3月 23 2012
ある女性への手紙
私がブログを再開するその前より、あなたが私のブログを熱心に読んでいられることは知っていました。もちろん、これからも読んでいただきたいと思っています。
しかし、熱心に私のブログを読んではいても、あなたが自分の心をあまり変えようとされなかったのは残念でした…それで興味を持つことができなかったのです。
今思う子も、その子が心を変えたから縁があることが分かったのです。本当ですよ、だって元々は、この女性に私はあまり興味がなかったのですから。しかし、天にこの女性と縁があることを教えられ、そこで初めて興味を持ったのです。
もちろん縁があるからと、それだけでうまくいくかといえばそうではありません。お互いに努力が必要です(マァ現在の私の状況を見ればとてもうまくいけそうにありませんが…それを言っていても仕方ありません、うまくいけるように努力することがこの世の修行ですから)現実に夫婦として縁があって結婚しても、離婚している夫婦はたくさんいます。最初から離婚を決めて一緒になる夫婦は一組もありませんから、それが離婚しているということは、それは即ちこの世の修行の失敗ということになるのです。(もちろんそれだけでこの世の修行のすべての失敗とはいえませんが)
しかし、失敗すれば失敗しただけのリスクは負うことになります。だからキリストは「神の合わせたもうもの、人これ離すべからず」と言われたのです。
しかしキリストは、別れてはいけないと言われてはいますが、別れてしまったのであれば、それは仕方がないのであるから、別れたのならそのまま一人でいなさい、とも言われています。そして、それでも肉体的理由から、あるいは経済的理由から一人ではいられない、また再婚したいというのであれば、それもまた仕方がないとも言われています。しかし、再婚するのであれば、あなたの子供はあなたの言うことを聞かなくなるであろう、と言われたのです。
私はまさにこのキリストが言われた通りの体験をしました。
なぜなら、前に少し書いたことがありますが、私の両親は離婚しています。そうしてまたよりを戻したのですが、よりを戻し帰ってきた母親の言うことを、私はまったく聞かなくなってしまったのです。そればかりか、このような体験を自分がしたことにより結婚する気も無くなってしまったのです。
結局、結婚とは不幸なことと思い込んでしまったからです。(小さい時の両親の離婚とは、それほど子供の心に深く傷を負わすということです)
私の母は、これも前に少し書きましたが家族に対する愛情が少し希薄でした。
私は(幼稚園の時は覚えていませんが)小学校の入学式の時でも、仕事が忙しいからと母はついて来てはくれず一人で行きました。(両親は共働きでしたから)そして母親は仕事ばかり行っていてほとんど家にはいなかったのです。(このようなところも離婚の一つの原因になったのかもしれませんが)
その時に、やはり母はしっかり私たちに愛を出していなかったんだと思います。それで現在、父はぼけてしまい、母は父の世話をしっかりしなければならなくなり、おまけに私まで家で居候をすることになって、母に世話になっている状態です。結局いやでも昔、夫と子に出していなかった愛を、今出さざるを得ない状況になってしまっているのです。
このように私の家だけ見ましても、女(妻であり母である)が愛を出さない不幸は、それがいつか自分自身に返るのです。
どちらにしても、心が頑なであればあるほど女性としての幸せは遠のきます。せっかく私のブログを読む縁があったのですから、もう少し心を変えられたらどうでしょうか?その方がよい縁が回ってくると思います。
先ほど少し書いた女性も多分(多分ですが)私を意識して何か変えたことがあったのではないでしょうか?(そのような行いを何かしたのではないでしょうか、去年の年末くらいから今年の始めにかけて)そのような心になったから、天も私に伝えたのであると思います。
心と行いを変えないと運命は変わらないのです。
やはり女性なら女性らしい素直な部分がないと、結局自分が不幸になるのです。
どこか身体の調子がお悪いのでしょうか?そうであるなら、どこが悪いのか教えてくだされば祈りもしますが…。
どちらにしてもまだあなたは若いのですから、お身体には気をつけられこれからも頑張ってください。応援しています。



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