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7月 19 2021

霊性発揮 悟るということ

10:07 AM ブログ

今日はドン引き状態ですね。どこかの会社などです。

よほど出ているんでしょうか? 恐ろしい天罰がです。しかし、ここら辺を歩いているとよく分かるんですが、その天罰がずいぶん出ているのは確かなようです。まあ、私の周りに起きていることが起きていることです。この辺りは神理を説いている私に逆らっている人たちばかりです。

では出るでしょうね。激しい天罰もです。その逆の現象である奇跡もずいぶん起きているからです。

しかし、こんなこといつから起きるようになったんでしょうね。私も昔はこんなこと起きなかったですからね。

神理を知っていた時でもです。園頭先生に教えていただいていた時でも奇跡らしい奇跡は起きませんでした。園頭先生が倒れられた後くらいからでしょうか。ちょこちょこ不思議なことが起きだしたのはです。

しかし、これだけ周りに不思議なことが起きてきたのは、この神理を説いて生活していこうと決めてからですかね。それもあの四十日の断食をして死にかけてからですね。(苦笑)

その後、改めてこのブログを書き始めたくらいから、祈るとその祈りが段々ときかれるようになり周りにいろいろな奇跡が起きだしたのです。

園頭先生も大東亜戦争時、戦地でやはり重いご病気になられ、四十日ほど断食されたことがあるといわれていましたが、その理由を先生は、天上界より使命を持って生まれてきた人が自分で自覚して悟りを開かない場合には、天上界からいろいろな方法でその人が悟りを開くように仕向けることがあり、その場合、断食同様の状態にして霊性を開発させられることがあるので、そのような人はそのような順序ももらうのである、ということを正法誌に書かれていたことがありました。

だから、モーゼやキリスト他、預言者といわれた方々は、そういう経験を皆されるのかと納得した覚えがあります。(こういう方々はみな荒野で四十日四十夜、断食のようなことされていますから)

そういう方々は、過去世でも相当の霊力を発揮されている方々ばかりでしょうから(モーゼやキリスト以外でも、エリアやエリシャといわれる方々もそうです。だから歴史に名が残るほどの霊力も現すのです。そういう方々は、過去世からそのような力を発揮していたからです)その過去世通りの霊力を発揮するには、それ相当の刺激を与えねば、そこまでの霊力を現すのは無理でしょう。

つまり、今生生まれて、普通の生活を送っているだけでは、そこまで人間離れした霊力をいきなり世に現すのは無理であるということです。だから預言者といわれた方々は皆そのような人間離れした経験をされるのです。(普通四十日も食事をしなかったら死にますから)

人間離れした経験をしなければ、人間離れのした神の業を現すようになるのは無理だからです。そこまでの刺激を与えねば、そこまでの(過去世の)力は現れてはこないということです。

だから、そのような体験を皆されているのかと、それを知った当時は自分なりに納得していましたが、しかし、まさかそれと同じ体験を自分がするとは思いもしませんでした。(苦笑)

しかし、そういう体験をすると、確かに、そのような過去世がある人は、そういう過去世の力が現れてくるようです。自分では気づかないうちにです。

今の私がよい例だからです。周りにドンドン奇跡も天罰も現れ、自分が驚くほどであるからです。

しかし、それもこれも皆、神理の実践があった上でのことで、神理の実践がなければ、どれだけ力を持った人でも、その力は現れてはきません。そういう人で(過去世が有名な人で)今生失敗した人たちなどごまんといるからです。(今生はまた特別なんですけどね。これだけ多くの釈尊やキリストの弟子たちが、これだけたくさん失敗したことは過去ありませんから)

悟りとは(宇宙即我の境地は別格として)今まで閉ざされていた心が、神理を知って広く開かれていくことをいうのです。(そのように、これもまた正法誌に書かれてありました)

このブログを見ている人たちは、せっかくその神理を知ったのです。

いつまでも心を閉ざしていないで、この神理に従い、広げ開いていきませんか。自分の心をです。

そうすれば自分の意外な霊力も現れてくるかもしれないからです。

(この神理に縁の深い人はみな持っていますからね。そのような霊力はです。それを出せないでいるのです。せっかく神理を知っても神理の実践を行わないからです。だから出てこない。自分の本当の力がです。そういう点でももったいない話です)

30コメント

30 コメント to “霊性発揮 悟るということ”

  1. うなっシー2023/02/17 at 9:22 AM

    おはようございます。今朝は随分と冷え込んで自動車よ硝子などは、久しぶりに真っ白に一面凍っていました。さて、昨晩我が家の夕食の時にはいつものように家族が揃ってのことになりまして、今日の出来事など話しながら箸を進めていると、会話の流れの途中で義母が「小さいころ、叔母から短気は損気っていわれたな、その頃から私変わらないんだね」と言ってました。確かに義母は私から観ても短気で愚痴も多く、そんな人ではあります。しかし、そのように小さい頃からのことを覚えているっていうことは、自覚があるのであって、それをどうするのか自分がどうしたいのか、そのような思いを持つのかそんなもんだと諦めるのか、そこのところが肝要であるのだと気づきました。人はやはり歳を重ねても本当の自分を求めているのであって、いつでもその自分に正直に向かい合うことができるのであり何を選ぶのか、それこそが生涯勉強だと言われる所以であることを教えてもらった気がしますし、義母から何か助けを求められている気もしたので神の子としての祈りを捧げてあげたいとおまいました、きっと、全ての人が同じ境遇であると思へば、尚気を引き締めてこの心理の道を歩んでいきたいです。

  2. gtskokor2023/02/17 at 7:54 PM

    そうですね。お義母さんを祈ってあげるとよいと思います。

  3. gtskokor2023/03/13 at 10:52 AM

    今日の名古屋は朝から強い雨と風で大荒れです。こちらはそういう荒れている人が多いので、そういう天気にもなるのでしょう。
    今日は落雷や突風などにも注意が必要であるといわれていますが、こんな天気を見ても分かりますよね。(地震まで起こされているようですから。ボケッとしている人たちも多くてです)そんな人たちよりも天は怒っているとです。
    それはそうでしょう。もう自分たちが悪いと分かっているのに、それでもまだ怒りまくっているような、そんな間違った態度をいつまでも取り続けている人が多いからです。
    自分たちが間違っているのですから、素直に頭を下げればいいのにね。そうして私のいう通りにするなら、その怒っていることはすぐに止まるのに、それを絶対しようとしない。
    だから止まらないのです。ずっと出続けているのです。(というか、どんどん増えているのです)恐ろしい災いがです。素直に頭を下げ自分が悪かったと布施すれば、すぐにその災いは止まるのにです。
    しかし、頑なにそれをしようとしない。
    その結果、どんどん災いが起きてきて、自分のみならず自分の家族までその災いは起きて、そうして自分が知らないだけでです。自分が知らないだけで実はもう自分たちの親戚にまで広がっているのです。そのような災いはです。自分が神に逆らい続けているせいでです。
    そういうものだからです。それだけ神に逆らい続けているのなら一族郎党が滅ぼされるからです。
    だいたい、天変地変を見るならそれは分かるはずです。12年前に起きた東日本大震災など見れば、どれだけ多くの人がどれだけ悲惨なことになるのか分かるでしょう。
    それが個人的に起きるのですから、当然そのようなことになるのです。神にとことん逆らっている人が一族の中にいるなら、その一族は(縁ある人たちは)段々悪いことが起きてきて、段々滅ぼされていきます。
    それは当たり前のことでしょう。そのような罪をつくればつくるだけ、その罪は自分に返ってきます。しかし、それが一度に自分に返りきらない時は(あまりにたくさん罪をつくりすぎていてです。例えばどこかの会社のようにです)当然、自分に縁ある人たちに返るのです。
    自分がつくった罪は自分たちに必ず返ってくるからです。その自分のつくった罪は自分と全然縁のない人には返らないからです。
    だから自分があまりに神に対して罪をつくりすぎるなら、そのとばっちりで、その者と縁のある人たちにその者がつくった罪は返るということです。
    だから一族郎党が滅ぼされるということにもなるのです。その一族の中にあまりに神に逆らいすぎている者がいるならです。親の因果が子に報い、とかいうでしょう。あれと同じです。あまりに一族の中に神に逆らう者がいるなら、その因果が一族郎党に報いるということになるのです。その人たちは、その罪をつくった人と縁ある人たちであるからです。
    だからどこかの会社など、自分たちが知らないだけでずいぶん親せきなどにも不幸な結果をもたらしているということです。この連中はほぼ毎日のように神理のじゃまをしているからです。もう十年以上にわたってです。
    では、どれほど多くの神に対する罪をつくったかしれません。当然、自分一人では返しきれるものではないでしょう。だから、その罪の多くが自分だけでなく、自分の周りだけでなく、自分の一族郎党にまで至っているのです。何度もいいますが、自分がつくった罪は必ず自分に返ってくるからです。では自分に返りきれない分は縁ある人に返るからです。
    だから逆らってはならないといっているのです。本当の神には(神の教えには)です。神理は恩恵も膨大(ぼうだい)なら、その罪も当然膨大であるからです。
    しかし、平気で神理に逆らい続けている。いつまっでたっても、どれだけ天罰を食らってもです。それではどんどん罪は増えていきます。よいのですか。それでもです。それでは自分だけでなく自分の一族郎党まで不幸にしてしまうからです。
    本当にもう一から十まで、いちいちそういう説明までしないといけないのですからこちらも大変なんですが、しかし、それでもいわないといけないのです。
    神に平気で逆らっているなど(そうして、この神理をいつまでも無視しているなど)どれだけ恐ろしいことをしているかしれないからです。
    だから、それを何度いっても理解しようとしませんが(このブログを見ている多くの人は)それでもいい続けるしかないのです。こちらは、それが分かるまでです。
    そうしないと、無神論を信じている人たちなど生涯にわたってどれだけ多くの罪を自分自身でつくってしまうかしれないからです。それではどれだけ不幸になるかしれないからです。
    だから、これだけ日本にも災いが起きていると(日本が災害大国にまでなってしまったと)ご理解ください。
    日本には、あまりに神を知らない人が多く、あまりにひどく神理に逆らい続けているからです。だから災害大国にもなる。それだけまともに神に逆らっていては、ひどいことが起きてくるのは道理であるからです。
    それを昔の人たちはよく知っていました。だから、誰も(それほどひどくは)神に逆らわなかったのです。
    何度も天罰が起きてくるなら従ったのです。その天罰が神が決められた正しさの基準とよく分かっていたからです。
    しかし、現代の人たちはそれが全然分かっていない。そうしてなんとこの世界のすべてをつくられた神まで否定しています。それは一番肝心なことが(正しさの基準が)何も分かっていない何よりの証拠でしょう。
    にもかかわらず、そのような(正しさの基準が何も分かっていない)人たちが自分たちは何でも分かっていると勘違いしている。(科学の発達だけを基準にしてです。心の発達は全然していないにもかかわらずです。実はそれが一番大事なものなのにもかかわらずです)
    だから大変なのです。このような大きな勘違いをしている人たちを黙らせ分からせることはです。よけいな知識がある分(科学が発達した分)よけいなこともいうからです。
    それがただの屁理屈であると理解もせずにです。
    こんなひどい結果が出ているのですから(日本が災害大国)自分たちが間違っていると分かりそうなものですが、それが分からない。責任転嫁の権化となり(それが屁理屈だというのに)プライドだけは高いからです。自分たちが変な知識だけはつけてです。
    しかし、それではいけないということを理解し、自分がいかにダメなのかが分かるまで、私はそれは違うといい続けるしかありません。
    まあ、分かりやすくいうならです。奇跡が一番起きる人が一番偉いのです。釈尊やキリストがそうだからです。(本当は奇跡など起きなくても神理が一番分かっていて神理を一番実践出来ている人が一番偉いのですが、それをいっても現代の人たちは全然わかりませんから。何かはっきりした違いがないとです。だからそういっているだけですけどね。奇跡が起きる人が一番偉いなどとです。これも方便です)
    だから私のいうことをききなさいといっているのです。現時点では私くらい奇跡が起きている人はいないはずであるからです。少なくともこのブログを見ている人の中にはです。(別に他のところから連れてきてもらってもいいですけどね。サイババとか、大川隆法とかでもです。両方とも死んでいますね。〔苦笑〕どちらにしてもこのような人たちは偽物ですから。片方はマジシャンで、もう片方は口真似師ですから)
    くだらないプライドなど早く捨て、屁理屈もやめて、素直に神理をきいて行いませんか。それが一番早く幸せになれる方法であるからです。
    その神理を多くの人が行わない限りはです。このような災いばかりが起きる日本は変わらないのです。(まあそれは世界も同じですが)

  4. gtskokor2023/03/14 at 10:33 AM

    今日も朝一からお怒りのようで今はドン引き中です。(もうそれがどこかはお分かりでしょう)
    昨夜も大変そうでしたからね。本当にお気の毒です。神にまともに逆らっている人たちはです。毎日毎日、何度も何度も天罰がくだるからです。
    本当に信じられないことが起きているんですが(信じれますか? 他の地域の皆さんはです。しかし、本当に起きているのです。こういうことがです)しかし、このような状況ではどんどん増えていきますね。天罰がです。
    だって、私の周りは嫌がらせをしてくる人はたくさんいても感謝の布施をする人などいません。感謝するまで(布施するまで)その天罰は止まらないのです。出続けるのです。では、天罰がくだる人が増えることはあってもあまり減らないでしょう。
    そういう天罰を食らっている人たちが、どんどん死んでいくというなら話は別ですが。(そのうちにそういうことが起きだしたりして。〔汗〕)
    しかし、こんなに分かりやすく自分たちが悪いということを教えられているにもかかわらず、それでも反発しますか。一体どういう性格しているのかと人格を疑うんですが、天罰がくだっているのに怒っている人たちなど過去いません。
    何度も分かるまでいいますが、いいのですか? そんな恐ろしい態度を取り続けていてです。
    天罰に逆らうということは(それを人のせいにしているということは、その天罰に逆らっていることと同じですから)神が決められた法則に逆らうということであり、それは神に逆らっているということになりますが、昔の人たちなら絶対に誰もしなかったであろう、そんな恐ろしい態度をこの辺りの誰もがし続けていて本当によいのですか?
    しかし、そんな態度を続けているなら身の破滅はもちろんのこと、自分の一族郎党まで滅ぼされていくのです。いま本当にそうなりつつあるではないですか。(昨日も書きましたが)もう少し真剣に考えてはどうでしょう。自分の態度をです。いつまでも怒ってごまかしてなどいないでです。
    どれだけ怒ってごまかしても、ひどいことが増えてくるだけなのです。それもそのようなことをしている人たちだけではなく、その縁ある人たちにまでです。自分のしていることの責任の重さをいい加減理解されませんか。それが分かるようなことがこれだけ次々に起きているからです。
    そういう人たちを観ていて神もどれだけ心を痛めていられることか。しかし、神がつくられた法則は絶対であり、誰も変えることは出来ないのです。自分の間違いに自分で気づき、自分でその間違いを正しく変えないことには、その災いは止まらないのです。
    その自分を含めた自分の周りに起きている災いは、すべて自分自身が(自分自身の間違いが)招いたものであるからです。
    だから、その自分の間違いを正さない限り、その災いは止まりません。それをどれだけ人のせいにしたところでダメなのです。その災いの原因は全部自分自身の間違いにあるからです。
    その間違いを正してください。そうすれば災いは止まるからです。
    これだけはっきり自分の間違いが分かるのです。そうしてもちろん正しいこともです。(私にはどれだけ奇跡が起きているかしれませんから)
    これだけ有難い話もないのではないですか。こんな教え世界のどこを探してもないからです。これだけ本物の、そうして正しい神の教えもないからです。そうであるからこそ、これほどの奇跡も、天罰も、現れているからです。
    それほどの教えに巡り合っているというのにです。何で逆らっているのですか? ボサッとしているのでしょう? 
    まったく不思議な態度ですね。特にお年寄りなどです。昨日も私に嫌がらせをしてきたお年寄りが何人もいましたが(ということは、その年寄りは私のことを、そうしてこの正法神理のことを知っているということになります)今生の人生の最後に巡り合っているのですよ。あなたは正真正銘の本物の神の教えにです。
    その教えをあなたはずっと探し求めてこられていたのです。あなた自身は気づいていませんが、これまでの人生の中でずっとです。
    その自分が探し求めていたものに最後の最後でやっと巡り合うことが出来たのです。これほど素晴らしいことはないのではないですか。これも神が引き合わせてくれた縁であるからです。
    その何ものにもかえられない素晴らしい縁をです。むざむざ無駄にするというのでしょうか。ダメにするというのでしょうか。もうこの世での時間が残り少ないあなたたちがです。
    そんなことをするならもう巡り合うことなどないのですよ。正真正銘の本物の神の教えにはです。これまでのように祈ろうが、お経をあげようが何も起きてこない、そんな偽の教えに巡り合うことはあってもです。
    こんな次々に奇跡が起きてくる、そんな教えに巡り合うことはもうないのです。それでもよいのですか? あなたたちもこの人生が長いのであるなら、少し落ち着いて考えてみてください。禅定などされてよく自分の心に問いかけてみてください。
    そうすれば分かるからです。心の中から声がきこえてくるはずであるからです。『その教えを学べ』とです。
    これしかないからです。自分が生まれてきた目的はです。すべての事がここに帰結するからです。
    若い時にあれをしたいこれをしたいなどといっていてもです。そうして、それをしてきていてもです。段々、身体が(肉体が)衰え、いうことをきかなくなった時には皆すべての人が神のことを思うのです。神の心に帰りたいとそう思うのです。
    私たちはすべて神の子であり、最後の最後にはそれが(神の子であるということが)分かるよう仕組まれているからです。
    まあ、それでもこの世のことに執着し神のことなどまるで思わず(思い出さず)苦しんで死んでいく人も最近は多いのですが(本当に哀れです。そのような人はです。もちろんそれでは地獄行きです)しかし、最後にはみな神を思うのです。年を取ると信仰心が厚くなるのがそのよい証拠なのです。
    なぜ、そんな皆が皆、最後に神を思うのか? それが私たちが神の子であるという何よりの証拠なのです。
    この神理を学び行うなら誰もが本当に救われていきます。いい加減気づいてください。自分が一生をかけて探し求めていた教えがいま目の前にあるということにです。(もっというならもう何生もかけてです。皆さん方は何度もこの世に生まれてきて、その都度に、この正法神理を探し求めていたからです)
    皆さん方はこの正法神理を永い間探し求め、今ようやく巡り合うことが出来たのです。
    それを心は知っています。自分の心にきいてみてください。そのやっと巡り合った神理を無視していることが本当によいのかどうかをです。
    深く深く心に問うてみてください。そうすれば分かるはずであるからです。この正法神理と巡り合ったことの真の素晴らしさがです。

  5. gtskokor2023/03/15 at 10:25 AM

    しかし、最近はまた有名人がよく亡くなりますよね。昨日もそんなニュースが流れていました。(中華の鉄人とかいう人が亡くなったと)
    年寄りの人が多いには多いんですが、しかし、若いバレーの選手(31歳)も癌で亡くなったとかいわれていましたし、こちらでも同じことが起きているんではありませんか? 昨日もずいぶん多かったからです。騒いでいる人たちがです。
    しかし、その騒ぎ方もです。もうキレるまでいかないのです。どこも引きながら怒っているので、怒っているのか単に仕事をしているだけなのかよく分からないんですが、しかし、私が何か言葉をかけると急に黙ったり怒ったりするのでやはりこちらに向けてやっているんだなと分かるわけです。そのような態度でです。
    とにかくもう私が歩いていると、そんな音がしてくるだけではなく、ウロウロ会社から出てくる人はいる(そうして何かちょっかいをかけてくるんですよね)トラックの運転手で自分からブシュブシュやってきたのに、私が何かいうと窓を開けて文句をいってくる人はいる、本当に賑やかなものです。(苦笑)
    しかし、鳥や魚たちのようにです。(昨日もいっぱいいました。昨日は堀川にですが。魚だけでなく鵜やら〔昨日はまた鵜がたくさん飛んできていました〕カラスやらスズメやら他の鳥たちもたくさんです)私に愛を持って寄ってきて騒いでいるならいいんですが、怒りを持って寄ってきて騒いでいる人には必ず天罰がくだります。
    だから、昨日そんなことをした人たちにはもうすでにくだっていることでしょう。そのような天罰がです。最近の天罰のくだることの早いことといったらないからです。どこかの会社など見ていると本当によく分かるからです。
    もうドン引きですからね。どこかの会社もです。なぜかといえば騒ぎだすと必ず誰か病気になるからです。それがそのように騒いでいる最中にも起きてしまうのです。
    だから騒ぎたくても騒げない。騒いでいると次々に病気になる人が出てきてしまうからです。
    それでもやってきますよ。この連中はです。しかし、すぐその後に誰か病気になるのです。その繰り返しですから、もうさすがにドン引きしているわけです。この超がつくほど札付の連中でもです。それが一番病人が出るのが少ないからです。
    しかし、それでも出るんですよ。何か災いはです。しかし、おとなしくしていることが一番その災いが出るのが遅いんでしょう。だから黙っている。でも災いは止まらない。
    もう八方塞(はっぽうふさ)がりですね。この連中はです。
    しかし、それはこの連中だけではないでしょう。この辺で(引きながら)騒いでいる人たちも同じなのです。なぜなら、こういう人たちは今回は騒いでいますが、次回通る時はまずドン引きしているからです。そうしてしばらくドン引きしていたかと思ったらまた騒ぎだす。その繰り返しなのです。
    だから、どこかの会社と同じことが起きているといっているのです。
    騒げばすぐに災いが出る。だから黙るが、しかし、黙っていてもどちらにしてまた災いが出る。それで騒ぎだすのですが、しかし、前のようにキレたような怒り方は出来ない。キレたように怒っていると、どんなひどい災いが出るかしれないので、だからキレるほど怒れないが、しかし、災いが出ているので黙ってもいられない。しかし、私に向かって騒げばまたすぐに災いが出る。だからまた黙る。その繰り返しなのです。
    だからこちらも八方塞がりなわけです。どうやっても災いが出てきてしまうからです。早いか遅いか、その違いなだけだからです。
    だから私は昨日ちょっかいをかけた人はもう天罰がくだっていると書いているのです。もうどこもかしこもそんなことが起きているからです。
    しかし、それでも布施などしないんですよね。このような人たちはです。
    悪いのはすべて私であるからです。そんな悪いことをしている奴に布施など出来るかとそういうわけなんですよね。(まあ、私に嫌がらせをしている人たちだけにはいわれたくありませんが。そんなことはです。〔苦笑〕)
    では、仕方ありません。天罰がくだるのを持っていればいいでしょう。そういうことをしている人たちに(神理を見ているのに感謝もせず嫌がらせをしている人たちに)天罰がくだるのも時間の問題であるからです。そういう人たちが(反省もせず)無事でいられるわけがないからです。
    もしかして最近亡くなっている(それだけでなく変な病気や事故など災いが起きている)有名人も、まさかこのブログを感謝もせずにずっと見ていて、それでそんなことが起きているなどということはありませんよね。(誰でも見れますから。このブログはです。それに神理は誰が見ていても不思議ではありません。どんな有名人も、どんな地位名誉がある人でもです。神が導くからです)
    もし、そうならそれは天罰ですから、早く神理に感謝(布施を)した方がいいでしょう。そうしないと、その天罰はまだくだるからです。感謝もせず神理を見ていることがいかにいけないことかが分かるまでです。(死んだ人はくだりようがないだろうと思う人もいるかもしれませんが、死んだ人はあの世の地獄でくだります。そういう態度が間違いと分かるまで地獄で苦しみ続けるのです)
    それは嘘ではありません。だからこちらなどこんな世にも恐ろしいことが起きてきているのです。天罰がどんどんくだり、その天罰がどんどん激しくなるという、これほど恐ろしいことがです。(その恐ろしさをただ理解出来ないだけなのです。こちらの人たちは、神も、神の恐ろしさも理解しないからです。それでは天罰の〔本当の〕恐ろしさも理解しないのです)
    そういうことになるのです。神理に対し(本当の神の教えに対し)そんな傲慢不遜な態度を取り続けるならです。まだ、分かりませんか。それがです。自分たちがどれだけ罪深いことをしているのかがです。
    どうか死ぬ前に、自分がどれだけ傲慢なことを(恐ろしいことを)しているのかだけでも悟ってください。このブログを感謝もせず平気で見ている人たちはです。
    そうしないとです。死んだ後のその人の行き先は、それはそれはひどいこれまでの人たちが体験したことがないような、深い苦しみの(地獄の)世界に堕ちていかなければいけなくなるからです。

  6. うなっシー2023/03/16 at 5:16 AM

    校正している最中に操作ミスで投稿されてしまいました。こちら校正済みななります、お手数お掛け致しますが先のもの削除お願いします。
    こんにちは、最近はすっかりポカポカ陽気で出歩く時の服装も気がつけば薄いものを選んでいるようになりました。地元のサクラ並木の名所では、まだ三月半ばというのに花弁を広げて、日差しをいっぱい取り込むその様相を一目見ようと賑わいを見せているほどです。さて、私の方といえば神に対し、もう既に祝福に満たされている、という想いが向上してきた気がしているのです。それはこれまで周りの縁のある方々にそのような祈りをしてこなかったことへの反省の実践からのことです。すると、先日よく私と話をする方から、最近アレルギーか知らないけど喉が咽せて薬を飲んでるの、と言ってきたのです。最初は花粉なんだ、と思って毎年のことでしょう、と聞いたら今年初めてでというのです。そうなんです、その症状の出始めが私が祈った時期からと偶然にも重なるのです。また、先日話を聞いていると、私と話をしていると胸の辺りからイガイガしてきて、だから咽せるようになって声が変になるのというのですから、祈りが現れていることなでしょう。そんな話を思い出している今、あれ、そういえば私の義母も最近病院に行き出していることも思い出しました。しかし、辛いのは症状が出ている人なのでこれからは、義母はもちろん、先ほどの仲間もですが、これからも同じように祝福のイメージでの祈りは継続しながら、しっかりとサポートしていこうと思います、当然ですが神理の話を声掛けしていこうと思います。

  7. gtskokor2023/03/16 at 10:08 AM

    頑張ってください。私たちは(神理を実践している者たちは)祈れば何か結果が現れてくるからです。
    こちらなどもう大変な結果が現れています。昨日はまた女優さんが亡くなったなどというニュースが流れていましたが、大丈夫でしょうか? こちらの人たちはです。バタバタ人が亡くなっていくなどということが起きていないでしょうね。昨日もひどかったからです。どこかの会社などです。
    もう次々に現象が現れてきてキレまくっているようで(ずいぶん引きぎみではありましたが)それでも現象が止まらないので夜遅くまで騒いでいました。
    今日の朝など窓を閉め切っていてあまり人の気配がしません。
    それでもこのブログを書き始めると中でガチャガチャやり始めて(もはや執念ですね)それで「今日も出るぞ」などとこちらが声をかけるとシーンとなってしまいます。
    もうずいぶん減っているんではないですか。この会社の従業員もです。どんどんどんどん病人が出てきているようであるからです。
    昨日も外を歩いているとあちこちの家の中から(昨日は会社や工事現場より家の方が多かったです)ゴホゴホガハガハきこえてくるのです。よほど効いたのでしょう。昨日書いたブログがです。(なら布施すればいいでしょう、といいたいです。そうすれば何も起きないからです)
    しかし、大丈夫ですか。そんなことを家の中からしていてです。
    そのようなことをしてくる工事現場や会社など必ず何か天罰がくだるのです。(それも最近はすぐに)だから、すでにくだっている人たちも多いと思いますが(朝になったら真っ青なんて人が多いんじゃないですか。昨日私にそんなことしたを人たちはです)その天罰はもうそれだけでは終わりません。しばらくすると(反省の期間が過ぎると)また現れてきます。
    神理を見ていることに感謝して布施でもされませんか。そうしない限り、その天罰は止まることはないからです。それをしてはじめて、そのような(神理を説いている者を迫害した)罪は許されるからです。
    昨日は庄内川にもしばらくいっていたんですけどね。その川岸に座っていた時のことです。
    ザバーンという大きな音が急にきこえました。それで、その音のした方に顔を向けると大きな波が立っています。「なんだあれ?」と声が出ました。不思議に思ったからです。魚が跳ねた割には立っている波がずいぶん大きかったからです。
    大きな魚が跳ねたんだなと思いしばらくそちらを見ていたんですが、そうしたらです。そうしたら見間違いかもしれませんが、何かイルカのような生き物が急に頭を出したのです。一瞬だけですけどね。
    「えっ」と私は思い、それで声をかけたんですけどね。「おい、もう一回顔を出せ」とです。何度も声をかけましたが、結局その生き物は一度頭を出したきりで、その後は姿を見せませんでした。
    前に名古屋港でスナメリを見たことがあるので(やはり前のブログに書いたことがある名古屋港で見たユーマはスナメリでした。こちらのニュースで名古屋港にはスナメリがいるということでやっていたからです)そのようなスナメリでもきたのかなと思ったんですが、しかし、よく思い出してみるとなにかアザラシの頭ようにも見えましたので、もしかしたらあの多摩川のタマちゃんのようにです。
    庄内川にもアザラシがきているのかもしれませんね。最近はよくそのような生き物があちこちの川にくることがあるとネットに書かれてありましたから。
    もしアザラシなら庄内川ならショウちゃんということになりますが(笑)まあ、そういう生き物はあまりきてほしくはないですね。そういう生き物がくるとまた人もたくさんきて、庄内川にもいきずらくなるからです。
    人が多いところに私がいくと大変なことに(今なら大惨事に)なるからです。(こちらは私に感謝する人がほとんどいませんから。では、嫌がらせしてくる人ばかりで、どれだけ天罰がくだるかしれないからです)
    どちらにしてもです。神理を行っているとこういう驚くような楽しい出会いも増えてきます。(さっき書いた名古屋港のスナメリでもそうです。名古屋で流れていたニュースではあまり映っていませんでしたが、私の動画にはよく映っていますよ。だって、そのスナメリに声をかけたら〔ちょっとこちらにこいとです〕私の目の前まで泳いできて目の前で五分ほど泳ぎ回っていましたから。バシャバシャやっていましたから。それが動画にバッチリ撮れています。〔笑〕)
    いつまでも逆らっている(無視している)よりもです。せっかく神理を見ているのなら少々でも実践した方がいいですよ。その方が災いからも守られ(ウナッシーさんのコメントの件で最初に書きましたが)祈りもきかれるからです。
    他の信仰ではどれだけ祈っても自分の祈り一つきかれないでしょう。しかし、この正法神理は祈れば必ずきかれるのです。何らかの形でです。
    ずいぶん恐ろしい現象が次々に現れてきています。しかし、私の周りでは庄内川での件でもそうですが、そのようなほんわかしたことが起き続けています。
    まーた北朝鮮がバカバカミサイルを撃ちまくっているようですが、こういうこともです。日本国内に神理を実践する人が増えてくるなら、減ってくるのです。ミサイルなど撃っている場合ではないくらい北朝鮮国内が混乱し始めるからです。
    そういう作用も起きてくるからです。神の導きによってです。
    神理はすればするだけよいことが起きてきますが、逆にその神理に逆らいなどすればです。逆らえば逆らうだけ危ないことが起きてきます。神理に逆らうということは神に逆らうということにほかならないからです。
    いい加減日本の人たちもです。神を認め、神の心に(それは即ちこの正法神理に)従いませんか。
    そうすればです。ずいぶん幸福なことも起きてくるからです。今のように災いばかりが起きるのではなくです。

  8. gtskokor2023/03/17 at 10:33 AM

    昨日は白鳥公園のもう少し向こうにある神宮東公園まで足をのばしたんですが、そこの公園にある池にはカモがやたらたくさんいます。誰かが餌付けしているみたいでそれでなんですが、そこの池に私がいくとそのカモたちがやたらと騒ぐのです。
    昨日もそうでした。私がいくとしばらく大騒ぎしていたものですから、その場面を動画に撮ったんですが(それは面白かったんですが……)そのカモに負けないくらいどこの会社の連中も騒いでいましたね。昨日も夜遅くまでです。(それは怖かったです。〔恐〕)
    大変そうですね。この会社、毎日毎日、朝から夜までたくさん出ているようであるからです。災いがです。今日も朝からよく電話がかかってきて怒ったり引いたりしています。こうしている間にも家族から病気になる人が出ているのではないでしょうか。それでよく電話がかかってくる。今日など朝は怒っていたはずなのに、今は引いているからです。
    しかし、毎回こういうことを書いているとです。何か私が作り話をしているとでも思う人も多いのでしょうか。あまりに毎日そんなこと(病気になっただの何だの)ばかり書いているからです。そんなことが毎日起きるはずがないと、かなり大げさにもって書いているだろうとそう思ってです。
    昨日でも、小学生や若いおねえちゃんたちが平気で私に嫌がらせをしてきましたから。これだけそういうことをしてはいけないと(危ないと)書いているにもかかわらずです。
    「お前ら一生終わるぞ」などといったんですが、平気な顔をしていってしまいました。大丈夫なんですかね。私がここに書いていることは嘘でももってもいないからです。いま起きていることをそのまま書いているだけであるからです。
    だから、そんな哀れな小学生やおねえちゃんたちはもう分かったと思います。私がここに書いていることは嘘ではないとです。本当にそういうことは起きるとです。
    またこう書いてもです。そんなのは嘘だと、だいたい分かるわけないだろう自分に嫌がらせしていった者たちが病気になっているかどうかなど、などと思う人もいるのでしょうが、しかし、分かるのです。もうそういう人たちに確実に何か起きているということはです。
    そうなった例を私は山ほど知っているからです。会社や工事現場などで一日で態度が変わってしまった人たちを私はたくさん見ているからです。
    そういう体験をしたうえで、そのように書いているのです。まったく根拠もなく書いているわけではありません。そこは間違わないようにしてください。あなたたちの少ない体験では分からないようなことを私はたくさん知っているからです。
    そういう様々な体験をしている者のいうことはもう少しきいた方がいいでしょう。それをきかないばかりに、どれだけ多くの人たちが不幸になっているかしれないからです。そういう不幸になった人たちがもし私のいうことをきいていたのなら、決してその人たちは不幸にならなかったからです。
    それは別に今からでも遅くはないと思いますよ。私のいうことを素直にきくなら、災いは去り、幸福が訪れてくるからです。だから素直にききませんか。神理を説いている者のいうことをです。
    本当は怖いんでしょう。多くの人たちはです。こんなことばかり起きていて怖くないはずがないからです。特にどこかの会社など怖くてならないはずです。私など月に一度の会合のたびに癌になる人が出たという話だけでも十分怖かったのです。
    それでも怖いのに、なんで毎日、横の人が癌に(奇病難病に)なっていくのが怖くないのでしょう。怖くないわけがない。それはどこかの会社の人たちだけではないはずです。
    似たようなところはもうたくさんありますし、先ほど平気で嫌がらせをしてくると書いた小学生や女の人たちもです。本当は怖くて仕方ないんですよね。だから無理して平気な顔で私の顔を見ると嫌がらせしてくる。そのままではいつ自分が病気になるかしれないからです。
    それで私に八つ当たりしてくる。神理を見ていながら感謝しないままでは怖くて仕方ないからです。そのような病気になった人たちがもう周りにはたくさんいるはずだからです。(特に小学生たちはです。そのような罰が当たった小学生はもうこの辺りたくさんいるのです。そのような小学生たちは私に嫌がらせ〔迫害〕ばかりしてきたからです)
    そうであるならです。もう素直に頭を下げませんか。この正法神理にです。神理に逆らった自分たちが悪いからです。
    そういう態度を取るなら皆が皆、救われるのです。もうこれ以上は逆らってはならないのです。あまりに多くの人たちが神理に逆らったがため(特にこの辺りなど)これだけ多くの災いが雨あられのように降り注いでいるからです。
    昨日また漫画家の人が亡くなったとニュースになっていましたが、そんな有名人だけでなく、こちらもすでに多くの人が亡くなっているのです。あまりに多くの人が神理に逆らっているためです。どんどん滅ぼされていっているのです。(まさか有名な人たちもそうなんじゃないでしょうね。〔汗〕)
    もう神を認め、神理を認め行いませんか。その認めた正法神理をです。多くの人がそうするなら多くの不幸が幸運に変わり、多くの人が救われていくからです。しかし、いつまでも神を認めず、神理を無視したままなら、いま不幸な人の不幸は決して消えることなく増えていきます。
    もう神を認めて神理に耳を傾けませんか。そうすればです。そうすれば、ずいぶん心も楽になり多くの奇跡も現れてくるからです。

  9. gtskokor2023/03/18 at 10:37 AM

    いやいや昨日はまた凄かったですね。
    私はいつも外に午後から出ていく時は、昼食を取ってしばらくして昼の休憩時間中に出ていくのです。(だいたい12時30~45分くらいの間に)
    その方が静かだからです。1時過ぎに出ていくと出ていく時にこの近所のあちこちの会社がゴンゴンガンガンやかましいからです。
    ところが昨日は同じような時間に出て昼休みだというのにです。あちこちの会社から人が出てきて何か怒っています。そうして、そういう人たちが私が歩いていくとよけいなことをしてくるではありませんか。だから出ていく時からもう様子が違っていたのです。いつもとはです。いつもはそんなことないからです。昼からやっているところもありますが(そんなところは昼くらい休めといいたいです)ほとんどのところが(どこかの会社さえ昼は)静かであるからです。
    「なんかまた今日はやたら怒っているな。あっちもこっちも」などとブツブツいいながら歩いていきました。
    昨日は洗濯しにいったんですが、そうすると歩く(辻説法する)コースも決まってきます。コインランドリーで洗濯している合間に荒子川公園まで歩いていって、荒子川公園で生き物たちと戯れてまた戻ってくるいつものパターンです。そのコースだけで十分辻説法も出来るからです。その途中から荒子川公園の周りから、私が歩いているとちょっかいをかけてくる会社がたくさんあるからです。
    それでそのコースを昨日も同じように歩いていったんですが、そうしたらです。やはり怒っているところが多いのです。それも引き気味にです。みな同じような態度で怒っています。
    どこもやること一緒だなとは思ったんですが、荒子川公園について、しばらく休んでいた時のことです。荒子川公園は周りの会社がうるさいといっても、あの公園は広いのでその場所から離れると静かになります。
    だからうるさいところから離れたところで生き物たちに(鳥や魚たちに)癒されていることが多いんですが、昨日はそうではなかったのです。昨日など公園内で工事しているいくつかの業者までやたらうるさくて、とてもおれたものではなかったからです。その荒子川公園で休んでいても、あちらからゴンゴン、こちらからシャーとかきこえてきてです。まあ、はっきいって公園内にいる業者全員が怒っていた、昨日はそんな感じでした。
    だからいつもならです。荒子川公園にいったら中で一時間ほど時間をつぶすんですが、昨日は10~15分ほどではなかったですかね。いたのはです。周りがうるさくていれたものではなかったからです。
    だからもうです。大げさにいうならこちらで私に嫌がらせをしている、そうしてこの神理を見ていてまったく感謝もしない人、すべてに何か災いが起きているような、そんな感じにも思えました。だって、大人だけでなく子供まで怒っていたからです。あちこちにいた子供までです。(もう春休みですか? 昨日はやたら子供も多かったです)
    私は何度もいっています。神理を見ているのなら感謝しないといけないとです。それをいつまでもしないから悪いことも起きてくるのです。
    昨日はまた元祖大食い女王の人ですか。(私もテレビで見たことがあります)その人が亡くなったというニュースが流れていましたが(俳人の人も亡くなったとか中日新聞に出ていましたが)有名人も最近は毎日のようにそんなニュースが流れてきます。
    何かこちらで起きているようなことが起きているみたいにも見えますが、まさかそんな有名な人たちがこのブログをただで見ているなどということはありませんよね。私がこれほどそれはいけないといっているにもかかわらずです。また、そんな(有名な)人たちはさぞお金も持っているはずであるにもかかわらずです。
    それなのに、そんなこちらの人たち同様、神理を見ていながら布施一つしない、そんなせこいマネはしませんよね。有名な人たちは皆、心も広く気前もいいはずであるからです。(笑)
    そう思いたいですよね。だって、すごくきれいでお金持ちの女優さんなどがこのブログを(長年)ただで見ていたなどとこちが分かったらです。さすがに幻滅するではないですか。この人、こんなにきれいなのに、そんなにせこくて心が狭い人だったんだ、などと分かったらです。(苦笑)
    まあ、そこらへんはよく分かりませんが、この正法神理を見ているにもかかわらず、こちらの人たちと同じようなことをしているのなら、同じようなことは起きてきます。(有名無名、関係ありませんから天上界はです)
    そこはご了承ください。何度でもいいますが、神理を見ていながら(それが分かっているのに)何の感謝もしなかった人たちなど過去いないからです。今生の人たちだけであるからです。そんな不遜なことをしているのはです。それなら確実に罰は当たるのです。
    この大食い女王の方は癌で亡くなったそうですが、この方が私のブログを見ていたかどうかは知りませんが、見ていたのなら、このような亡くなり方をするのも道理でしょう。
    私があれほどただで(感謝もせず)このブログを(神理を)見ていてはいけないといっているにもかかわらず、それを無視していたのですから。(私この人から布施をもらったことなどありませんから)それならこういう死に方をしても不思議ではないですし(奇跡が起きて癌が治るということもなかったでしょうし)死んだ後まで不幸になります。そのまま地獄に直行し徹底的に反省させられるからです。そのことをです。(神理を無視していたことをです)
    だから、私のいうことをきかず神理を感謝もせぬまま見ていて癌になっている人などはです。(そういう人がこちらには多そうですが)その癌が完治することはありません。一時は治ったように見えてもまた必ず再発し、最後はその癌で死んでいくことになるのです。
    そのように神が導くからです。また、そのような運の悪い道をたどらなければ、その人は(大きな)間違ったことをしていたということに気づかないからです。
    だから決して運のいいことは起きないということです。いつまでも神理を感謝もせず見ている人にはです。
    特にこちらの人たちにはいっておきますが、もうこちらなどものすごい数の災いが、ものすごい勢いで出始めているようです。
    それもこれも私のいうことを無視し逆らい、神をこれだけ怒らせた自分たちが悪いのです。このままでは名古屋が滅んでしまうかもしれませんよ。そのくらいの勢いでこちらは災いが現れているようにも感じるからです。昨日でもそうですが、もう町全体に災いが現れている、そのようにも感じるからです。
    いい加減、改心し昔の人たちと同じ態度を取りませんか。神理に対し感謝されませんか。それだけでずいぶん変わるのです。周りに起きてくることはです。
    そんな神理に対して横柄な態度を取り続けるなど(それが大人〔老人〕から子供まで)これほど危ないこともないのです。その通りの危ないことが次々に起きています。
    それもこれもすべてです。すべて自分たちの態度が悪いからこうなっているのです。
    その態度を反省するなら災いは消え奇跡が現れてきます。神を信じ、神理を信じ、行ってみませんか。その正法神理をです。
    そうすれば必ず奇跡は現れてくるからです。

  10. gtskokor2023/03/19 at 10:48 AM

    どこも最近は元気がなくなりましたよね。怒っているところは多いんですがあまり元気がない。引きながら怒っている。昨日もそうでした。そういうところが多かったからです。
    そういう、あまり元気がなくなったところに私が「もう止まらないんだろう。どこもそうだからな。もう布施しろよ、そうすれば止まるから」とか、キレているところには「そんなにキレてて大丈夫か。それで無事ですむと思うか」などというと、とたんにシーンとなってしまいます。
    少し前まではそんなこといおうものなら烈火のごとく怒るところが多かったんですが、ずいぶん減りました。そういうところもです。
    私が何かいってキレだすなど、そんな無謀なことをしてくるところはもう新しいところだけです。新しい現場などは、まだ知らないのでそんな態度も取れるのです。一度や二度くらいしか天罰がくだっていないからです。その後、その天罰が延々と続くなど知りもしないからです。
    しかし、もう何年も前から私にそんな嫌がらせを繰り返しているところは、もうそれを(嫌がらせを)している限り天罰は続くと、しかも段々ひどくなると知っています。
    それでは元気もなくなるでしょう。そういうベテラン(?)のところには最近など、その天罰がかなり激しくくだりだしているようであるからです。どんどんどんどん病人が広がり、すでに家族に至るまでそうなっているようであるからです。
    もうやめにしませんか。そんな愚かな抵抗はです。やればやるほど(神理に逆らえば逆らうほど)災いは起きてくるからです。それをもうこの辺りの多くの人たちは知っているはずであるからです。
    そうなるのです。昔も今も神理に(本当の神の教えに)逆らっているならです。だから、昔の人たちは誰もそんなことはしなかった。神理に逆らいなどしたら、どれだけひどいことが起きてくるかしれないからです。だから誰も逆らわなかった。それが神理と分かった時点でです。
    それでも逆らい滅ぼされた人たちを、昔の人たちは知っていたからです。過去、神理に逆らい滅ぼされていった人たちの話は本当であると、みな信じていたからです。
    奇しくも、そのような神理に逆らったばかりに滅ぼされたという話は、嘘でもデタラメでもなかったということを、そのようなことをまったく信じていなかった(ただの伝説であると勝手に思い込んでいた)いま現在の多くの人たちが証明していますが、そのようになるのです。
    そのように導かれるということです。正しいことを正しいと認めず、いつまでも大間違いをしているとです。特に神のことはです。
    このようになるなら嫌でも神を認めざるを得ません。神を認めようとしなければ、いつまでたってもその天罰は続くからです。
    だからもうそのような人たちは認めざるを得ないのではないですか。神の存在をです。神の恐ろしさをです。そうして神理の正しさも神理に逆らった人たちが滅ぼされたという事実もです。
    それが分かるような現象が次々に周りに現れてきているからです。
    だから神は言葉では語らないのです。そうして姿を現されることもないのです。
    神は力であるからです。(私は何度もいっています。神とは超大意識の超大エネルギーであるとです。形あるものではないとです)だから、神は力は現わされますが、言葉もお姿も現わされるものではないのです。その力を通して教え悟らされるのです。人間たちの間違いをです。
    だから自分たちが自分で悟らないといけないのです。自分たちの正しさも間違いも、その起きてくる現象によってです。それが神のお力であるからです。
    だから昔の人たちは、あまりに周りに悪いことが起きてくるなら、それは自分たちが悪かったと反省されたのです。それが神の力が現れていると、それが神の教えであると知っていたからです。
    それが正しかったということがいま現在、証明され続けています。それを否定している人たちによってです。
    そのようなまことに皮肉な結果が現れているのですが、だからもう素直に神を認め、神の業を認め、今度は神理の戦士となって世にこの正法神理を広めませんか。皆さん方ほど神理の業を体験し、知っている人たちもいないはずであるからです。こちらはずいぶん熱心にこのブログを見ている人も多いからです。(まあ、神理を知りたいからか、それとも私憎しからか、それは知りませんが。〔苦笑〕)
    だから、あのキリストの弟子であったパウロのようにやりませんかといっているわけです。パウロも最初はキリスト教を認めず、キリストの弟子たちを迫害していたからです。
    しかし、天からのキリストのお力(奇跡)により(だからパウロは直接のキリストの弟子ではありません。この世ではパウロとキリストは会うことはなかったからです)回心し、そうしてあのように世界にキリスト教を広め多くの奇跡も現わしたのです。
    それと同じことが出来ますよ。少なくとも、このブログを読んでいる人たちにはです。
    パウロと同じような現象が現れているからです。皆さん方の周りにもです。(パウロは天から降りてこられたキリストにより目を見えなくされたのです。それと似たような現象がたくさん現れていますから。特にこの辺りはです。ボンボンボンボン病が現れる、そのような現象がです)
    何でパウロにそのような現象が現れたのかといえば、パウロはキリストが説かれた神理と縁が深かったからです。パウロには神理流布の使命があったからです。
    だから、そんな奇跡も現れた(「ダマスコの回心」と呼ばれています。そのキリストがパウロの目をふさがれた奇跡はです)それと同じ奇跡が皆さんの多くには起きているのです。ただ、自分たちが気づいていないだけでです。
    そこでしっかり改心(回心)し、神理流布が出来るなら、当然現れてもくるのです。パウロと同じような現象はです。
    もうここまできたらです。開き直って回心し神理を世の人々に伝えませんか。皆さん方ほど神理を知っている人たちもいないからです。(知識体験共にです)
    それが出来るなら、大悪人から大天使へと変わることにもなるのです。一発逆転もなるのです。大悪人から大天使へと自分が(心が)変わるなら、多くの奇跡も現れくるからです。
    世界を変えませんか。この教えが広がるなら確実に世界は変わるからです。もちろんよい方にです。そのような使命が皆さん方には(このブログを読んでいる人には)あります。
    それほど偉大な使命をです。いつまでも果たそうとしないからこれほど悪いことも起きているからです。

  11. gtskokor2023/03/20 at 10:45 AM

    パウロのダマスコの回心(奇跡)のことをもう少し書いておきますが、パウロは厳格なユダヤ教徒として育ったため、最初は異教徒であるキリスト教徒たちを迫害しておりました。そのうちにパウロはシリアのダマスコに大勢のキリストの弟子たちがいるということを耳にし、そのダマスコに向かいます。
    その向かう途中のことでした。天から光が差し、その光に包まれたパウロは「サウロ(パウロ)サウロなぜ私を迫害するのか」というキリストの声をききます。そこで天のキリストといくつかの会話をし、それからパウロは目が見えなくなって、ダマスコでキリストの弟子の一人にその目を癒されるまで自分の目は見えなかったのです。
    しかし、目を癒されたパウロはそのダマスコでキリスト教徒へと回心し、一念発起して多くの地域にキリスト教を伝えるのです。その時に多くの奇跡も現れました。そのパウロが伝えたキリスト教が唯一その当時の神理であったからです。
    そのパウロの活躍は使徒言行録などに残されていますが、しかし、もしです。もしパウロがこの時に回心しなかったらどうなっていたでしょう。ダマスコの回心がなかったとしたらです。
    それはもうお分かりでしょう。もし、あの時パウロがダマスコで回心しなかったら、パウロはこれだけ多くの人に知られることもなく、多くの奇跡が現れることもなく、後世に名が残ることもなく、そのまま(目が見えないまま)不遇(ふぐう)な一生を終えたことでしょう。
    パウロがダマスコで回心しなければ、パウロはキリストの弟子にあうこともなかったでしょうし、キリストの弟子にあわなければパウロの目が癒されることもなかったでしょうし、そうであるなら不遇にもなるのではないですか。その当時など差別もひどく、そんな目の見えない人をやさしく面倒を見てくれる人などほとんどいなかったはずであるからです。
    しかし、パウロはそこでキリストの教えに(神理に)回心したから、目も癒され、あのような華々しい(後のキリスト教徒たちがあこがれるような)活躍をすることも出来たのです。
    つまりパウロの人生は、そこで(キリストに目を見えなくされたことで)大きく変わったということです。
    だから、このブログに(神理に)出会い感謝もせずに病気になっている人たちはです。パウロと同じ人生を歩んでいるということです。
    そうではないでしょうか。パウロはキリストが昇天されたのちにキリストとあったから、そのような形になりましたが(キリストの肉体がすでにこの世になかったので天のキリストとあい奇跡を〔病気を〕現わされた)しかし、もし、その時にキリストがこの世にいられたのならです。同じ奇跡をパウロには現わされたことでしょう。キリスト教徒を迫害しているパウロにはです。
    だから、それと同じことが起きているだけでしょう。今生の人たちにはです。私を迫害している人たちがあまりに多いからです。何度もいいますが嫌がらせや無視は迫害と同じであるからです。
    だから、パウロと同じ人生を歩んでいるといっているのです。今このブログを見て私を迫害している多くの人たちはです。
    神理を説く者を迫害し、神理流布をじゃましているのです。(無視もじゃましているのと同じですから。神理流布にまったく協力していないからです)だからパウロと同じことが起きているのです。回心前のパウロに起きたことと同じことがです。このブログを見ている人たちも神理に縁があった人たちであるからです。
    昔の人たちは(ユダヤ教徒のように敵対していなければ)そのような神の教えをよくきき帰依まではしなくても感謝(布施)くらいはしてくれたのです。だからキリストもあれだけ多くの人を癒すことが出来た。
    その生活は保障されていたからです。そのようなキリストの福音をきいて感謝の布施をする人がたくさんいたからです。
    しかし、現代の人たちは、神理を勝手にきくだけきいて(それはかまいませんが)まったく感謝などせず(布施などせず)迫害しているだけです。
    それではこういうひどい現象も多くなるということです。だからたとえ、今キリストが現れたとしても、キリストも私と同じ奇跡を現わされたことでしょう。決して癒しの奇跡を現わされることはなかったということです。(多少はあったでしょうけどね。心ある人もゼロではないですから)
    もし、現代にそのような癒しの奇跡を現わしてもです。結局、自分たちの商売などに利用されるだけで、みな本気で神の教えに帰依しようなどとは思わないからです。これだけ自分のことしか考えない人たちが多くてはです。
    それなら、まずその間違った考えを正さなければならないということで、そのような迫害してきた人たちを次々に目を見えなくされた、などということもされたのではないでしょうか。キリストは激しい方であったからです。
    如来は、その時代に合わせて法を説くのです。(奇跡を現わすのです)
    だから、この世に出られたキリストが毎回、毎回、多くの人を癒されるということではありません。キリストは(ガリラヤ湖の)大嵐も一瞬で鎮められたのです。ということは、キリストはそんな天変地変も自在に操れるというそういう力も持っていられたのです。(モーゼ同様の)だからこんな時代なら、そちらの方の(天変地変や病気にするなどの)現象をたくさん現わされたということです。私同様です。
    キリストはあの時代だったから、あのように多くの人たちを癒されたのです。あの当時は(今から二千年前は)差別はひどくても神を真摯に信じる人は多かったからです。
    しかし、今生は(差別はひどくなくても……その差別のひどくなさの度が過ぎていますが)神を真摯に信じる人などほとんどいなくて、無神論かまたは神を信じていても、その神を何か自分の使い走りか便利屋のように思い、自分たちが困った時だけ神頼みするなどという都合のいい人がほとんどなのです。
    そんな不遜な人が多い時代には、たとえキリストが現れたとしても癒しの奇跡が行われることはないということです。
    ですから、このブログを見ている人たちはパウロのもう一つの人生を歩んでいるのです。回心しなかった方の悪い方の人生をです。
    だとしたら、そのまま進めば不遇な一生しか待っていません。
    しかし、回心するなら、その人生は大きく変わります。
    後世に名を遺す(多くの奇跡が現れる)華々しい人生を送りませんか。このブログを見ている人たちは唯一それが出来るのです。このブログを見ている人たちは、それをすることが出来る(釈尊やキリストも説かれていた)正法神理に出会っているからです。
    それをするもしないも自分次第です。パウロに倣(なら)いませんか。回心するなら多くの奇跡も現れてくるからです。

  12. gtskokor2023/03/21 at 10:33 AM

    昨日は驚きましたね。すさまじい怒り方をしている会社があったからです。
    もう、うるさいうるさい、私が歩いていく真横ですさまじい音を立ててくるんですから呆れました。そこは上場会社なんですけどね。それなのに、そんな品のない怒り方。もう上場を廃止しないとダメですね。そんな周り中に平気で迷惑をかける、そんな会社はです。(もう名古屋中にきこえるのではないかというくらい〔大げさにいえば〕でかい音でしたから。〔苦笑〕)
    ここに社名を書いておきましょうか? よいというならまた私が通った時に同じくらいの怒り方をしてください。そうするならバンバン社名を書きますから。〔笑〕
    しかし、それにしてもの怒り方ですね。なんですかね、あれは。これまでも怒っていたことはありましたが、あれほど怒っていたことはなかったからです。逆にその反対側にある会社などこれまではずいぶん怒っていたんですが、昨日はドン引きしていました。
    あちこち怒っている人は増えるし、こんな極端な態度を取るところも増えるし、逆にトラックなどまた減っているような気がするし、一体、何が起きているんでしょうか? この辺りはです。
    そういえば最近は、このブログにどこかの会社のことを書くのが減りましたよね。なぜだか分かりますか? 
    かなり静かになったからです。それであまり話題にしなくなったのです。でも、やってますよ。くだらいない嫌がらせはちょこちょこです。今もやってるくらいですから。昨夜もひどかったようでしたからね。また夜遅くまで出ていたようであるからです。難病奇病がです。それではらいせにやっているのでしょうが、しかし、ずいぶん静かにやっています。なぜでしょうか?
    この会社の連中が何で静かになったのか? 
    それは一人、超がつくほどの札付の奴がいまして(超うるさいのが)それがいなくなったからです。その一人やたらうるさいのが抜けて、それでずいぶんうるさくなくなったのです。この会社の連中もです。これまでやたらうるさかったのは大方そいつがしていたからです。
    4~5日前だったでしょうか。そいつがまたやたら怒っていたんですが、何か怒り方がいつも以上に激しかったので(さっきの上場会社のようにです)それで私が「どうした癌でもなったのか」というと、とたんにシーンです。
    それで、こいつも癌になったのかと分かったわけです。その翌日から、そんな感じでこの会社の連中も急に迫力がなくなりました。その超札付がいなくなったからです。(今頃は入院しているんですかね。しかし、この札付はずいぶん長く周りに大きな音を立て続け多くの人に苦しみを与え続けていました。これからはその苦しみが自分に返ってくることになります。ずいぶん苦しいと思いますよ。この札付は、その苦しみを与えていた期間が長くずいぶんひどいこともしていたからです)
    だからあまりどこかの会社のことを話題にしなくなったんですが、この病気がたくさん出ているんでしょう。どこもです。
    つまり『癌』がです。癌になる人がそこらじゅうに出ている、だからどこもたくさん怒っているのです。私が難病奇病がたくさん出ているといっていた、その難病奇病とは、大方がこの癌であったからです。もちろんすべてではないでしょうが。
    だから、そこらじゅうが烈火のごとく怒りまた超ドン引きもしているわけです。
    だって、そんな周りに癌になる人がどんどん出てきたら、そういう態度にもなるんではないですか。そういう超極端な態度にもです。冷静ではいられないはずであるからです。
    いくら神を信じようとしない現代人であってもです。一体、何が起きているのかと、誰だって思うからです。
    それをすべて私のせいにしているから、先ほど書いた上場会社のようにこれまでにない怒り方をするところも出てくるわけです。これまでにないほど癌になる人が周りに出てくるなら、これまでにないくらいな怒り方をしていても別に不思議ではないからです。
    それを全部私のせいにしているのなら、その私に対してこれまでにない怒り方をしたところで、それはそうなるはずだからです。
    だから、あちこちの人が怒りだし、極端なところが増え、トラックも減るのです。
    トラック連中など相変わらず私の顔を見るとブシュブシュやってくるのがたくさんいるのです。それをしてくる運転手たちが次々に癌になるならトラックが減るのは当然だからです。さすがに癌になってはトラックの運転も出来ないからです。
    だから、そんな運転手にいっておきます。私の顔を見てブシュなどとやっていく運転手はです。みな癌になります。実際そうなっているはずだからです。それでもいいならやってきてください。しかし、それだけ愚かな行為もないのです。(これだけ書いても、それでもやってきますからね。この辺りの子供のような運転手はです。しかし、そういう愚かな運転手が減ることを願ってやみません。だってこれでもまだしてくるようならもうその人は確実に癌になるからです。それだけ神が現わしている神の業を〔何度もいいますが天罰は神の業ですから〕なめた態度もないからです)
    だから、私の周りで癌になる人がどんどん増えていると考えるなら、いま私の周りに起きていることの謎が解けるわけです。周りの多くの人たちのおかしな態度の謎がです。
    だから、この推理で間違いないと思いますよ。どんどん増えているのです。私の周りで癌になる人がです。
    こういうことも起きてくるから、私は神理に逆らってはいけないと、そうして神理を見ているのなら感謝(布施)しないといけないと、そうくどいほどいい続けたわけです。
    あまりに神を怒らせるなら(神理に逆らうくらい神を怒らせることもないですから)これくらいの恐ろしいことは起きてくるからです。
    だからもうきいてはどうでしょう。私のいうことをです。神理を見ているのならちゃんと感謝してはどうでしょう。癌になってもいけないからです。
    また、癌になってしまった人もです。それまでの行いを反省し、ちゃんと感謝の布施をするなら、その癌は完治していくのです。それも奇跡的にです。(そのような治り方をするということです。心を入れ替えるならです)
    しかし、それでもまだ神理に反発し、絶対に自分の心を変えようとしないのなら、そのような人たちは確実にその癌で死ぬことになります。未来の人たちがそうであったからです。
    園頭先生の悪口をいっていた人が次々に癌になり、その癌で助かった人は一人もいなかったからです。
    だから、このブログを感謝もせずに見続けるというなら、見続ければいいですし、私に嫌がらせをし続けるというなら、それはし続ければいいのですが、ただです。
    ただ癌になっても知らないということです。そうなっている人たちがこちらではどんどん(すさまじい数)出ているからです。そうして、いま現在も進行形であるからです。
    そんな恐ろしいこともです。皆さん方が神理に反発するばかりでなく感謝するなら止まるのです。
    神理を見ているのならちゃんと感謝しませんか。昔から多くの人たちは皆そうしてきたからです。

  13. gtskokor2023/03/22 at 10:11 AM

    もう相当やばいですね。どこもです。
    どこかの会社など今日は朝からすさまじい怒りようです。(といってもあまり迫力はありませんが。大バカが一人いなくなったため)この会社など昨日でも朝から昼から夜から次々に災いが出ているようでした。
    だからパニくるのも仕方ないのかもしれませんが、昨日などでも外に出ていくと最初にそんなところが(キレまくっている会社が)あったかと思ったら、その後はもうどこも水を打ったような静かさで(皆ドン引きしていたという意味です)後のところなどもう私が何をいってもまったく音がしてきませんでした。それどころか、一人二人、会社から出てきて、こちらを見てウロウロしていた従業員までいたくらいです。
    そんなウロウロしているくらいなら私が歩いているんですから、こちらにきて頭を下げ布施でもするならその人は救われるのに、それはしない。そのような極端な態度のところばかりでは、どこかの会社同様、ずいぶん恐ろしいことが起きている会社が多いはずなのにです。
    まあ、皆の手前です。やりたくても出来ないのかもしれませんが、しかし、そんな態度は取れないというのであればです。「すいませんでした」の一言くらいメールして、布施でもしておけば、その人やその人の家族は救われます。
    そうしたらどうでしょう。もはやすさまじい勢いで癌が出ているようであるからです。この辺りの多くのところでです。
    この今のような状況では(私がこれだけ周りに嫌われていは)自分だけ私に頭を下げるなどすれば周りとうまくやれなくなるということもあるでしょう。「なんだお前だけそんなことして」などといわれてです。
    それでは仕事もしずらくなるでしょう。ですから、それも(そのようなやり方も)仕方ないのです。それも方便です。今はそのような態度でも神は許してくれます。
    とにかく一刻も早く私に(神理に)感謝(布施)した方がいいでしょう。本当にもう凄い勢いで難病奇病が(特に癌が)広がっているようであるからです。
    それは子供らも同じなのです。私に感謝出来るなら、その子供は助かるからです。これだけ会社などに難病奇病が現れているのなら学校の子供たちにも現れているはずだからです。ずいぶん私に対し(神理に対し)横柄な態度を取っている子供も多いからです。
    そういう子供らは神理を見ていることに感謝することです。そうして、私の悪口をいっている子供も多いのでしょうが、そういう話にはあまり乗らないことです。そうすれば自分は助かるからです。
    そういう話に乗っかって、同じように私の悪口をいっていると、自分も危ないのです。そういう神理を説く人の(園頭先生)悪口をいっていた人たちが次々に癌になった(未来の人たち)という例を私は知っているからです。
    だからいっているのです。子供らは神理を見ているのなら、そのことに感謝し、絶対にその神理を説いている人の悪口をいってはならないとです。そういうことをしている人にも天罰はくだるからです。
    そうして昨日でも歩いていく人で、ずいぶん私に嫌がらせをしてきた人がいましたが(こんな内容のブログを書いているのでよけいでしょうが)自分たちに何も起きていないからと、少しくらい大丈夫だろうと、書いているブログに腹を立て、それでそんなことをしてくる人もいるのでしょうが(大方の人がそうなんではないですか。これくらいのことでは何も起きないだろうと高をくくってです)しかし、そのような起きそうもないことが起きるのがこの正法神理なのです。
    そんなことが起きるわけないだろうと、そんな話きいたこともないと、自分の体験だけで判断し、それでそのような甘い考えで私に嫌がらせをしてくるのでしょうが、そういう考えられないことが実際に起きてしまうのです。神理はです。
    だからそんなことしてはいけないというのです。神理は信じられないことが本当に起きてしまうからです。
    この辺りのそこらじゅうで癌がどんどん広がっているなどということが信じられますか。しかし、それをいうならです。私のようにスズメや魚がたくさん集まってくるなどということが起きた人がこれまでいたでしょうか。
    私はそういうことが起きているということを、ここに書いているだけでなく動画にまで取って公開しているのです。
    だからいっているのです。計り知れないことが起きるのが、この正法神理であるとです。
    だから何度もいますが(信じていない人が信じてくれるまでです)本当に起きているのです。そんな恐ろしいことがです。あまりにこの辺りの人たちが神理をないがしろにしているからです。絶対に、ないがしろになどしてはいけない一番大切なものを(神の子の人間にとって)多くの人がないがしろにしているからです。
    だから、そんな考えられないような恐ろしいことも起きてくるのです。だからそんな甘い考えで私に嫌がらせなどしてくるなら、とたんに天罰がくだり、どんな難病奇病になるかしれません。
    もう回心しませんか。パウロではありませんが、それこそ名古屋の回心をです。
    回心した人から救われていきます。いま名古屋では大変恐ろしいことが起き始めています。しかしそれは何も名古屋だけとは限らないでしょう。これまでも日本全体ですさまじいまでの天変地変が起きているからです。だから日本は災害大国などといわれるようになったからです。
    しかし、そのような多くの災いも回心する人が増えてくるならいくらでも減らすことが出来ます。いま現在は、計り知れない奇跡が起こせる正法神理が出現しているからです。
    どちらにしても、その神理に回心しなければ本当に危ない人がたくさんいます。
    急がれてはどうでしょう。これ以上モタモタしていては本当に多くの人たちが滅びてしまうからです。

  14. gtskokor2023/03/23 at 10:07 AM

    もう大騒ぎですね。どこのテレビ局も侍ジャパン、侍ジャパンとです。
    いくら何でもやりすぎでしょう。さすがにテレビを観なくなりましたね。これだけ同じニュースを何度も何度もいつまでも流されてはです。
    くどすぎてトラウマになりそうだからです。(苦笑)
    だいたい、WBCで侍ジャパンが世界一になったからと、それで何かこちらにいいことでもあるのでしょうか。どこかに奇跡でも起きるのですか? 自分たちの心が向上するとでもいうのでしょうか? まったくありませんよね。そんなことはです。
    逆に心が低下するでしょうね。このバカ騒ぎをそのまま真に受けたらです。そのようなことで騒いでいるファンもファンですが、何ですか、あの選手たちのシャンパンファイトなどしてのはしゃぎようはです。
    そもそも飲み物を頭からかけるなど、そういう行い自体が間違いですし、それを飲みたくても飲めない人もいるのです。少々やりすぎではありませんか。プロ野球の優勝時のビールかけなどでもです。なんでもそうですが節度は(中道は)大事であるからです。(ほんと子供の教育に悪いですよね。あんなの見せたらです)
    だいたい日本など、どんどん貧困層が広がっているのです。(私もその一人ですが)こういう状況でこのバカ騒ぎ。ドン引きして見ている人も多いでしょうね。日本国内には明日の飯さえ困っている人もいるからです。
    にもかかわらず、政府の物価高対策が2兆円? 桁を一つ間違えていませんか。(どう考えても20兆円の間違いでしょう)政府はいくらでも通貨を発行出来るのです。その通貨がなくて日本国内はどんどん貧困になっているのです。それなのに何でその自国通貨である円をもっともっと発行されないのですか?
    政府の通貨発行がもっと増えるなら、少なくともその貧困の方だけは解決出来るのにです。
    ほんともうちょっとまじめに考えてもらえませんか。政治家の方々もです。
    一方でどうでもいいことにバカ騒ぎしている人たちもいれば、それにまったく参加することなく困っている人もいます。(だからもう世界各国でオリンピックなど中止しろという声がどんどん上がってきているんでしょう。そのオリンピックに使う金を、生活に困った人たちに使うならどれだけ多くの人が助かるかしれないからです)
    何度でもいいますが、もう少しまじめに(真剣に)考えませんか。今していることをです。少しやり方を変えるだけで多くの人が救われるからです。
    それはこちらも同じなのです。どこかの会社は相変わらず今日も朝からお怒りなんですが(あまり元気なくです)それも分かります。昨日もいましたからね。残念ではありますが最後まで見苦しく騒いでいる人がです。
    また、夜までやたらうるさいのがいたものですからね。それで「なんだまた癌にでもなったのか」と声をかけたのです。
    そうしたらシーンです。しばらくするとまた騒ぎだしたので「頭を下げんでいいのか」というとまたシーンです。
    しかし、しばらくするとまた騒ぎだします。頭を下げれば助かるのにね。しかし、それでもまだ神理に頭を下げるのは嫌だというのですから、それではその人はそのまま癌で入院して死ぬことになります。神理に逆らい続けていてはまず助かる見込みはないからです。
    それに最後まで、そんな見苦しことをしているのです。(最後っ屁のように最後まででかい音を立てて周りに迷惑をかけ続けてです)そうであるなら、その人は死ぬ間際まで苦しみが続き、そうして死んだ後も、その苦しみは終わることなく続き、その罪を反省するまで、そうしてその罪の償(つぐな)いが終わるまで、苦しみは続くのです。
    自分がつくった罪は全部自分に返ってくるからです。その罪を返し終わるまでは自分の苦しみは終わらないからです。
    だから、今日も朝から怒っているわけです。どこかの会社の連中はです。癌になる人が止まらないことの悔しさと、今日もまた癌になる人が出るということが分かっていることの恐ろしさと、その両方でです。
    なんか壮絶ですよね。そう考えるとです。こういう人たちはです。
    この会社だけでなく、そういう会社は他にもたくさんあるからです。この会社ほどの頻度では起きてはいないのでしょうが、それ近くは起きているところもあるはずだからです。だから(ドン引きしているところも多いのですが)烈火のごとく怒っているところもあるのです。次々に癌になる人が出ているからです。
    そんな恐ろしことが起きているにもかかわらず、頭を下げてくる人が一人もいない。神理に逆らい続けているから、そうなっているということはもう明らかなのにです。
    それでも神理を認めない。自分たちが悪かったことを認めない。
    だから、壮絶だといっているのです。そこまでなっても(そうして、そういう癌になる人が周りに続出していても)それでも自分の(間違った)考えも態度も改めようとはしないからです。
    昨日もそんな人がたくさんいました。自分の態度を反省せず私に嫌がらせをしてきた人がです。大人から子供までたくさんです。
    しかし、そのような人たちが反省するまで、この恐ろしい現象は続き(増えることはあっても)止まることは絶対にないのです。
    神理に逆らう者に大人も子供もありません。神理に従う者は神の祝福を受け逆らう者は罪を負うのです。
    それがこの世の決まりであるからです。それを認めないと、どれだけ反抗しようが、それをすればするだけ自分自身に災いが起きてくるのです。そのような行いは間違っているからです。
    そのいった通りのことがこれだけ起きています。
    それでもお前のいうことなど認めないという人はそうすればいいでしょう。しかし、そうでない人はです。少しでも自分が悪かったと思える人はです。私がいう行いを取ってください。神理に感謝してください。その行いが出来た人から救われていくからです。
    何度でもいいますが、もう少し真剣に考えませんか。いま起きていることをです。

  15. gtskokor2023/03/24 at 10:58 AM

    昨夜も凄かったですね。(どこかの会社の話が復活です。〔苦笑〕)10時過ぎにガッチャンガラガラガラとか平気でやっているんですから呆れました。
    こちらがちょうど祈っていた時だったんですが、それをじゃましているのです。周りじゅうに迷惑を平気でかけながらです。どうもあの札付がまだいるようで(ほんとガックリです。あいつのこの世での使命はまだ終わらないようです。自分の使命が終わらないうちは激しい天罰もくだりませんから)一時静かだったのは、何かするとすぐにまた何か起きてくるから、それで静かにしていただけだったようです。
    しかし、その祈りをじゃまするだけで大きな音を立てていたのはいいんですが、やはりその後すぐに何か起きたようで(朝、確認したらその通りだったです)それで今日も朝から怒っているんですが、ずいぶん引いています。
    引きながらそれでも怒っています。(ガーガーやって)またこのあと何か起きてくるのが分かっているからです。それでもまだ嫌がらせをしている。本当に哀れなんですが(ほんとそんなのがいるこの会社。黙って仕事をしている人たちは本当に危ないのです。この札付が神を怒りに怒らせているからです。神理を書くのはじゃまする、祈りはじゃますると、やりたい放題であるからです。それではまだこれからどれだけ恐ろしい天罰をくだされるかしれないのです。この会社にです)しかし、昨日もそんな人がいました。そんな哀れな人がです。
    昨日の夕方、私が家の近くまで帰ってくると近くの工場から一人の従業員が出てきてこちらに歩いてきました。こういう時は、何か起きている時です。案の定すれ違いざまに傘をバサバサやり嫌がらせをしていきました。
    その後すぐにピンときました。この人も癌になったとです。(最近は分かるようになってきましたね。それも心に浮かんでくるのです。あ、この人に何か起きたとか、前の会社に何か起きたとかです)
    しかし、本当に死にますよ。そのままではです。未来の時がそうだったからです。園頭先生の悪口をいって癌になった人はみな死んだのです。半年、一年くらいの間にです。
    ひどい病気になり、反省しないままでいるなら、その人は確実に死ぬことになります。反省されてはどうでしょう。特にひどい病気になっている人はです。それが最後のチャンスであるからです。そこで反省出来ないのなら(神理に回心しないのなら)もう死しか待っていないからです。
    そうして、そのような死は今生での修業の失敗を意味し、確実に地獄に堕ちるのです。すでにそうなっている人はたくさんいるはずです。未来の時の比ではないくらい多くの人たちが、いま現在はこの正法神理をけなして(無視し認めず)いるからです。
    そんなことをしていれば、数多くの災いも起きてくるからです。
    だから、そのことを知らなかった。神の教えだか何だか知らないが、そんなのを別に認めようが認めまいが、無視しようが無視しまいが、何も起きることはないと、そう思っていた。現代の人たちはです。
    これまでがそうだったからです。これまでの信仰などやってもやらなくても大して(というか、全然)変わらなかったからです。その信仰をしたからと特別いいことが起きるわけでもなく、それをしなかったからと、それで特別悪いことが起きるわけでもなく、神への信仰とはそういうもので、やれば気分がよいがやらなくても特別罰が当たるわけでもなく、無味無臭なもの、それが信仰であって、だいたい、神など存在しないんだから、神への信仰とは名ばかりで、それは形式的なものにすぎず、単に精神的によいだけで実質的には何も起きないのであると、それが信仰であると、そう信じていたわけです。現代の多くの人たちはです。
    昔の人たちは、存在しない神など信じて恐れ、ちょっと天気が悪くなるなら神が怒っていると自分たちを反省し(それはただの自然現象にすぎないのに)やってもやらなくても変わらない、そんな何も起きない信仰とは名ばかりなものをまじめにしていたと、それは本当に滑稽であると、そう思っていた人も多かったことでしょう。現代の人たちの中にはです。
    しかし、それは間違っていたということです。そのような現代の人たちの考え方はです。
    それをどれだけ証明しているかしれないのです。そんな信仰を軽く考えていたその現代の人たちがです。
    昔の人たちが考えていたように、神は存在し、神への信仰をないがしろにするなら確実に天罰はくだり、その信仰を正しく行うなら確実に奇跡は起き、そうして、神への恐れをなくし神を無視するなら(無神論とはそういうことですから)天変地変はどんどん激しくなり、災いが数えきれないほど起きてくる。いま現在そうなっているからです。
    その昔の人たちが、恐れしなかったことを、そんなの迷信とかまわず今の人たちがしていたら、昔の人たちが思っていた通りのことが本当に起きてきたのです。この科学全盛の現代にです。
    だからもう、認めざるを得ないのではないですか、といっているのです。昔の人たちの神への考え方が正しかったということをです。そうして、それをバカにして神を無視していたから、こんなことになっているということもです。
    だから、現代の人たちはそれを知らなかった。神は存在し、神を無視するなら、神の怒りを買い、すさまじい数の災いも起きてくると知らなかった。
    だからこういうことも起きていると、もう理解し、考えを変えないといけないのです。今の考えのままでは本当に危険であるからです。実際に危険なことばかり起きているからです。
    もう、これまでのような考え方は間違っていたと分かったのです。自分たちの周りに、神を無視し信仰を無視していたら、そんな信じてもいなかったことが次々に起きてきたからです。だからもう信じざるを得ないのではないかと、認めざるを得ないのではないかと、そういっているわけです。昔の人たちの考え方をです。これほどの現象が起きてきてはです。
    だから、昔の人たちがしていた態度は正しかった。神を恐れ、本当の神の教えが出現したなら、喜んでその教えに帰依する。そうしないとどれだけ多くの災いが現れてくるかしれない。また、その本当の神の教えに今生巡り合えたのならどれだけ幸運かしれない。それだけ多くの奇跡も現れてくるからです。その本当の神の教えに巡り合えるならです。
    その本当の神の教えがいま目の前に出現しています。だからこんなことが起きたのです。頑なな現代の人たちも神は存在すると分かったのです。この正法神理の出現によってです。
    それにもかかわらず(それがもう嫌というほど分かったにもかかわらず)いつまで無視を続けるのですか。この本当の神の教えである正法神理のです。
    それをしている限り不幸は続くのです。しかし、必ずです。必ず最後にはみなこの正法神理に帰るのです。これほどの現象が現れてくる教えをいつまでも無視など出来ないからです。
    この教えの出現を多くの人たちに知らせねばなりません。もういい加減力を貸してくれませんか。多くの人たちの力がなければそれは出来ないことであるからです。
    この教えを世界に伝えるなら、世界に奇跡が起きてきます。どちらにしても無視を続けるなら不幸にしかなりません。神理を行うなら多くの奇跡が起きてきます。まず信じて行いませんか。この正法神理をです。
    そうした人だけが幸せになれるからです。(本当にいつまでも意地をはっていると危ないですよ。本当に意地をはっている人たちが次々に滅びていっているからです。この事実を世界に早く伝えねばなりません。お前のいうことなどきけるか、ではなくこの偉大な教えを多くの人に伝えませんか。それほど徳になる行いもないからです。そのような人に多くの奇跡は起きてくるからです)

  16. gtskokor2023/03/25 at 10:19 AM

    昨日もひどかったですね。やたら怒っているところはある、急にドン引きしてしまったところはある、夜遅くにまた急にでかい音を立ててくるところはあると(もちろんそこがどこかはお分かりでしょうが。〔苦笑〕)もう極端な態度を取るところばかりでした。
    しかし、本当に怖くはないのでしょうか。こういう人たちはです。私など(何度もいいますが)未来にいた時に月に一人二人癌になる人が出ているだけでも怖かったのにね。
    それなのに何でこの人たち、そんなことが毎日のように起きていて、ただ怒っているだけとか、黙っているだけとかなんでしょう。まったく不思議ですね。そんなことが起きているのなら、もう少しやりようがあると思うからです。
    それともなんかやってるんですかね。自分たちで。お祓いやら祈りやらです。それでも全然止まらないというのなら、それはもう打つ手なしで怒ったり黙ったりするしかないんでしょうが、だから、私に布施すれば止まるといっているでしょうが。それをしないから止まらないのです。後のやり方はみな間違っているからです。
    だから、どこにいって祈ろうが、どこでお祓いしようが止まらないのです。その災いはです。残念ではありますが、神理に感謝もせず逆らい起き続けている天罰は、その神理に逆らっていることを反省し神理を見ていることに感謝しない限り、止まらないからです。
    お前のいうことなどきけるかですか。まあ、いつまでも小さなくだらない意地をはっていてもよいことは起きません。誰がいおうが正しいことは正しく、間違っていることは間違っているのです。正しい行いをしない限り災いは止まらないのです。
    神理を見ているのならです。感謝の布施をしてください。そうすれば、その災いは止まるからです。それが神理に対する正しい行いであるからです。
    その布施といえばです。昨夜、祈りと禅定をしている時にちょっとその布施のことを考えたのです。あまりにもそのもらえる布施が少ないからです。
    よく考えれてみればです。もう10年以上も神理を説き続けていて多くの奇跡も現れているのに、それにもかかわらずですよ。それにもかかわらず、私にこれまで布施してくれた人など10人にも満たないくらいなのです。そのくらいの人からしか布施をもらえていないのです。あまりに少ないですよね。布施してくれる人の数がです。
    昔ならです。神理を説いて奇跡が現れてくるなら黙っていても布施など集まったものだからです。多くの人からです。それが今生はこれだけ神理を説いていても10人の人からも布施をもらえることが出来ない、一体これはどういうことなのか? ということです。
    そこがどうしても疑問だったので、それでそのことを昨夜の禅定している時に天に問うてみたのです。
    そうしたら、ある答えが心に浮かんできて、それで納得したわけです。「ああ、それで布施をもらえるのがこれだけ少なかったのか」ということをです。
    その浮かんできた答えを簡単にいうならです。その使命を果たす人が果たしていないということです。神理に布施する使命のある人がです。その使命を果たさないのです。たびたび書きました、あの松下幸之助さんのようにです。
    だから神理を説いているにもかかわらず私にはこれだけ布施が集まらない。神理に布施をしなければいけない人たちが、その使命を果たさないからです。
    だから私の周りには病人や死人が(あるいはけが人などもでしょうが)これだけ出るのです。
    そういう人たちの中には私に嫌がらせをして、それでそういう現象が現れている人もいますが、そうではなく自分の使命をしっかり果たさずそうなっている人もいるからです。
    つまり本当は私に布施しなければいけなかったにもかかわらず、それをしなかったばかりに、そういうことが起きた(そういう気づきの現象が起きた)人もいるということです。そのような私にかかわることで出ている病人、死人の中にはです。
    だから私には異様に集まる布施が少なく、またその反対に、私の周りには異様に災いも多いのです。
    そのような、自分のやるべきことをやらず、やってはいけないことをやっている、そのような人たちが両方いるからです。だから災いも増えてくる。間違ったことをする人が多ければ災いが増えるのは道理であるからです。
    だから、このブログを読んでいて、やはり布施をしなければいけないなと思う人もいるはずです。(多いと思いますよ。特に長年このブログを読んでいる人の中にはです)そういう人は素直に、その心のままに布施をすればいいのです。
    逆にそれをしないからこうなっているのです。だから思わぬ不幸が起きたり、おかしな病気になったり、死んだりするのです。それが気づきの現象であるからです。神理に布施しなさいという気づきのです。(伊藤さんが前にそんな話をしていましたよね。このブログを見ていて、そういう悪いことが起きてきたら伊藤さんのように気づかないといけないのです。それは神理に布施していないからこういうことになったとです)
    だから、このブログを見て散々私に嫌がらせして、それで不幸が起きたというのなら、それはあまりに神理に不遜なことをしたため起きたものなのでしょうが、そういう心がないのにです。別に神理を目の敵(かたき)にしていたり(それどころか、この神理は素晴らしいなどと思っている人は特にです)私に対する悪い感情もないのにです。
    それなのに、そういう不幸がいろいろ起きてきたという人は、それは神理に縁が深い人であり、そういう人は皆ちゃんと布施しないといけないのです。
    それをするためにその人はこの世で神理と巡り合い、長年、神理を見ているからです。
    それは、そういう使命が(神理をよく勉強し流布に協力する)あるから、そうなっているからです。
    その自分の本当の使命に気づいて、その使命を果たす人が異様に少ないから、私がもらえる布施も異様に少ないということです。
    しかし、その本当の使命にいつまでも自分が気づかないばかりにです。ひどい病気やけがなどするばかりでなく、もう死んでいっている人たちもいるのです。
    早く気づくことです。自分の本当の使命にです。その本当の使命を果たさないでいるとです。生きている時ばかりか、死んだ後まで祟ることになるからです。

  17. gtskokor2023/03/26 at 11:00 AM

    しかし、私がこれだけいっているのにね。(苦笑)
    にもかかわらず、嫌がらせしてくる人ばかりで布施する人は皆無。そういうことをしていると危ないとこれだけいっているにもかかわらずです。
    昨日もそういう人(嫌がらせ〔迫害〕してくる人)ばかりでしたが、しかし、最近は多いのです。私が歩いているとふらふら会社から出てくる人がです。この近所でもそうです。私が帰ってくるとふらふら出てきて嫌がらせしてくる人がいるんですが、それで「なんだ、あれ」と思っていたんですが、あれは全部です。
    そういう人は全部、何か起きているんですね。自分か、自分の家族に癌になる人が出ているんですね。昨夜、禅定をしているとそんなことを教えられました。
    『あれはみな癌になっている』とです。
    「それで最近ふらふら出てくる人が多いのか」とそう思ったわけです。つまり癌になっている人がそれだけ多いということです。
    そういうことが起きていてもまだ考えを変えようとはしないのですか。本当に哀れというか、かわいそうでなりませんね。そういう人たちがです。
    そんな最悪のことになってもまだ態度を変えないというのであればです。もうその人は(あるいはその人の家族は)死ぬしかないからです。同じ態度を取っていた(神理を説いている人の悪口をいっていた)未来の人たちは皆そうなった(癌になり死んだ)からです。
    だから、神理を見ていて無視して(逆らって)いてはいけないと、神理を見ているのなら感謝しないといけないと、そう私は何度もいっているのです。
    それをきかないでいると、そういう恐ろしいことが必ず起きてくるからです。
    まして、この辺りの人たちは神理を説いている者を(悪口をいうだけにとどまらず)迫害しているのです。何と恐ろしいことをしているのでしょう。それで無事ですむわけがないでしょう。だからこうなっているのです。(あまりにそんなことするなら名古屋は滅ぼされますよ。あのベスビオ火山の大噴火でポンペイの町が滅ぼされたようにです)
    だから、こんな恐ろしことが起きているのは、たまたまでも、運が悪かっただけでも、お前のせいでもないということです。こんなこと昔から起きていたことだからです。感謝もせず神理を見ていた人たちに昔から起きていた天罰であるからです。
    だから、そのようなことは起きるのです。神理に対し態度を間違うならです。にもかかわらず、いまだ多くの人が間違えている。
    こちらの人たちは、それを全部私のせいにし他の地域の人たちは、ひどい病気などなったら仕方がないと、それは運が悪かっただけだと、いまだに神理を知らない人たちと同じようなことをいい、その考えを頑なに変えようとしない。そうして神理に対する態度も頑なに変えようとしない。
    しかし、このブログを見ている人たちにそういうひどいことが起きているのは、神理に対する態度が悪いことが原因であるのです。その神理に対する態度さえ変えるなら、そういうひどいことは起きなくなるのです。
    それをこれだけ証明しているではないですか。私がです。神理に対する態度を改めれば奇跡は起きるとです。
    それなのに、いつまでそれを認めないでいるのでしょうか。よいことも悪いこともこれだけ現象として現れているにもかかわらずです。口だけではないにもかかわらずです。
    だから悪いことがこれだけ続いているのです。(次々に起きてくるのです)私のいうことにいまだ多くの人たちが耳を貸そうとしないからです。これだけのことが起きてきても、それでもまだ自分の我を通しているからです。
    だから、私は分かるまでいうしかないのです。(いい続けるしかないのです)そうしないとまだこれから災いは起き続けるからです。それこそ、神は存在しないなど、そんな迷信をいつまでも多くの人が信じていては不幸にしかならないからです。
    まだ、分からないのでしょうか。それこそが迷信だとです。唯物無神論などというものこそが迷信なのです。だからどんどん不幸になるのです。いつまでもそんな迷信を信じ多くの人が神を信じないからです。
    だから神理も信じない。どれだけ天罰がくだっているといっても、神を信じていないから、そんなの迷信でそれはお前がしているんだと、そうして、それ以外の人たちはいまだ病気になるのは運が悪かったのだから仕方がないと、それで納得しているのです。無理やりです。こんな神が起こしたとしか思えないようなことがこれだけ起きているにもかかわらずです。
    そのひどい病気は神を信じ、神理に逆らってさえいなければ起きていないことであったのです。そうして、その病気はまだこれからいくらでも癒されるのです。神と神理を信じさえすればです。
    しかし、それを頑なに拒んで、自分の考え方をまったく変えようとしない。悪いことは全部責任転嫁し、無神論という迷信をいつまでも信じ続けている。
    本当に哀れなんですが、だからどんどん不幸になっていく。迷信を信じ神をいつまでも信じないからです。迷信しか信じないなら不幸になるのも道理であるからです。
    もう信じませんか、神をです。そうしてこの正法神理をです。
    私のいう神理に従い正しい行いをされるなら、その不幸は必ず消えていくのです。癌になっている人は癒され、そのような癌になる人がこんなに次々に出てくるなどということも起こらなくなるのです。神理に従うならです。
    その唯一正しい神理に逆らい迷信を信じて自分の考え方を(やり方を)変えないことが、その災いが起きている一番の原因であるからです。
    だから最初から神理を信じればよかったのです。こんな必要以上に神理に逆らわず、一つ二つ現象が現れた時点で、多くの人が(昔の人たち同様)この神理を信じ行っていたなら、こんなにひどいことは起きてはこなかったのです。
    それを今さらいっても詮無いことですが、しかし、これほどの体験は決して無駄にはなりません。この体験は後で必ず生きてくるのです。多くの人に神理を伝えることの体験談として、これほどリアルで正しい話もないからです。
    昔の人たちが信じていたことを(ただ信じていただけのことを)実際に体験しているのです。今の人たちはです。それほど貴重な体験もありません。もうそれを生かすしかないのではないですか。
    今さら起きてしまったことをごちゃごちゃいっても、それで起きたことがなくなるわけではありませんし、これ以上そんな不幸が起きないためにも、ここで回心すべきなのです。このブログを見ている多くの人たちがです。
    悪いことが起きたすべての原因は他にあるのではなく、すべて自分自身の心にあるのです。その自分の心が悪かったため(間違ったため)起きたことであるからです。
    だからもう無神論などという迷信は捨てさり、神を信じませんか。そうしてその神の心であるこの正法神理を信じませんか。
    神と神理を信じるなら必ず奇跡は起きるからです。しかし、いつまでも無神論などという迷信を信じ続けるならです。
    不幸は起き続け、その不幸が消えることはないのです。

  18. gtskokor2023/03/27 at 10:27 AM

    大丈夫なんですかね。嫌がらせはガンガンしてくるのに布施はしなくてです。
    もうどんどん癌になっていっているらしいではないですか。最近は夜に禅定をしているといろいろ通信が入ってくるようになりましてね。それで教えてもらえるのですが、まあ、これだけあちこちで怒っているのです。
    そりゃそうなんでしょうが、だからいっているのです。「嫌がらせはしているのに布施はしなくていいのか」とです。
    多くの人が、悪い方ばかり実践してよい方をまるで実践しようとしないため、いま本当に多くの人たちが引き上げられていっているようであるからです。
    これだけ天上界から(こちらが祈っているわけでもないのに)通信が入ってくるようになったということは(禅定していると次々に心にいろいろ浮かんでくるようになったということは)それだけ天上界が怒っているということになります。
    あまり天上界を怒らせるとです。ガラガラポンということも起こされます。そろそろきいてはどうでしょう。私のいうことをです。そうしないと本当に危ないからです。(これではそろそろきますね。南海トラフがです。〔汗〕)
    これだけ約束を守らない人が多くては天も怒ります。お前たち話が違うじゃないかということでです。何でこれだけ約束を守らないのかということでです。
    あの世から出てくる前は、このブログを長年見ている人たちなど、この世で神理と巡り合ったのなら(そのような縁をもらえたのなら)喜んで勉強し、喜んで布施しますと、嬉々として出てきたのです。この日本にです。
    何かこの日本に生まれ出る確率など相当低かったらしいですよ。高橋先生や園頭先生など、如来、菩薩が固まって日本に生まれられるというので、それほどの幸運もないということで我も我もと多くの人たちが(霊たちが)手をあげたからです。
    そういうきびしい確率の中で、なんとか生まれることが出来た人たちがいま生まれている人たちなんですが、そういう人たちが神理に見向きもしない。見向きだけはしていても、まったく行おうとしない。
    これではなるはずです。日本が災害大国にです。
    先ほども書きましたが、この日本に生まれてきた、そのような多くの人たちがあの世での約束を守らないからです。この日本に出てきたほとんどの人たちは、日本に生まれたら神理を勉強し、多くの人に伝えてきますと、神理流布に喜んで協力しますと、そう約束して生まれてきた霊たちばかりであるからです。
    それがその約束をまったく果たそうとしない。だから書いているのです。それでは日本が災害大国になるのも仕方ないとです。
    一番大事な約束を多くの日本に生まれた霊たちが守らないからです。神理のことより自分のことばかりしているからです。
    これではすさまじい数の天変地変も起こされるはずです。そうして、こちらに起きている個々へのすさまじい数の天罰もくだされるはずです。これだけ多くの人が、これだけ約束を守らなくてはです。
    だから経済もよくならないのです。先進国の中で日本だけはいつまでたってもダントツのドべです。(何度も書いていますが、先進国でGDPが上がっていないのは日本だけですから)
    その理由をいろいろいっていますが、しかし、一番の理由はです。天がそうしないということです。日本の経済をよくしないのです。だから、そうなっているということです。
    すべてはその天の導きの元で、そのようなことは(日本の不況の原因は)つくられているからです。
    だからアメリカが原因だの、政府が悪いだの、財務省が悪いだの、いろいろいわれていますけどね。日本の不況の原因をです。しかし、そのようなことは過程なのであって、その本当の元となる原因は日本に生まれた多くの人たちが神理に気づかないことにあるということです。
    だから天がそうしているのです。日本に生まれた多くの人たちが神理に気づかないうちは経済もよくしないと、そのように導くのです。多くの人たちを使ってです。
    天変地変と一緒です。天変地変も温暖化が問題だの、気候変動が問題だの、地震の活動期だのいろいろ原因をいわれますが、その根本の原因は神理に気づかない人が多いため、そのようなことは起こされているということです。
    天によってです。
    だから、高橋先生が神理を(法を)説いていられた時も園頭先生が法を説いていられた時も、それは高度成長期やバブル期の時であり、両先生が神理を説いていられた間は日本は非常に景気がよかったのです。
    お二人が法を説いていられた時は、まだ神理をきく人が多かったからです。少なくとも今のようなことは(わずか数十人くらいの人しか神理をきかない)なかったからです。
    だから景気もよかった。神理がいう幸せとは、精神の(心の)健康、肉体の(身体の)健康、そうして経済の健康、この三つがそろって、はじめて本当の幸せということになるからです。この三つの内のどれが足りなくても本当の幸せとはならないからです。
    だから今のように神理をほとんどの人が知らないということになると、精神的に不安定な人が増え、不健康な人も増え(病気も増え)そうして不況も続くということです。
    神理が広がるなら、その三つのことはどんどんよくなるのですから、それが広がらないということになるなら、その三つのことがどんどん悪くなるのは必然であるからです。
    だから、心の健康はもちろん、肉体の健康も、経済の健康も、仮に正しいことが分かっていて、その正しいことをどれだけ多くの人が叫ぼうとです。絶対にその正しいことは広がらないということです。
    この正法神理が広がらない間はです。天がそのように(よい方に)導かないからです。天が導いてくれないなら、どれだけ、それが正しいことであっても、それは広がらないのです。
    一番、大本(おおもと)の一番最初に広めなければいけない、この本当の神の心である正法神理が広がらない限りはです。
    そりゃそうでしょう。神を知らない人たちが幸福になれるわけがない、だからはやく迷信(無神論)から目覚めろといっているのです。神がつくられたこの世界は神を抜きにしては幸せになれないからです。
    だから重要であるといっているのです。この神理を知っている人たちはです。
    そういう人たちが協力してくれない限り、神理は広がらないからです。(これだけ今いわれていることとのギャップがあるのです。私一人でいっていても神理が広がるわけがありません)
    神理が広がらない限り、日本は絶対によくならないからです。
    いい加減分かりませんか。この私が書いている通りになっているではないですか。別に(多くの人のように)後追(あとお)いで書いているわけではありませんからね。私がここに書いていることはです。
    何でそうなっているのか? それはすべてこの世はです。この世のことは神が(天が)コントロールしていることであるからです。
    だから、そういうことも書ける、そうしてこんなことも起きる、すべて、天がそうしていられるからです。皆さんが気づいていないだけでです。
    だからといって別に私たちは操り人形ではありません。だから失敗もするのです。今生のように多くの人がです。自分の本当の使命にいつまでも気づかず、こんな悪いことばかりも起きてくるのです。
    私たちは、それぞれ自由が与えられているからです。成功する自由も失敗する自由もです。
    だから正しことをする自由も間違ったことをする自由もあるのですが、そのような神が決められている道があります。
    私はそれを指示しているのです。その道をいくなら私たちは確実に幸せになれるからです。
    ということですので、早くこのブログを見ている多くの人が目覚め、神理流布に立ち上がってください。(早く約束を守ってください)
    それをする以外で日本を(世界を)よくする方法はないからです。またそれをしてくれるなら多くの人が幸せになれるからです。

  19. gtskokor2023/03/28 at 10:11 AM

    今日も朝一からお怒りでした。昨夜も凄かったですからね。九時過ぎくらいから急にみな怒りだして夜遅くまで騒いでいたからです。
    もちろんどこかの会社なんですが、何か態度が変だったので(異常に怒っているので)朝ガンガンガンガンとかやり始めると「また癌になる奴がいっぱい出るぞ」などと声をかけたのですが、そうするといっぺんにドン引きしてしまいます。しかし、しばらくするとまたガンガン始めます。そうしてまた「癌になる奴がいっぱい出るぞ」などというと、またドン引きしてしまいます。しかし、また始めるのです。
    何かパニくっているようで、私が声をかけるといま起きている現実が分かって一度引くけどまたすぐにパニくるみたいな感じですね。
    それできいたのです。「いっぺんに癌になる奴が出たのか」とです。そうしたらどうもそうらしいですね。それでパニくっているようで、そんなこときいたらよけいパニくり出しました。
    それで「もうトイレにいくたびに皆に血尿が出て、みんな癌になるぞ」などともちろんこちらは冗談のつもりでいったんですが、そうしたらドン引きしています。
    本当にそういうことが起きているみたいです、この会社。(恐)本当に危ない。こんなことまで起きてきているというのにまだ騒いでいるからです。
    それで、パニくっているのはしょうがないが周りでドン引きしている連中は早く頭を下げにこいと(もう周りはドン引きしています。普通なら同じように怒る奴がいてもおかしくないのにです)そういっているんですが、誰も反応しませんね。大丈夫でしょうか、この会社。
    まあ、さっさと自分だけは布施して、後は黙っていることです。そんなパニくっている奴につきあっていたら、こんな状況では命がいくつあって足りないからです。自分だけでなくて自分の家族もです。
    そういえば昨日もやたら怒っている会社がありましたが(あの上場会社のようにです)まさかそんなところも、この会社と似たようなことが起きているんではないでしょうね。(怖)周りの人が次々に癌になっているとかです。
    そればかりでなく昨夜も禅定をしていると知らされたことがありますが、もう天上界は、そのようなすさまじい数の癌を多くの人に現わせるだけでなくです。その癌を現わせた人にまで多くの癌を現わせているそうです。
    ダブルパンチですね。たくさんの人に癌を現わされるだけでも怖いのに、その癌を現わした人の癌が一つではなく、三つも四つも、人によっては五つも六つもいっぺんに現わされてはです。(ほんと怖いです)
    そういう恐ろしいことをすでに天は行っているということです。それを教えられているのです。もう毎晩のように私はです。
    そういう恐ろしいことが次々に通信として入ってくるから仕方ありません。(その通信に合わせたかのように周りは大騒ぎです。だからよけい分かるのです。ああ、あの通信は当たっているとです)だからいっているのです。神理を知ったのなら感謝しないといけないとです。それをどうしてもしないというならです。
    最後にはこんな恐ろしいことも起きてくるのです。想像も出来ないような恐ろしいこともです。
    だって想像も出来ないでしょう。こんなこと漫画でも描かないからです。そんな周りの人が次々に癌になり、その癌が一人に二つも三つも、人によっては五つも六つもいっぺんに現れるなど、現実離れしすぎていて漫画にもならないからです。(だからもちろん私が嘘をついているわけでもありません。だって、こんなすさまじいこと私だって想像出来ないからです)
    しかし、そういう誰も(我々人間には)想像出来ないことが現実に起きだしているということです。(あまりに神理に対する迫害者が多い)この辺りではです。
    もうどこかの会社の連中はドン引きしていますが(なんか次々に電話もかかってきていますからね。あれ仕事の電話ではなく癌になったという電話ではないでしょうね。〔汗〕)とにかく心を入れ替えることです。まず、神理に感謝しようとです。これまでそんなことはしなくていいと思っていた考えは間違いであったとです。
    そのことを反省されるなら、それだけで、自分たちに現れる災いは止まります。(とりあえずはですけどね)そうして、今日にでも神理に感謝の布施されることです。
    そうするなら、自分たちにそのような恐ろしい災いが現れてくることはなくなるからです。
    もう素直にききませんか。私のいうことをです。
    しかし、もしそのまま心を切り替えないでいるなら、その次々に起きだした災いは確実に自分にも現れ、家族にまで現れることになります。とにかくもうその会社は神を怒らせに怒らせているからです。(別にそれはこの会社に限ったことではないでしょうが)
    神と神理を無視しているならいいことは起きません。それどころか、あまりに(神理に逆らい)神を怒らせるなら、こういうことも起きてきます。
    今、大変恐ろしいことがこちらでは起きだしたようです。(こちらだけですかね?)少なくともこちらの皆さんは、一刻早く心を入れ替え神理に感謝してください。
    そうしないとです。そうしないと、それこそ想像を絶するような恐ろしことがまだこれからいくらでも起きてくるようであるからです。(完全に今日書くブログの中身が変わってしまいました。あまりに異様だったからです。どこかの会社の態度がです)

  20. gtskokor2023/03/29 at 10:46 AM

    今日もまた朝一からお怒りでした。私が朝起きて窓を開けると同時にカーンなどという音が響いてくるんですから呆れます。
    そんなことをするよりもです。朝一で布施を持ってくるなら、その日はまったく逆のことが起きるのに(災いでなく奇跡が)本当に残念です。いつまでもそれをしようとしないからです。
    まあ、いやいや布施などしてもらっても、それで起きている災いが止まるわけではありません。する気になってしてもらわなければ災いは止まらないんですが、それにしても見事に出ていますね。嫌がらせをしてきた人には天罰がです。それもすぐにです。昨日でもそれがありありと分かったからです。
    昨日は一昨日と同じコースを帰ってきたんですが、ずいぶん怒っていた工事現場があるのです。(やたら怒っていたところとは別のところですが)私が歩いていると一昨日はガンガンやってきたんですが、そこが昨日はです。
    私が近くを通っても、また何をいってもコトッとも音を立ててきません。一昨日通った時など、私が何をいってもガンガン音を立てるのをやめなかったくせにです。
    コロリと態度が変わってしまっているのです。わずか一日でです。
    そうしてもう一ヶ所、同じように大きな工事現場があるんですが、そこは一昨日はさほど音を立てていなかったのです。しかし、小さい音をガチャガチャ立てていて私が歩いているとかまってきていることは確かでした。何かやっているなと思いながら歩いていきましたから。私はです。
    しかし、そういうところをあまり刺激してもいけないと思ったから、そっちの方は小さな声で「くだらないことをしていないで、早く布施した方がいい。布施しない限り災いは止まらないから」などとブツブツいいながら歩いていったのです。
    そうしたら昨日は、その騒いでいなかった方の現場がです。もうガンガンやってきて怒っているではないですか。まるで一昨日騒いでいた現場の人たちと入れ替わったかのようです。
    だから見事に出ているといっているのです。私に嫌がらせをしてきたところには天罰がです。音が大きかろうが小さかろうが、嫌がらせをしていることには変わりがないからです。そういうことをするならすぐに天罰が現れるからです。
    もうこの辺りの人たちは私に嫌がらせをしすぎているのです。もう神を(天上界を)完全に怒らせているのです。だからこんなことも起きる。神理を見るだけ見ていて感謝もせず嫌がらせしかしないからです。
    だから昨日嫌がらせしてきた人はです。もう天罰が出ているか、近いうちには確実に出るでしょう。
    私が確認出来ているところにはすべて、その天罰がくだっているからです。そうであるなら、確認出来ないところにも確実にくだるはずであるからです。天罰はです。
    しかし、何でこれほどのことが起きているのに、いまだこんなこと(嫌がらせ・迫害)する人が多いのでしょう。もうそういうことをすれば天罰がくだると分かっているのにです。
    それでこちらが「なんで神理をきくだけきいて神のことを教えてもらい心まで救われているのに嫌がらせするんだよ」ときくと、それに答えた人は一人もいません。答えられないのでしょう。自分たちが悪いことはもう分かっているからです。百も承知でやっているからです。
    それではそういう人たちがどれだけ天罰に腹を立てたところでです。
    止まるわけがないでしょう。そんなの自分が悪いんですから。
    なんで自分が悪いことをしているのに天罰が止まるのでしょう。よけい出ます。だからその通りのことが起きているのです。どんどん天罰が増えるのです。そんな無反省な(というか、謎な)態度を取り続けている人たちが多いからです。
    もっと先に進みませんか。同じところにいつまでもいては進歩がないからです。
    いい加減理解しましょう。この正法神理の偉大さをです。神理を実践するならよいことも起きてきます。しかし、無視を続ける限りは決してよいことは起きないからです。
    少し例をあげておきますが、今国会でもそうではないですか。今回の国会ではなんと過去最大の114兆円の予算が成立したのですが、しかし、こういうことをもう日本はし続けているのです。過去最大の予算の成立をもう何年にもわたってです。
    しかし、それでもです。それでも日本の景気はまったく回復しないのです。(GDPが少しも上がらないのがその何よりの証拠です)回復しないどころか、貧困化がどんどんひどくなっているのです。
    なぜでしょうか? なんで過去最大の予算を計上し続けても、それでも日本の景気は回復せず逆に貧困化が進むのでしょう?
    中身が悪いと、偏った予算の決め方をしているからそうなると、個々で見ればそういうことになりますが、そのようにもっていかれているということです。大きな流れによってです。
    せっかく、過去最大の予算を決めても、その予算の大方が無駄になる、そのような悪い流れが出来ているのです。だからこのようになるのです。どれだけ予算を増やしても、それでも貧困化が進むというおかしなことにです。
    天がそのように導いているからです。それは前にも書きましたが、高橋先生が法を説いていられた時(高度成長期)そうして園頭先生が法を説いていられた時(バブル期)の景気のよさを見れば分かるのです。
    神理が多くの人に知られている時は日本の景気もよいのです。天がそのように導くからです。
    これはたまたまではありません。例えば、園頭先生が法を説いていられた時など長く続いたバブル景気がはじけたのですよ。それでも園頭先生が法を説いていられる間は景気は悪くはならなかったのです。
    あのバブル景気が終わったのは1991年(平成3年)の二月といわれています。しかし、不思議なことにその後も日本の景気は落ちなかったのです。バブルがはじけた後はあれほど急激に株価も下がり(もちろん、土地もダダ下がりです)あの不良債権8兆円などといわれた住専問題などあったにもかかわらずです。それでも日本の景気は悪くならなかったのです。そのあと相変わらず仕事は忙しかったからです。バブルなどあってなくても関係ないじゃないかと私など思っていたくらいだからです。
    普通であるならです。泡のように中身がないといわれていた(だからバブル〔泡〕景気と呼ばれたのです)そんな景気がはじけたのです。それプラス、株安、土地安、住専問題など出てきているのですから、普通であるなら景気も急激に悪くなるはずです。しかし、不思議とそうはならなかったのです。
    なぜか景気だけはよかったのです。株が下がろうが、土地が下がろうが、住専問題でどれだけ不良債権が出ようがです。
    こういうことを見ても分かるはずです。そのような人の考えだけではない、何か大きな流れがあると、それが天の導きであるということがです。
    園頭先生が亡くなられたのが1999年です。それ以降ではなかったですか。日本の景気が急激に悪くなっていったのはです。
    2000年に入ってからですもんね。本当に仕事が暇になってきたのはです。ミレニアムとか世界中が騒いでいたにもかかわらず、それから(その記念すべきミレニアムから)どんどん景気は悪くなっていったのです。日本はです。
    それからの日本は景気だけではなく、天変地変も激しくなり、周辺諸国の情勢もひどくなり(今など、どれだけ北朝鮮からミサイルが飛んでくるかしれません)日本国内でも揉めに揉めて、どんどん貧困化が進んでいるのです。
    つまり、神理を説く人がいなくなったと(神理を知る人が減ったと)同時にどんどん日本は悪くなっていったということです。
    こういう例を見ても分かりませんか。神理は絶対に必要であるとです。
    だからいっているのです。神理を知らないと絶対によいことは起きないとです。
    その通りのことが起きています。この世界は神がつくられ、その神の心のままに進むなら、幸福が、その神の心に逆らうなら、逆らえば逆らうだけ悪いことが起きてくるよう仕組まれているからです。
    そのことを正しく教えているのが、この正法神理であるということです。

  21. gtskokor2023/03/30 at 10:44 AM

    また今日も朝からお怒りですね。どこかの会社はです。
    でしょうね。昨夜もずいぶん遅い時間にガッチャンとかでかい音を立てて怒っていたのがいましたから。止まらないんでしょう。癌になる人がです。
    しかし、もう癌になってしまったのなら頭を下げるしか(布施するしか)ないんですけどね。もし、それでもまだ布施をしないというのならです。
    もうその人は助かる見込みはないからです。そのまま癌んで(苦しんで)死ぬしかないからです。
    そういう人を私はすでに何人も見ています。(未来で)だから、もうそんな不運に見舞われたのなら、少しでも心を入れ替え感謝の布施をされませんか。それが最後のチャンスであるからです。そうするなら、その人は助かるからです。
    そんなことは死んでも嫌だというのならです。それはそれでいいでしょう。黙っていても、もうその通りになるからです。その人は死ぬまで神理に逆らい続け苦しんで死んだと、そうなるからです。
    しかし、そんなくだらない(小さな)意地をはりとおした結果のその人の行き先は、苦しい苦しい地獄の世界なのです。神理に逆らい死んでいった人たちはみな地獄に堕ちるからです。
    その地獄の世界は高橋先生や園頭先生のご著書の中にも書かれてありますが、それはそれは苦しい世界であるのです。
    真っ暗な世界にずっと一人でいたり(自殺などするとこのような世界に堕ちていくそうです。そのような孤独な世界で勝手に自分の命を捨てた間違いを徹底的に反省させられるのです)火炎地獄で地獄の業火に焼かれたり、血の池地獄で血の海におぼれたり、とそのようなです。
    そういう世界が本当にあるのです。それを自分が実体験するのです。この世の修行を失敗した人たちはです。
    いま名古屋は桜が満開ですが、高橋先生がいかれた(幽体離脱されて)ある地獄界など、そのような草木はあるにはあるのですがみな精気がなくじめじめとした薄暗い場所であったそうです。
    そこは村のような場所で、ほったて小屋のような粗末な家がいくつも並んでいて中に明かりがついていて人も住んでいるようであったそうです。
    中の住人と話をしようかと迷った高橋先生でしたが(やはり気持ち悪いですからね。そんなところに住んでいる人と話をするのはです)意を決して一軒の家の入口のドアを叩いたそうです。
    そうすると中から一人の男が出てきて、高橋先生の顔を見ると顔をクイッと動かし合図したそうです。中に入れとです。
    それで高橋先生がその家の中に入ると、中には数人の男たちがいて、その真ん中に口が耳まで裂けた鬼婆が座っていたのです。その鬼婆が「これはまたうまそうな奴がきた」と高橋先生の顔を見るなり嬉しそうに高橋先生に話しかけます。
    その鬼婆とそこにいた男たちは高橋先生を食べる気でいたのです。というより、その地獄界は食べる物が何もないので人間を食べるしかなかったようです。
    しかし、だからといって高橋先生もそのまま食べられるわけにもいきませんから「あなたたち私を食べる前に少し私の話をきいてくれないか」と声をかけました。
    神理をその者たちに伝えようとされたのですが、その者たちはいいたいことがあるならさっさといえと、こちらは腹がへって仕方がないのだと、お前が食べたくて仕方ないのだと、もう高橋先生を食べることしか考えていないようでした。
    それを見ていた慈悲深い高橋先生は、なにかその人たちが哀れになってきて、それだけ腹をすかしているのならとです。神理を伝る前にまず自分を食べてもらおうと、そうであるならまず私を食べてくれと、自ら自分の腕をその者たちに差しだしたのです。
    まずこの腕からでも食べてくれとです。
    そうしたらです。そうしたら、その鬼ような表情で高橋先生を食べたがっていた鬼婆の顔がいっぺんに普通の人の顔に戻り、その周りにいた男たちの顔も先ほどまでの怒りに満ちていた顔とは打って変わって普通の顔に戻ってしまっていたそうです。
    高橋先生の愛が即座に地獄の住人たちの心を癒したのです。
    高橋先生の愛でまともに戻った地獄の住人たちに高橋先生はじゅんじゅんと法を語り、その神理をきくことにより、そこの住人たちの多くが自分の非を悟り、反省し、天上界へと昇っていったそうですが、そういう苦しい世界であるということです。地獄の世界とはです。
    この地獄界の住人などは食べる物がないので、常に腹を減らし、それでお互いに殺しあい食いあいを重ね、それがどれだけ愚かで周りの者に愛を出すことが大切なのかということが分かるまで(つまり高橋先生のような態度が周りの人たちに取れるまで)その地獄界にとどまり苦しむのです。何度も何度も生き死にを繰り返してです。
    あの世ではもう死ぬことは出来ません。この世の死とは単にこの世の肉体がなくなるにすぎず、あの世の肉体(霊体)は永遠であるからです。永遠に生き続けているからです。だから殺され食われ、一時、その肉体(霊体)はなくなりますが、すぐにまた再生され生き返り、またその苦しみを(食いあい殺しあいを)繰り返すのです。自分の間違いに気づくまでです。
    そんな世界でです。(火炎地獄に血の池地獄、こんな殺しあい食いあうところで)自分の間違いに気づくと思いますか? しかし、そういう世界で自分の間違いに気づくまで、その世界で苦しむのです。この世の修行に失敗した人たちはです。その自分の失敗の程度によっていく世界は違いますが。(だから火炎地獄など堕ちる人は生前怒ってばかりいた人がいくのでしょうし〔怒るということは怒りの炎を燃やすということですから、その怒りの炎で自分が焼かれるのです〕殺しあい、食いあいなどの世界にいく人はです。
    人を切り刻んで殺したり、食い物ばかりに執着し、あれも食べたい、これも食べたいなどと思っていた人がいく世界でしょう。そのような人は最後には人間を食べざるを得なくなるのです。あまりにいろいろな食べ物に執着などしていたらです。
    だから、この世で単に自分の意地だけ通して間違ったことをし続けることがどれだけ損なことなのか(恐ろしいことなのか)少しはお分かりいただけないでしょうか。このブログを見ている人たちはです。神理に逆らうくらいの悪いこともないからです。
    それをしていた人たちは皆(地獄界の最下層である)無間地獄に堕ちると、そういわれているからです。
    無間地獄とは無間に苦しみが続くという意味であり、どんな苦しみが待っているか分からないほどなのです。だから文字には書けない(絵にも描けない)苦しい世界であるということです。(だから大悪人も、もちろんこの無間地獄に堕ちるのです)
    だから特にこちらの人たちなどもう現実をよく観ましょう。そのままではいつ恐ろしい病気になるやもしれず、その病気で苦しんで死んだ後は確実に、このような地獄の世界が待っているのです。
    だから昔の人たちは神理に逆らわなかった。誰もそうなることを知っていたからです。
    昔の人たちが恐れていたことは本当であったということを現代の多くの人たちがどんどん証明しています。しかし、これだけ愚かな証明もないのです。
    私は昨日など庄内川にいくと多くの魚たちが出てきて、あちらでピチャピチャこちらでドボーンと元気なものでした。その周りを多くの鳥たちが飛び回っていました。天気もよくて暖かかったし、何かそこがそのまま天上界のようにも思えました。
    神理を実践するなら、これだけ楽しいこと(心癒されること)が起き、その心のまま死ねるなら、その心の通りの世界にいくことが出来るのです。楽しく心が常に癒される天上界で暮らすことが出来るのです。
    地獄に堕ちるのとはずいぶん違うのではないでしょうか。地獄ほど心と肉体(霊体)が苦しむ場所もないからです。
    少し自分の心を変えるだけずいぶん世界が変わってきます。早くそうされませんか。そうするなら本当に心が楽になり救われてもいくからです。(今なんかヒヤヒヤでしょう。常に心がです。神理を行うなら心は癒され周りに奇跡も起きてくるのです。災いではなくです。皆さん、いつまでも神理の無視はやめましょう)

  22. gtskokor2023/03/31 at 10:22 AM

    昨日もまた凄かったですね。どこかの会社はもちろんそうだったんですが(夜までうるさかったです)昨日の主役(?)は別の会社です。
    昨日は白鳥公園の辺りにいっていたんですけどね。今あそこは桜が満開で花見客もきているので昨日でも公園内にはたくさんの人がいました。
    そういう時は私は出来るだけ人とあわない、人通りが少ない場所を選んで歩いていくのですが(あまりにちょっかいをかけられると病人続出になるので)そんな場所でです。
    なんとそこで工事をしている連中が、でかい音でガッチャンガッチャンやりまくってきたのですから驚きました。もちろん公園内を歩いている私に向かってです。
    そこは前に書いた、それほど音を立てていなかったところが翌日はガンガンやってきたというあの工事現場で、そこがこの前ガンガンやっていた時よりもさらに怒っているようなのです。
    だから、あの後(この前、怒っていた後)また出たんではないですか。癌になる人がです。だからそんな態度はやめとけといったんですが(頭を下げて布施しないと止まらないといったんですが)とにかくこの前より怒っているようで、公園内には大勢の人がいるというのに一切無視でガッチャンガッチャンでかい音を立てまくりです。
    何をいってもかまわずやってくるので適当なところで切り上げましたが、私が離れていくと、急にでかい音を立てるのをやめるのですから露骨な態度です。さすがにあのような人の多い場所であまりにでかい音を立てていては迷惑です。私一人に嫌がらせすることが目的なのですから、そりゃ私が離れていけばやめるでしょうね。そんなバカな態度はです。
    しかし(神理を説いている)私に露骨に嫌がらせした(迫害した)ということは神を迫害したということになります。
    また大変でしょうね。これからあの工事現場はです。たくさんの天罰がくだるからです。
    それは本当によく分かります。なぜなら昨日はやはり前に書いたすさまじい怒り方をしていたところも通ったんですが、そうしたら昨日はです。私が何をいってもコトッとも音がしてきませんでした。その前に通った時はあれほど怒っていたのにです。
    それがコロリと態度が変わっています。だからすぐに出たのでしょう。激しく怒っていたのと同様の激しい天罰がそこにです。因果応報です。
    だから怒っていても仕方ないのです。というか、非常に危ないのです。そんな無反省な態度はです。怒れば怒るほどくだるからです。天罰はです。天罰は自分たちが悪いからくだるのです。その悪いところを反省しない限り天罰はくだり続けるのです。(分かりますか? どこかの会社の皆さん…今日も神理のじゃまに精を出しているようですが、それではまたくだるのです。それも今日の今日にです。恐ろしい天罰がです)
    そういえば昨日はもう一つ分かったことがあります。昨日は天気もよかったのであちこちの家で布団を干しているところが多かったんですが、それででしょうか。私が歩いていくと、あちこちの家から人が出てきてバンバン布団を叩いて、ほこりを払っています。しかし、その布団を叩く音がやたらでかいのです。町中に響くような音を立ててやっている家もあります。(バンバンバンバンとかやけくそ気味にです。〔苦笑〕)
    だからすぐに分かりました。ああまた嫌がらせしているなとです。
    それで「そんな嫌がらせばかりしているとまた癌になる奴が出るぞ」などと声をかけるとよけい怒ったようにバンバンやってきます。それでその後に続けて「でも癌になったのなら、もうその人は死ぬしかないからな。布施する以外で助かる道はないからな」などというとです。
    そんなことをしてきたどこもそうなんですが、それをいうとピタリと音がやみどこもドン引きしてしまうのです。
    それで「あれ?」と思ったわけです。やっぱりみんな癌が出ているのかなとです。それでブシューとかやってきた会社とか、ガンガンやってきた会社に同じことをいったわけです。
    癌になったらもう死ぬしかないからと、そうして助かりたいのならもう布施するしかないと、そうです。
    そうしたら家だけではなく、どこの会社も同じでどこも皆ドン引きしてしまうではないですか。ということは、やはりどこも皆、癌が出ているということになります。
    「ええ、こんなに出ていたの」とその時、改めて思いました。そんなくだらない嫌がらせをしてきた普通の家から会社から、皆が同じような態度を取ったからです。
    では、そういうところすべて癌になる人が出ているということになります。
    まあ、そういう中にはです。私に嫌がらせしたその天罰で癌になったという人ばかりでなく、なるべくしてなったという人もいるのでしょうが(だってもう二人に一人が癌になる時代でしょう)どういう理由で癌になったにせよです。
    そういう大病を患ったのなら、神理に布施して祈ってもらった方がいいですよ。その方が、その大病が治る確率もぐんとよくなるからです。それはそうでしょう。本当の神の癒しがあるのとないのとでは全然治り方が違うからです。
    どちらにしても、私に嫌がらせなどして(または神理を見るだけ見ていてまったく感謝もせず)それで癌になった人たちは、私が祈らぬ限り(神理に感謝しない限り)その癌が完治することはありません。
    やっていて間違いはないと思うんですけどね。この本当の神の教えである正法神理に対する感謝の布施はです。
    それを頑なにしようとしないため(多くのこのブログを見ている人たちが)それでこれだけ世にも奇妙なことが起きているからです。特にこちらはです。(こちらだけではないのかもしれませんが)
    癌になった人たちが、手遅れになってからではもうどれだけ祈ろうが、どれだけ布施しようが遅いのです。だから、どうか癌になった人はです。(その周りにいる人たちでも結構ですが)少し愛を出して感謝の布施をしてみてください。この正法神理にです。
    そうすれば奇跡は起きるからです。
    しかし、いつまでも、その頑なな心を変えず(お前のせいとか、そんなこと知らんとかいい続けて)そのままいくなら、昨日も書きましたが、これからまだまだ苦しみの人生は続き、その苦しみは死んだ後まで続くのです。
    少し愛を出してはどうですか。そうすれば自分も周りも救われていくからです。

  23. gtskokor2023/04/01 at 10:41 AM

    いやいやいやいや、昨夜も凄かったですね。毎回こんな同じような書き出しにしたくはないんですけどね。(苦笑)
    しかし毎日やられますからね。凄い(凄くうるさい)ことをです。では、そうなってしまいますよね。ついついこちらもそれにつられて書いてしまいます。というより、そのままほっといては本当に危ないからです。そんなことをしている人たちがです。
    昨夜などガンガンガンガンガンと狂ったようにでかい音を立てていましたからね。どこかの会社のキレた奴がです。もう末期的症状です。
    今も微妙にやっていますが(まだ冷静な)今のうちにいっておきます。また今日も(当然)昨日怒っていたようなことは起きますが、頭を下げ布施しないとその災いは止まりません。
    その災いを止めたければです。(自分に起きたくなければです)私のいうことをきくべきでしょう。それ以外で救われる道はないからです。今のような行いを反省しないというなら、確実に起きてくるからです。(降りてくるからです)その天罰はです。
    本当は災いが起きたくなければではなく、そのような態度を改めろということなんですが、そういう言い方をしても絶対にききませんからね。この連中はです。だから方便で、そういう(脅すような)言い方しか出来ないんですが、似たようなところが昨日もありました。そうして、それほどのことが起きていることを知ってか知らずか、まだ嫌がらせしてくる人もいましたが、それはどこも同じなのです。
    神理を説いている者に感謝し布施しないと、起きてくる天罰は止まりません。早くそうされることです。そうしない限り、その天罰は止まらず、また天罰がくだり、難病奇病にかかった人なども、その難病奇病は治らないからです。
    それは何も今だけの話ではないからです。昔からそうであったからです。
    昔から神理を冒涜するような態度を取るなら、そのような天罰はくだされていたのです。自分たちがそのことを反省するまでです。
    だから、そこまでのことが起きていない人たちもです。それを他人事のように考えず自分のこととして考えていた方がいいでしょう。黙って(感謝もせず)神理を見続けている人たちにも、やがて、そのような天罰はくだってくるからです。そのような態度は神理を冒涜していることには変わりがないからです。
    だから神理と巡り合い、それを知ったのなら、心からの感謝は忘れてはならないということです。
    こちらはそれが分かるまでいい続けるしかありません。なぜなら、神理を知るだけ知ってもです。その神理に感謝出来ないくらい不幸なこともないからです。
    だから、このブログを見ている多くの人たちが不幸になっているのです。普通であるなら神理を知ったのなら幸福にならないといけいない。数百、数千年に一度しかこの世に現れない、それほど有難い本当の神の教えを知ったのですから。
    しかし、それほど有難い神の教えもです。それに感謝出来なければ、逆にこれほど不幸なものはないのです。
    本当の神の教えに感謝出来なければ、その人はまだその本当の神の教えに巡り合うべき魂ではなかったと、巡り合うにはまだ早すぎたと、そのように天は判断され、天罰もくだされるからです。
    そういう順序を与えれられるということです。そういう人は、そのような順序をもらわないと感謝出来ないからです。神理に対してです。
    だから不幸な導きを得るわけです。神理に感謝出来ない人はです。天罰がくだらないと、そこまで(神理に感謝出来るまで)魂が向上しないからです。
    だから天はそこまで魂が向上するまでは何度でも天罰をくだすのです。そうすることが、その人のためであるからです。
    だから、何度も天罰を食らうということもまた神の慈悲であるということです。そのような人は、そういうことが起きないと神理に感謝出来るようにはならないからです。つまり、そこまでしないと心が向上しないということです。
    神理に感謝出来なかった人が感謝出来るようになる、これほど心が向上したということもないからです。
    だから、それが出来るようになるまでは天は何度でも天罰をくだします。だから私は、早く感謝の布施をしなさいといっているわけです。神理を読んでいる人たちは昔から、そうしてきましたし、またそれをしないと、昔から不幸になっていたからです。
    まあ、その不幸もです。自分が幸福になるための過程ではありますが、そんな不幸な過程など少ない方がいいでしょう。だから私はそういっているのです。早く布施しないさいとです。
    神理にしっかり布施が出来るようになるなら、そこでやっと幸福へのスタートラインに立つことになるからです。
    もちろん、そこからが勝負なんですけどね。そこから神理をどこまで実践出来るかが本当の(自分がどれだけ幸福になれるかの)勝負なんですが(勝負という言い方も変ですが。〔苦笑〕)このブログを見ている多くの人たちは、そのスタートラインにもまだ立てないでいるのです。だから不幸な人が多いということです。
    幸福へのスタートラインに立てもしないのなら、不幸になるのも道理であるからです。
    しかし、神理の幸福への道を歩みだすならです。様々な奇跡も起きてきます。昨日も一昨日も、堀川では多くの魚たちが跳ねていました。私が声をかけるとよけいたくさんの魚たちが跳ね回ります。
    そうして桜の木など眺めていると、その桜の木の中にスズメがとまって飛び回っています。それで私が「いいな、桜に囲まれて」などと、そのスズメたちに声をかけると、すずめたちがいきなりピィピィ鳴きだし、よけい嬉しそうに飛び回るのです。
    こういう態度を見ていても分かりますが、生き物たちは、みな人間の言葉が分かるのです。普通に意思疎通が出来るのです。だから私の言葉にすぐに反応するのです。そのような愛の言葉が嬉しいからです。
    しかし、こういう体験など私は普通にしていますが、そういう愛ある体験をした人などほとんどいないのではないですか。だからいっているのです。(神理に感謝出来ないということは)愛が足りないので、まだ本当の幸福のスタートラインにも立てていないとです。
    私たちがもっと愛を持つならいくらでも応えてくれるのです。その愛に生き物たちはです。
    早くそれくらいの(もう少し広い)愛を持ってください。そうすれば周りに起きる不幸はなくなり、多くの生き物たちの愛も感じることが出来るようにもなるからです。
    自分が愛を持たなくては多くの人はもちろんのこと、生き物たちの愛も感じることは出来ません。周りの愛を感じるくらい楽しいこともないのですよ。私に嫌がらせをしているような、そうして神理に感謝も出来ないような、そんな人たちには分からないでしょうが。そのような深く広い愛はです。
    しかし、それほどの不幸もありません。そんな不幸を教えるのも私の役目であるのです。
    もう少し広く深い愛を持ってください。そうすれば私がいっている愛の本当の意味も分かってくるからです。皆さん方がいったり感じたりしている愛は非常に狭く浅い、そんな愛しか感じていないのです。自分たちが分かっていないだけでです。
    それでは感じられないのです。本当の愛はです。本当の愛とは、そんなケチなものでなくもっと広く深いからです。その広く深い愛を感じるためには自分の心をもっと広く深くしないといけません。
    そんな愛を感じてみませんか。それほどの幸福もないからです。

  24. gtskokor2023/04/02 at 10:39 AM

    昨日はいい天気でした。もう歩いていると暑いくらいでしたからね。(汗もずいぶんかいたし)
    しかしそれは昨日だけの話ではなく本当に今年は暖かい。先月の三月からそうですので(というか、正確にいうなら二月から)何か今年は三月をすっ飛ばして四月、五月の陽気がずっと続いているようにも思えますね。それくらい暖かい日が多いからです。一月を過ぎた辺りからです。
    しかし、私のいう通りになりましたよね。もうこれから暖かくなると、二月にそういったはずですが、そのいった通りになりました。結局、皆さん方が(新しい人は)一人も布施してくれなかったからです。
    新しい人が布施してくれないなら、もうあまり寒くなることはないだろうと(ひどい寒の戻りはないだろうと)そう書いておきましたが、その通りになりました。三月は記録的な暖かさだったようであるからです。
    まだ正式な発表はされていませんが、そんなようなことをもうテレビではいっていますから、そうなんでしょう。今年の三月は記録的な暖かさだったんでしょう。皆さん方が布施してくれなかったからです。(布施してくれなくて寒いままでは、それでよけいに使う高い電気代を払えませんから。貧乏な私はです。いま現在でもきついのにです…あの貧乏人に配ってくれるという三万円はいつもらえるんでしょうか? もうすぐにでも欲しいくらいです)
    しかし、布施してくれなくてはねぇ。私も困るんですが、本当に困るのはそちら(布施してくれない人たちの方)なんではないですか。昨日でも夕方帰ってくると、またすさまじい怒り方をしていましたから。どこかの会社などです。
    ガチャーンなどと凄い音を立てていたのもいたし、あれ完全に出てんでしょうね。また癌がです。(ほんとリアルに分かります)
    だから私はいっているのです。特にこの会社にはです。早く布施した方がいいとです。この会社など休み以外の時はほぼ毎日のようにこのブログを書くのをじゃましていますし、ブログを書いていない時でもしょっちゅう嫌がらせをしてくるのがいるのです。
    そんなことをし続けていて罰が当たらないわけがない。私が普通に歩いている時にトラックやバスがブシュブシュやってきたり、でかい音などわざと(ここが大事です)立てただけでも罰が当たるのにです。(ということは、わざとしていなかったら、別に罰は当たらないということです。つまり、私が近くを歩いている時にでかい音を立てていても、それが本当に仕事だけしている時とか、たまたま歩いている時にでかい音を立ててしまい、私がその音を勘違いしてまた嫌がらせしていると思ったとしてもです。その音を立てた人がまったくそんな気がなかったのなら、その人に罰が当たることはないのです。私はそういう人を〔でかい音を立ててきた人を〕正しく導いてほしいと祈っているだけであるからです。では、嫌がらせをしているわけでもない人に天罰がくだることはないのです。私はその人を呪っているわけではないからです。〔私が呪いをかけているとしたら、そんなことしてきた人、全員に災いは現れるでしょうけどね。もちろん私はそんなことしません。そんなことしたら自分も危ないからです〕)
    では、そんな危ない嫌がらせを毎日してくるんですから、この会社の人に天罰が(癌になる人が)続出しないわけがない。本当にそうなっているんですから、だから、そういう私を迫害している人は仕方ないにしてもです。(レベルの低い人は何をいってもききませんから)
    それをしない人もいるはずです。そういう人は、その会社で働いているのなら、布施はしておいた方がいいですよ、といっているのです。そうすれば(それだけ徳あることをしておけば)自分は守られるからです。
    「私は関係ない」ではすまないからです。その会社の人間はずいぶん罪をつくってしまっているからです。神に対し、そうして私だけでなく、その周りの人たちに対してです。(ずいぶん近所迷惑なことをし続けていますから。この会社はです)
    だから自分は関係ないではすまないといっているのです。そのような自分たちがつくったたくさんの罪がまだこれからたくさん返ってくるからです。その会社にはです。ちょっとやそっとではとても返しきれないくらいの罪をすでにつくってしまっているからです。この会社はです。(というか、つくり続けていますからね。今もってです)
    だから、どんどんどんどん癌になる人が出るのです。そのつくり続けている罪はもうすさまじいものとなって、そのすさまじい罪がもの凄い勢いで返ってきているからです。自分たちのところにです。(ほんと恐ろしい)
    実際にその罪が目に見えたのならずいぶん怖いんでしょうが、しかし、運の悪いことに罪は見えない。だから人によっては罪をつくり続けてしまう人もいるのですが、それがどれほど大きな罪なのかということが、神理が出現している今は目に見えるように分かります。(すぐに起きてくる天罰により)
    これほどよい時代もないと思うんですけどね。自分の間違いがよく分かるからです。悪いことをしているから悪いことが起きているからです。
    しかし、今の人たちはそれを絶対に認めようとしない。私のせいにするか、自然現象とか、他のもののせいにするか、とにかくすべて責任転嫁して自分の罪は絶対に認めない。
    それが、これほど大きな不幸が現れている何よりの原因であるということをよく知ってください。
    昔の人ならです。これだけ悪いことが起きてきているのです。自分だけでなく周りにもです。(もう日本など災害大国といわれていますから)
    これだけ悪いことが起きてきたのなら、もう自分が悪いと誰だって悟り、自分の悪いところを反省されたのです。自分が悪いから、それだけ自分にも自分の周りにも悪いことが起きてくるとよく理解してです。
    それが神がつくられた法則であると(因果応報、善因善果、悪因悪果)みな知っていたからです。
    しかし、本当にそれが分からないんでしょうか? これだけ自分の周りに悪いことが起きてきていてです。それをいつまでも責任転嫁していられるものなんでしょうか。今の人たちはです。昔の人も今の人も同じ人間であるはずなのにです。
    それが昔の人たちには分かって、今の人たちにはまるで分らない。もし、本当にそうだとしたらです。これほどの不幸はないのです。それが分からないばかりに(神の法則や自分が悪いと分からないばかりに)これほど多くの不幸が現れているからです。
    自分や自分に現れる不幸はすべて自分のせいであり、そうして、天気などもです。自分が望むなら、自分の希望通りにもなるのです。そのようなものすべてに意識があるからです。(また私がそれを証明していますが…今回は気温によってです)
    しかし、それには神の存在や神の法則を正しく認識し、その神の通りの心を実践しないとそのようにはならないのです。
    これだけ悪いことが起きてきて、それが自分のせいとまだ分からない、これだけ不幸なこともありません。
    この世のことはすべて偶然で、それが積み重なって今のようなことが起きている。
    この考え方はまったく違います。いま起きていることはすべて必然で起きていることであり、悪いことが起きてくる時は、その悪いことの原因を取り除くなら、その悪いことは起きなくなるのです。
    それを私は口だけでなく、起きる現象でも証明しています。
    いつまで私のいうことを無視しているのですか。それだけ不幸なこともないのです。(だからこれだけ不幸になる。私のいう「正しい」ことを無視しているからです)

  25. gtskokor2023/04/03 at 10:08 AM

    しかし、大丈夫なんですかね。誰も布施しなくて。
    どこかの会社などしないとどう考えても危ないと思うんですが、まあ、したくないなら仕方ありません。お大事にというか、お気をつけてというしかないですね。それだけ危ない状況であるにもかかわらずまったく態度を変えようとしないからです。それではまた今日も同じことが起きるからです。(なぜ、それが怖くない。まったく不思議ですね???)
    早く理解してほしいものです。自分たちの(神に対する)不遜な態度をです。それを理解し反省しないといつまでも災いは続くからです。
    そういう(危ない)ところが多数あるんですが、まあ、それはともかくです。いよいよ統一地方選が始まりましたね。あちこちで候補者の名を連呼している選挙カーをよく見かけます。
    しかし、維新がずいぶんこちら名古屋にも進出してきているようですね。本当にまずいです。こんな緊縮財政&他国売渡し政策の(公共事業削りまくり&IR推進などの)維新が名古屋までこられてはです。
    河村市長率いる減税日本も、こんな維新などと組むとかいっていた時は終わってんなと思っていましたが(苦笑)その維新からも振られ本当に終わりましたね。(笑)減税日本はです。残念ではありますがもはや昔の面影はなくなったようです。
    出てきた当初はずいぶん勢いもあり期待もしましたがね。減税はよかったからです。そうして楽市楽座もよかったからです。
    しかし、私もあれから、少々政治の方も勉強しました。(ユーチューブなどでですが。〔笑〕)だから減税だけではどうにもならないということも学びました。(楽市楽座はやらないし)
    今は減税&積極財政をしないといけないとよく分かりました。ですから、もう応援出来なくなりました。減税日本はです。減税&緊縮財政ではどうにもならないからです。
    別に減税日本はそれだけとはいいませんが(名古屋城復元工事もされていますから)しかし、あの超緊縮の中国維新の……間違えました、日本維新の会と組みたかったということは緊縮財政ですよね。河村市長もです。それでは応援出来ませんよね。そんなブレーキとアクセルを同時に踏んでいるような政策ではです。
    だいたい、市職員や市議の給料を下げろ下げろと(自分の給料もそうですが)そんなことばかりいっているんですから(こんなとこなど削ることしか知らない維新にそっくり)そりゃまずいでしょう。
    これだけ不況が続いているのです。今は皆の給料を上げて、それを使わせ経済を活性化させないといけない。そうしないといつまでたっても日本経済はよくはならないからです。
    河村市長は徳川宗春を支持されていたはずです。だったら積極財政でしょう。自分の給料も市議の給料も市職員の給料も上げて、名古屋に金をばらまいて名古屋の経済を活性化させないとダメでしょう。あの宗春の時のようにです。江戸時代で宗春ほど積極財政であった方もいないからです。
    あの享保の改革当時(八代将軍吉宗が行ったです。もちろんこれは緊縮財政です)停滞していた日本の中で唯一名古屋だけは活気を得ていて、その繁栄ぶりは「名古屋の繁華で京(興)がさめた」といわれたほどであったとか。
    では、それくらいしてもらわないと困ります。そうすれば名古屋は一躍全国の注目の的となり、さらに活況を得るからです。
    しかし、維新同様、削れ削れなどとされた日にはです。やはり大阪の維新同様、新型コロナの死者がダントツのトップなどということにもなりかねないのです。公共事業など削りすぎてはです。(そういうことを大阪の人たちは知っているんでしょうか? IRなどの事業を含めた維新の危なさをです。ただ、町がキレイになっただの便利になっただの、そういう目先のことだけにとらわれていては分からない、そのような大事なことをです)
    だから減税日本が減税&積極財政に転じてくれれば(これは今の日本で一番しなければいけない政策ですから)ぜひ河村市長の減税日本をまた応援したいと思いますが、どうもそう簡単にはなりそうもありません。
    では、自民党に入れるしかないんですかね。他の選択肢もなさそうであるからです。(参政党とか国民民主とかです。そこらへんは今のところ〔今のところではありますが〕左翼ではなさそうだからです)
    とりあえず自民党は最近は積極財政派議員も増えてきています。そちらの議員が増えてきてくれることを願ってやみません。
    いま日本の危機を(不況やら様々な安全保障やらの)救えるのは、その積極財政派の議員の人たちだけであるからです。(可能性があるのはということですが。少なくとも緊縮財政派の議員では絶対に無理だからです)

  26. gtskokor2023/04/04 at 10:36 AM

    今日は朝から静かですね。(笑)毎回こうだといいんですがもう災いが止まらないんで観念しましたかね。さすがにどこかの会社もです。(笑)
    などと書いているとまたやりだすんでしょうが(苦笑)もう本当に観念した方がいいですよ。こんな(傲慢な)態度をし続けているのは現代の人たちだけであるからです。
    だいたい、次から次に癌になる人が出ていて、なんでそれを人のせいにして怒っていられるのでしょう。怖くはないのでしょうか?
    また有名人が癌で亡くなったということでずいぶんニュースになっていますが、あの人など最後はその癌でずいぶん苦しんだんでしょう。
    亡くなる二、三日前には「もう逝かせてくれ」と懇願していたそうではないですか。それで亡くなって、その苦しみがなくなればいいのですが、まずなくならないですからね。その苦しみはそのままあの世まで持っていって、今度はあの世でも苦しみ続けるのです。自分が何でそんな(苦しい)死に方をしなければいけなかったのか、それが分かるまでです。
    同じようになりますよ。神理に逆らい続けて癌で死んでいった人たちはです。というか、死後はもっとひどい目に遭います。(それは私が保証します)神理に逆らうくらいの悪いことはこの世にないからです。
    だから、これだけ悪いことも起きる、それが『道理』というものであるからです。
    今回のことでもそうなんですが、あの癌で亡くなった有名人は、ずいぶんよいことをして死んでいったようにテレビではいわれていますが、あの方は環境問題とか平和問題、脱原発などにもかなり言及していたようですね。
    しかし、その中に間違えていたところがあったということです。大いにです。だからあの人はあれほど苦しんで死ぬことになった。その間違いが、最後にそのような苦しみをその人に与えたからです。
    そういうことが分からないから、みな偶然こうなったみたいなことをいうわけですが、しかし、もし、そのようなことがみな偶然でたまたまであるならです。人はよいことをしようと思うでしょうか?
    よいことをしても悪いことをして、偶然ひどい事故に遭う人もいれば、このようなひどい病気になる人もいる。どれだけ悪いことをしても何の天罰も当たらず、どれだけよいことをしても何の奇跡も起きず、その後の人生はすべて偶然で、よいことをしようが悪いことをしようが、その後よい人生を送れるかどうかは、すべて運で決まるなどとなったらです。
    それではよいことをする気もなくなるでしょう。しかし、これまではそう思われてきた。みな運がいいか悪いかで、自分の人生は決まるのだと、そう考える人が多かった。
    どれだけ正しいことをしても、どれだけ努力を重ねても、金持ちになれる人もいればなれない人もいて、よいことが起きる人もいれば起きない人もいて、それでよいことが起きた人は運がよかった、よいことが起きなかった人は(それだけ努力しても成功しなかった人は)運が悪かったと。
    しかし、仮に成功したとしても、そんな成功者の中にも突然病気になって苦しんで死ぬ人もいれば、あまりよくない人生の中で病気などせず一生健康に暮らせた人もいる。よいことをしていたのに事故ですぐ死ぬ人もいれば、悪いことをしていてひどい病気をしていたのに、それが奇跡的に治った人もいる。こんな理不尽もないので、そのようなことはすべて運が左右しているのであり、これまでの自分の人生に関係なく、よいことが起きるか悪いことが起きるかはすべて偶然と、それで納得していたわけです。これまでの多くの人たちはです。
    しかし、よくそれでいいことをしようとか、努力しようとか思いましたよね。(笑)
    そんな一寸先は闇の人生など、悪いことをしても楽に生きた方が得なのではないですか。いいことをしても悪いことをしても、それにふさわしいことが起きてこないなら、そうする意味がないからです。(それとも正義感だけでやっていたわけですか。これまでよいことをしようと努力していた人はです…いやご立派。〔笑〕)
    では、因果応報、善因善果、悪因悪果という言葉は嘘ということになりますが、そのような言葉はすべてよいことをさせるため、あるいは悪いことをさせないための方便でそういっているのであって、本当はそんなこと起きないのであると、それは全部偶然でそうなっているだけなのであると、そういっていたわけです。これまで偶然論を主張してきた人たちはです。
    だから悪いことをする人も多かった。そんなすべて偶然なら、よいことをしても悪いことをしても同じであり、また努力などしてもしなくても同じであり、そうであるなら、よいことであろうと悪いことであろうと、警察に捕まらなければそれでよいのであって、出来るだけ楽に儲けて面白おかしくこの世を過ごした方がよいからです。(こういうのって世紀末思想ですよね…そんな考えの人が多いから滅ぶのです)
    しかし、そのようなことがすべて間違いであったということが、神理の出現によって分かったのです。これまですべて偶然で起きていたと思われていたことが、実は必然であったということが次々に証明されていっているからです。いま現在です。
    だから、どれだけよいことをいっていても、またしているように見えても周りによいことが起きてこないのであれば、それはよいことをしていないのであり(よいことの中に悪いことが必ずあるのであり)よいことをすれば奇跡が、悪いことをすれば天罰が、実は必ず起きてくるのであり、本当によいことをしているのなら、様々な災いから守られ、悪いことをしているのなら、その悪いことに応じて、自分の周りに悪いことは起きてくるのであり、正しく努力するなら、それは報われ(ある程度の時間差はあるにせよです)悪いことをし続けるなら末路は哀れになる。そのようなことはすべて必然で起きてくることであり、この世に偶然はない。因果応報、善因善果、悪因悪果という言葉は正しかった。
    そのようなことが次々に証明されていっているのです。いま現在、この正法神理の出現によってです。
    だから人間は正しいことをしないといけない、悪いことをしてはいけない。よいことをすればよいことが、悪いことをすれば悪いことが、必ず自分に起きてくるからです。
    と、こう筋の通ったこともいえるわけです。神理を知ったのならです。その通りのことが起きているからです。
    それにまだ異を唱える人がいますか? いるなら私にそういってください。その証拠はお見せしますから。いくらでもです。別にご自身の身体を通して体験してもらってもいいですし。(そういう人が多いんですけどね。勝手に私に嫌がらせしてきてです。〔苦笑〕)
    これまでの皆さん方の(無神論の)考え方を大転換させる、そのような正しい教えが(これこそ真実ですから。これまでのような〔例えば無神論のような〕迷信ではなくです)ここに語られているのですが、その教えを説いている者を無視に、じゃまに、嫌がらせですか。
    よく恐ろしくない、そんなことをしていてです。
    それでずいぶん恐ろしい結果が次々に現れているんですが、それでもまだ分からない。自分たちのしていることの恐ろしさ、愚かさがです。
    それに早く気づいてください。そのことにいつまでも気づかないでいるとです。この後、大後悔をしないといけなくなるからです。

  27. gtskokor2023/04/05 at 10:14 AM

    昨日は伊藤さんから感謝の布施をもらいました。ありがとうございました。
    今日も朝から微妙に怒っているところがありますが、伊藤さん同様、感謝の布施をしてくれないと、その怒っていることは止まりません。昨日もやたら怒っている人がいましたが、それで激しく音を立てると自分だけでなく自分の周りにも(会社や家族にも)その怒っていることが現れてきます。
    そんなことが起き続けているのですから、少しは神を恐れ神理を信じて感謝の布施をされませんか。そうすればその災いは止まるからです。しかし、それをしない限り、その災いは出続けるからです。
    昨夜(というか、今日の朝方なんですが)面白い夢を観ましたので書いておきます。
    その夢は私が営業をしていた時の夢でした。私がある会社に営業にいくと、その会社の社長さんが知らない人と一緒にいて何か話をしていました。
    そこに私がいったものですから、その社長が「大矢さん、今日はお客さんがきていて忙しいから、またにして」といわれます。
    それで私も「ああ、それはすいません。では、請求書を持ってきていますので、それだけ渡しておきます」といって、そこの社長に請求書を渡したのです。
    するとその社長はすぐにその請求書を確認していました。そうしてその請求金額を見て「これだけ上がっては、もうおたくから買えなくなるかもしれないな」といいました。
    私は「社長、たしかに安く買う努力は大事なことですが、しかし、これからはです。(これだけ物価が上がりだしたので)少し高く売る努力もしてくれないといけませんよね」といいました。
    すると、その社長はハッとして「これだからあんたと話すのは面白い」といって、横にいる人に目配せしてニヤリと笑っています。
    それで、少し話そうかということになって、こちらにきてと別の場所に歩いていくのですが、その間、社長と一緒にいた人は「社長、こちらの話の方が大事でしょう」といった顔つきで少々戸惑っています。その人は私のことを知らなかったからです。
    そうして私とその社長は歩きながらいろいろ話していくのですが、その社長が度々、こういうことについて何か気がついたことない、ああいうことについて何か気がついたことないと、きいてくるので、ああ、これはこうした方がいいのではないですか、あれはこうした方がいいのではないですかと、私が気がついたことをいいながら歩いていくというところで目が覚めました。
    何かその夢が気になったのでここに書きました。だってその夢のようにです。このブログを読んでいる人は、神の様々なことを私から知らされただけでなく、いろいろな気づきももらっているはずだからからです。とても自分では気づかなかったような気づきもです。(そのことを知らされた夢だったのでしょう。だから天上界から観せられた霊夢であったということです。今日の朝方観た夢はです)
    それでも感謝の一つもしないわけですか。少しの布施もされないと、そういうのでしょうか。しかし、それではあまりに器が小さい。やはり知らないことを教えられ、自分が気づかないようなことに気づかされたのならです。
    少しの感謝くらいはすべきでしょう。それが人の道というものであるからです。
    その人の道から外れたことばかりするから、これだけ天罰も食らうのです。それを、このブログを見ている多くの人たちは認めようとしませんが。
    昨日はまた堀川にいっていたらたくさんの魚たちが跳ねていました。私が声をかけるとより一層跳ね回ります。そうして横にある桜の木にはスズメたちがとまってピィピィ鳴きながら飛び回り、カラスや他の鳥たちも鳴きながら飛び回って、私の周りはにぎやかなものでした。
    そういえば今年はまだツバメを見かけませんが、どうしたんでしょうね。いつもの年ならもうきているはずだからです。早いツバメなどもう三月末頃に見るのもいるくらいだからです。
    しかし、そのツバメももうくることでしょう。そうするとまた一層にぎやかになります。ツバメもずいぶんうるさいからです。ギャーギャーギャーギャー鳴きながら飛び回るからです。
    鳥や魚たちでも、このように神理には感謝してくれています。(感謝しているから、神理を説いている私を見るとこれだけ喜ぶのです。そのような愛ある表現が他の生き物たちの感謝の態度だからです。言葉をしゃべることが出来ない他の生き物たちのです)それが人間だけは神理に感謝しないでは、万物の霊長として示しがつきませんよね。(笑)
    少しの感謝くらいされませんか。神理に対してです。他の生き物たちはすべて神理に感謝してくれているからです。(ほんと私のいうことを素直にきけといいたい。ずいぶん危ない人たちもいるからです。というか、多いからです)

  28. gtskokor2023/04/06 at 10:39 AM

    長野にある善光寺の本堂から仏像が盗まれたそうですね。(びんずる尊者…この人、釈尊の弟子だとかいわれているそうですが、一体誰?)
    触れると病気が治るとかいわれて親しまれていたそうですが、この仏像に触れてそれで病気が治った人が本当にいるんでしょうか? そこは大いに疑問なんですが(治らない、治らない。こういう迷信は信じる人が多いんですね。〔笑〕)こういうところにお参りして、それで、そんな仏像を触っている暇があるならです。自分の心を反省して、そうして病院にいった方が、よほどその病気は治ります。(だから、このような仏像を触って、それで病気は治ったと単純に思い込んで、それでその病気が本当に治ってしまったということはままあるでしょうが、しかしそれはこの仏像の力で治ったわけではなく、自分の心が変わったことで治ったのです。ただの木の塊に人の病気を治す力などありません。偶像崇拝もいい加減にしてほしいものです)
    正しいことを早く多くの人に知ってもらいたいものです。そうすれば多くの人が幸せになれるからです。
    しかし、その仏像を持っていかれたからと、それで罰が当たるなどといって怒っていた人もいますが、ただの木の塊を持っていたところで大した罪にはならないでしょう。したがってその程度のことで罰は当たりません。(もう犯人は捕まったようですが)
    罰が当たるとは私の周りで起きているようなことをいうのです。本当の神の教えに逆らい続けているのなら、本当に罰が当たります。早く反省してほしいものです。そのような不遜な態度の人たちはです。そうしないとどれだけ不幸になるか分からないからです。
    昨日もそんな不遜な人がたくさんましたが、最近はマンションなどの外壁塗装ですか。それをしているところが多く、そういうところは作業員がたくさんいるので必ずいますね。そんな罰当たりな大バカ者がです。
    昨日も一昨日も(その前もだったかな)いました、工事現場で私に向かいガンガンやってきた大バカ者がです。
    そういう工事現場で工事が止まってしまったところもあります。あまりに私にちょっかいをかけすぎてです。(それで病人が出すぎてでしょう。多分ですが)だから、そのような工事現場はもう分かったことでしょう。私に嫌がらせするならすぐに罰が当たるということはです。(すでに病人が出ているはずだから)
    そうであるなら、もう二度と私には嫌がらせはしないことです。そうするならまだ傷は浅くてすむからです。(少し天罰を食らうくらいですむからです)
    しかし、何度も何度も私に嫌がらせを繰り返すなら、一生後悔することになります。なぜなら、そのように何度も嫌がらせして起きだした天罰は、その場所の工事が終わろうが終わるまいが、もう反省するまで(布施するまで)出続けるからです。
    そういう人がすでにどれだけいるかしれません。そういう勉強もいいというならそれは別にかまいませんが、それが嫌ならです。一度で学ぶことです。そのようなことはしてはいけないということをです。
    しかし、こちらなど何度天罰を受けてもそれでも分からない。バカや哀れを通り越して、もう言葉にならない人も多いんですが(もう表現する言葉がありませんから)こういう人たちは死んでからが大変です。
    だから神理には従った方がいいですよ。無視や逆らっているとろくなことが起きてはこないからです。
    しかし、それをどれだけいってもきこうとしない。だからこちらはそういう人たちが分かるまで言い続けるしかないのです。
    なぜなら、たとえ私がいわなくなってもです。それで起きている天罰が止まるわけではないからです。先ほども書きましたが、分かるまで(反省するまで)その天罰は出続けるからです。それもどんどんひどくなってです。
    だからこちらはいい続けるしかないのです。そうしないとまだこれから神理を無視している人たちに、どれだけひどいことが起きてくるかしれないからです。そのひどいことを少しでも減らすためには一刻も早く正しいことを理解させ、それを行ってもらうしかないからです。
    しかし、もう理解するのが早いのか、それとも滅びていくのが早いのかという、そんな恐ろしい競争になっていますけどね。こちらなどです。(なんか、滅びていく人の方がどう考えても早そうですが…)それだけ不幸な話もないのですが、本当の神の存在や神の教えを早く理解されることです。それが出来た人から、本当の幸せが現れてくるからです。
    寺や神社などいって、どれだけ祈ったり仏像を触ったりしても、それで幸せになることはありませんが、神理に合わせて心を変えるなら、必ず幸せになれます。
    その唯一幸せになれる神理にいつまでも逆らい続けているからいつまでも不幸なのです。
    WBC、WBCと騒いでいましたが、もうプロ野球も開幕しました。地元チームは相変わらず弱いです。(打てないです。〔苦笑〕)何でこれだけこのチームは打てないのか?(これもまた不幸です)
    それは、私は前からいっていますが、このチームが何年か前に日本一になったのはこの神理のお陰もあったのに、そのお返しをしていないからです。
    だからこれだけ不幸が続く。もうどれだけBクラスにいるのでしょう。このチームはこんなチームではなかったはずなのにです。Aクラスの常連であったはずなのにです。それがいつの間にかBクラスの常連になってしまった。
    あの日本一になった時(私もずいぶん神理を伝えたのにです。あの打者とか、あの投手とかにもです)神理に対し何の感謝もなかったからです。
    だから、それをするまでは(神理に感謝するまでは)このチームはいいことが起きないのです。だからこれだけ打てない。何年たっても、どれだけ監督を代えても、どれだけコーチを代えても、それでも打てない。神の呪いがかかっているからです。(別に呪いではありませんが。〔苦笑〕そう書いた方が分かりやすいからそう書いているのです)
    だから私に感謝の布施をする選手が出てくるなら、一発で打てるようになるということです。このチームはです。少なくともここまで打てないということはないのです。それなりに実力のあるチームであるからです。
    まあ、特別このチームの選手だけではありませんが神を信じてです。その本当の神の心を説いている私に感謝してみませんか。そうすれば必ずです。
    必ずよいことは起きてくるからです。(そりゃそうですよ。だって私に悪いことをした人には必ず悪いことが起きるのです。その逆は当然起きますから)

  29. うなっシー2023/04/07 at 7:02 AM

    こんにちは、お久しぶりになります。いよいよ来週から第二のスタートを切ります。視覚障がい支援学校の勉強がいよいよ始まるのです。そのタイミングで新しい気付きをいただきました。それは、すべての物事へ祝福の祈りをするには自分がまず心から感謝しなければ到底祝福の祈りなど程遠いものである、という気付きです。これまでの己を振り返り反省を繰り返すうちに、自分でも気付かないうちに感謝から入っていたのです。不思議なことですよね、普通は教えてもらうか勉強してから実践に入り習得するのがセオリーかと思うのですがね。前にお話しさせていただきましたが、お世話になっている方々への祝福の祈りをしたら、友達一人と義母が体調が悪くなり病院へ行っても尚回復しないと言ってます。これもきっと縁のある方なので、より明確なその現れだと思ってます。当初は少し祈るのを止めようと思いましたが、私のやるべき事をやらねば心の成長にもならないとの思いから、早く気付いてと願いも込めているところです。

  30. gtskokor2023/04/07 at 10:00 AM

    それはそれは頑張って祈りも続けてあげてください。そのような現象を通して多くの人の心は向上していくからです。
    しかし、その心の向上が信じられないくらい遅い。(笑)まあ、こちらは見ていて呆れますけどね。この人たち何度同じ間違いを繰り返せば気がすむのかとです。
    こちらなど、どれだけ天罰を食らっても、それでも嫌がらせを繰り返している人もいれば、一度ひどい天罰を食らって、それでピタリと嫌がらせをやめたかと思ったら、しばらくしたらまた始めたとか、嫌がらせとドン引きを交互に繰り返しているとか、まあ、多士済々です。(笑)
    しかし、いまだ、自分が間違っていましたと、素直に頭を下げ布施を持ってきた人はいません。(そのような潔い人はです)
    そこは本当に残念です。もう十年以上もこんなことが起き続けているのに、それでも分からない(自分の間違いを認めない)人たちばかりであるからです。
    こういう人たちが、素直に頭を下げ、そうして布施するようになるには一体何年(何十年)かかるのだろうと先が思いやられますが、まあ、気がつくのをこちらは待つしかありません。(神は、もっと長く、もっと辛抱強く人間たちが気がつくのを待ち続けていられるのですから)
    ですからウナッシーさん、私たちは自分たちのすることにベストを尽くしましょう。そのうちに気がつく人は気がつくからです。
    しかし、昨日でもやっと勝っていましたからね。我が地元プロ野球チームはです。(苦笑)
    こういう人たちもまるで気づかない。私が何度も警告していたのにです。神理に感謝しないといけないとです。あの数十年ぶりの日本一は神理のお陰でなれたのだからです。
    そう私がいったことが証明されているのではないですか。実際このチームが日本一になってからもう十五年もたつのです。しかし、それから優勝はもちろんのこと(もちろん出来ていません)Aクラスも数年ほどでしょう。後はずっとBクラス。(ここ十年などです)
    私があれほど神理に感謝(布施)しないといけないといったにもかかわらず無視していたからです。そうして私は、もし私のいうことを無視するなら、もうこのチームにいいことは起きないだろうといっておきましたが、その通りのことが起きています。十五年たったいま現在でもです。
    誰が監督になろうが、どんないい選手を取ろうが、まったくいいことが起きないからです。このチームはです。
    ですから、これほど私がいったことを証明している野球チームもありません。(ほんとお礼をいいたいくらいです。これだけ分かりやすく私のいうことを証明してくれてありがとうとです。〔苦笑〕)このチーム、去年は最下位、そうして今年も出足は去年とさほど変わりません。投手は抑えるが打てないのです。去年最下位に終わった後、あれだけトレードして、新外国人選手も入れ、ドラフトなどでも多くのよい選手を取ったにもかかわらずです。それでも機能しないのです。
    まだ、始まったばかりではありますが、しかし、もう観えませんか。今年もまたこのチームはよくない(打てない)ということがです。ここから打線が爆発するなどもう想像がつかないからです。それほど爆発的に打つ選手などこのチームには見当たらないからです。
    そればかりでなく、このチームなど私の家からも近いところに球場があるので、たまに私はその球場の近くを通るのですが、その時に嫌がらせしてきた選手に天罰までくだっているのです。(骨折や大けが)
    そういうことも起きているのに、それでも分からない。自分たちが神理に背を向けているばかりにこういうことが起きているとです。
    こういう人たちばかりですから。(苦笑)だからウナッシーさんも気長に頑張ってください。ただ、ちょっとやそっとで人は(神理に)気づかないということだけは知っておいてください。そうしないと嫌気(いやけ)もさすからです。(私などもう何度嫌気がさしたか分からない。〔苦笑〕)
    どちらにしてもです。私のいっていることが次々に証明されています。それでも多くの人たちは気づこうとしないのですが、今日はこちらの天気など大荒れです。(雨も風も強くて)
    いつまでも神理に気づこうとしなければこのような悪いことはいつまでも続きます。早く気づいた方がいいでしょう。
    私たちは、その神理に気づいて行うため、この世に出てきているからです。
    (次回からはもう一つ前のブログのコメント欄に書くことにします。皆が神理に気づいてもらわねばコメント欄にしかブログを書けません。早く気づいてください。そうしないと神理流布にも大きな支障をきたすからです。そんなことになるならまた神の怒りが増すからです)

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