>>ブログトップへ

3月 25 2012

二十一世紀は女の世紀

10:26 AM ブログ

今回、女性を対象にいくつかブログを書きましたが、女性は女性としての心の大切さを少しでもお分かりいただければ幸いです。

聖者が歴史に名を遺し、そのような方の教えやお人柄が後世に遺るのは、もちろん大事ことですが、その聖者の周りにいて聖者を助けた女性たちも、同時に後世に伝えることも大事なことではないかと私は思っています。(これこそ本当の男女平等です。そのような女性たちは聖者に大きな力を与えたからです。そういう女性たちなくして、聖者はその力を十分発揮できなかったからです。そのような女性たちは後世の女性たちのよき見本となるでしょう)

そのような意味では、そんな優れた女性たちにスポットを当てられ、正しく評価されたのは園頭先生が初めてではなかったかと思います。先生はずいぶん女性たちにきつい言い方をされましたが、やはりそれも女性たちの実力を認め、それだけ女性を評価されていた証なのだなと今改めて思えます。

ここに書いたような心の女性が男を伸ばすのです。男が伸びる余地はまだまだあるとは思いませんか?(何か遠まわしに皮肉っているようにも聞こえますが〔笑〕)

しかし、男女平等、同権などと突っ張って自分が男より上になり、我ばかり出している女性では、自分もよくならないばかりか周りにいる男まで潰してしまうのです。(そのような心は女性本来の姿ではないからです)

園頭先生は二十一世紀は心の世紀であり、女の世紀である、と言われておりました。

女が女としての本分を悟り愛を出すのであれば、悲惨な事件も減ることでしょう。最近よく言われるストーカー殺人なども、それをされる側の女性にもっと愛があるならば、こんな事件は起きないのです。

このようなことをする男も、やはり心に愛が足りないから寄ってくるのです。そのようなことをされる側の女性も、そのような男を引き寄せる心(そういう心があるからそんな男が寄ってくるのですから)そういう男を引っ張り込むような心をまず反省され、そうしてそのストーカー男を、神の愛で一杯満たすような祈りをされるといいのです。

そのような祈りを、そのストーカー男にされれば、その男の心が神の愛で満たされます。そうすれば、そのストーカー男も心が愛で満たされるのですから、自然とその女性には近づかなくなります。そういうこともしないで、ただストーカー男から逃げ回っているだけだから、そのストーカー男も(愛がほしいのですから)余計に寄ってくるということになり、最後はその心に気づいてくれないということで逆上し、悲惨な事件になるのです。

このような悲惨な事件も、女性がもっと愛を出すのであればぐっと減ります。そういう意味では女性が愛を出すことは大変重要なことであると思います。

これまでのように男女平等だ、同権だと男と張り合っていて、それで女性が女性としての愛をだせるのでしょうか?(張り合っていては何も出てきません。むしろ破壊されてしまいます。調和してこそ、そこに奇跡が起きるのです)

女性は女性としての役割を果たし、女は女らしくあってこそ、本当の女の愛が出てくるのではないでしょうか。

だから私は、ジェンダーフリーだの、男女共同参画など反対しているのです。

男と女を何でもかんでも平等に扱ってしまっては、中性のような人間しか生まれないのではないでしょうか?姿形は男であり女であるのに、心が中性ならそれは化け物以外の何物でもありません。そんな化け物のような人間をたくさんつくるから、おかしな事件が多発するのです。

姿が男なら、その姿に忠実に男らしくあらねばならないし、姿が女なら、その姿に忠実に女らしくあらねばならないのです。

過度の平等を言い始めてから、おかしな事件が多発し出し、おかしな世の中になって行ったのです。当たり前の話です。共産主義のように何でも平等で、自分は自分、人は人と分けて考えてしまったら、そのどこに(優しさや思いやりなどの一体感のある)神の愛があるのでしょうか?

神の子である私たち人間が、神の心からドンドン離れる行いをしていけば、当然そのような不幸な結果が出てきます。現在のような不幸な世の中は私たち自らがつくりだした、といえるのではないでしょうか。

では、その不幸な世の中を変えるにはどうすればいいのでしょう?それは神の心に多くの人が気がつき、神の愛を実践するしかない、ということです。

神の愛を具体的に言うのであれば、それは女性の愛なのです。(男の愛は古いものをぶち壊し、新しいものを打ち立てるという“破壊の愛”なのですから。しかし、この男の破壊の愛に女の愛が加われば、そこに調和が生まれて平和な世界が現れるのです)

であるならば、その女性たちが愛を出していかなければ、平和な世界はこないということになります。

男は男らしくあって、女は女らしくある、そうして一人一人が自分の使命、役割を悟ってそれをしっかり果たす。そのような男女が調和された世界こそ正しい世界であり、そのような世界が本当の愛のある神の国となるのです。

今回、このブログに書きましたような、優れた愛ある女性たちがたくさん出てきてくれることを願ってやみません。(何せ二十一世紀は女の世紀なのですから…女が変われば男は変わります。しかし、男が変わっても女は変わらないのです。女の方が業が深いからです)

女性の愛はすべてのものを浄化し生かし育む愛です。そのような愛に多くの女性が目覚めた時、本当に平和な世の中がこの世に現れます。そのような世界が早く来るのか、遅く来るのか(それともそんな世界は来ないのか〔笑〕)現在の女性たちの心次第ということになりますね。

(前回書いたブログですが…もちろんただの私の妄想です〔笑〕)

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。