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3月 21 2012

仏陀をめぐる女性たち・シャリー

10:02 AM ブログ

最後にシャリー・プトラーの母シャリーのことも書いておきましょう。

中インドにあるマガタ国の首都ラジャグリハ(王舎城・現在はラジギールと呼ばれています)から西北に十五キロくらいのところにナーランダという村がありました。

シャリーはそのナーランダ村に住んでいました。このナーランダ村はバラモン(インドの上層階級を占める一大既成宗団)の長老である父のマータラが、マガダ国のビンビサラー王から拝領したものでした。

当時のバラモンは論議をこととしていました。

ある時、南インドのバラモンが来て「誰でも我とおもわん者は我に議論をいどめ、我は誰であろうと勝つであろう」とラジャグリハの町を叫んで歩いていました。当時の習慣として国王は、適当な人物を選んで討論させなければなりません。

そこで王はナーランダに住む、代々バラモンの家系で名門であったマータラを招いて、その南インドから来たバラモンと論議させたところ、マータラが勝ったので、その褒美としてナーランダ村を与え村長としたのです。

マータラは妻を迎えて一男一女をもうけます。その娘の方がシャリーでした。

シャリーは父の遺風をうけてバラモンの教義に詳しく論議を好み、その資質は兄のコッティタにすべてにおいて勝り有名でした。

ある時、南方から非常に優れた高邁な見識を持つテッサという若者が、ラジャグリハに来て論議を求めます。

そこで王はまたマータラを呼んで議論させたのですが、今度はマータラがティサに負けてしまったのです。王は臣下の言をいれてマータラに与えたナーランダ村を取り上げ、ティサに与えようとしましたが、謙譲(けんじょう)を旨としていたティサは、それを辞退してマータラに返しました。

マータラは年の若いティサに感服し、仲介する人もあって、ティサはマータラの娘シャリーと結婚することになります。

結婚したティサとシャリーは父のマータラを助け、平和な生活を続けました。そうしたところ、ある晩シャリーは不思議な夢を観ます。

その夢とは、鎧兜(よろいかぶと)に身を固めた見たこともない異人が、手に金剛杵(こんごうしょ)を持ってたくさんの高山、霊山を次々に踏破していきます。そうしてその山々の一番高い霊峰に立ったところで目が覚めたのです。

何か不思議な夢で、その夢が心にありありと残ったので、シャリーはこの夢のことをつぶさに夫ティサに語りました。不思議な夢を観るものと奇異に感じていたシャリーは、それからまもなくして妊娠します。

すると妊娠したシャリーにまた不思議なことが起きたのです。

シャリーは妊娠した頃から、にわかに心が広く澄み渡るように感じて、いかなる問題に対しても、思ったこともない言葉が次々に出てきて、たちまち答えてしまったのです。それは夫のティサも舌をまくほどでした。そのような不思議な現象が起きていたシャリーから生まれたのが、シャリー・プトラー(ウパテッサ)でした。

シャリーは、シャリー・プトラーを受胎する前にみせられた霊夢によって、シャリー・プトラーを育てることに大きな使命を感じていました。特に受胎してから、シャリー自身が大きく成長し変化したこともあって、この子は普通の子ではないと、特別心をくだいて育てたのです。

そのシャリーの期待どうり、シャリー・プトラーは仏陀でありました釈尊の右腕となり、多くの人々に釈尊の法をより分かりやすく伝え、後世の人々に対しても、シャリー・プトラーの智慧は大きな影響を与えることになったのです。

シャリーは、シャリー・プトラーを育てた後も夫ティサによく仕え、シャリーの良妻賢母は世に知れ渡ることになります。

このように優れた女性の下には神の奇跡が起こり、そのような優れた女性から生まれた子供は、世に大きな影響を与えるようになるということです。

このようなことから考えましても、女性の心は、現代社会にすぐ影響を与えるということはありませんが、夫や子供を通して、未来社会に多大な影響を与えることになるということです。

(週刊ポストに、どこかの国会議員のゴシップ記事が載っていましたが、ハハ、さすがポストです。細かいとこまでよく見ています〔笑〕)

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