまじいですね。現代人はです。これだけ罰当りな人たちは多分、史上初でしょう。
それをどれだけいっても自覚しようとしないというのですからどうしようもありませんが、しかし、気づいた人はもうした方がいいと思いますよ。感謝の(お詫びの)布施くらいはです。
そうしないとこの調子ではもういつ自分の心臓を止められるか知れないからです。不遜な人たちはです。
ほんとすさまじい状況なんですが、そんななか昨日私は久しぶりに歯医者にいってきました。奥歯のかぶせ物がとれて欠けてきた歯もあったからです。
それでついでにいろいろ調べてもらうともうずいぶん歯も悪くなってきたようで、これからはもう少し歯のことも気をつけた方がいいといわれました。歯が抜けてしまってからでは遅いからです。
その時、その歯医者の先生が代わっていたものですから「あれ、先生が代わられたの」と、その新しい先生にきいたのですが、そうしたら、その新しい先生が「前の先生は病気で入院され、今は施設に入っているようですよ」みたいなことをいわれたのです。
前にいた先生は前に働いていた会社の社長の親戚の方のようで、それで、その働いていた会社の社長の紹介でその歯医者にはいくようになったのですが、その先生は最初に少し治療代をまけてくれたこともあって(何か社長の紹介できた人は、初診料を少しまけてやってくれみたいなことを社長からいわれていたようです)ちょこちょこ社長の話などもして多少は知っていたものですから、それで驚いたのです。
「えー、そうなんですか」と、今度はその施設に入られた先生のことを、その新しい先生からいろいろきいたんですが、その前にいた先生は元々体が悪くて何度も入院などしていたようで、治療中にも手がよく震えることがあって、それで私は「この人、アル中かな?」とか思っていたんですが、そうではなく脳が悪くてそれで手に震えがきていたのではないかと、新しい先生はいわれていました。
話をきいていて、ずいぶん気の毒だなと思ったので、昨夜その前にいた歯医者の先生を少々祈りましたが(その方の肉体と心の安らぎをです)しかし、その方が、神理に気づかれるなら、そんなことにはならなかったのにと少々残念ではあります。
その方が神理に気づかれ実践されていたのなら、そこまで不幸な道には進まなかったと思うからです。神理を実践するなら確実に神のご加護があり、そのような病気ももっと軽くですんだはずだからです。
そういうことを信じるも信じないも自由なんですが、しかし、私くらい奇跡が起きている者はいません。何の奇跡も起きていない人たちのいうことを信じるのも、それもまた自由なんですが、しかし、奇跡が起きていない人のいうことはどこまで正しいのか分からないのです。
どれだけその人のいうことが、自分の考えと似ていようとです。そういう考えのまま自分が不幸になっているのなら、その考え方は間違っているからです。
やってみて幸福になるやり方こそ正しいやり方であるからです。
様々な奇跡が起きてくるくらいの幸せもないと思いますが、そのような様々な奇跡が起きてくる人のいうことを信じるのか、それとも何の奇跡も起きない、災いしか起きない人のいうことを信じるのかは自分次第です。
どちらの人のいうことを信じれば自分は幸せになれるのでしょう。もうそのことを真剣に考えた方がいいのではないでしょうか。
そうしないと、これからは本当に滅びていくことにもなりかねないからです。
(どこかの会社の騒いでいるのも少しは自分たちの行いを省〔かえり〕みたらどうなんでしょう。感情だけで騒いでいないでです。自分たちがこれまでしている〔というか、いま現在もそうなんですが〕行いはどうなんでしょう。感情だけで動いていないで、もう少し知性、理性を働かせてはどうでしょう。そうしないといつまでたっても正しい判断など出来ないからです)



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