7月 21 2009
最後に……。
最後に自分の師のことを書いて、このブログも終わりにしたいと思います。
私の師であった園頭広周先生は、高橋信次先生の後継者(色々異論のある方は多いでし
ょうが)として、数十年の間、法を説き続けてこられました。そして亡くなられる三年前に倒
れられ、寝たきりになられてしまいました。
寝たきりになられたとたん、先生の弟子の中からも先生の悪口を言いたてる者が、でてき
たのは誠に遺憾なことでした。園頭先生は多くの病人を癒され、多くの奇跡を起こされまし
た。その奇跡を見て、助けられた人も大勢いたのです。そのような人達が、先生の悪口を
平気で言っているのです。この人達の心の軽さにあきれました。そればかりではなく、先生
のお体が不自由になられたとたん、先生を自分の友達のように扱い、ずうずうしい態度をと
りだした弟子もいました。師と弟子との間は、どこまでいっても師は師であり弟子は弟子で
す。弟子は師への一線を越えてはならないのです。
園頭先生は講演をされるときなど、必ず高橋先生のお写真に合掌されておりました。高橋
先生のお話をされるときでも、常に高橋先生を立てていられました。高橋先生は亡くなられ
ていたとはいえ、園頭先生は高橋先生との師弟の関係は常にもっていられ、尊敬の念を
忘れたことはありませんでした。そんな師弟関係を目の前に見ていながら、師のお体が不
自由になられただけで、友達のような態度を平気で師に向かってとる弟子達がいたのです。
師の悪口を平気で言っている弟子や、友達のように接した弟子達は、師の体が健康であっ
たなら、そのような悪口を言ったり、友達のような態度をとれたのでしょうか?そんな態度は
絶対取らなかったでしょう、なぜならそのような人達は師が健康な時は、師を神様のように
拝み、奉っていたからです。
このような人達が急に態度を変えられるのは、師の体しか見ていないからです。師の心は
まったくかわっていないのに、体しか見ていないからこのような態度を、師に向かって平気
でとれるのです。この人達は師のもとで何を勉強していたのでしょう。あれほど心が大事だ
と師が説かれていたというのに……。
師が寝たきりになられたため、多くの人が師を批判しました。法を説く人があんな寝たきりに
なったんではだめだ、だの、罰があたっただのと、しかし、こういう人は師の苦労を何も分か
っていない人達にすぎません。師はもう八十になろうかというご高齢でした。その高齢な方
が、もう何十年も重いカバンをもって全国を駆け回っていられたのです。そればかりではな
く家に帰れば本の執筆はある、悩みの電話はかかってくる、手紙の整理と返事は書く、と
ゆっくり家で休む暇もなく、また講演に出かけて行かれるのです。こんな生活を続けていら
れて、体を壊さない方がどうかしている、現実に師は病院の先生に、今日の講演は休みな
さい、と何度も止められていたのです、病院で点滴を受けられて、そのまま講演会場にいか
れたことも、何度もあったのです。師のこんな苦労も知らず、寝たきりの部分だけ見て、あ
れではだめだという人など、師のことを何も分かっていない人達なのです。
高橋先生もそうでした、自分の体は二の次にして、全国を駆け回りお体を酷使した結果、
過度の疲労からくる膵臓と肝臓の悪化で亡くなられました。如来と言われる方々は皆、
自分のことを二の次にして人のことを考えます、そのため体を壊され、最後は亡くなられ
るのです。自分の命を人々に捧げられるのです。
私は、その如来のことを少しでも知ってもらおうと、このブログを書いてきました。このブロ
グを読まれた方で、如来の法というものに興味をもたれた方は、ぜひ、ご自分で勉強して
いっていただきたいと思います。今、如来の法を正しく継いでいられる人はいません。
しかし、如来の本は残っています。その本を読み、実践していくしか如来の法が分かる方
法はありませんが、いずれ大きな奇跡が起こることになります。起こることになりますが、
その奇跡を理解するには法を知る以外にありません。一人でも多くの方が、大奇跡を目
の当たりにすることを、願ってやみません。どうぞ多くの方が、如来の法を理解されます
ように…。ありがとうございました。



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