7月 23 2021
天の祝福
昨日は凄かったですね。
何が凄かったのかといえばです。昨日は午後から白鳥公園にいったのです。昨日は休みのところが多くてわりと静かに白鳥公園にまでいけたんですが(人通りも少なくて)それと同じように白鳥公園内も人が少なくて、それで白鳥公園横の堀川までいって魚でも出てこないかとながめていました。
しかし、昨日は堀川も静かなもので、見た感じ魚も全然水面まで上がってきている様子はありません。「今日はいないな」とキョロキョロ見渡していましたが、水面は静かなものでした。
それで「お前らいないのか」と声をかけながら掘川沿いを歩いていましたが、川ばかり見ているのではなく歩きながら鳥の相手をしたりして、暑いのでトボトボゆっくり川沿いを歩いていきました。
しかし、あまりに暑かったので、いつのまにか下を向きながらトボトボ歩いているだけになり、たまに「お前らいないのか」と声だけかけて掘川沿いを歩いていたのですが、ふと気づくと何か周りからピチャピチャ音がしてきます。
「ん? 何の音がしてるんだろう」と最初はその音が何か分からなかったんですが、そのうちにザバーンとかいう音もしてきました。それで何気なくパッと顔を上げて横の堀川の方を見て驚きました。
なんとなんと、先ほどまでシーンとして静かだった川面がもう一面です。一面ざわついていて、あちこちでキラキラ光る魚のうろこが見えます。
「えっ」と思ったんですが、いつのまにか堀川の水面にたくさん小魚たちが上がってきていてあちこちで飛び跳ねているのです。その飛び跳ねている時に小魚の背のうろこや白い腹がキラキラ光って見えるのです。
先ほどピチャピチャ音がしていたのは、それだけ多くの小魚たちが一変に水面まで上がってきて、水面でピチャピチャ跳ねたり泳いだりしていたので、それでそんな音がきこえてきたようなのです。
そりゃきこえるでしょうね。だって、凄い数なのです。もう堀川の川面一面にすさまじい数の小魚が上がってきていて、その小魚たちが見渡す限りいるのです。
「なんだこれ? お前らいつ上がってきた」などと声をかけていましたが、そういう声をかけると何か知りませんが、大喜びして、一ヶ所だけ跳ね回る魚たちがたくさんいて、その跳ね回っている辺りがです。
まるでその辺りだけ雨ではなくヒョウですか。ヒョウでも降っているかのごとくパシャパシャパシャと水面に穴が開いて、それがだだーと列をなし、何か凄いのです。この小魚たちがやっていることがです。
「お前らなんか凄いな」などと声をかけると、それと同じことをする小魚たちがあちこちにいて、あっちでパシャパシャパシャ、こっちでパシャパシャパシャと凄い跳ね方をしています。
ヒョウが降っているというより、何かその辺りだけ鉄砲で水面をパンパン撃っている(映画やテレビでよく見る光景です)かのようにも見えて凄い迫力です。
「おいおい元気だな」などといおうものなら、またあっちでパシャパシャこっちでパシャパシャやり出す魚たちがいます。また凄いなと思いながらその小魚たちを見ていました。そうして水面一面にはすさまじい数の小魚たちが上がってきている。おいおい、今日はどうしたと驚きました。
何でまた今日はと思ったんですが、しかし、不思議な話です。先ほどまでは本当に静かなものだったからです。堀川の川面はです。何もいなかったのです。シーンとしていたのです。
それが私が川沿いを歩いていたわずか数分の間に、いつのまにかすさまじい数の小魚たちが上がってきていたのです。水面上までです。信じられますか? こういうことがです。
しかし、嘘ではありません。昨日、私の目の前で起きたことをそのまま書いているだけだからです。
それでこの魚たち、一体どれだけいるんだろうとずっと掘川沿いを歩いていったんですが、白鳥橋をこえて七理の渡しくらいまではびっしり上がってきていましたね。二~五センチくらいの魚の集団がそこらじゅうにいましたから。それこそ川面一帯にです。
その先まではもういきませんでしたが(もうキリがないですから。〔笑〕)この小魚の数を考えればです。もう天文学的な数になります。考えられない数の小魚たちが昨日は堀川の水面まで上がって来ていたということです。それも急にです。
こういうことはさすがの私にもあまり起きたことはないですね。
最初からたくさん水面に上がってきていたということはあります。そういう日もあるからです。堀川にいくとたくさん小魚たちが水面にいたということはです。
しかし、それまでまるでそんな気配がなかったのに、声をかけていたら、いつのまに天文学的数字の魚たちが水面にまで上がってきたなどということは、これまでもあまりなかったことです。いきなりすさまじい数の魚たちが、一斉に水面まで上がってくるなどちょっと考えられないことであるからです。
その考えられないことが昨日は起きたのですが、何で昨日はそんな考えられないような奇跡が起きたのか? ということです。
だからきっとそれは天の祝福ではなかったのかと思うわけです。
昨日ああいうブログを書き、このブログの題名をしっかり「清き者たちへのおくりもの」としたからです。
それが天の御心に叶ったのでしょう。だから、そのような考えられない奇跡も起きた。天がそれを祝福してくれたからです。
このブログこそ、正真正銘、高橋信次先生の神理を正しく継いでいるからです。そのブログの題名を「清き者たちへのおくりもの」としたのなら(高橋先生の絶筆である新復活の副題をつけるなら)このブログこそ神理を正しく受け継いでいると(高橋先生や園頭先生の弟子たちも含めた)多くの人たちに知らしめることになります。
それを天も喜び、それで祝福してくれた。そうでなければ、これほどの奇跡が早々起きるものではないからです。
ということは、天もこのブログが唯一無二の正法神理を正しく説いているということを認めてくれたということになり、そうなると昨日書いた通り、正しい題名をこのブログにつけたことにより、これまで以上の奇跡もまた現れてくるということになります。
このような天のお墨付きまでもらえているからです。
その天が認める神理をです。いつまでも無視しているほど(逆らっているほど)愚かな行いもないのです。
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追伸…いよいよ今日から東京オリンピックが始まりますね。しかし、このオリンピックは呪われた大会と海外メディアからいわれているようですね。(苦笑)今回のオリンピック関係者で辞退者や辞めさせられる人が続出しているからです。
昨日もまた演出担当者がクビになったそうですが(昨日はユダヤ団体から抗議文が出たとか。さすがに皆さんユダヤ団体から抗議文が出てきては真っ青でしょう。〔苦笑〕)今のところサッカーやソフトボールなど出だし好調なんですが、果たしていつまで続きますかね。
この調子では日本チームの成績がよいのもです。
今回のオリンピックは完全に神を敵に回しているからです。日本はです。だからこんなことも(呪われた大会などと)いわれるようにもなる。神が味方しないからです。
さて、その神が味方をしないオリンピックがどういうものになるのか、興味を持って見ていましょう。



人目の訪問者です。

本当に危なそうですね。出ていくともうあちこちで教えてもらえるからです。滅ぼされている(死んでる)人が出ているということをです。
もう毎日ですよ。出ていけば必ずどこか教えてくれるのです。昨日でもそうでした。そこは前回通った時はドン引きしていたところでした。しかし、その工事現場は、その前まではずいぶん怒っていたところだったのです。それも激しく何ヶ月もの間です。
そういう態度を続けていたところが、前回急に静かになってしまったものですからね。それで私も驚いたのです。「この現場まで黙ってしまったのか」とです。
そこが昨日はまた激しく怒っています。それで私が近くまでいき「死ぬ奴が止まらないんだろ」ときくとシーンです。ここ数日は、このように皆がこれまでにないくらいはっきり教えてくれるのです。しかも自分たちの方から率先して自分たちに死んでいく人が出ているということをです。
だからもうはっきり書いておきますが、ということは、それだけたくさん出ているということなんですよね。死んでいく人がです。だから黙っていられない。どんどん周りに死んでいく人が出てきて、いつ自分もそうなるかしれないからです。
そういうことがあちこちで起きだしてきたから、これだけ多くのところで多くの人たちが自分たちの方から率先して私に教えてくれているのです。自分たちに死んでいく人が出ているということをです。表面上はともかく本音の本音はもう助けてほしくて仕方ないからです。
それだけ多くの人たちが周りで次々と死に始めたからです。
違いますか? それが勝手な私の勘違いであるなら、せいぜい(アホかと)笑っていればよいのですが、しかし、もしです。もし本当にそんなとんでもないことが起きだしているところがあるのならです。
何度も書いていますが、一刻も早く私のいうことに従った方がいいでしょう。それではもうそこにいる人たちの心臓がいつ止まるかしれないからです。特に騒いでいる人たちなど危ないからです。(だからうるさかった現場が急に静かになる、そういう騒いでいる人たちがいなくなっていくからです)
こういうブログを書くなら、脅しになるだのなんだのいいたい人はいえばいいのだし、それで警察に捕まるなら捕まるで仕方ないでしょう。しかし、それでも本当のことを(本当に起きていることを)はっきり書かないといけないのです。そういう時がもうきているからです。多くの人たちがこのままでは(こういう態度を続けていれば)死んでいくという、そのような時がです。
あまりに現代の人たちが神に疎(うと)く本当の神の教えである神理をないがしろにしているからです。そういう態度をもう十年以上も続けているのです。
それではこういう(恐ろしい)ことが起きてきてもなにも不思議ではありません。こんなこと昔から起きていたことであるからです。それを現代の人たちが迷信と切り捨て本気できこうとしないからです。
では、脅しになろうが犯罪になろうがはっきり書くしかないでしょう。起きていることをです。
そういう(神に対し不遜な)ことをしていれば、最後には、そういうことをしている人たち全員が滅びてしまうからです。本当にそうなるからです。
だからそうなってきているんでしょう。いま現在です。これまでもそのような警告はあったからです。それこそ数えきれないくらいです。
このブログを見ていて様々な病気になった人もそうでしょうし、いろいろな不幸が起きた人もそうでしょう。昨日、伊藤さんからコメントをもらいましたが、伊藤さんに起きたこともそうでしょう。
そのコメントの中に、私に布施をしなかったら隣人の男性に殺されていたかもと書いてありましたが、そう思ったのは決して大げさでも勘違いでもなく、伊藤さんがその時、私に布施しなかったら本当にそういうことが起きていたのです。それはこちらで起きていることを知るなら分かるからです。それほどの運が悪いことが起きても決して不思議ではないということはです。
それだけ神理を見ていながら、何の感謝もしない(報恩の行為を行わない)ということは罪が深いということです。だからそれだけよくないことも起きてくる。そういう人たちの罪がそれだけ重いからです。
それをこちらの人たちは証明しているのです。だから多くの人たちが死に癌にもなって苦しむのです。そういう人たちは神理に対し、どれだけ不遜なことをしているかしれないからです。
だからそういう人たちが、そのような(不遜な)態度を取らなければ、決してそんな不幸なことは起きなかったということです。それが分かっている人が多いから、こちらは私に対し怒っている人が多いんでしょう。
そういうことになったのは私のせいだと、自分たちの行いが悪かったのを棚に上げてです。
だから、伊藤さんが取られた態度が正しいのです。(というか、当たり前でしょうが、そんなことはです。そんな自分たちに罰が当たっているのに、それを人のせいにしている人たちなどきいたことがありません。何度もいいますが史上初でしょう。そこまで自分本位な人たちはです)
伊藤さんは、そういう悪いことが起きたのならいち早くこのブログのことを思って、すぐに布施したと、そうしたらたちまちその問題は解決したと、その行いが正しかったから、その問題はあっという間に解決したのです。
もし、それが間違いであったのなら(もし、それが起きた原因が他にあったのなら)その問題はいまだ解決していないからです。原因が間違っているのなら、その間違った原因をいくらなくしても、その問題はなくならないからです。
しかし、私に布施したら、その問題はいつの間に解決していたということですから、やはりそれは私のブログをただで見ていたため起きたということでしょう。だから、それをなくしたら(私に布施したら)その問題がなくなったのです。その問題が起きた原因がなくなったからです。
だからもし伊藤さんがです。その時にこちらの人たち同様の態度を取っていたら(それはこのブログのせいと私に対し怒りを持っていたら。そうして布施を私にしていなかったとしたら)多分、伊藤さんは今頃は隣人に殺されニュースになっていたことでしょう。
そうなっていた可能性が高いですね。それはこちらの人たちを見ていれば分かるからです。こちらはすでに多くの人たちが亡くなっているからです。
そのような悪いことが起きた時に、伊藤さんはすぐに自分の行いを反省され神理を一として行動された(それだけ神理を大事なものと思い行動された)それが正しかったということです。
だから、その後の伊藤さんにはよいことが起きてきているのです。それこそ(神理を説いている)私に布施するたびに自分でも気づかないような(後で分かるような)よいことがです。
それだけ神理に布施する(報恩)という行為はよいこと(神の心に叶うこと)であるからです。
だからこれだけの違いも出てくる。神の心に叶う行いと反する行いとでは、雲泥の差であるからです。そうであるなら当然自分の運命にも雲泥の差が出てくるからです。
ここまでの違いを書いてもまだ理解出来ませんか。神理をただで見ていることの不徳がです。
しかし、理解しない人たちがもう次々に亡くなりだしたのです。
では、自分がそうなる前にです。伊藤さんと同じ悟りを得てください。そうなるならです。とりあえず、自分の命は助かるからです。しかし、今のままではです。自分の命さえ危なくなるからです。
皆さん、いつまでも突っ張っていないでいい加減、本当の神の教えには(神理には)従いましょう。昔から皆そうしてきたからです。だから多くの人たちが救われていったからです。(だから現代の人たちは救われない。多くの人たちがいまだ神理を無視しているからです)
しかし、今年はいつまでも魚たちがたくさん出てきますね。ここ数日は天気がよかったからでしょうか。(小春日和〔こはるびより〕が続いて)庄内川にいっても、堀川にいっても、また荒子川でも魚をたくさん見かけました。(荒子川の魚たちはちょっとやばそうなんですが)いつもならこの時期はもう魚など水面には上がってこないはずですが、今年は異常ですね。この時期にまだこれだけたくさんの魚たちが水面まで上がってきているからです。
異常といえば、今年はまだカモメを見ていません。一羽もです。他の水鳥たちはちょこちょこきだしたんですが、カモメがまったくこない。なんででしょうね。今年はまだ暖かいからなんでしょうか? よく分かりませんが、いつもなら起きていない異常なことがいろいろ起きています。
これも異常なふるまいをしている人が多いからでしょう。だから自然界もこうなる。(異常になる)正常に戻さないといけませんね。人々の考え(心)をです。今の思想の異常さが よく分かっていない人が多いからです。
アメリカの中間選挙のことを日本でもギャーギャーいってるんですが、もうアメリカも異常ですからね。あの選挙がどこまで正常にやっているのか怪しいものです。郵便投票がどんどん増えているんでしょう。そうして郵便投票が増えれば増えるだけ民主党の票が増えていく。(苦笑)そんな感じなんではないでしょうか。この前の大統領選はそうでしたから。
だからもうどこまでまともか分からないので、そういう話題も書く気がなくなるんですが、そういうのをすぐに陰謀論とかいう人もいますが、しかし、そういわれても仕方ない部分はありますよね。
例えば、安倍総理の暗殺の件でもどんどん出てきますからね。いろいろな話がです。
最近などもう、銃声が二度ではなく三度したとか、あの犯人が撃ったのは空砲で後ろから別の者が撃った弾で安倍総理は亡くなったとか、よく分からないことをいい出す人たちまでいる始末です。(でも前から撃たれてるんでしょう。安倍総理って。〔肩とか腕とか撃たれて〕では、それも嘘ということですか? なんか何でもありですね)
これだけいろいろ出てきては、一体、何が正しくて何が正しくないのかよく分からなくなります。完全にやられていますよね。こういう人たちもです。それこそ裏の世界の人たちの手の平の上にのって踊らされている感じです。
これでは喜ぶのはそのような人たちだけだからです。彼らは(悪魔たちは)混乱や不調和を喜ぶからです。平静に平和で調和させないのが彼らのやり方であるからです。
このようなよく分からない問題もです。実は教えてもらえることがあるのです。このようなことが正しい、これは間違いだとです。神理を行っているとです。
そういうことを教えてもらえるなら、世間のいろいろな声に惑わされずにすみます。まあ、あまり目の見えない世界のいうことをまともに信じてしまうのも危ないのですが、しかし、その教えてもらったことは二度、三度と、それが正しいと分かることが後々、必ず起きてきます。
だから、信じられるわけです。ああ、あの教えてもらえたことはやはり正しかったとです。
だから、そういう裏付けがないものは信じない方がいいでしょう。(例えば耳元で声がしてこれが正しいといわれたとか〔これは完全に悪魔ですが〕神のお告げによってこうしたとかです。それっきりのやつはほぼ地獄霊がそういっているからです。つまりそれは騙されているということです)
特に目の見えない世界の話はよほどの裏付けがない限り、信じてはならないのです。この世の人たち以上にあの世の地獄霊たちはよく人を騙すからです。それにまず正しい霊は寄ってはこないからです。今のような間違った信仰をしている人たちにはです。
だから、この世もあの世もです。そのような世迷い言(よまいごと)が多いということです。だから、そのような世迷い言に騙されてはならないということです。騙されるのも悪であるからです。
そんな中でいかに正しいことを見つけるか。そうして、その正しいことは一つしかないのですが(真実は一つです)その一つしかない正しいことを示してくれるのが、この正法神理なのです。また、正しいことをいっているから奇跡も起きてくるのです。(いろいろいったり、やったりしている人たちはどの人も一つの奇跡も起きてこないでしょう。それが何よりの証拠なのです。その人たちが真実を語っていないという〔あるいは正しいことと正しくないことがごちゃ混ぜになっているという〕何よりのです)
正しいものを信じ行いませんか。それ以外で本当に救われていく道はないからです。
昨日は茨城県や福島県で震度4の地震が起きたようですね。そうしてその後、石川県でも同じように震度4の地震が起きたようですが、続きますね。このような強い地震がです。
茨城県や福島県で起きた地震など三重県南沖の海中が震源地であったにもかかわらず、揺れたのは、その震源地から遠く離れた東北や関東であったということですが、このように震源地近くより遠くの地域で大きく揺れることを「異常震域」というそうですね。
昨日書いたような異常なことをしている人が多いと、地震の揺れ方まで異常になるようです。(苦笑)偶然とは思えない地震の起き方でした。
まあ、偶然ではないでしょう。このブログに合わせて起こされたのかもしれません。そういう地震をわざとです。いつまでも神理を無視している人が多いからです。
こちらの人たちもいつまでも神理に逆らっているのではなくです。少しは従ってはどうでしょう。そのままではまだこれからどれだけ滅びていく人が出るかしれないからです。
仮にすぐに滅ぼされなくてもです。そのままでは一生不幸ですよ。神理に逆らっていて幸福になれるわけがないからです。だから実際不幸でしょう。そういう人たちには悪いことばかり起きてきてです。それが一生続くということです。神理に逆らっている間はです。
いつになったらそれが分かるのでしょう。本当に困った人たちばかりなんですが、それはそうと米中首脳の初の対面会談がインドネシアのバリ島で行われたようですね。
しかし、台湾問題はどちらも譲らず話がまとまらなかったようですが、しかし、台湾に中国の軍事圧力が強まるなら日本(尖閣など)も危なくなります。自分たちのことだけやっているわけにはいかないんでしょうか。中国もです。
そこがいかないところが中国四千年の歴史の(中華思想の)困ったところなんですが(別に中国の歴史が四千年もあるわけではありませんが。中国はまだ建国して七十年にしかなりませんが)こういう問題も日本に神理が広がるなら解決出来ていくんですけどね。米中首脳会談でも解決出来ない問題でもです。
嘘つけなどとは思わないでくださいね。本当の話なんですから。だって今以上にです。(今でも十分中国国内は揉めていますが)中国国内に問題が起きて外のことどころではなくなるなら台湾やら日本やらの話ではなくなるでしょう。まず自国が大事なんですから。
そういうことが起きてくるということです。日本に神理が広がるならです。例えば、それはそれはひどい(いま起きているくらいの程度ではすまないくらいの)内乱が中国国内で頻発するなら、中国はどうなりますか? それプラス激しい(日本並みのです……日本並みって。〔汗〕)天変地変が次々に起きてくるなら、さすがの中国といえども、外のことどころではなくなります。
そういう悪いことが次々に起きてくるということです。日本に神理が広がるなら、その神理が広がった日本に手を出そうとする国にはです。
それが嘘ではないということは、私の周りで起きていることを知るなら分かるはずです。国全体に神理が広がるなら、そのようなことが国単位で起きてくるのです。
しかし、広がらない。だからこれだけ世界中で異常なことが起きてきて各国が好き勝手なことをして混乱もするのです。本当の神の教えである正法神理がちっとも広がっていかないからです。
まあ、それほどの影響を(世界に)与えるくらい、この正法神理は偉大なものであるということです。それを多くの人たちは認めようとしませんが。
だから、そのような偉大なものに巡り合っていて自分は知らないではすまないでしょうと私はいっているわけです。
そう思いませんか。それがどれだけ小さな発想であるのかということがです。だから不幸になる。いつまでも自分さえよければいいという(自分が好きなことさえ出来ればいいという、後のことは知らないという)小さな発想に支配されているからです。
そういう発想は間違っているのです。この世は自分だけで生きているわけではないからです。人の助けがあってはじめて自分は生きられるからです。
では、自分はもちろんのこと他の人たちもよくしていかないと自分もよくならないでしょう。人の助けがなくなれば自分も不幸になるからです。
それは先ほどの米中首脳会談を見ても分かるはずです。中国をそのままにしておくなら(好きにさせておくなら)結局日本も不幸になるからです。いずれは侵略されてです。
それと同じようなことが私たちの身近でも起きているということです。国単位か自分単位かの違いなだけでです。
だから自分も周りもよくしていかないと結局は自分自身も不幸になるといっているのです。周りの影響は(悪は)必ず自分たちにも影響を与えるからです。だから全体をよくしていかないといけないといっているのです。
その全体をよく出来るのがこの正法神理なのです。
政治や経済、あるいは教育などもすべて神の心の一部でしかないのであって全部ではないからです。そのようなものはすべて神の心の一部を語っているだけであってすべてではないのです。
だから奇跡も起きてこないのです。神の心とはこうであると悟って、それを実践しないと奇跡は起きてはこないからです。
だから、この正法神理だけなのです。神の心のすべてを悟れるものはです。だから奇跡も起きるのです。だから学ばないといけないといっているのです。まず、そのような神の心そのものをです。
そうして、そのうえで政治、経済、あるいは教育なども語っていくなら、必ず周りに奇跡が起きてきて、よい方に進むことが出来、そのよい力が(それが神の力)結集して、はじめて世の中がよい方に進んでいくからです。
そのよい方に(本当の正しい道に)進むための元の元がこの正法神理であるということです。
だから、学ばなければいけないのです。すべての人がこの正法神理をです。人の心の基礎の基礎がこの正法神理であるからです。
少しはお分かりいただけるでしょうか。この正法神理の大事さがです。
もうパニくっているところがありますね。それで「死ぬ奴が出たのか」などときいても大騒ぎしています。
大丈夫なんですかね。こういうところはです。本当に止まらなくなっているんではないですか。どんどん出ているんではないでしょうか。滅んでいく人がです。知りませんよ。そんなことがあちこちで起きているのに、それでもまだ神に逆らっている(無視している)人たちなどこれまできいたことがないからです。
そのような恐ろしいことをどれだけ人のせいにしていたところで、そんなとても人が起こせないようなことをいくら人のせいにしても、それは神が行われていることなのであり、どれだけ愚かな人たちが人のせい人のせいと騒いでも、そのような神が行われている事実は変えられないのです。
だからもう中身がまったくない(自分が正しいなどという根拠はありませんよね)薄っぺらな突っ張りなどやめてはどうでしょう。そんな態度は罪にしかならず、またそのような罪は過去の人たちが誰もつくったことがない、また、つくろうとも思わなかった大変恐ろしい罪であるからです。(そのような〔神を否定する〕罪はこの世の法律では裁かれませんが、神の前では恐ろしい罪となるのです。〔神の前で神を否定出来るのかといいたいです〕その神の前の罪こそ決してつくってはならない、本当に恐ろしい本物の罪であるのです)
そこまで神に逆らう(否定する)ことなど過去の人たちは誰もしなかったのです。もちろんしようとも思わなかった。それほど恐ろしいこともないからです。
しかし、現代の人たちは、そのような過去の人たちが誰もつくったことがない神に対する恐ろしい罪を、いまもってつくり続けているのです。何も知らずにです。その恐ろしさを何も理解しようとせずにです。
だから、こんなことも起きてくる。周りの人たちが次々に死んでいく、こんな凄まじく恐ろしいこともです。
まだ、分かりませんか。なんでこんなことが起きているのかがです。それを人のせいにしている場合ですか。そんなことをしているうちにまた誰か滅ぼされていくかもしれないのにです。
もう一刻も早くそのような恐ろしい態度は改め、昔の人たち同様に神を恐れ神に対し謙虚な態度を取らないといけないのです。そうしないと、その現象はどんどん激しさを増し、最後はみな滅ぼされてしまうからです。
そういう恐ろしいことも起きるのです。そこまで神を無視していてはです。
私がいう神こそ本物の神であり、そうであるから、このような現象も起きてくるのです。聖書に書かれてあるのと同じ現象もです。
聖書にもそのような記述は出てくるからです。あまりに神に(神の言葉を語る預言者に)逆らった人たちは滅ぼされてしまったという恐ろしい記述はです。
その通りのことが、聖書に書かれていることと同じことが、現代でも起きているということを知ってください。同じ間違いを繰り返せば同じことが起きてくるからです。
しかし、その同じことでもです。現代と過去ではまったく意味が違うのです。なぜなら、そのように過去に滅ぼされていった人たちも、その時は間違った判断をして滅ぼされたのですが、決して神を否定していたわけではないからです。
そのような過去滅ぼされた人たちは誰も神を信じ、神を否定していた人たちなど一人もいなかったからです。しかし、その自分の信じた神が偽の神であったがため、その時は滅びたのです。
その偽の神を頑なに信じ、本物の神の教えを説く予言者にあまりに逆らったがため、そのような人たちはその時は滅ぼされましたが、しかし、その後あの世にいくなら、その人たちは神を信じる心があるので早期に救われ、自分の間違いを正すことが出来たのです。それも神のご加護があったからです。神を信じた、その心は間違ってはいなかったからです。
しかし、今回の人たちは頭から神を否定しているのです。そんな『神』など存在するかとです。
これまでそこから間違えた人たちはいません。そのうえで、本当の神を教えを説く者に(これほどの現象が現れているんですから、そこは証明されていると思いますが。私は〔そこらの教祖のように〕口だけではないからです)これまた頭から逆らい、その者のいうことをまるできこうとしないのですから、その罪は過去の人たちの比ではありません。というより、比べようがないのです。
過去、これほど真剣に神を否定している人たちなど存在しないからです。神がつくられたこの世界に住む人たちで、それだけ神を否定し、無視した人たちなどいなかったからです。(じゃあ、神がつくられたこの世界から出ていけよといいたくなりますよね。神がつくられた素材がなければ何一つ出来ない自分たちがです)
では、その罪は一体どれほどのものとなりましょう。当然、神のご加護もありません。その人たちは神を否定しているのですから。ということは、神の加護も必要ないということになるからです。
だからいっているのです。現代の人たちの罪は過去に例がないほど大きいですよとです。そうして、それでは絶対に救われませんよとです。私からすれば、神のご加護もない人たちがどうやって救われるのか不思議でならないからです。
そんな頭から神を否定している人たちなど過去存在しません。だから、神を否定する罪が一体どれほどになるのか、私も知らないのです。
よいのですか。こういう事実を(事実は事実です)こちらはどんどん知らせているのに、それでもまだ私のいうことに(神理に)逆らい無視を続けていてです。
くだらない突っ張りもたいがいにせいといいたいです。
そのしていることの(そうして起きていることの)恐ろしさを、多くの人たちはいつまでも知らないでいるのです。
今日も朝からお怒りのところがあちこちあるようですが、この状況で怒りますかね。
もう本当の天罰がボンボンくだっているのです。そうしてその天罰がどんどんひどくなっている。このような状況で、そういう傲慢な態度を取っているなら子供でも危ないからです。(子供でも平気でやってきますからね。こういう状況でも〔私がこれだけ書いているのに〕恐れもせず嫌がらせをです)
神理をきいているのなら、感謝して(大人たちは)布施されることです。(報恩の行為を行うことです)昔の人たちは誰もそうしたからです。だから救われていったからです。(それが人の道ですから)
それに大昔と違って今は電話もメールもあります。オンラインだってあるのです。(どうやるか知らないけど)だから個人指導などいくらでも出来ます。(または講演でも講義でもです)
せっかく神理と巡り合ったのなら(私のブログを読んでいるだけでなく)もっと深く知らないともったいないですよ。神理を深く知れば知るだけ周りに奇跡が現れてくるからです。それはこのブログを見ていれば分かることであるからです。
悔い改めて神理を実践しませんか。それが一番救われていく道であるからです。
どちらにせよ、今のまま神理に逆らい続けているのなら確実に滅びますよ。すでに多くの人たちがあまりに神理に逆らい本当に滅びていっているからです。
残念ではありますが、本当の神の教えが出現した時はこういうことが起きるのです。甘えは許されないのです。その教えに罰当たりなことをするなら確実に罰は当たるのです。それが本当の神への信仰であるからです。
これまでのように何をやっても(祈ろうが、お参りしようが、お経をあげようが、それどころかどれだけ罰当たりなことをしようが)何も起きない。そんなものは信仰でもなんでもなく、ただの習慣にすぎないのです。その習慣を信仰と思ってやってきた偽の信仰がこれまでの信仰であったわけです。
そのことを悔い改める時がきているのです。
しかし、そのような時は必ず魔が競い立ちます。本当の神の教えが広がる時は悪魔たちも黙ってはいないからです。本当の神の教えがもし広がってしまうなら、悪魔たちの居場所がなくなるからです。
だから必ずひどく反発する人がいるのです。そのような悪魔に憑かれた哀れな人たちがです。だから、ひどい天罰もくだる。そういう人たちを反省させ、本当の神の教えが出現したことを皆に知らしめるためにです。そのような証明は必ず現れるのです。
それはモーゼやキリストの時代を見るなら分かるはずです。もちろん釈尊の時代も同じなのです。(例えば、釈尊を殺そうとしたダイバー・ダッタは天罰がくだって死んだのです)
本当の信仰とはそういうものだからです。それだけきびしいものであるということです。道から外れれば天罰がくだる、しかし、正しく行うなら確実に奇跡が起きる、それが神への信仰であるからです。
そういう中で昔の人たちは正しい判断をしたのです。多くの人が神理に帰依するという正しい判断をです。
そうして、その正しい判断をした人たちだけが救われていったのです。自分の正しい判断で本当の神の教えであるこの正法神理に帰依するなら、神のご加護は必ずあるからです。(だから偽の信仰では救われないというのです。偽の教えに神のご加護はないからです。神の加護がないところに本当の救いなどないからです)
今生も同じことが起きています。(神理につくか、それとも他の偽の教えにつくかという判断)神への信仰は神の子の人間にとって必要不可欠なものです。
では正しい判断をされませんか。そういう人だけが本当に(心から)救われていくからです。
今は日本国内だけでなく全世界で風雲急を告げています。こういう時に正しい信仰をしなくてどうやって救われていくのでしょう。いつ恐ろしい病気になるか分からない、いつ自分の財産が全部取られるか分からない、いつミサイルが飛んでくるか分からない、いつ侵略されるか分からない(エトセトラの)このような時にです。
そのような数々の災いから守られ、正しい道を(本当の幸せの道を)指し示してくれるのがこの正法神理なのです。
その方法をこのブログの中にいくつもの例を挙げて私は書いています。もう少し真剣に読みませんか。そうして、真剣に実践してみませんか。この正法神理をです。そうすれば自分たちの(本当に)求めていたものは必ず見つかるはずであるからです。
その一人一人の求めているものを指し示してくれるのが、この正法神理であるからです。
とはいえ、その求めているものが、金とか、地位とか、名誉とか、そのようなものではもちろんいけませんが、そういうことも段々分かってくるのです。神理を勉強して(行って)いるのなら、そのようなものがいかにはかなく詮無(せんな)いものであるのかがです。
しかし、神理から(神の心から)離れれば離れるだけ、そのようなものが欲しくなります。それが悪魔の心(欲望)であるからです。(あれも欲しいこれも欲しいというです)
それで身を持ちくずす人や間違った道に迷い込んでいる人たちもいることでしょう。そのようなものを過度に欲しがるなら当然そうなるからです。そちらの道は正しい道ではないからです。欲しがってはいけないものを欲しがるのなら進む道は違ってくるからです。
それを間違った道とは思っていない人もいるようですが(金、地位、名誉を欲しがって、なぜいけないのかとです)しかし、そのようなものは自分の分に応じていただけるもので、それ以上のものを欲しがるのならです。
やはり道から外れてしまうのではないでしょうか。自分の分以上のものをもらうなら自分の進む道からです。それで大きく道から外れてしまった人たちもたくさんいるからです。(政治家など見ているとそれがよく分かるのではないですか。例えば、明らかに他国有利なことばかりいう政治家など見ているとです。それをいうと、では、その国と話が出来なくなってもいいのかと、話が出来なくなったらもっと状況が悪くなるではないかと、そうごまかすのですが、もちろん話をするのはかまいませんが、そういう国から〔必要以上の〕金をもらったり、あるいは女をあてがってもらったりすることはないでしょうと、そういうところが道を外れているでしょうと、そういっているわけです。私はです)
だから、神理から離れてはならないと私はいうのです。結局、最後は神理から(神の心から)離れればその離れた分だけ、人は苦しみを負うことになるからです。そのように仕組まれているのです。神がつくられた法則によってです。この世は(神がつくられたこの世界は)です。
そのようなことをすべて教えてくれるのが、本当の神の心であるこの正法神理なのです。
だからもうこのブログを長年見ている人たちはです。ただ見ているだけでなく、真剣に実践することを考えませんか。
そうしないと面白くもないし、実際ただ見ているだけではほとんど意味がないからです。この正法神理は実践してこそ意味も実もあるからです。
どちらにせよ、もうそれを(実践を)考えないと自分の身が危ない、そういう時代になっているということをよく知るべきなのです。
最近は強い地震が多いですね。(震度3以上の)昨日も関東や東北で起きたようですし(東京なども大変ですね。しょっちゅう地震があってです。大丈夫ですか。そのうちでかいのがきませんか。それだけ地震が多発しているとです)離れたところで大きく揺れる異常震域などという地震まで起きています。
ソロソロ悔い改めた方がいいのではないですか。多くの人が自分の心と行いをです。凄いのがきてからでは遅いからです。
こちらなど何かまた一段と様子が変ですからね。というのも、よくお怒りなのはいつものことなんですが(どこかの会社も当然お怒りです)昨日など最初はずいぶんお怒りだったのに、途中で腰が折れて段々静かになっていったなどというところまでありましたからね。
そういうところがいくつかあったんですが、そういうところは怒っているのは最初だけで怒っているうちに段々元気がなくなっていくのです。これまでは、そんな中途半端な怒り方をするところはなかったんですけどね。私が何かいっても、いえばいうだけ怒るか、あるいはその逆に図星をつかれて急に黙り込むかのどちらかのところばかりだったんですが、昨日一昨日くらいからでしょうか。最初は元気がよかったのに、段々元気がなくなっていくなどという元気が続かないところが出てきました。
どうしたんですかね。これまではそんな中途半端な態度は取らなかったのにです。怒るなら怒る、黙るなら黙ると、割とはっきりしていたのにです。
それがそんな中途半端な態度を取るところまで出てきた。そうして、それと符合するようにもう一つおかしなことがありましてね。
実は、そのような(元気のない)態度を取り始めたところが出始めた昨日一昨日くらいから、私のブログを見ている人たちが激減してしまったのです。急に半分くらいにです。
元々見ている人数が少ないので(一日わずか数十人ですからね。しかし、本当にこんなに少ないんでしょうか。いつもおかしなブログを書くとこの辺りのずいぶん多くの人たちが反応するんですが……)半分に減ったといっても知れてるんですが、しかし、こんなに急に減るでしょうか? 読んでいる人がです。
面白くなくなったからといって急に見なくなるんですかね。半分もの人が一斉にです。こういうことってあるんですかね。ブログの内容が面白くなくなったので徐々に読む人が減っていったというのなら話も分かるんですが、二、三日前から急にですよ。急にガクッと見る人が減ったのです。
これはどういうことなんでしょう。ということはです。よほど私のブログが面白くなくなったのか、それともです。それとも、そのニ、三日前から急に私のブログが読めなくなる人が増えたのかのどちらかではないかと思えるんですが、そこはどうなんでしょうか。
まあ、これまでの経緯を考えるならです。急に読めなくなった人がいっぺんに出たと考える方が自然は自然ですよね。
だから、そういう中途半端な態度を取るところまで出てきた。そこはいっぺんに人がいなくなった(滅ぼされた)からです。それなら最初は怒っていても途中で元気がなくなるのも道理であるからです。
まあ、そのような想像が出来てしまうくらいこちらはおかしなことが起きています。(私は特にそのようなことが分かるんですが。数字にまで表れてくるからです)
しかし、何もそれはこちらだけでなく先ほども書きましたが、全国的にもよくないことがどんどん起きてきています。
こういう時はです。ちゃんとお陰がある、確実に神のご加護がある、正しい信仰をすべきなのです。というより、しないといけないのです。それをしないから、これだけ多くの悪いことも日本に起きているからです。日本の人たちに不徳な人が多いからです。
神理を実践するなら、多くのよいことが(奇跡が)起きてきて、祈ればその祈りは叶えられ、災いからも守られ、多くの生き物たちも寄ってきて、楽しい人生が送れます。
いま暮らしている自分の人生がすべてではないのです。そんな悪いことばかりが周りに起きてくる、そんな人生など、それほど不幸な人生もないのです。
少し努力するなら(少し神理を実践するなら)本当の幸せな人生を送れるようになり、死の苦しみもなくなり(多くの人たちが皆、死への恐怖は持っているでしょう。なくなりますよ。神理をよく勉強するなら死への恐怖はです。死後の行き先も分かりますし、もういつ死んでもよいという心にもなるからです)そうして本当にその死後の世界まで幸せに暮らしていけることになるのです。天上の世界でです。
私の周りで起きていることが、それが嘘ではないということを教えています。ここに書いていることが、そのまま起きているからです。
災いがどんどん起きてきています。しかし、その災いはこのブログを見ている人なら、いくらでも減らし、なくすことまで出来るのです。
いい加減もう神理を信じ行いませんか。神理をやらないまま人生を送るということはです。
横に多くの宝があることが分かっているのに、それをあえて使わず極貧で不幸な人生を送っているのと同じことであるからです。
本当の心の豊かさを手にしませんか。それほど幸せなこともないからです。
今日も朝早くから激しくお怒りでした。どこかの会社などです。(一人でガンガンでかい音を立てているのがいましたから)
やはり予想通りのようです。昨日は洗濯がてら荒子川公園にいっていたんですが、あの辺りは多いんで(嫌がらせをしてくるところがです)分かりやすいんですよね。必ずどこか教えてくれるからです。いま起きていることをです。
その中に死ぬほど怒っているところがいくつかあって、そこが教えてくれました。いま現在、大勢の人が滅ぼされているということをです。
昨日荒子川公園にいくといきなりでした。いきなりすごい音が響いてきたのです。(私本当に北朝鮮のミサイルが直撃したのかと思いましたもん。それぐらい音がでかかったからです)その音の方を見るとある会社でした。その会社は前回通った時はたしかドン引きしていたところでした。そこがすさまじい怒りようです。
「なんだ、死ぬ奴が止まらないのか。書いた通りのことが起きているのか」などときいたらシーンです。昨日私が予想した通りのことがその会社には起きているようでした。一度に人がいなくなって(滅びて)いるのです。こういうところはです。
そういう(教えてくれた)ところが他にもありましたが、やはりだから減っていたんですね。私のブログを読む人がです。昨日も読んでいる人が少なかったからです。(これまでで最低)
このブログを読んでいる人たちがどんどん滅ぼされていっているのです。
だとしたら、本当にもう頭を下げた方がいいですよ。これで怒っているなど自分から滅びの道に一直線に凄い勢いで進んでいるのと同じであるからです。
それだけ神理に対し傲慢な態度を取り続けるなら(それが傲慢という自覚がある人が少ないようですが。そういう態度は普通であると思っている人も多いようですが、そういう態度こそ傲慢の極みなのです。知らないことを教えてもらい心まで救ってもらっていながら、それにはまったく感謝せず怒りまくっているなど、それほど傲慢な態度もないからです。そういうことさえ分からなくなっているのです。現代の人たちはです)当然そのような人たちは最後には滅ぼされてしまいます。だから滅ぼされているのです。もうその最後の時がきているからです。
もう昔の人同様の(謙虚な)態度を取ってください。それが一番安全であり正しい行いであるからです。
今日はそのことだけをいいたくて書きました。
長年このブログを見ている人たちはです。(傲慢な態度を)悔い改めて神理を行ってください。
それが一番正しいことであり(この教えが本当の神理と知った)昔の誰もが行っていたことであるからです。
日曜日だというのに今日も朝から怒っていましたね。カーンとか音を立ててです。多分どこかの会社だと思いますが、止まらないんでしょう。滅ぼされる人がです。
昨日でも、やかましかった札付(ふだつき)のところがまたドン引きしていましたからね。そこはずーと激しく怒っていたんですが、前々回通った時に急にドン引きしていて、そうして前回通った時はまた激しい怒りよう、そうして昨日近くを通ったらまた私が何をいってもシーンです。
ジェットコースターのように最近は毎回態度が極端に変わります。いま何が起きているのかを、このような札付のところが教えてくれているのではないでしょうか。それだけ恐ろしいことが激しく起きているということです。この辺りはです。(数日前に都営バスが民家に突っ込んだというニュースが流れていましたが〔運転手が意識がなくなってとか何とかいっていましたが〕私はあれは名古屋で起きたのかと思いましたもん。東京ではなくです)
だから分かるまで何度でもいいますが、もう手を合わせて頭を下げた方がいいですよ。特に私に嫌がらせをしている人たちに恐ろしい天罰が次々にくだっているようであるからです。
いつになったら分かりますか。自分たちの不徳がです。早くそれに気づいてください。それに気づかぬ限り(自分たちが悪いと認めぬ限り)その災いは止まらないからです。
それにしても日本は災い続きですね。いま現在の日本は、天罰に天変地変、それにまだコロナ禍まであって、悪い物価高に不景気、そうしてミサイルまで止まらないというんですから(一昨日に北朝鮮が撃ったミサイルは日本のEEZ〔排他的経済水域〕内に着弾したとか)一体どれだけ災いが多いのかということになります。
しかし、他のことはともかくです。これだけミサイルを近海に撃ち込まれている国って他にあるんでしょうか?
あまりききませんけどね。これだけ多くのミサイルを(今年だけでも数十発)近海に撃ち込まれている国などです。普通ならこんだけ撃ち込まれたら戦争になりますから。しかし、日本など、どれだけ撃たれても何もしないから(口だけだから)どんどん撃ち込んできます。平気でミサイルをです。これほどの屈辱もないと思うんですが……そういういくじも日本の人々はなくしてしまったようです。
それはともかく、これだけ何十発も日本近海にミサイルを撃ち込まれているのに、防衛費を倍にするだのなんだのいっているだけで、その肝心の安全保障はなかなか進まないし、そのようなことにかこつけて増税の話はバンバン出てくる。(別に増税などしなくても国債でいくらでもやれるのにです)強い地震もどんどん起きてきて(昨日も震度3の地震が石川県などで起きたようですし)悪い物価高もコロナ禍も(今度は第8派とかいわれているし)止まらない。
もういま現在の日本は災い続きです。次から次に災いが起きてきて、その災いがどんどん増えているのです。
こういうことを考えればです。こちらで起きている天罰が激しくなるのも当然といえば当然でしょうか。これだけ多くの災いが日本自体に起きているからです。ということは、それだけ不徳の人が日本には多いということになるからです。
これが徳のある人が多かった(増えた)場合どうなるのか?
とりあえず、それを書いておきましょう。所詮は絵空事でしかないのでしょうが。(いま現在の日本に徳のある人が増えるとは思えませんから)
日本に徳ある人が増えた場合、まず天災は減りますよね。ぐっとです。というかほとんど起きなくなるのです。天気が正常に戻るからです。
そうして景気もよくなります。徳の多い人が増えるなら政治家が正しいことに気づくからです。というより、そのような正しいことを行う政治家を選ぶようになるからです。徳ある人たちはです。(正しい政治家が増えれば即座に消費税など廃止され、莫大な財政出動がなされ、それで一発で景気回復です。不徳な政治家が多いと、それをしないのです。だから景気もよくならない。通貨発行権がある政府が、その通貨の発行〔財政出動〕を十分に行わないからです。だから日本全体に金が回らず景気も回復しないのです)
そのように天気が安定して景気がよくなるなら、当然安全保障にも十分金を回せます。防衛費はいくらでも出てきますし今日の中日新聞の広告にも出ていましたが、行き過ぎた輸入依存が日本の食までおびやかしています。このようなことを早々に国内で賄えるようにも出来るわけです。(おまけに他国が発癌性が問題になって使わなくなった農薬まで売りつけられています。〔ポストハーベスト〕国内自給率を上げるのはもちろんのこと、このような肥料も国内のたい肥などの資源活用を行うようにしていかないといけないのです)
そうして(スパイ防止法なども含めた)このようなすべての安全保障が整ってくるなら、これほどのミサイルが飛んできても、それなりの防衛力を持つなら(飛んでくるミサイルを撃ち落とすばかりでなく、電磁波バリアーとかサイバー攻撃や敵基地攻撃能力など)それほど怖くはありませんし、また、そのミサイル自体も止まるのです。
徳がある人が日本に増えるなら、そういうことが出来なくなるからです。何度も書いていますが、そういう問題がいろいろ起きてくるということです。
そういうことをしている国に様々な国内外の問題が出てきて、他国のことよりまず自国のことをやらなければいけなくなるからです。他国のことにはかまっていられなくなるのです。そのような問題のある国がです。様々な問題がその国自体に起きてくるからです。
そういう運のいいことが次々に起きてくるのです。日本に徳ある人が増えればです。
そういうことは別に絵空事ではありません。本当にそうなるのです。日本に徳のある人たちが増えてくるならです。
しかし、日本の人々はその徳をおざなりにして自分のことばかり(目先のことばかり)やっています。
これではよくはならないでしょう。永遠に日本はです。
まず、心なのです。心をよくすることが大事なのです。そうなってはじめて自分も周りもよくなってくるのです。
それをいつまでも理解しないから神理も理解出来ないのです。
このままでは確実に日本は滅んでいくことでしょう。それは日本には不徳な人が多いからです。
しかし、最近は震度3~4クラスの地震が多いですね。もう毎日のように起きています。今日もすでに福島で起きましたし(震度3)昨日は北海道、一昨日は石川、その前は宮城、その前は千葉などともうずいぶん前からずっと続いているのです。(知ってますか? そういう事実をです)
少々不気味ではありますよね。こうも続くとです。
ソロソロまたでかいのがどこかに起きるんじゃないですか。いきなりくることもありますが、このクラスの地震が続いている時は怖いですよね。どこかに大きいのがきそうであるからです。特に関東、東北にそのクラスの地震が多い。大丈夫ですか? その辺りの人たちはです。東日本大震災の余震だなどと思っていると、そのうちきますよ。首都直下型地震がです。その予兆かもしれないからです。
別に脅しているわけではありませんが(心配しているだけです)どちらにしても(もう何度も書いていますが)不徳な人が多い。それではいつ大きな地震がどこに起きてもおかしくはないですよね。そのような人が多いところにそのような災いは起きるからです。
しかし、そんなんがきたらまた被害は甚大になりますよね。もうインフラがどこもボロボロです。(老朽化で)それでは少々の地震でも被害は大きくなります。国土強靭化など掛け声だけで全然進んでいないからです。
だから、総合経済対策など早く決めてほしいんですが、国会は大臣が更迭だの統一教会だのそんなことばかりしています。これでは危なくて仕方ないですね。日本は地震ばかりでなくミサイルだっていつ飛んでくるかしれないからです。
しかし、例えば統一教会の問題でもです。本当にもったいないですね。神理に気づくのであれば、それで詐欺被害に遭った家族もずいぶん助かるのにです。
精神的に助かるのはもちろんですが(神理を知ることになるので)物質的にも助かると思いますよ。国会で何か決めるのも、あるいは裁判をするのも時間がかかって仕方ないんですが、神理を知って祈るなら時間などかからないからです。すぐにでも出来るからです。
統一教会の信者だった人たちが、それは間違いだったと気づいて、そのことを反省し、この正法神理が本当の神の教えであると理解して正しい祈りをするなら、返ってくるお金は返ってくるのです。
そのように神が導いてくださるからです。
だから、そういう人たちが(統一教会に騙されていた人たちが)正しく祈るなら、統一教会内外に、お金を返さなくてはいけなくなるようなことが次々に起きてきて、返さざるを得なくなるということです。
そういうことが必ず起きてくるのです。そのような人たちが神理を知って正しい祈りが出来るようになるならです。
それは私の周りを見てもらえれば分かると思います。私一人が祈ってもこうなのです。では、そのような被害者の人たちが大勢で正しい祈りをするなら、その祈りの力は大きくなり、その分、きかれる祈りも大きくなります。
本当に残念ですね。そのような被害者の人たちに神理が届かなくてです。神理を知って行いさえするなら、ずいぶん救われるのにです。そのような人たちは物心両面でです。
その責任は誰にあるのか? ということです。
少なくとも私ではないでしょう。私に責任があるなら、私に災いが起きてくるはずだからです。しかし、私には奇跡しか起きない。
では、誰にあるのでしょうか?
だから、これほど地震も起きるのでしょう。天罰もくだるのでしょう。景気も回復せずミサイルまで心配しなくてはいけなくなるのでしょう。
その責任がある人たちがいつまでたっても神理を無視し、神に対しそっぽを向いているからです。
それではやることなすことうまくいきません。あるいは一時はうまくいっても結局不幸になるのです。神に逆らっている人たちが神がつくられたこの世界でよくなるわけがないからです。(だから表面上だけでは分からないということです。どれだけ栄耀栄華を極め、そのまま死んでいったとしても、その人の心の中はずっと不安で一杯なのかもしれないからです。ずっと心の中が不安定であるなら、物などいくらあってもこれほど不幸なこともないからです。だから物のあるなしで幸か不幸かははかれないということです)
日本に神理が出現しているというのに、それを知っている人たちが何もしようとしないのでは世の中、不幸な人がどんどん増えていきます。そうしてもちろん不幸なこともです。
このブログを見ている人たちは、だから増えているということをよく知ってください。
不幸な災いがです。
名古屋にイノシシが(二頭)出たということでずいぶんニュースになっていますね。(こちらはですが)
隣の瀬戸の山から(そこはイノシシが生息しているそうなので)庄内川の川沿いを伝ってきたのではないかといわれていますが、そうだとするとこちらの庄内川などいっても見るかもしれないですね。そのイノシシたちはまた庄内川に戻って川沿いを歩いていくかもしれないからです。
まあ、他の人たちはともかくです。私を見るなら、そのイノシシたちも少しは愛想よくするかもしれません。動物園などいっても、そこにいる動物たちが私にはずいぶん愛想がいいからです。
昨日も買い物がてら、その庄内川にいっていましたが、気温が高いと(昨日のように二十度以上あると)魚たちもよく跳ねます。昨日も川岸に座っているとボンボン跳ねていました。私のすぐ前で跳ねるのもいて大きな鯉も二、三匹、私の目の前を悠々と泳いでいきます。
私が「お前ら元気いいな」などと声をかけるとバチャバチャバチャとあちこちで魚が跳ねます。周りにはスズメや他の鳥たちも飛んできてピィピィ騒いでいます。(最近はサギも私の前を飛んでいく時にギャーとか鳴きながら飛んでいきますからね。大きなサギなどかなり声がでかいので驚きますが)魚や鳥たちもずいぶん私には愛想がいいようです。
しかし、その反対に超がつくほど愛想が悪いのが人間たちです。(苦笑)
そのような、愛想のいい動物たちに囲まれていた楽しい庄内川から一歩外に出て買い物のため歩いていくと(もちろん辻説法も兼ねていますが)これまたあちこちから大きな音が響いてきます。
しかし、その音は先ほどまでの動物たちが騒いでいた楽しい音とは違い、ずいぶん怒りに満ちたきつい音ばかりのようです。どこもお怒りのようであるからです。人間たちはです。
ほんとえらい違いなんですが、まあ、動物たちのようにです。愛想よくしろとはいいませんが、怒っての嫌がらせはもうやめた方がいいのではないでしょうか。ずいぶん出ているようであるからです。(かなり恐ろしい)天罰がです。
元々、そのように怒っている原因もです。自分たちがそうなるように自分たちで原因をつくったのです。
そうではないでしょうか。神理を見ているのに、それにはまったく感謝せず、一方的に嫌がらせをしてきたのは、その怒っている人たちの方なのです。
それで悪いことが起きてきて、それを私のせいにされても、そういうことをしている自分たちが悪いのであって、私が悪いのではありません。その自分が(自分からです)嫌がらせをしたことを心から詫びて、感謝の布施でもされませんか?
そうすれば、その怒っていることは(天罰は)すぐにでも止まるからです。
しかし、それを頑なにしないというのであれば、その天罰は止まることなく、それをした人たちがいなくなるまで続きます。そのようなことをしている人たちがずいぶんいなくなっています。(工事現場や会社の態度だけでなく、顔ぶれがよくかわっていますからね。よくいくスーパーとか、ドラッグストアとかのスタッフのです。〔すごくいじわるしてきますから。そういうところのスタッフはです〕それで分かりやすいのです。そのようなことがです)
だから、せめてです。(布施までしろとはいいませんが)私に対する嫌がらせはやめた方がいいのではないでしょうか。そういうことをしてくる人たちに凄い勢いで天罰がくだっているのだけは確かなようであるからです。(スーパーやドラッグストアなど、とりあえず私はお客様なのです。〔まあ、私くらいきてほしくない客もいないのかもしれませんが〕たとえ嫌な客でも相手にしないといけないのが仕事です。〔遊びではないのですから〕もう少し割り切ってやりませんか。なんでも感情的になるのではなくです。〔神理を見るだけ見ていながら〕感謝出来ない自分たちが悪いからです)
だから、例えばどこかの会社でもそうなのです。怒って嫌がらせをしている奴が今日もいますが、そのせいで自分たちのところにどんどん天罰がくだるのです。
その者が嫌がらせをやめるなら(そうして反省するなら)そんなこと起きなくなるのにです。しかし、やめない。だから天罰も止まらない。その繰り返しなのです。いつまでたっても同じことをしているのです。こちらの人たちの多くはです。
神理を見るだけ見ていながら感謝もせずに嫌がらせ。すると必ず天罰がくだる。その天罰を私のせいにし続け怒り続けていることもう十年。
いい加減気づきませんか。自分たちが悪いとです。それに気づいて、そのことを反省するまで、その天罰はくだり続けるのです。
動物たちがなぜ私にはこれだけ愛想がいいのですか? そうしてなぜ私には、そのような天罰がくだらず奇跡ばかりが起きてくるのでしょうか?(私が悪いのであれば、その天罰は私にくだらないといけないはずですが……)
自分たちが悪いのであるという事実をいい加減認めてください。何度でも繰り返しますが、その事実を潔く認め、それを反省しない限り、起きてくる天罰は止まりません。どれだけ怒っても無駄なのです。怒れば怒るだけ起きてくるのです。その天罰はです。
どこで反省するか、どこで悔い改めるのか、もうそれだけなのです。皆さんが(天罰がくだっている人たちが)することはです。
それが出来ない限り、その天罰は死ぬまで続き、その天罰をくだされるまま死んでいった者たちは、死後の世界でもその天罰はくだり続け塗炭の苦しみを死後の世界でも味わうことになるのです。
それだけ苦しく嫌な話もありませんが、そのようなことは本当に起きるのです。無反省な人たちにはです。
だから、なんでも単純に今のことだけ考えるのではなくです。もう少し、自分のこと、周りのこと、そうして先のことも考えませんか。
そのように考えが広がることによって自分の人生が劇的に変わるということは、間々ある話であるからです。
今日の名古屋は朝から雨です。
ずいぶん降っていますが、久しぶりなんではないですか。名古屋がこれだけ朝から雨になるのはです。こんな日に外に出ていくのは嫌なんですが、しかし、たまには雨も降らないとね。雨は様々な汚いものを洗い流し、水の恵みも与えてくれるからです。
しかし、今回こちらに降っている雨は完全に涙雨でしょうね。昨日もずいぶん(怒っているふりして)泣いている(泣きべそかいている)人が多かったからです。
そりゃ泣きべそもかきますよね。昨日も教えくれたところがありましたからね。(それも二ヶ所も三ヶ所も)周りで滅びていく人(死んでいく人)が止まらないということをです。
本当に恐ろしいことが起きています。だから私は、それを教えてくれたところに「もう詫びを入れて布施しろ」と何度もいったのですが、その私の言葉に一ヶ所のところはやたらドン引きし、もう一ヶ所のところはやたら怒っていました。
しかし、どれだけ引こうが怒ろうが、その現象は止まりません。神理に対し頭を下げ、これまでの(反発していた)行いを反省し、報恩の行為を行わない限り、その恐ろしい現象は止まることはないのです。
そこにいるすべての人々が滅びる前に気づいてほしいものです。そうして実践してほしいものです。神理に対する、そのような正しい行いをです。
そうすれば災いは止まり奇跡が起きてくるからです。
このような哀れな人たちにこれ以上の言葉はいらないでしょう。後はそれをやってもらえるかどうか、それだけであるからです。正しい判断をしてくれることを願ってやみません。
さて、そのようなあまり言葉がいらない人たちと違って、たくさん言葉がいるのがこちらの人たちですね。
今日の中日新聞の一面にでかでかと載っていましたが「防衛費財源に増税提言」ってなんですか、これは。
防衛力を強化するのはもちろん誰も反対しないのでしょうが(このように風雲急を告げている時なんですから)なんでその財源が増税なんでしょう。まったく意味が分かりません。
財源など国債でいいではないですか。それなのになんでわざわざ「国債発行を前提とせず」ということわりを入れるのでしょう。その理由がまったく分からないのですが、ぜひ教えてほしいものです。防衛力強化の財源が国債ではいけないという、その理由をです。それが財政破綻などというのなら噴飯ものであるからです。(苦笑)
どちらにしても、増税、増税といいっぱなしですからね。今度の政府はです。だからもう増税がしたくて仕方ないのでしょう。だから何かにつけて増税をいってくる。これでは支持率など上がるわけがありませんよね。
そればかりか大臣だけでなく、総理にまで空白の領収書があったなどというスキャンダルまで出てきたようですが(もう長くありませんか。この政権もです)分かりました。
それだけ増税がしたいのならです。最後に(最後にって)していってください。その大好きな増税をです。そうすればもう思い残すこともないはずだからです。そうして次の総理は、ぜひ積極財政派の総理の誕生を願っているからです。
その増税ですが、もちろん法人税増税でしょう。これしかありませんよね。それなのになんで今回消してしまったんですか? その法人税増税をです。(今回の有識者会議はなにからなにまでダメですね。入れなくていい増税を入れるだけでなく、増税するならするで絶対に入れなくてはいけない法人税増税を入れないんですから)
法人税増税はやった方がいいですよね。法人税が増税されるなら、いま問題になっている大会社の内部留保も減るからです。
それはそうでしょう。法人税を増税するなら、そんな会社が儲けた金にかかる税金が増えるくらいなら、そのよけいに払わなくてはいけなくなる税金を社員に与えた方がいいと、社員の給料が増えますし、あるいは設備に金をかけた方がいいと、設備投資も増えるということになります。
実際にバブルの時はそうだったからです。あの頃は法人税が高かったので、その税金分を税金を払うくらいならと社員の給料や設備投資に回していました。そういう会社が多かったのです。
その後、消費税を上げて、その分、法人税を下げたから(消費税の財源は社会保障に回すなどといいながらです。実は法人税まで下げていたということです。その消費税分をです)今のようになっていったんですよね。法人税が下がっていったため、社員の給料や設備投資に回るはずだった金が(会社の利益が)回らなくなり、どんどん内部留保がたまっていったということです。
法人税は会社の利益に対しかかる税金です。そのかかる税金が減っていくなら、当然そうなるからです。会社の利益にかかる税金が少なければ経営者は皆その金をためるからです。
だから、それを元に戻すだけの話ですよね。だからそれはやるといいといっているのです。というより、むしろやらないといけないのです。
バブル景気の時に、そういうおかしなことをしたから(消費税をかけて法人税を下げるなどというです)こんなおかしな状況になってしまったからです。大会社だけが超がつくほど儲けて他には全然金が回っていかないというおかしな状況にです。(だから法人税を上げるなら社員や設備投資だけではなく下請け業者まで金は回ってくということです。それは税金で取られるくらいなら、自分たちの仕事をやってくれている下請け業者に金を回した方がいいからです。その方が自分たちのいうことをよくきいてくれるからです)
だから法人税を上げるなら、なにからなにまでよくなるのです。というより、普通に戻るということです。バブル景気の(もちろんそれ以前からの)皆が儲かる、そのような普通の状況にです。(それが当たり前でしょう。皆で仕事はしているんですから。法人税が安いと一部の大会社に利益が偏ってしまうのです。だからそれを戻さないといけないといっているわけです。法人税を上げてです)
そうなってはじめてよいインフレがくるのです。いろいろな物だけでなく給料から下請け業者の下請け代からすべてが上がるよいインフレがです。
だから現政権が増税をどうしてもしたいのならです。法人税増税をすればいいのです。というよりも、法人税増税はしないといけないのです。法人税が安すぎるから、こういうことになっているからです。
どうか最後にです。(だから最後にって。〔苦笑〕)法人税増税をされて、それで思い残すことなく解散総選挙でもなんでも行ってください。
そうすれば、すっきりするからです。分かりやすい答えが出るからです。
また朝からお怒りのようです。もちろんどこかの会社ですが、必ずいますからね。一人、二人バカやっている奴が(朝からガンガンゴンゴン音を立てている奴が)です。
結局、こういうのがいると、この者がつくった罪が全部自分たちに返ってきます。それでこの会社は毎日のように災いが起きるのです。毎日、誰か嫌がらせをしてくるからです。
そうして、そのしている嫌がらせは周りにある家中にきこえています。(もちろん、そこらを歩いている人や、その近くで仕事をしている人たちにまで)その嫌がらせの音がきこえているということは、その嫌がらせの音がきこえている周り中に迷惑をかけているということになるのであり、そのような迷惑をかけているということは罪をつくっているということになるのであり、だから、その罪が大きいのです。
その自分たちがしている(大きな音を立てる)嫌がらせは、私だけではなく周りのどれくらいの人たちに迷惑をかけているかしれないからです。ということは、一体どれくらいたくさんの罪をつくっているかしれないということになるからです。
だから止まらないのです。自分たちに起きてくる災いがです。それを考えるなら毎日毎日、この連中はどれだけ多くの罪を自分たちでつくっているかしれないのです。それでは災いなど止まりようがないでしょう。凄い数の罪を自分たちはせっせと毎日毎日つくり続けているからです。
しかし、どうせつくるなら、徳をつくることに精を出せばいいものを、よりにもよって罪をつくることに精を出しているというのですから哀れです。だから、私とこのような連中とでは起きることが正反対なのです。
私は毎日、徳をつくり(神理を流布することにより)このような人たちは毎日、罪をつくっているからです。
どちらにしても、こういうことまでよく考えて嫌がらせをするならしてください。自分たちがしていることは、自分たちが考えているよりはるかに重く深くなおかつたくさんの罪になっているからです。
まあ、どれだけいっても分からない人たちは分かりませんが、しかし、分からないまま(理解しないまま)でいると不幸になることはたくさんあります。だから、正しいことを知る努力を忘れてはならないのです。
そのままでいいなどと思っていることは、自分は不幸なままでいいということと同じなのです。
だから、もう少し前回書いた話をつけ足しておきますが、今のように貧困な心だけでなく貧困な社会にまでなってしまったのは、バブルの時までのような政策をしていないからです。
あの当時は法人税など四十パーセントくらい取られていて(今は二十数パーセント)消費税もありませんでした。
そのような政策の時までは景気もずいぶんよくて私たち庶民も金回りがよかったのです。一億総中流などといわれた時代がこの頃です。
しかし、消費税を導入して法人税を下げだした頃から、金が庶民にまで回らなくなり、一部の人たちに集まりだしたのです。つまり、そのような政策を始めたら段々金が偏りだして貧困化が進み、その(間違った)政策を変えるどころかよけい進めてしまったため(どんどん法人税を下げて消費税を上げてしまったため)その偏りと貧困化がさらに進んで今に至っているということです。
その通りの結果が出ていますよね。いま現在は庶民の年収はまったく上がらず、しかし、大会社にたまる内部留保だけはどんどん増えていくという、激しい偏りと貧困化がです。
そうであるならです。そのような政策をやめて、前のような政策に戻すべきなのではないでしょうか。
一度、消費税をやめて、法人税を上げるのです。そうすれば市場はまた活気を取り戻し景気もよくなってくるからです。それをするなら多くの金が日本全体に回っていくからです。(消費税がなくなれば、その分、市場に回る金が増えますし、法人税を上げるなら、一部の経営者に金が偏るのが防げるのです)
何でもそうですが、そう難しい問題ではないのではないでしょうか。昔のよい時を思い出して、そのよい時の通りのことをするなら、その昔通りのよいことは起きるはずであるからです。
だから歴史があるのでしょう。
歴史はなぜ知らないといけないのか? それは昔の人たちがこのようにした時は栄え、このようにした時は滅びたという、そのような様々な例がたくさん出てくるからです。
歴史はいま現在ある私たちに正しい生き方を教えているのです。こうすれば幸せになる、こうすれば不幸になるという、それが非常によく分かる正しい生き方をです。
だから歴史を知らないといけないというのですが、しかし、いま現在の人たちは、その歴史に倣うということを知りません。(そうですよね。このような政治の問題だけでなく、神のことはいわずもがな、生活から、教育から、すべての面において歴史を無視しています。現代の人たちはです。男女平等やら、LGBT尊重やら、夫が妻の出産に立ち会うやら、これまでの歴史ではしてきたことがないようなことを平気でやりまくっているのです。歴史無視です。本当に恐ろしいことです)
だから、こんなことになっているのではないでしょうか。せっかく、これだけ科学が発達し生活も便利になっているというのに、これだけ多くの災いが起きて大変不幸なことにです。
それだけしていることに間違いが多いからです。
間違いが多ければ当然不幸になりますが、間違いは多いはずです。そのような不幸になっている人たちは、今のことだけしか知らない(有識者か無識者かよく分からない)そのような人たちのいうことを真に受け、昔のことなど古いと歴史を一顧だにもしないからです。
それでは今していることが本当に正しいのか間違っているのかよく分からないのです。比べる物がないからです。
謙虚に歴史に学び、栄えていた頃と同じことをしてみませんか。そうすれば自ずと幸せは訪れてくると思うからです。
何か大きいところだけでなく小さな工事現場や会社まで同じことやり始めましたね。(私が歩いているとガンガンやってきて「なんだ、死ぬ奴でも出たのか」などと声をかけるとシーンとなる)まさかそんなところにまで滅ぼされる人がどんどん出てきたということはないでしょうね。
どちらにしても、そういう小さなところまで何かひどい現象が起きていることだけは確かなようです。そうでなければ、そういうところがそのような態度は取らないはずであるからです。
手を合わせて頭を下げることです。そういう(神理に対し)謙虚な態度を取らない限り、その起きている現象はひどくはなっても止まることはないからです。
しかし、それをどれだけいっても馬の耳に念仏ですかね。今日でも朝からガタガタやってますからね。どこかの会社もです。この会社など毎日そのような恐ろしいことが起きているのです。にもかかわらず、無反省にまだ神理をじゃましています。
一体、どういう神経しているのでしょう。本当に現代の人たちは分かりませんね。こんなことが起きれば昔の人たちならもうとっくに頭を下げ、ちゃんと感謝の布施までされて今頃は幸せな生活をされていたはずなのにです。
しかし、現代の人たちはどれだけ罰が当たっても、それでも嫌がらせをしてきます。何度でもいいますが史上初でしょうね。これだけ罰当たりな人たちもです。
しかし、これだけ悪魔の思想にやられていてはそうもなりますかね。昨日でもそうだったからです。昨日など私が歩いていると、会社や工事現場だけでなくオバちゃん連中がやたら家から出てきて、かまってきます。そうして歩いてくるオバちゃんも怒ってくだらないことしていく人が多かったのです。
なんでかなと思って家に帰ってから、昨日書いたブログを読み返してみましたが、そんなオバちゃんたちが怒るようなところはです。(消費税や法人税のことなど、どうせ大して理解してないでしょうから)
歴史に倣(なら)わないといけないと書いた部分でしょうか。だから男女平等(同権)やらLGBT尊重やら夫が妻の出産などに立ち会うことなど、これまでの歴史でしていないんだからいけないと、そのようなことを書いた部分でしょうか? それが気に障ったんでしょうか?
そういう部分に怒っているのだとしたら、このオバちゃんたちも相当やられていますね。悪魔の思想にです。
こういう人が多くては、それは頭を下げることなど出来ませんよね。神理に対してです。悪魔の思想に完全に洗脳されているからです。こういう書き方するとまた怒るオバちゃんが多いんでしょうが(苦笑)しかし、事実は事実です。
これでは頭も下げないでしょう。これだけ悪魔の思想に洗脳され何も学ぼうとしないでいてはです。少し歴史を見れば今いわれていることがいかにおかしいかなどすぐに分かるからです。
しかし、よく考えてみてください。歴史に倣わなくてもいいということは、では、人間、今だけの発想で何でもやっていけばいいということでしょうか。
しかし、その今だけの発想でもです。それは、これまで過去の人たちがしていた何かのやり方をまねていま自分たちはやっているだけであり、自分の完全なオリジナルなどないのです。
だから正確にいうなら、いま自分たちがしていることもすでに過去の歴史に学んでいるということなのであり、過去の誰かがしていたことと同じことを今の私たちはしているだけなのです。
そうであるなら、そのように歴史に学ぶということは大事でしょう、と私はいっているわけです。すでに知らず知らずのうちに皆がしていることであるからです。歴史に学ぶということはです。
だから、その歴史を勉強して、不幸になるようなことはしない方がいいでしょう、といっているわけです。先ほども書きましたが、今のままの考えでは不幸になると少し歴史を知るなら分かることであるからです。
このような歴史の中でです。男女平等やら同権やらをこれだけ声高にいった時代はなく(少々はあったでしょうが)また女性差別はいけないと(しかし、男性差別はいけないとは一切いわない)これだけ女性の声をよくきく(一とした)時代もなかったのです。
正確にいうなら少しはありました。そういう偏った時代もです。だから、そういう数少ない時代を知るなら分かるということです。そういうことをしていてはいかにいけないかということがです。なぜなら、そういうことをした国は(女性のいうことを一とした国は)すぐに滅びたからです。
あの卑弥呼が率いた邪馬台国がそうですし、古代中国の夏(か)の桀王(けつおう)や商(しょう)の紂王(ちゅうおう)がそうなのです。あのような国々はすべて女性のいうことを一としたばかりに滅びていったのです。
だから「雌鶏(めんどり)歌えば家滅ぶ」(女が勢力をふるうと家や国が滅ぶ前兆や原因となる)という言葉まで残っているのです。本当にそのようになるからです。
そういう歴史を知るならです。男女平等や同権が正しいとはとてもいえないでしょう。そうなってしまうと(たいてい)女性の方が強くなるからです。実際、現代がそうでしょう。先ほども書きましたが、女性差別とはすぐにいうくせに男性差別とは一切いわない。これは女性の声を一としている何よりの証拠であり、だから私はこういうことをしている国は滅びますよといっているのです。歴史がそのようなことを教えているからです。
そうして同じようにLGBTなどの同性愛など許しているところも滅びているのです。聖書に出てくるソドムとゴモラの町がいい例であるからです。
もちろん、男が女の出産に立ち会うなどという、こんなバカなことをしていた人たちも過去いません。それは過度の男の育休などもそうでしょう。
昔からこういう仕事は(出産や育児は)女の仕事であり、男はそれを手伝う程度でいいのであって、自分が(男が)主としてやることではないからです。だから過去の男たちは誰もそれをしなかった。過去の男たちは女は家事をやって家を守り、男は外に働きにいき家族を養うと、それが正しい男女の役割とみな知っていたからです。
そうして、それが正しかったから、これだけ人類は続いてきたということです。正しくないものは続かないからです。
実際、それ以外の(現代いわれているような)やり方をした国々も確かにありましたが、そういうやり方をしていた国々は皆(例外なく)滅びているからです。だから歴史にあまり残っていない。そのような(他の)やり方が正しくなかったから早くに滅びてしまったからです。
そういう事実が分かるということです。歴史を見ればです。
だから私は今のやり方に反対しているのです。(しかし、こういう思想は西側〔アメリカやヨーロッパ〕だけのやり方ですけどね。後の国など別にやろうとしていませんからね。それを無理やりそういうやり方にしようとしているだけですけどね。アメリカやヨーロッパがです)昔ながらのやり方が正しいとそういっているのです。
このようなことを知った上で私はこのブログを書いています。それに文句があるならです。同じようにコメントをくれればいいのではないでしょうか。くだらない嫌がらせなどしてこないでです。
私はどこかの政治家などと違い、そのような意見をブロックなどしないからです。(笑)
昨日歩いていた時のことです。
ゴゴゴゴゴーと凄い音が空から響いてきました。いつものヘリコプターの音とは違うなと思い、空を見上げるとそれはブルーインパルスでした。
ブルーインパルスがスモークを吐きながら私の目の前の上空を飛行していったのです。はじめて見ましたがかっこよかったですね。(笑)昨日は名古屋の上空を飛行していたそうですが、それをたまたま目にしたようです。
いいものが見れたと、それはよかったんですが、それに引きかえブシュブシュブシュブシュかっこ悪くてやかましいのがトラック連中です。昨日も土曜日だというのに何台もいましたからね。そういうかっこ悪い(危ない)運転手連中がです。
こういう哀れな連中がまたいきり立ってもいけないと思って書かなかったんですが、もう書いておきます。起きていることを正確に書いておかないと真実が後世の人たちにも伝わっていかないからです。
実は、私がよく歩いている道路で、そのようなトラックが非常によく通る道路があるのです。正確にいうなら、あったのです。
その道路は私が洗濯をしにいった時などよく歩いていく道路で、その道路の横を十分ニ十分くらい歩いているとたくさんのトラックが通っていくのです。その先に工場がたくさんあるので、そこにいくトラックが多いのでしょう。
だから私がその道路を歩いている間に、そこの道路を通っていくトラックなど毎回何十台も見たのですが、しかし、そこの道路を通っていくトラック連中は、もうほとんどが私を見るとブシュブシュやってきてずいぶんうるさかったのです。
それだけトラックが通っていくなら、その先の工場で私のことは噂になっていたのではないでしょうか。それで皆が意識して、よけいそういうおバカなことをしていく運転手が多かったのかもしれませんが、しかし、その道路がです。
最近、歩いているとほとんどトラックが通らなくなったのです。ほんと減りましたよ。そこを歩いている間、何十台も見ていたトラックが最近は数台くらいしか見ません。
しかし、それだけ少なくてもブシュとやってくる奴はやってくるんですが、この前そういうことをしてきた一人の運転手がおかしな態度を取ったのです。
そのトラックの運転手は私の横を通った時に私にブシュとやってきたので、私がジロリとその運転手の方を見たのです。そうしたらです。その運転手はビクッとして急に頭を下げるそぶりをして何かビクビクしています。そうして私がそちらを見ていると落着きがなくそわそわして、しかし、それでもブシュブシュはやめようとせず、そのままいってしまいました。
見た感じでは、その運転手は何か相当無理してそのようなことをしているように見えました。
何か変だなと思い、そこの道路を通っていくトラックの運転手を見ていると多くが顔を引きつらせています。
だから、そういうことをしていく運転手にどんどんくだっているのでしょうね。恐ろしい天罰がです。だから、この道路を通るトラックが減ってしまったのだし(ブシュブシュやっていく運転手みなに天罰がくだってしまったため)そういうことがここを通る運転手には分かっているから、みな態度が変なのです。
その道路を走っていて、私にくだらない嫌がらせをしようものならまず天罰が自分にくだるということを、そこを走ってく運転手たちはみな知っているからです。しかし、知っているのにやめられない。悲しい人たちです。そのようなまだ心が子供のように成長しきれていない人たちはです。
こういうことがどんどん起きているということです。もうこういうことが何度起きたかしれませんが(庄内川の横の道路もそう、全体的にもそうですが)しかし、昨日などこのような運転手ばかりでなくです。電車の運転士、スーパーのスタッフ、工事現場の作業員など多くの人たちが(かなり)テンパっていました。
ある工事現場などそこは死ぬほど騒いでいたところなのです。しかし、昨日は休みのように静かでした。そうしてもう一つ同じようにうるさかった工事現場があるのですが、そこも同じで休みのように静かでした。
そこに私は「皆さん、生きてますか」とか「今日は休みかー。早く詫びを入れて布施しないと大変なことになるぞ」などと声をかけて歩いていきましたが、そこの現場はです。
私が通り過ぎようとした最後に少しだけ中から音がしてきました。そこは微妙に何かしてきたようでしたが、それで私が「なんだやってるのか。どうした。死ぬ奴が止まらないのか」などときくとまたシーンとしてしまいました。
こんな感じで、もうこの辺りなど、どこもかしこもひどい(そうしてたくさんの)天罰がくだっているようで、そういうことだけでなくです。昨日、一昨日でしたっけ(たしか一昨日の夜だったと思います)前のマンションになんとハイパーレスキューまできていました。
私は最初ウーウーサイレンを鳴らして赤い大きな車が家の前に止まったので、てっきり消防車がきたのかと思い、なんだ火事かと二階の窓から外をのぞくと、その家の前に止まった大きな赤い車は消防車ではなくハイパーレスキューの車でした。そうして、その後に救急車もきています。
なんだ、どこかで誰かが遭難したのかと思いましたが、そのレスキュー隊員と救急車の隊員たちは前のマンションに入っていきます。
そんな家の中でレスキュー隊がこなければいけないことって起きるんでしょうか? しかもハイパーレスキューなんてよほどのことが起きないとこないですよね。
外でなにかしているようではありませんでしたので、このマンションのどこかの部屋の中でよほどのことが起きたんだと思います。
ここのマンションの住人も相当じゃましています。(もちろん、このブログを書くのをです。今日もやっているのがいますけどね。バシバシ、ゴホゴホです)だからそんなひどいことも起きるのでしょう。そんな家の中でハイパーレスキューを呼ばなければいけなくなるほどの運の悪いこともです。
そんなことをしている人たちに(神理のじゃまなどしている人たちに)よいことが起きるはずがないからです。
もうされてはどうでしょう。感謝の布施をです。
そんな神理をきくだけきいていて感謝もせず嫌がらせをしている人たちなど何度でもいいますが(分かるまでです)現代の人たちだけなのです。
そんなバカな恐ろしいことをもう十年以上にわたってし続けているのです。それではこういう(恐ろしい)ことも起きてきます。こんな愚かなことをし続けている人たちなど、過去も、そうして多分、未来にわたっても出てこないと思うからです。これだけ罪の重いことを平気でし続ける人たちなどです。
とにかく一度布施してみてはどうでしょう。そうすれば、そのような恐ろしいことは止まるからです。
ずいぶん恐ろしいことが、もう止まらなくなっているところもあるようです。それも多々です。そういうところにいる人たちは、そのまま何もしないでいるのなら(同じ態度を続けるのなら)確実に自分にもその恐ろしい天罰はくだることになるでしょう。周りに次々にそのような恐ろしい天罰がくだっているのに、自分だけその天罰がくだらないなどということはないからです。その天罰がくだった人たちと、同じ態度を取っているのなら、同じことが起きてくるのが道理であるからです。
そうであるならです。もう自分たちが悪いのは分かっているのですから(もう私のせいにしていてもしょうがないでしょう。いくらその天罰を私のせいにしたところで、その天罰を食らうのは自分たちなんですから)素直に頭を下げませんか。そうしない限り、その天罰は止まらないからです。
自分たちが謙虚に頭を下げ、神理に対し心からの感謝の布施などするなら、その人には確実によいことが起きてきて徳も積めます。しかし、今の(ケチな心の)まま神理に逆らい続けるなら、その天罰はさらにひどくなり、これからもっとひどい目に遭うのです。
それでもお前なんぞには頭を下げるのは嫌だと、そうして神理か何だか知らないが、そんなものに布施するのは嫌だと、そういう人もいるでしょう。それはそれでよいのです。そういう人はそういう人でそうしてください。それは自由であるからです。
しかし、そう思わない人がそろそろ出てきているのならです。その人は私のいう通りのことをしてみてください。一度布施などしてみてください。そうすれば私のいっていることが嘘ではないと分かるからです。
もう素直に感謝しませんか。神理に対してです。昔の人たちは誰もそうしていたのですし、また、そうするならです。
確実に救われていくからです。そうして多くの奇跡も現れてくるからです。
今日もまたお怒りのようですね。もちろんどこかの会社なんですが、しかし、大丈夫なんですかね。いつまでも怒っていてです。
こういう人たちは(というか、現代の人たちは)今の起きていることだけで怒っているんでしょうが、しかしですね。本当に怖いのは死んだ後ですからね。いま起きていることなど、ほんの序の口にすぎないのです。死んだ後のことを考えるならばです。
神理に対し、今のような態度を続けるなら死後の世界はいま以上に苦しく恐ろしい世界に堕ちていかなければいけなくなります。だから、そんな世界を地獄と呼ぶのです。この世界にも、そんな地獄のような世界はありますが、それよりも確実に苦しくて恐ろしい世界が本物の地獄界であるということです。
だから、いま何か起きてくるというだけではなくです。死んだ後までそのように祟るから、そういうことまで昔の人たちは考えていたから、みな神理には逆らわず従う人も多かったのです。
その反対のことを考えるなら(いま奇跡が起きるだけでなく、死後の世界も天上界にいくことが出来るなら)従う方がよほどよいのであるし、また、そのような奇跡や天罰が確実に起きてくる本当の神の教えに従うことこそ、正しい人の道であると多くの人たちは理解していたからです。
しかし、現代の人たちは、そのような筋も考えなければ先のことも考えない。今の自分の事だけしか考えていないから、そんな恐ろしい態度を続けられるのです。どれだけ天罰を食らっても、それでも逆らうという(昔の人たちから見たら)信じられないくらいの恐ろしい態度をです。(それだけ単細胞で短絡的な人が多いということです)
天罰を食らっているのに(しかも何度も)それでもまだ自分たちの悪を認めず、逆らっているなど、それではまともに神に逆らっているということになるではないですか。(今の人たちはそんなことさえも考えないでしょうが。ただ目の前にいる私に逆らっているとしか考えないのでしょうが)とても出来なかったでしょうね。そんなことは昔の人たちにはです。
昔の人たちは誰も神の存在は認めていましたし、その起きていることが、神の力で行われているのか、それとも人の力で行われているのかなどという区別はついたからです。そんなこと(奇跡も天罰も)人の力で起こせるわけがないと分かっていたからです。
しかし、そういう常識的(?)なことも考えない、そのような筋道を立てて考えようとはまったくしない、だから始末が悪いのです。現代の人たちはです。ここまで悪魔の思想に洗脳されバカになっているからです。
しかし、それをいくらいっても理解しない。では、いくとこまでいかないと分からないということになります。そのいくところが一体どこまでいけば分かるのか、そこは私では全然分かりませんが、自分たちがいかに愚かなことをしているのか分かった人からです。
悔い改めてください。いま天罰など食らって平気でいる人たちは、昔の人たちが誰もしなかったような恐ろしいことを平気でし続けているからです。そのようなことをし続けるなら、当然、まだこれから恐ろしいことがどんどん起きてくるからです。
その起きてくることで判断してください。自分の間違いはです。間違ったことをしている間は恐ろしことは止まることはないからです。
私など昨日、一昨日でしょうか。堀川にいったら、ようやくカモメが数十羽ほどきていました。それで「お前らくるのが遅いぞ。遅刻やぞ」などと声をかけていたら何羽かこちらに飛んできて、中には鳴きながら飛んでくるのもいました。そのうちにその辺りにいたカモメたちもたくさん飛んできましたが、しかし、それでも数百羽もきていた頃など、それがそのまま私が歩いていると飛んできましたからね。それはそれはすごい迫力でした。その時など周り中カモメだらけになったからです。(笑)
それに比べて今は数十羽ほどですので、ずいぶん寂しくなったのですが、しかし、カモメがくる数が減っているのですから、それも仕方ありません。なんでこれだけカモメがくるのが減ったのか、その理由はよく分かりませんが(これも気候変動のせいでしょうか?)それはそれでよいこともありますね。
だから最近は、いまだに魚が跳ねているのです。一昨日でも固まって水面に上がってくるのもいましたし跳ねているのもいました。
「お前ら、カモメがきてるぞ」などと声をかけていたんですが、最近は魚たちも平気のようです。もうカモメの数が少ないのを知っているのでしょうか。少し前までは(それこそ一、二年前までは)もうこの時期になると魚など全然水面に上がってこずに静かなものでしたが(特に堀川は)最近は時期など関係なくちょこちょこ水面まで上がってくるのがいます。そこは楽しいですね。元気な魚たちを一年中見ることが出来るからです。
私がここに書いていることってあまり他の人たちが経験しないことなのではないでしょうか。声をかけると魚が底から水面まで上がってきたり、鳥が近くまで飛んできたりなどということは、普通の人にはあまり起きないことであるはずだからです。(餌づけなどすれば別でしょうが。私は餌など一切やりませんので)
そこらを歩いていたり、または公園などで座っていたらです。周りに鳥たちがいっぱい寄ってきたらどうでしょう。川岸などに座っていたら、魚たちがたくさん集まってきたらどうでしょう。
楽しいですよ。そのようなことが起きればです。
しかし、起きるようになるのです。神理を実践するならです。そればかりでなく、運のいいこともよく起きるようになるし(それはウナッシーさんや伊藤さんなどのコメントを見てもらっても分かります)おかしなことをしてくるような人がいれば、その人に天罰がくだるということも起きます。(ちょっと私には起きすぎていますが。〔苦笑〕)祈ればその祈りまできかれるのです。(正しく祈ればですが)
これだけお陰が現れる教えが一体どこにあるのですか? それこそ自分たちが頭を下げてでもしないといけない教えなのではないのですか?
この正法神理はです。
分かるまで繰り返し書くしかないのですが、少しずつでもした方がいいですよ。神理の実践はです。それが誰のためでもなく一番自分のためになるからです。
まだ分かりませんか。最後にはです。最後には、どれだけ逆らっている人であろうと、この本当の神の教えである正法神理に帰るのです。この世界のすべての人たちが最後にはこの正法神理に帰依することになっているからです。
そうであるならです。少しでも早く帰った方がいいのではないですか。それが私たちの帰るべき本当の場所であるからです。
それが嘘ではないからこれほどの奇跡も起きてくるのです。いつまで他のところで遊んでいるのですか。早く帰ってこないと、もう門限はすぐそこまで迫ってきているのです。
何か昨夜から雨はひどいし風は強いしこちら名古屋は荒れた天気になっています。荒れている人が多いからなんでしょうか。(苦笑)きっとそうなんでしょう。ずいぶん天罰がくだっている人が多いようだからです。
本当に罰当たりなんですが(天罰など食らう方が悪いからです)もう少し真剣にききませんか。私のいうことをです。私のいうことをきくなら、そんな天罰がくだるということもないからです。しかし、ちゃんとききもしないで逆らいまくっている人が多いから、それだけ天罰もくだっているからです。
いま問題になっている統一教会とか、あるいは創価学会などの寄付ばかり募る(それも破格の)詐欺のような教えではないのです。(こういう信仰をいつまでも続けていたら身の破滅ですよ。いい加減分かりませんか?)また、そこらの神社や寺などの祈りやお経など上げさせるだけで、後は何も起きないというまったくご利益のない教えでもないのです。
いわれた通りのことをすればちゃんとよいこと(奇跡)が起き、それに逆らっているのなら確実に悪いこと(天罰)が起きる。正真正銘のご利益がある本当の神の教えであるのです。
この正法神理はです。
そのような本物の神の教えに対し、自分はきくだけきいて、後は知らないという無責任な無視や逆らう(反発する)ような態度ばかり取っていて、それでいいことが起きてくるわけがないでしょう。それだけ不徳な行いもないからです。
その不徳な行いをです。他の偽の教えならともかく、よりにもよってこの神理に行っているというのですからもう目も当てられません。
それでは、こちらのように、これだけ悲惨なことが起きてくるのも仕方がない話でしょう。こちらの人たちなど、そんな不徳な行いをもう何年にもわたって続けているからです。
そうであるなら、そのご利益は嫌でも現れてきます。お陰は必ず現れてくるのです。(お陰とはよいことも悪いことも両方含まれますから)本当の神の教えとは、そのようなものであるからです。(だから偽の教えならともかくと書いているのです。偽の教えならそんなお陰などないからです)
だから私は神理に対する、そのような不遜で不徳な態度を反省するしかないと繰り返しいっているのです。本当にそれしかないからです。今のこちらで起きている天罰を止めるにはです。
神理に対し、不遜で不徳な態度を改めるしか、その起きている天罰を止める方法はないのです。だから早く改心してください。悪いのはすべてそちらの方であるからです、などと書いてもです。反発する人たちばかりなんでしょうが、しかし、そんなことをしている人たちに天罰がくだり続けています。本当の神の教えを知った以上はです。ご利益は出続けるのです。お陰に(神の力に)終わりはないからです。
だから、一人でも二人でも結構です。(もはやこちらの多くの人たちを救うことなど不可能であるからです。これだけ反発がひどくてはです)気づき目覚めた人から(謙虚に)頭を下げてください。そのような人たちには、この後すばらしことも起きてくるからです。
それが神理のお陰であるということです。それほど多くのお陰があるのです。この正法神理はです。やればやるだけ(もちろん正しく実践しないとダメですけどね)奇跡が起きてくるからです。
私は昨日でも庄内川にいっていましたが、たくさん寄ってきていましたよ。魚たちがです。川岸に座っていたら、もう、うようよといってもいいくらい五~十センチくらいの魚たちが入れかわり立ちかわり泳いでくるのです。あっちからこっちからです。二~三匹でかい(三~四十センチクラス)のも泳いできていましたが、あきませんね。というより楽しいですね。そういう魚たちを眺めているとです。あちこちで嬉しそうに跳ねてもいるからです。
そういう魚たちが跳ねている横で人々を集めこの神理の説法でもしたいものです。そんな川の横で神理の説法を行うなら、その説法は川にいる魚たちはもちろんのこと、そこにいる鳥たちにもきこえ(鳥たちもたくさん寄ってきていましたから。ギャーギャー鳴いているのもいましたし)人間だけでなく多くの生き物たちにまで神理が伝わっていくのです。
この正法神理はです。この世界に生きとし生けるものすべてがきいて行わなければいけないものであるということです。
だから、そのような日が一日も早くくることを願って今日も私はブログを書いて、そうして話に(辻説法をしに)出てもいきます。(でも今日はこんな天気だしどうしようかと迷っています。あまり天気が悪いと話チャンスもないからです。〔嫌がらせしてくる人も少ないからです〕)
神理を実践している私の周りでは、毎日のようにこのようなお陰が(神の力が)現れてきます。
楽しいですよ。神理を実践しているとです。神理こそ神の子である人間が知るべき必要不可欠のものであるからです。だから、それを知り行っているのですから、それ以上の喜びもないからです。
それが(その喜びが)分からないのです。読んでいるだけの人にはです。
だから、何度でも分かってくれるまでいいますが、少しずつでも行ってみませんか。この正法神理をです。そうすれば他の信仰との違いは嫌でも分かるはずだからです。まず、そこから始めればいいからです。
少しずつでもされるなら、何かのお陰は必ず現れてきます。(別にお陰を目当てにするものではありませんが、しかし、神理を信仰するなら現れてくるんですから仕方ありませんよね。そのようなお陰がです)皆さん方がこれまで生きていて、一番すばらしい教えがこの正法神理なのです。それはやれば分かります。
長くこのブログを読んでいる人はです。少しずつでもはじめて見ませんか。この正法神理をです。そうすればです。これまでとは全然違った体験もいろいろ出来ることになるからです。(すでにしていますけどね。こちらの人たちなどこれまでにしたことがないほどの恐ろしい体験をです。しかし、よい方の体験をされませんか。そちらの体験などこれほどすばらしい体験もないはずだからです)
今日は朝からずいぶん風が強いですね。寒気か何かの影響なんでしょうか?
違うでしょう。こちらの風が強いのはこの辺りの人たちの怒りが強いからでしょう、と思えるくらい怒ってますね。この近辺の人たちはです。(苦笑)
しかし、どこかの会社もめげませんよね。どれだけ天罰を食らっても、それでも怒っているんですから。(もちろん今日もです)しかし、この会社などもう毎日のように天罰がくだっているのです。それほどの天罰がくだっていて、それでも同じように嫌がらせをしてくる。
その天罰とは、私が力ずくで何か嫌がらせをしているということではないのです。私が力ずくで何か悪いことをしているというなら、それは私のせいでしょうが、自然に自分たちに悪いことが起きてくるのです。病気になったりけがをしたりなどという悪いことが毎日のようにです。(ですよね)
もし、必要以上にそのようなことが起きてくるなら、それはどう考えても天罰なのであり、人のせいではありません。ということは、それは神が警告しているということなのですから(そういう態度を取っていてはいけないということをです)では、すぐにそのような態度は改めなくてはいけない。
改めないのなら、それは神の警告を無視しているということになるからです。
にもかかわらず、同じような態度を取り続けているというのですから、それは神の警告を平気で無視し続けているということになります。
何度もいいますが、そんな神の警告を無視し続けた人たちなど過去いませんが、本当に大丈夫なんですか? 現代の人たちはそういう態度を平気で取り続けていてです。その神の警告を人のせいにして怒りまくっていてです。(どえらい勘違いなんですが……)
そんな天罰を人のせいにして怒りまくっていた人たちなどいませんよ。これまではです。またこの先も出ないでしょうけどね。そんな人たちはです。多分、現代の人たちだけでしょう。天罰を人のせいにして怒っている人たちなどです。まさに前代未聞の人たちです。
つまり、それほどひどい間違いをしているということです。いま現在の人たちはです。神が行っていることに対してです。
だから、起きてくる天罰もどんどんひどくなる。それは人が起こしていることではなく神が(天が)起こしていることであるからです。だから、まず、その間違いを正さなければ、その天罰は増える一方であるということです。
実際その通りのことが起きています。どんどん増えているからです。この辺りにくだる天罰はです。
なのにまったく反省しようとしない。反省しないばかりか、天罰に対するその怒り方がむしろ激しくなっている。ということは、その激しい怒りは(私ではなく)そのまま神に向いているということになり、神に対しより激しく怒っているということになります。(ほんと恐ろしいことをしています)
そんな罰当たりなことをするなら、当然罰は当たります。だから増えているのです。天罰がです。
それをどれだけいったかしれませんが、しかしそれがどうしても分からなければ最後には凄い(よりひどい)ことも起きてきます。(自分にまとめて癌が出たり、あるいはそこら辺一帯がつぶされたりです。そういうことは過去には起きていることだからです。私がここからいなくなったら怖いですよ。この辺りはです)
ここまで書いた通りのことが起きているのです。私のいうことを信じ、今のうちに改めませんか。自分たちの行いをです。もう自分たちの周りには本当に恐ろしいことが起きているからです。その恐ろしいことが起きているということをただ自分たちが自覚していないだけであるからです。
だから、その自覚だけは持った方がいいでしょう。この辺りの人たちは、過去の人たちがしたことがないくらいのひどい間違いをしているというその自覚だけはです。そうしないと自分たちの危なさが全然理解出来ないからです。
もうそのようなことは、どれだけ書いても書き足りませんが(この辺りの人たちの危なさはです)しかし、この辺りから一人でも二人でも目覚めてくれる人が出てきてほしいからこれだけ書いているのです。そういう人が出てくるなら、少なくともその人は助かるからです。しかし、皆が皆、そんな考えの足りない人たちに右へ倣(なら)えでは、そういう人たち全員が最後には滅んでしまいます。(それだけではすみませんから。問題はその後です。それはそれは深い地獄に堕ち、それはそれは苦しい修行が待っていますから。その地獄界でです)
だからついつい書いてしまうのです。何とかこの辺りから一人でも二人でも目覚めてくれる人が出てきてくれることを願ってやまないからです。この辺りの人たち皆が最後にはそのような悲惨な結果が待っているのかと思うと、あまりに哀れであるからです。
まあ、そういう気持ちを持っているのは私一人だけかもしれませんが(後の人たちは怒りしかなさそうだし)しかし、そういう気持ちを持ち続けている私には、昨日などでも荒子川沿いを歩いているとです。
その荒子川の浅瀬に一羽の真っ白なサギがいたのですが、そのサギが私を見るとさっと私の方に飛んできて、私が歩いていく少し前の川の手すりにとまりました。そうしてこちらをジッと見ています。
私が「なんだお前。元気がいいな」などと話しながらそちらに歩いていくと、そのサギはまたさッと飛んで私のしばらく前の手すりにとまります。そういうことをニ度三度と繰り返して、そのサギはどこかに飛んでいきましたが、小鳥がそういうことをしてくることはよくありますが(またはせいぜい鳩くらい)あんな大きなサギがそれをやるとねぇ。ずいぶんな迫力でしたね。私の近くで真っ白なサギが羽を広げてバサバサやっているわけですから。(笑)
人の哀れさを知り、正しいことを書いて神理による正しい行いをしていると、このような愛ある現象が毎日のように起きています。
毎日、怒りまくるような現象が起きている人たちとはずいぶん違うのではないでしょうか。
神理を行うならこのようなお陰が必ず現れてきます。そんなご利益満載のこの教えをです。何で黙って見ているだけなのですか? この神理を知ったのならやらなきゃ損なのです。
神理を見るだけ見ていてやらないでいるのは、栄養満点の食事が目の前にあるのに、それを(無理して)食べないのと同じなのです。
食べなきゃ損ですよ。神理くらい心の栄養になるものはないからです。
毎日毎日大変そうです。もちろんどこかの会社です。
今日も朝もはよから怒っているのがいたし、今はずいぶん引いています……と思ったら急に怒り出すのもいるし、もう情緒不安定丸出しですね。
でしょうね。だって、昨日でも凄かったですからね。つい最近まで滅ぼされた人が(死ぬ人が)出たということで、ドン引きしていたところがまた烈火のごとく怒っていましたから。そういうところが昨日だけでも二、三ヶ所ありました。
そのようなところはかなり引いていたのです。その前に通った時まではです。そこが昨日通ると凄い怒りようです。一ヶ所などこれまでにないくらい激しい怒り方をしています。一体何が起きているのか?(一体どれだけひどいことが起きているのか?)ということにもなるからです。
だからどこかの会社がこれだけ情緒不安定になるのも道理なんですが(そりゃそうでしょう。一番神理にひどいことをしているところに一番ひどいことが起きるからです)しかし、どれだけひどいことが起きているんですかね。昨日など、とてもそれをきける状況ではありませんでした。どこも怒りまくっていたからです。
しかし、普通に考えるならです。そんな滅びる人が出てドン引きしていたところが、そこまで怒っているのです。
では、その滅びる人が続出しだしたとしか考えられないですよね。他のことが起きていて、それだけ怒ることもないからです。最悪のことがどんどん起きだしているから、それだけ怒ってもいると思うからです。
しかし、最悪のことがそれだけ起こりだしているのなら、普通は恐れて頭を下げるものですけどね。しかし、現代の人たちは不思議なことに多くの人たちが逆の態度を取っています。(それも大人から〔年寄りから〕子供まで)
まったくあり得ない態度なんですが(ほんと傲慢もここに極まりです)それではその最悪のことは止まりません。もっとこれから出てきます。明らかにそのような態度は間違っているからです。過去の人たちでそんな態度を取った人などいないからです。それこそ大国の王でさえもです。
王でも、それだけ恐ろしいことが、それだけ(数多く)起きてきたら頭を下げたのです。にもかかわらず、現代の人たちはそのような恐ろしいことが何年にもわたって起き続けているというのに、それでも反発し続けているというのですから、一体どれだけ愚かなのかということになります。
それはもう神に反発していると誰でも分かるはずであるからです。これだけの現象を、これだけ数多く現わせることが出来るのは神以外ないからです。
だからもう私のいうことをきいてはどうかといっているのです。怒ってどれだけごまかしても自分が悪いのは変わらないのだし、そういう(傲慢な)態度を取れば取るだけ自分の罪は増えます。
では、そういう態度を取れば取るだけ恐ろしい現象はよけい現れてくるのです。もうそれは分かっていることではないですか。特に昨日のように、そんな恐ろしい現象が激しくなっているところの人たちにはです。
もう自分が悪かったと素直に認め頭を下げることです。そうして、このブログを(神理を)見ているのですから、心から感謝して布施(報恩の行為)くらいされることです。
そうすれば、その起きている恐ろしい現象は止まりますが、そんなことは絶対にしないというならです。その時は自分にも同じ現象が現れてくるということは覚悟した方がいいでしょう。それだけ激しく恐ろしい現象が現れだしたところにいて自分だけ助かるなど、そんな都合のいい話もないからです。そんな場所にいるなら(それだけ激しく神の怒りが現れる場所にです)遅かれ早かれ自分にも同じ天罰は必ずくだるはずだからです。
現代の人たちはこれまで神など知らなかった。そんな存在あるわけないと、そのような無神論を信じていた。だからこれだけ間違えた。
神をよく信じているなら、誰もこれだけ激しい間違い方はしなかったでしょう。しかし、無神論が全盛であったため、それを信じた多くの人たちが神など存在しないと、その神の力を認めなかった。それがため、これほどのひどいことも起きているのです。
だからそれを人のせいにもしするとするなら、それは無神論を広めた人のせいなのです。現代の多くの人たちが神を真剣に信じたなかったから、このような悲惨なことも起きているからです。
だから、もうこうなってしまったのですから、今さらそれを誰のせいといっていても仕方ないのではないですか。それをいくら責任転嫁していたところでもう時間は戻せないからです。時間は先に進むしかないからです。
私たちはどれだけつらいことがあっても、それでも先に進まなければ進歩はないのです。これまでだって激しい天変地変だけでなく悲惨な戦争まであって(今もそれは続いていますが)多くの人が命を落としているのです。
しかし、そのような悲惨なことはすべてです。すべて自分たちが間違えたから起きていることであり、自分たちに間違いがなければ起きなかったのです。
戦争はもちろん激しい天変地変さえもです。それはこのブログを見ている人たちならもう分かるはずです。戦争だけではなく、天変地変も同じ人災であるということはです。
だから、その間違いは今も続いているということです。だからこれだけ多くの不幸も起きている。戦争も激しい天変地変も止まらない。いまだ多くの人たちが多くの間違いをしているからです。
だから間違いなど多くの人たちがしているのですから、もうそれをしっかり認めてやり直しませんか。いつまでも、自分たちの間違いを人のせいにしていたところで悲惨なことは終わらないからです。
それが難しいのは分かっていますが、しかし、それをやらなければ悲惨ことは永遠に続いていくのです。
だから、どこかで改心するしかないのです。間違った心を直すしかないのです。その悲惨なことを終わらせたいのならです。またそれに気づいた人がしなければ、その悲惨なことはいつまでたってもなくならないからです。気づいた人から正しいことをはじめなければ、間違いに気づかない人たちだけでは永遠に間違ったままであるからです。
悲惨なことが続くのは誰だって嫌でしょう。では、その間違いに気づいているのは一体誰なのですか?
そのような悲惨なことを終わらせることが出来るのは、正しことに気づいた人にしか出来ないことなのです。そうして、その正しいことに気づいているのはこのブログを見ている人だけなのです。神理を知っている人だけなのです。
自分の心を変えるには当然勇気がいります。しかし、その勇気を出して自分の心を変える以外、悲惨なことを終わらせる手立てはありません。
勇気をもって自分の心を変え、神理を実践しませんか。そういう人が自分だけでなくこの世も救う人であるということです。
急に寒くなりましたね。二、三日前まで(二十度近くあり)あれだけ暖かかったのにね。
しかし、それも道理でしょうか。こちらなどそんな寒気(さむけ)がするほどのゾッとするようなことが続いているからです。
昨日でも家のすぐ近くの会社がです。私が帰ってくるとすさまじい怒りようでした。会社の中からドンとか、ガンとか、凄い音がきこえてきます。そこはうるさい時はうるさいんですが、そのいつものうるさい時以上の異様にでかい音が会社の中からきこえてきています。
それで変だなと思い「何だ死ぬ奴が止まらないのか」ときくと、急にシーンです。
いよいよ家の周りでも出だしたんですね。そういうところがです。というか、すでにそういうところはありますが(もちろんどこかの会社です)こういうすさまじいことが起きているのに、テレビなど朝からサッカーのニュースばかりです。(ほんとサッカーのニュースなどやってる場合かといいたいです。命にかかわわることがこれだけ起きているのにです)
大丈夫なんでしょうか。こういうことが起きていることをニュースにしなくてです。ニュースになるなら大騒ぎになり、その恐ろしさも分かるのにです。しかし、私一人でいってるだけでは恐ろしさも全然伝わらず、それで怒って(中途半端にしか恐ろしいことが分からず)なめた危ないことをしてくる人がごまんといるからです。しかし、そういう人にはです。何か必ず起きているはずだからです。恐ろしいことがです。
だから脅すわけではありませんが(なんとかそういう人を減らしたい一心なんですが…)今度こそ今度こそです。本当に過ぎ越しの祭りが始まったんではないかとそう思うのです。そうでなければ、これだけ多くの人たちが多くのところでこれだけ大騒ぎをするはずがないからです。
それなのにこちらの人たちなど相変わらずやってきますからね。昨日でも平気でブシュブシュやっていく運転手がいましたが、大丈夫なんですかね。そういう運転手はです。そういうのがすでに何人も滅びているということはありませんよね。(怖)
しかし、あちこちの会社ではすでにそのような恐ろしいことが起きています。(ということは、やはりあの異様な怒り方をしていたところはどこも止まらなくなっていたんですね。滅びる人がです。だからあれだけ異常な怒り方をしていた。どこもすることは同じであるからです)だから危ないと思うんですけどね。そういう態度はです。
そのような不遜な態度は、どれだけ神を怒らせているか、罪をつくっているか、しれないからです。昔の人たちなら絶対に(恐れて)しなかったようなことを現代の人たちは平気でしてきているからです。
もう本当にです。本当に頭を下げた方がいいですよ。昨日また伊藤さんから布施をもらいましたが、このような行いをされた方がいいのです。特にそういうことが起きているところの人たちはです。
そういう(超がつくほど危ない)ところはもういつ自分に同じことが起きてくるかしれないからです。もうそれが嘘でも脅しでもないと、本当のことであると、そのようなところの人たちは分かるはずであるからです。
素直に私の(神理を説いている者)のいうことをきいてはどうでしょう。神理を説いている者のいうことをきいた者は救われ、きかなかった者は滅びる。そのようなことはすでに歴史が証明している事実であるからです。
しかし、現代の多くの人たちはそれが分かっているはずなのに、それをいつまでたってもしようとしません。現代の多くの人たちは自ら滅びの道へと進んでいるのです。それに気づいていないだけなのです。
そのような事実は次のようなことからでも分かるのです。
昨日の中日新聞に出ていましたが、いま東京で同性婚を認めないのは違憲か合憲かということで裁判になっていて、一応東京地裁ではそれは合憲ということになりはしましたが、しかし、その上で同性カップルに対する法的保護には多様な選択肢が想定されるとして、同性婚を明確に否定したわけではありませんでした。
他の地裁でも同じような裁判が起こされ違憲、合憲と判決は別れていますが、しかし、将来的にはこのような裁判は違憲になる可能性が高いと中日新聞には書いてありました。ということは、将来的には日本も同性婚を認める方向にいく可能性が高いということになります。
まあ、中日新聞は左翼新聞ですので(だから同性婚賛成の立場でしょうから)こういう書き方をしていると思えないこともありませんが、しかし、いま現在の日本国民の多くは同性婚に賛成する人が多いのではないでしょうか。世界がそちらの方に向かっていると勝手にそう思ってです。(しかし、実際は同性婚賛成など西側の〔アメリカ、ヨーロッパなどの〕一部の人たちがいっているだけなんですが。だから日本の人々はそれに踊らされているだけなんですが)
だから、このようなことを見ても分かると私はいっているのです。日本の多くの人たちは自ら滅びていく道の方に進んでいるということがです。
同性婚など賛成して同性愛者が増えていくなら、どちらにしても子供が生まれなくなり滅びていきます。にもかかわらず、その同性婚に賛成する人が多いというのですから、それは自ら滅びの道に進んでいるということになりませんか?
そのようになるのです。間違った考えでいると何か知りませんが、知らず知らずのうちにそちらの方そちらの方へ(悪い方悪い方へ)といってしまうのです。そちらが正しいとそう思ってです。しかし、実際にはその道は正しくないのであって、だから段々人が減っていき滅びていく。その道は間違っているからです。
そういうことがこの世にはごまんとあるということです。自分がその道は正しいと信じていても、しかし、実際は間違っている。だから不幸になる。そのようなことがです。
だから私は間違った考えでいると不幸になりますよとくどいくらいいっているのです。その間違った考えのまま不幸になっている人たちが、今生は非常に多いからです。特に神のことに関してはです。
神のことを間違えるくらい不幸なことはありません。特に今生はその神のことを間違えている人が多い。だから今生はこれだけ不幸になる人が多いのです。あまりにひどく神のことを間違えているからです。
神の力が現れている人こそ正しく神のことを伝えているのですが……いい加減認めませんか。そのことをです。
それをしない限り、恐ろしい現象は止まりませんし、また神の心に逆らったままでは、自ら滅びの道に進んでいくことを止めることは出来ないのです。
神以外のところには滅びしかないからです。その神がこの世を(この世界のすべてを)つくられたからです。
神の心が支配する以外の場所には不幸しかありません。
ここに本当の神の心を書いているものがあります。いつまでその神の心の無視を続けるのですか。無視を続けている間は不幸は続くのです。
土曜日だというのにまたずいぶんお怒りのようです。もちろんどこかの会社なんですが、もう止まらないのでしょうね。滅びていく人がです。
昨日もありましたもんね。近所で異様に怒っているところがです。一昨日とは違う会社なんですが、夕方、私が帰ってくるとそこはまたすさまじく怒っていました。もうこの近所も滅びていく人が止まらなくなったところがあちこちに出だしたようです。本当に恐ろしいことです。
しかし、そういう時はブルブル震えて頭を下げるものですが、この辺りなど誰も怒りまくっています。現代の人たちはいつまでたっても間違えているようです。神に対する態度をです。
しかし、恐ろしくはないんでしょうか? そんなことがこれだけ次々に起きだしていてです。私など怖かったですからね。あの未来にいる時、会合があるたびに(月に一度くらいの)癌になった人が出たと知らされていた時などです。
最初はよく癌になる人がいるなと思う程度だったんですが、それが一年以上も続いた時など、なんでこの会はこんなに癌になる人が出るのかと、さすがにビビりましたからね。それ以外でも会社がつぶれた人や急に首になった人、大きな病院の院長だったのにこれも急にやめさせられてしまった人など運の悪い人が続出。(それもあの会の幹部だった人に特にそのような運の悪い人が多かったのです)
この会おかしいんじゃないかと疑問しかなかったですね。最後の方などです。
だから、この辺りの人たちがまさにそれでしょう。そのような運の悪い人がいま現在、続出しているんでしょう。あの時の教育研究会未来と同じようにです。
もうこの辺りなど、運が悪いという言葉だけではかたずけられないところまできているんでしょうが、あの当時の未来は園頭先生の悪口をいいっぱなしでした。
園頭先生は正しく神理を説かれていた方ですし、そういう人の悪口をいうなら(それだけで)そういう恐ろしいことが起きるということです。
こちらの人たちも同じことをしている。同じことどころかもっとひどいことをしている(悪口だけではすまないでしょう。ひどい嫌がらせまでしてるんですから)正しく神理を説いている私にです。
では、もっとひどいことが(もっと恐ろしいことが)起きてくるのも道理であるということです。神理を正しく説いている人にそんな心ないことをするなら、そのような天罰は必ずくだるからです。
もうその天罰がこれだけくだっているのです。(しかも十年以上にわたって)いい加減それを(自分たちが悪かったということを)認めて素直に頭を下げないと滅ぼされるのです。
その通りの恐ろしいことが次々に起きだしました。もう理解しないといけないのです。自分たちのすさまじいまでの不遜をです。その不遜を反省しない限り、そのような人たちは確実に滅ぼされていくからです。
昨日でしょうか。有名俳優が急死したとニュースになっていましたが、例えばあのような俳優でもです。このブログを読み(神理を知り)それを実践しているのなら(私のいうことをよくきいているのなら)あんな亡くなり方はしなかったのです。(まだ六十一才とかいっていましたが〔私と同い年ですね〕早く亡くなりすぎですよね。人生百年などといわれだした現代においてはです)
身体がずいぶん悪かったようでが、そのような悪い身体も神理を行っているのなら、それなりに健康になり(神理を実践している人には神の光が降りていますから、その神の光が肉体にも影響を与えてです)自制も出来るようになって、もっと長く生きられ自分の寿命を全(まっと)う出来たのです。
しかし、神理に縁がなかった。だからそのような哀れな最期を迎えることになったのです。
神理に縁がなければ、いつそのような悲惨な最期を迎えてもおかしくはないからです。こちらの人たちがよい例であるからです。
結局、どれだけこのブログを見ていても(どれだけ神理を知っていても)それが実践出来なければ、それは縁がないのと同じであるということです。
神理は実践しなければ意味がないからです。実践して、はじめて生きるからです。この正法神理はです。
だから「縁なき衆生は度し難し」と釈尊はいわれたのです。
どれだけ徳の高い人であっても縁のない人は救えません。それがどれだけよい話であっても、それをきき入れない者は救いようがないのです。
神理をきかない人たちは(きいていてもまったく実践しない人たちは)それと同じで、そのような人たちは結局は法に(神理に)縁がない人たちなのです。
だから救われない。どれだけ私の近くにいてもです。そうして、どれだけ私のブログを見ていても、逆にそういう人たちにどんどん天罰がくだり滅ぼされているのです。私のいうことをきかない(ききいれない)ばかりにです。
それが「縁なき衆生は度し難し」といわれた釈尊のお言葉の正しさを現わしているということです。
釈尊の時代も同じでした。釈尊のすぐ近くにいる人でも釈尊のいわれることをきかず法に縁のない人はいました。そうかと思うと釈尊から遠く離れた場所にいる人でも釈尊のいわれることをよくきいて、法に縁の深い人もいたのです。
法に縁を持つとは実践してはじめていえる言葉であるのです。
神理を見るだけ見ていても、そのように神理に縁のない人たちはたくさんいます。
せっかく神理を見ているのならです。縁を持ちませんか。神理に対する縁をです。
これほど有難く幸運な縁は他にないからです。
本当に、本当にです。大変なことになってきました。
昨日でも六ヶ所ですよ。六ヶ所ものところで教えてもらいましたからね。滅びていく人が止まらないということをです。
こんなにいっぺんに教えてもらったのははじめてですね。これまではせいぜい二、三ヶ所のところでした。そういう恐ろしいことを教えてくれるのはです。それが昨日など土曜日だというのに(ということは半分の会社や工事現場は休んでいますから)一日で六ヶ所ものところがガンガンやってきて「死んだ奴が出たのか」などときいたらシーンです。(分かりにくいところもありましたけどね。しかし、おかしな怒り方をしていたのでそういうところも出ているのでしょう)
だから、この近所でもあちこちであれだけ怒っていたんですね。それだけ多くのところで滅びていく人が出ているからです。だからこの近所でも、そういう次々に滅びていく人が出るところが増えているのです。
だからいっているのです。本当に大変なことになってきたとです。凄い勢いで増えだしているようであるからです。滅びていく人がです。
統一教会や創価学会ではないのです。(他の教えも似たようなものでしょうが)そんな布施が欲しくて、それでこういうことを書いているわけではないのです。そういうところはもちろんそうでしょう。布施が(金が)ほしいためだけに布施しないと天罰がくだるとか、地獄に堕ちるとか、そういっているだけなんですが(こういうところは天罰とは名ばかりで人が力ずくで行う罰とこかはよく当たるようですが。集団ストーカーをされたり〔自殺にみせかけて〕殺されたりするような罰〔?〕はです)この正法神理は違うのです。
本当に天が起こすのです。そのような恐ろしいことをです。あまりにひどく神理に逆らう人たちにはです。だから怖いのです。そのような天罰を食らい死んでいく人など本当の地獄に(しかも相当深い)堕ちていかなければいけなくなるからです。
だからもう素直にきいた方がいいといっているのです。私のいうことをです。あまりにこのブログを見ている多くの人たちは長くひどく神理に逆らい続けているからです。
その結果がこれほどの災いを呼んでいるからです。
本当の神の教えはこういうことが本当に起きるのです。しかも次々とです。
こういうことを知るならいい加減分かりませんか。自分たちがこれまでしてきた信仰などいかに偽物であったのかということがです。
こんなこと起きた教えなどないでしょう。また、そのような天罰でもです。一人、二人がおかしな死に方をしただけで大騒ぎしていたんではなかったですか。これまではです。
あの人は、あの教えに逆らったばかりにあのようなおかしな死に方をしたと、それくらいの人数で祟りがあるなどと恐れてです。
しかし、本当の神の教えは違うのです。その本当の神の教えにいつまでも逆らっていると、病気やケガ、運の悪いことなど(前回も書きましたが、急に会社がつぶれたり、その会社をいきなり首になったりです)次々に起きてきて、そうして、それでもまだ逆らい続けているなら最後には本当に滅びて(死んで)しまう。このようなことが本当に起きるのです。しかも数限りなくです。そんなことが一度か二度起きたではないのです。無数に起きてくるのです。その教えに逆らい続けている限りはです。
それが本当の神の教えなのであり、神の教えとは元々そのようなものであったのです。奇跡も天罰も次々に起きてくるのが(そのような多くのお陰があるのが)正真正銘の本当の神の教えであるからです。
これまでがおかしかったのです。神の教え神の教えというだけで何も起きてこなかったこれまでがです。だから、これまでのそんなものは本当の神の教えはではなかったと、本当の神への信仰ではなかったと、私はいっているのです。
そのすべて偽物だった中に、本物の神の教えが出現した。だからこうなったのです。そのあまりのギャップに多くの人が怒り戸惑い無視を続けた。多くの人たちがそれが何か分からなかったからです。
これまでの教えとはあまりに起きてくることが(ご利益が)違っていたからです。
しかし、もう怒り戸惑い無視している時期は過ぎたのです。もうこの正法神理を本当の神の教えと認め、従い、行う時がきているのです。だからこういうことも起きだした。
もうしなければいけない時がきているのに、それでもまだ無視しているからです。多くの人がこの正法神理をです。
それはいくらなんでもやりすぎであるのです。それではあまりに不遜が過ぎるのです。
この神理が本当の神の教えであると気づいている人も多いのにです。それをあえて無視し逆らっているなど、これだけ不遜な態度もありません。もういい加減(このブログを長く見ている人たちなど)神理と縁を持たなければいけない時がきているのです。
また、持たないのであればです。まだ、このあと、どれだけ不幸になるかしれないのです。神理を知るとは、そのほどの価値と意味があるからです。自分の一生を(そうして、その後の死後の世界まで)大きく左右してしまう。それほどの価値と意味がです。
今さらそれを知らないといったところで時間は戻せません。やるかやらないか、はっきり決めなければいけない時がきているのです。
もういい加減、神理と縁を持ちませんか。それほど幸せなこともないからです。しかし、どうしても神理などとは縁を持たない(もちたくない)というならです。
それほど不幸な選択はないということです。それはこれまでの結果が教えているからです。(もちろんそれは今生だけでなく、過去の〔昔からの〕結果も含めてです)
今日はだんまりを決め込んでますね。どこかの会社などです。
しかし、昨日などは母を病院に連れていっていたんですが、ちょこちょこちょこちょこそこらじゅうからくだらないちょっかいをかけられ呆れました。
大丈夫でしょうか。この辺りはウナッシーさんのように布施してくれる人は(昨日布施してくれたものですから)一人もいませんが、このような状況でまだそんなことをしていてです。
まあ、どうなってもいいと思ってしているのか、それとも知らずにしているのかは知りませんが、もう滅びていく人がずいぶん出ているようです。そういう時は昔の人たちは誰もガタガタ震えて頭を下げて布施されたものです。
同じ態度を取りませんか。それがこのような(恐ろしいことが次々に起きている)時の正しい態度であり、そのような恐ろしい現象から救われることが出来る唯一の方法であるからです。
私など相変わらず昨日のように一日外にいればスズメが飛んできたり、カモメが飛んできたり、他の鳥が飛んできたりするものですから(さすがに昨日は魚は出てきませんでしたが。もうカモメがあちこちの川にきているからです)それらの鳥たちと戯れながら歩いていました。
すると前からしかめっ面した人が歩いてきて嫌がらせをしていきますが(そのたびに少々の辻説法をするのですが最近はもう誰もききません。一切無視して歩いていきます)同じ人を二度見ることがあまりありません。
そういう人たち全員に、とはいいませんが、そういうことをした多くの人に天罰がくだっていることは事実です。素直に昔の人のように神理に従い頭を下げませんか。その方がよほどよいことが起きてくるからです。
また神理を知ったのならです。喜んで行うことこそ正しい人の道であるからです。
くだらないプライドなど早く捨てて(楽ですよ。そういうものを全部捨てるとです)もう一度裸になって一からやり直しませんか。このような神がかかわることはです。自分のこれからの人生を(そうして死後のことまでも)大きく左右する非常に大事なことであるからです。
そのような人が一人でも二人でも出てきてくれることを願ってやみません。神の光はそのような人に降りてくるからです。
しかし、悪い物価高が止まりませんね。(神から急に俗な話になりますが。〔笑〕)それに加えて増税までいいだしている。ほんと今度の内閣は増税増税いいっぱなしです。増税内閣ですね。(苦笑)これで支持率が上がるわけがない。
防衛費を引き上げるのはいいことですが、その財源を何で税金で賄おうとするのでしょう。所詮は無理な話です。この状況で税金が飛躍的に増える見込みなどないからです。景気など一部の会社がいいだけで後は全然だめだからです。
何度もいいますが、別に国債でいいではないですか。何で国債ではいけないのでしょう、その理由が分かりませんね。まったくです。
政府は通貨発行権があるのだし、政府が発行する国債など、その通貨を発行しているだけの話であるからです。通貨発行権がある政府が通貨を発行するのは悪いことでもなんでもなくよいことであるからです。
それはそうです。政府が通貨を発行すればするだけ(円を国内に回せば回すだけ)多くの人に通貨が(現金が)回って日本は富んでいくのですから、いいに決まっていますよね。
ただ、それをやりすぎてしまうと何もかもが上がるインフレになるので(今のような悪いインフレとは違うよいインフレです)だから、それを調整するために税金があるのであって、そうなってはじめて増税はすればいいのであって、今じゃないですよね。増税はです。
今は(悪いインフレがなくなるまでは)通貨を配るに配らなければいけない時であるのです。その通貨が日本全体に足りなくて日本の多くのところで多くの人たちが困っているからです。貧困に瀕しているからです。
その貧困は政府が通貨を配るなら(もっと国債発行するなら)一発で改善するのです。
そう書くとすぐにバラマキ、バラマキといいますが、だから今はそのバラマキをしないといけないでしょう、といっているわけです。それを(そのバラマキを)あまりに政府がケチっているため、このような日本の貧困は起きているからです。
だから、何かそのようなバラマキがいけないようなことを今日の中日新聞にも書いてありましたが(地方自治体が地方創生の臨時交付金を物価高対策で現金や食品支給していることがです)大いにするべきなのです。こういう時はです。そのような現金や食べ物がなくて困っている人が大勢いるからです。(だから名古屋もやってくれませんか。一律現金支給とかをです。分かりにくい商品券とか何かでなくです。差別なく全員に支給をです。〔差別はいけませんから差別はです〕商品券を買えない人もいるからです)
「だが、そのツケは財政赤字として国民に返ってくることになる」と中日新聞はこの記事をしめていましたが、出ましたね。財政赤字に国民へのツケがです。(苦笑)
まあ、こういう「財政赤字」だの「国民へのツケ」だの、バラマキはいけないと書いて必ず最後に持ってくる常套句(じょうとうく)なんですが(笑)ならない、ならない。財政赤字にも、国民のツケにもです。(笑)
何で国債を出すだけで日本の財政が赤字になるのでしょう。外債が増えなきゃならないでしょう。財政赤字にはです。(笑)そんなの経済に素人の私でも知っています。だから当然国民のツケにもならない。国債は借金でもなんでもないからです。何度でもいいますが、国債は通貨発行権がある日本政府が発行している通貨にすぎないからです。
その国債を政府が地方自治体に回しているだけなのです。(まあ、税金も入っているのでしょうが、その交付金に回す中身など国債と税金がごちゃごちゃになっていて正確には分からないからです)だからない時はないところに臨時交付金はどんどん配ればいいのだし、それは配らないといけないのです。そうしないと日本の貧困化は解消されないからです。
これも何度もいいますが、今の日本の貧困化は政府が、その国債をもっと配らないから起きていることであるからです。だから政府はもっともっと臨時交付金をたくさん地方自治体に配って、もっとそのようなことを(マスコミがいうバラマキを)させないといけないのです。これだけ日本中が物価高などで(悪いインフレで)苦しんでいる時はです。
従って、今は増税ではなく国債をもっと発行してもっと貨幣を(現金を)配らないといけないということです。そうしないと悪いインフレに日本の国民の多くは追いつくことが出来ず、日本の貧困化はさらに進んでいくからです。
心を豊かにするには神理の実践しかありませんが、日本を(そうして日本国民を)豊かにするには日本政府の国債発行しかありません。
そこを多くの国民がいつまでも間違えているから、日本国民は物心両面でいつまでたっても貧困が続いているのです。
また大変なことが分かりましたね。昨日のことです。
私は昨日は一昨日と同じコースを歩いていったのです。一昨日、病院に連れていった母に届け物があったからです。昨日はまたその届け物を母のいる施設に(老人ホームに)届けにいったのです。
それで母の施設までの道を一昨日の朝と同じように歩いていったわけですが、一昨日歩いていた時にです。母の施設にいくまでに、だいたい十ヶ所くらいのところで大きな音を立てられ嫌がらせをされたのですが、昨日歩いていったらです。なんとその十ヶ所すべてのところが静かになっているではありませんか。
正確には一ヶ所くらいでしたかね。一昨日と同じようなことをしてきたところはです。しかしそこも明らかに何か起きているようで「昨日嫌がらせしたんで一発で起きたんだろう。他もそんなとこばかりだから」などと声をかけたらシーンとなってしまいました。
そこ以外のところは明らかにドン引きしていて、多少ガタガタやっているところもあるにはありましたが、私が何か声をかけると、とたんにシーンとなってしまい明らかに元気がありません。一昨日と比べてです。
どこも一昨日とは全然様子が違うのですから非常によく分かりました。休みのように静かなところ、会社の中から爺さんが出てきて恨めしそうな顔でこちらを見ていたところ、現場の中に人がいるのでこちらが声を掛けたらビクッとして固まってしまたところなど様々ですが、どこも確実に何か起きているようでした。その前日に私に嫌がらせをしたところ(会社や工事現場)はです。
ガンガンやってきたところばかりでしたからね。一昨日はです。そこが一日でシーンですから。あまりの変わりように、そうして、その嫌がらせをしてきたすべてのところに、確実に天罰がくだっているということがよく分かって驚いたんですが、ということはです。
では、ブシュとやっていく運転手にも、そうして歩いていて私に嫌がらせをしていく人たちにも、確実に天罰がくだっているということになりませんか。
会社や現場の人たちだけに天罰がくだり、後の人たちにはくだらないということはないはずだからです。そのような(会社や現場の人たちの)ところすべてに(すぐに)天罰がくだっているのなら、それ以外の人たちにも同じようにくだるはずであるからです。
だからくだっているんでしょうね。私が知らないだけで(会社や現場は同じところを歩いていけば確認出来ますが、運転手や歩いていて嫌がらせしてくる人たちなどこちらは確認出来ませんから)そういう人たちにも確実に天罰はです。
だから運転手など危ないからやめろといっているのです。私に対する嫌がらせはです。バスやトラックの運転手など、私に嫌がらせをして走り去っていきますが、最近はこのように、その天罰がすぐにくだっているようであるからです。
昨日の件でもそうでしょう。一昨日の朝ですよ。そのような嫌がらせを受けたのはです。それが昨日の昼過ぎに同じようなところを通ったら、どこもすべて一昨日とは態度がガラッと変わっていたのです。
ということは、私に嫌がらせをした一昨日のその日の内にか、遅くとも翌日(昨日)の朝(午前中)くらいまでには確実に天罰が、そのようなところにくだっているということになります。
なら(何度も書いていますが)バスの運転手が私に嫌がらせをしてすぐに天罰がくだったらどうするのでしょう。あるいはトラックの運転手が車を走らせている最中に天罰がくだったらどうするのでしょう。(電車など特にそうです。考えただけでゾッとしますが)
答えはいうまでもないでしょう。大惨事になるということです。運転中に、その運転手にどんな病気が発症してもです。
だから運転手などは私に対する嫌がらせはもうやめた方がいいと、そうして頭を下げた方がいいと(布施した方がいいと)そういっているのです。
そうしないと、そういう罰当たりな運転手連中がどれだけ大きな事故を起こすかしれないからです。そうなったらどれだけ不幸なことになるか知れないからです。
しかし、そんなことを一切考えない無責任な運転手が多いのは残念です。バスの運転手などでもです。お客をたくさん乗せているのに平気でブシュブシュやってくるのがいますが、しかし、そのような運転手にはもう確実に天罰がくだるということです。それも一日の内にです。
神理を見ているのなら感謝されませんか。くだらない嫌がらせなどしているのではなくです。そういう人が多いばかりにどんどん不幸が広がるのです。それだけ神を怒らせる危ない行為もないからです。(今生の人たちだけですよ。そんな神理に感謝もせず平気で無視し嫌がらせをしている人たちなどです)
しかし、神理に感謝して報恩の行為を皆がするなら、多くのところで多くの奇跡が起き、幸福になる人がどんどん増えていくのです。
いま問題になっている統一教会や創価学会など(この二つの宗教団体に限りませんが。他にもありますが)信者から金をむしり取るだけむしり取って、それでその信者の心を救うわけでもなく、何か奇跡が起きるわけでもなく、どんどん不幸になる人たちを増やしているのです。
しかし、この正法神理は行うなら確実に奇跡が起き、心も救われ、幸せになる人も増えていくのです。
現に、そういう人たちが少しずつではありますが、出ているではありませんか。それはそのような人たちのコメントを読むなら分かるはずです。神理に感謝している人たちには確実によいことが起きているということはです。
それなのに何で不幸になる道ばかりを多くの人たちは歩いていくのですか。その道を少し変えるなら、本当に幸せになる道があるのにです。
神理の周りには多くの現象が現れています。(よい現象も悪い現象も含めてですが)本当の神への信仰をされませんか。そんな何もご利益もない、何の現象も起きてはこない、偽の信仰をいつまでも続けていないでです。
本当の幸せがくる道は、その道(本当の神への信仰をする)しかないからです。
最近は静かですね。どこかの会社もです。
だからブログは書きやすくていいんですが、しかし、途中からキレだすということが多々あります。もう止まらないんでしょうね。天罰が朝昼晩と一日に何度も起きてきてです。(もう毎日どころのレベルではないのでしょう。この会社はです)それくらい起きてこなきゃ、この連中が静かにするはずがないからです。
昨日嫌がらせをしてきた人たちもまだ少なからずいましたが、そういう人たちも今ごろはもうお分かりいただけていると思います。ここに書いていることが嘘ではないとです。(すでに天罰がくだってです)
本当の神の教えには感謝しないといけないのであって、嫌がらせしてくるなどもってのほかなのです。いい加減ご理解ください。本当の神の教えとは、本当の神への信仰とは、そのようなものであるとです。本当の神の教えを実践し本当の神への信仰を行っているのなら、必ずそのようなお陰は現れるのです。
サッカーの日本代表が帰国したと大騒ぎになっていますが、そのような選手たちの活躍を見て喜べるなどほんの一瞬のことなのです。しかし、神理を実践するなら一生喜べることになります。
よく考えた方がいいのではないですか。皆さん方が無視を続け、その本当の神の教えがなくなってからでは、その喜びを得ようとしてももう得ることは出来ないからです。
そのよく考えた方がいいということは政府も同じですよね。また嫌なことをいわれていますね。総理はじめ政府のお歴々はです。
2027年度までに年一兆円程度の税収増目指して増税するとか何とかです。
まさに増税内閣の面目躍如なんですが(こんなこといっているとまた支持率下がりますね。〔苦笑〕)もう増税するならするで仕方ないでしょう。この内閣は増税しないといられないようであるからです。別にそんなもの(防衛費増でもなんでも様々なものの財源など)国債でいいのにです。
だから増税するならするで仕方ありませんから、しかし、増税するなら景気だけはしっかりよくしておいてもらわなければいけません。(それで法人税を増税するというなら全然OKですから)
だから、それはやっておいてもらえますよね。少なくとも27年度までにはバブルくらいの景気回復はです。(だから株価が四万円近くなればこれもまた全然OKです。〔笑〕)
それくらいのことは別に難しい話ではないからです。政府であるなら全然出来る話であるからです。
出来ますよね。これから2027年までの五年間(もっと続けてもらってもかまいませんが)本予算を二百兆円(現在の倍)くらい出し続けてもらえれば出来る話であるからです。それくらいの大盤振舞(おおばんぶるまい)してもらえるなら嫌でも景気はよくなっていくからです。
実際、他の先進国などそれでよくなっているのですから、同じことをすれば別に日本もよくなりますよねえ。景気はです。アメリカなどいい例だからです。だからコロナ禍でも景気はよかった。政府が大盤振舞したからです。
それで極端なインフレになって(だから政府が大盤振舞すればちゃんとインフレになるのです。日本のようないつまでもデフレのままではなくです)苦しんでいますが(しかし、今回のインフレはロシア、ウクライナ紛争などの様々な要因がありますから)それでも日本よりはましでしょう。そのインフレに給料もついていっているからです。
先進国などどこもそうでしょう。だから最近はみな日本を出ていっているのです。外国の方が物価が高くても給料がいいからです。
だから、それをするなら(今の倍の本予算を出してくれるなら)景気は嫌でもよくなるので(他国がちゃんとそうなっているんですから仕方ありません)だから増税するならするで仕方ありませんが、増税するならです。
それも(本予算倍も)セットで行ってくださいねと、そういっているわけです。
そうしないと私たち国民がどれだけ貧困化していくかしれないからです。そんな増税だけされたらです。
それだけの大盤振舞をするなら(それを日本中に回してくれるなら)どこも景気がよくなって法人税は増税しないといけないくらいになります。ぜひ、その時はやってください。法人税十パーセントの増税などとです。(それでも四十パーセントいかないくらいだからまだバブルの時より安いです)
逆に、景気がよくなるなら、法人税を上げないと金が日本全国に回っていきません。(今のように法人税が二十数パーセントのままでは内部留保がたまっていくだけだからです)だから、その時は大いにやってください。増税をです。それなら文句をいう人も少ないと思うからです。ケチくさい経済界のお歴々くらいだと思うからです。そのような景気のいい時に法人税を上げるななどと文句をいう人たちはです。(笑)
どちらにしても他国を見ればよく分かります。どうすれば景気がよくなるのかはです。しかし、日本の人たちはです。
「人のふり見て我がふり直せ」ということがあまり出来ないようです。物質面でも精神面でもです。
だから、不幸な人が多いのです。
まったくいつまでも呆れます。
昨日でもスーパーなど入るとです。ゴホゴホガハガハ急に咳やら何やらしだして大騒ぎする人たちがいましたが(まさか、新型コロナではないでしょうね。〔汗〕)そういう人たちも、もうお分かりいただけたと思います。
それが嫌がらせであるなら、そのように天罰はくだるとです。(すでにくだっていると思いますから……まだくだっていない人は大丈夫です。もうくだりますから)
ただ、咳をしていただけとか、むせただけとか、いくらごまかしてもです。それで人は騙せても天までは騙せません。天は心の中まですべてお見通しなのです。だから、そんなくだらない嫌がらせを私に対ししたのであればです。必ず罰は当たります。本当に罰が当たったのなら、その時は反省し、感謝の布施をしてください。
そのような人は神理を知っただけではなく、その天罰まで体験出来たからです。それほどの稀有な体験が出来る人もそうはいないからです。
しかし、そのような体験を逆恨みする人が何と多いことか。(自分から嫌がらせしたくせにです)しかし、そのような体験は早々出来るものではありません。何でも怒るのではなくです(何でも怒ればいいと思っているんですから哀れです。自分が悪いくせにです)少しは、そのような現象を恐れ反省されてはどうでしょう。そのようなことが起きることもまた稀なことであるからです。(そんな何かして罰が当たったなどということがこれまでありますか? そんな体験も神理が出現しているから出来るのです)
いい加減、正しく理解されてはどうでしょう。この正法神理をです。神理を正しく理解し行った人から奇跡は起きてくるからです。
そのような正しく理解するといえばです。前回の話の続きではありませんが「防衛費増税 年一兆円強」とか書いてありましたね。今日の中日新聞にです。
そうしてその記事に、防衛費増のその財源は増税、歳出改革、決算余剰金、新たに創設する「防衛力強化資金」の四つからねん出すると書いてありましたが、何でここに国債が入ってないのでしょう。まったく不思議ですね。国債くらいの安定財源もないのにです。
増税も、歳出改革も、決算余剰金もです。(防衛力強化資金って何かよく分かりませんが)安定財源になどならないでしょう。税金など多い時も少ない時もあるんだし、改革、改革って、それはやってもらえばいいのですが(しかし、あまり歳出を減らしては悪い景気が一層悪くなりますが……)限界はありますしね。それに決算余剰金など一時的なものでしかないのでしょう。
一体このようなもののどこが安定財源なんですか? どれも安定財源になどなりえないではないですか。
だからもう分かりませんか。最初から安定財源など国債しかないとです。
国債は安定財源ですよね。だって(通貨発行権がある)政府が発行するならいくらでも出てくるからです。しかも必要な時に必要なだけです。これほどの安定財源は他にないのです。
それなのになんで防衛費増の財源の中からわざわざか国債を抜くのでしょう。国債以外で安定財源などないのですから、それを抜いてしまったら不安定な財源しかなくなり、だから、安定財源、安定財源などという議論ばかりしてるんでしょう。国会の先生方はです。
その安定財源が見つからないからです。
見つかるわけがありません。本当の安定財源である国債を抜いて議論しているのです。他に安定財源などないのに、唯一ある安定財源の国債を抜かして話しているのです。
では、ありませんよね。安定財源などです。ないものはないからです。最初からないのにいくら議論したところで出てくるわけもないからです。(それが分かっている〔国債こそ安定財源とです〕政治家もいるようですが、まだ少ないんでしょう。そういう人たちもです)
こういうのを、そういうことが分かっている国民から見るとです。バカじゃないかと、どれだけ時間を無駄にしているんだと、そう思えるのですが、あげくのはてに、国債は将来世代の負担になるので財源にはしないなどと堂々といっている政治家がいる。
そんな政治家が映っているテレビを見るとです。政治家とは二重三重のバカなのかと(苦笑)そう思えてしまうんですが、そう思うのは私だけでしょうか?
そうでもないでしょう。このブログを見ている多くの人たちは(そうして、もうそのようなことを知っている人たちは)そう思うでしょう。
だからテレビカメラの前で堂々と国債は将来世代の負担になるといっている政治家の人たちはです。では、その負担とは一体どういうものなのかを説明してくれないといけないでしょう。国債の負担とはこういうものであるということをです。(そこで国債がたまりすぎると日本が財政破綻を起こすからなどといった日には爆笑されますけどね。〔笑〕)
こういうことを見てもです。正しく理解するということは大事なことであるということは分かるはずです。
このような政治家が正しく財政のことを理解していないと、どれだけ不幸になるかしれないからです。今の日本がそうであるからです。財政のことを(貨幣のことを)正しく理解していない政治家が多いため、日本だけがもう三十年もGDPが上がらず貧困化し続けているのです。
だから私はいっているのです。間違った考えでいればどんどん不幸になっていくとです。それは精神の面でも物質の面でも同じなのです。
だから正しいことは知らないといけない。正しいことを知る努力を怠ってはいけないといい続けているんですが、ちっとも正しことを理解しようとしないようです。特にこの辺りの人たちはです。
それではいつまでたっても不幸が続くのですが、それでもよいのですか?
それでもよいと、そういう人もいるのかもしれませんが、それではあまりに哀れなのです。
その哀れさを自分が気づいていないだけなのです。
布施をしないといけないという気持ちはあるけれど、なかなか一歩踏み出せないという人がもし居るなら、まずは祈りから始めてみてはいかがでしょうか?
出来れば自分自身の事ばかりではなく、世の為人の為になるような祈りもした方がいいと思います。
祈りは1つの徳積みになると思いますし、どこに居てもすぐに出来ますし、気持ちもすっきりしますし、何しろ祈りはただです(笑)。
僕が以前入ってた宗教団体では、4時間ぐらいは祈らないとダメだと良く言われましたが、気持ちが込もってて正しい祈りであれば、短い祈りでも別にいいと思います。
僕自身、長時間祈るのはまず無理です。せいぜい5分、10分が限度ではないでしょうか(笑)。
とにかく祈る事によって目に見えない力が働いて、自分自身が変わっていくかもしれないので、やってみる価値は充分あると思います。
四時間祈れは凄いですね。どう考えても無理でしょう。そんな長い時間祈り続けるのはです。(そこまでいくともう肉体行ですね。釈尊は肉体行は間違いだとはっきりいわれています)
祈りは神との(天使たちとの)対話であり自力です。正しい祈りを続けるなら、自分の心は変わっていくことでしょう。
そのようなことでもいいので、何でもやっていく(実践する)ということは大事なことですね。
昨日も危ない連中がたくさんいましたね。私が昨日、中川運河の橋を渡っていた時のことです。
運河沿いにある会社からまたガンガンガンガンガンと音が響いてきました。私が歩いているとトラックがブシュブシュやるし、鳥も騒ぐし、橋から運河に向かって声をかけている時も多いので(お前らいるのかとか、元気かとかです。魚たちに向かってです)騒がしいのですぐに分かるのでしょう。
それでそのガンガンやってくる会社に「そんなことしているとまた罰が当たるから早く詫びを入れて布施しろ」などといいながら歩いていったのです。
その帰りのことです。また中川運河を渡って帰ってきたんですが、中川運河の橋を渡っているちょうどその時、カモメが何羽も飛んできて上空を飛んでいきました。
その中で私のすぐ前をギャーギャー鳴きながらケンカしながら飛んでいくカモメまでいたので「お前ら何やってんだ。危ないぞ」などと声をかけていたら、今度は下の中川運河の魚たちが私の声に気づいたのかあちこちで跳ねだしたのです。上空にはカモメたちがまだ何羽も飛んできているのにです。
それでその魚たちにも「お前ら、カモメがきているのに危ないぞ」などと声をかけて騒いでいたんですが、そうしたらです。なんといく時にガンガンやってきた会社が(だと思うんですが)またガンガンやってくるではありませんか。しかも今度は先ほどとは打って変わってかなりな怒りようでです。
まあ、いく時も怒っていたことは怒っていたんですが、これほど怒ってはいませんでした。何か知りませんが、火がついたような凄い怒り方でガンガンやってくるのです。
それで「なんだ?」と思って「なんだ何か起きたのか」などときいたらより一層、怒ってきます。これは私にガンガンやった後、本当に何か起きたようでもう最近はどこもです。(どこかの会社だけではなくです)
私に嫌がらせなどするとすぐに何か起きてくる(天罰がくだる)ようです。
だから、昨日も私に嫌がらせをしてきた人が何人もいましたが、そういう人たちはもう誰もお分かりいただけたと思います。そのことはです。
もうくだっているはずであるからです。そのような人たちに天罰はです。
私もそうですから(何か悪いことをするとすぐに天罰がくだる)同じことが私に嫌がらせをする人たちにも起きだしたのでしょう。(同じくらいのスピードで)そのような人たちも神理に関わっていることには変わりがないからです。神理に関わるなら、そのようなご利益はいただけるからです。
そのような人たちは神理に対し悪い実践を行っているのですから、そのご利益は(お陰は)当然ありますよね。
だから、そういう人たちは早く素直に神理の正しさを認め頭を下げてください。そうしないと、その天罰はそれだけではすまないからです。この後もっとひどいことも起きてくるからです。
こういうことが起きてくる(これだけご利益がある)教えなどこの正法神理以外ないのです。いい加減認めませんか。神理の偉大さをです。昨日の伊藤さんのコメントではありませんが、少しずつでもはじめてみてはどうでしょう。神理の(悪い方ではなく)正しい実践をです。そうすればこの神理の偉大さは嫌でも分かるからです。他の教えにないご利益が必ずあるからです。
そういえば昨日、そのまったくご利益がない宗教団体とは名ばかりの詐欺団体を取り締まるための法律(被害者救済法)が成立しましたね。
この被害者救済法は悪質な寄付勧誘の規制を柱としたものですが、しかし、なかなかむつかしいですよね。心の問題を法律で取り締まるというのもです。限度が分からないからです。
しかし、まあ、とりあえずはです。このような法律が出来たことはよかったと思いますよ。何か法律がないと、このような宗教の名を借りた詐欺団体がやりたい放題してしまうからです。法律が出来れば多少のたがにはなるからです。
しかし、神(悪魔)には神です。神の名を借りた悪魔団体を取り締まるにはやはり神の力が必要でしょう。本当に残念ですね。このような宗教(詐欺)被害者の方々がこの正法神理を知っているのなら、救われるのにです。それこそ正しい祈りが出来るなら、統一教会などの神の名を利用した詐欺団体などボコボコに出来るのにです。
出来るでしょう。そのような(霊感商法などの)詐欺被害に遭った人たちが正しく祈るなら、そのような詐欺をしている人たちに次々に天罰がくだるからです。
では、嫌でも反省しないといけなくなるのではないですか。そのような人たちは曲がりなりにも神に仕えているのです。神に仕えている人たちなら天罰の意味は分かるはずであるからです。この辺りの人たちとは(その天罰を人のせいにしているような)違うはずであるからです。
それで、そのような人たちまで天罰を人のせいにするようなら、これほど信仰が出来ていない人たちもないのですが(馬脚があらわれるということです。そういう人たちまでそんな態度を取るならです)そこまでいかなくてもです。
神理を実践して正しく祈れるなら、そのような騙されて取られたお金も調和と安らぎのうちに返ってくるのです。全部返ってくるかどうかは分かりませんが、必要な分は必ずです。今のように揉めて裁判など起こさずともです。(手間や暇や金などかけなくてもです)
そのように神が導いてくださるからです。
だからこの正法神理を早く広げないといけないと私はいっているんですが、いまだ多くの人たちは責任転嫁ばかりして、自分たちが神理を知ったことの意味も責任もまったく理解しないようです。
私が多くの人たちに、このような神理を(自分のしている体験を)話したらどれだけ多くの人たちが救われることでしょう。特に間違った信仰で苦しんでいる人たちなど、どれだけ救われるかしれないのです。
しかし、動く人が少なければそれも出来ません。まったくの宝の持ち腐れ状態であるということです。いま現在の正法神理はです。
それもまた神を怒らせる原因の一つとなっているのですが、一人でも気づいてくれる人が一日も早く出てきてくることを願ってやみません。
それ以外で(神理を知って行う以外で)多くの人が救われていく道はないからです。
また朝から怒っている人たちがいますが、朝からそんなことをしていると今日も一日運が悪いです。(もうすぐに確実に現れますから。天罰はです)
神理を説いている者に感謝して布施してみたらどうですか。そうすればどれだけ運がよくなるか分かるからです。
そういえば昨日の中日新聞の一面に(被害者救済法成立の記事の横に)『防衛増税「未来への責任」』と題し、続けて『首相、国債での対応否定』と書かれてありました。
総理はどうしても防衛費の増額分を国債でするのはお嫌なようです。増税しないと気がすまないようです。(苦笑)
それで「法人・所得・たばこ税」のトリプル増税ですか。
悪い物価高は終わらない、コロナ禍も終わらない、景気もよくならない、自民党内でも増税への反対が続出して、国民からも怨嗟の声が続出して、その他、天変地変などの悪いことが諸々のこの日本の状況で、それでもまだ増税をいうなどもはや執念を感じますね。総理の増税へのです。(苦笑)
総理は日本国民全員を敵に回す気でしょうか?(まあ、全員ではないでしょうが。多くのです)
さすがにこの状況であまりに増税をいうなら、国民殺しといわれても仕方ないんですが(そう書かれた週刊誌か何かありましたよね)しかし、何でこれほど増税にこだわるのでしょう。総理はです。
もう増税、増税いいぱっなしではないですか。とても総理一人のご意見とは思えませんが、総理の後ろについている人たちがいて、そういう人たちにいわされているとしか思えませんが(もう誰もが知っていてバレバレですけどね。財務省にいわされているということはです)しかし、これだけ長い間(もう三十年も)GDPが上がらずにいて(ということは、その間、日本国民は貧困化し続けているということですから)それでもまだそんな景気を冷やす増税ばかりをいうなど、日本の総理としてはあり得ない発言なのではないでしょうか。
日本国の総理であるならです。多くの国民が貧困に瀕し苦しんでいるこのような時には絶対にいってはならない言葉なのではないですか。「増税」などという言葉はです。
増税のぞの字もいってはならないですよねえ。このような時にはです。にもかかわらず、もうポンポンポンポンバナナのたたき売りのように軽く増税などといわれている。(苦笑)まさに国民殺しですね。このままでは税金ばかりを払わされ、我々のような貧乏人は(食事もまともに取れず)餓死か(医者にいく金もなくなって)病死してしまうからです。
こういう時はどう考えても減税ですよねえ。このような多くの国民が貧困に苦しんでいる時に、仁徳天皇が租税を三年間免除した話は誰でも知っている有名な話であるからです。それでどれだけ多くの国民が助かったことか。
日本の歴史が教えているではないですか。こういう時はそう(免税)しなさいとです。(総理も歴史無視派ですか? そういう人、最近は多そうですけど)
なのに何で逆の行いをしているのですか。今の総理はです。いま現在の日本は仁徳天皇が租税を免除した時と同じ状況にあるのにです。
それなのに「増税」。
国民殺しといわれても仕方ないですね。それではです。甘んじて受けますか。そのような称号もです。しかし、この後ずっといわれるかもしれませんよ。この状況でここまで増税をいわれるならです。
もうやめた方がいいのではないでしょうか。そんな後ろにいる人たちのいうことばかりきくのはです。いま国民がどれだけ苦しんでいるのかを知るなら(そういう人たちは知りませんから。国民の苦しみなどです)とても増税などという言葉は出てこないはずであるからです。
またここで増税などするなら、民が苦しむだけでなく、外国からも喜ばれるのです。これだけ国内外で風雲急を告げているのです。(だから防衛費を増額するんでしょう)このような時に増税してよけい国民の貧困が進むなら、それを喜ぶのは他国だけなのです。それこそ日本を狙っているです。
それはそうでしょう。日本の貧困化が進めば、金さえ出すならいうことをきく人々も増えていくからです。そうなるなら日本の土地は買われ、人々は買収され、多くの日本の人々が他国のいうことをきくようになるのです。日本のことよりも他国の人のいうことを優先するようになるのです。
日本で苦しい生活しか出来なければ当然そうなる人も増えてくるからです。実際、そうなっているからです。
それもこれも、日本の貧困化があまりに長く続いてどんどんひどくなっているため、そうなっているのであり、このような時にです。まだ増税をいうなど、一体、今の総理は日本の総理なのかと、日本をつぶす気なのかと、そうとしか思えないのです。この状況で平気で増税などいっているならです。
それではあまりに危機感がないからです。あらゆることに対してのです。
国債でよいではないですか。防衛費の増額分などです。(防衛国債という話も出ているんですよね)
自民政調会長が国債の償還ルールの見直しまでいわれているのです。(というか、こんな国債の償還ルールがある国など日本しかないんですよね。何でこんなこと日本はしてるんですか???)増税ではなく、いくらでも国債で出来るではないですか。
そのような(特別、防衛費だけでなく)すべての必要なものの財源などです。
だから、減税の財源も当然国債で出来るということです。
このまま貧困化が進めばだまっていても日本は滅びます。(少なくとも他国に侵略されます。先ほども書きましたが、表立〔おもてだ〕ってそうならなくても裏から〔金をばらまかれて〕です)
仁徳天皇に倣(なら)われてはどうでしょう。そのような人が(政治家が)たくさん出てこなければ日本の衰退は止まらず最後には滅亡するからです。
こちら名古屋は今日は雨です。
昨日など天気がよくて暖かかったので庄内川にいったら、ずいぶん魚たちが跳ねて、寄ってもきていました。
私が川岸に座っていると、この時期でも(冬鳥が増える)魚たちは平気で跳ねて寄ってもきます。(天気がよくて暖かい日はですが)少し前まではこんなことなかったような気がしますが、最近は魚たちも私が川岸にいるとずいぶん機嫌がいいようです。(笑)
それに比べて人間たちの機嫌が悪いことといったらありませんね。(苦笑)昨日でも機嫌が悪い人がたくさんいました。そういう人たちはもうお分かりであると思います。神理を説いている者に感謝しないと(嫌がらせなどすると)罰が当たるということがです。
感謝して布施でもされませんか。そうすれば人生変わるからです。少なくとも今のような不幸な人生ではなくなるからです。
その自分の不幸な人生に全然気づいていない人が多いのには参るんですが、しかし、最近はあれですね。芸能人なども立て続けに亡くなっていますね。(昨日も2人ほど亡くなったとニュースで流れていましたが)
まさかとは思いますが、そういう芸能人の皆さんもこのブログを読んでいないでしょうね。感謝も(報恩の行為も)せずにです。
残念ではありますが、老若男女、有名無名にかかわらず、神理を見ていて罰当たりな態度を続けているのなら、天罰はくだります。こちらはそんな天罰が死ぬほどくだっているのです。同じことが起きだしているのではないでしょうね。こちらなどそういう罰当たりな人たちに次々に天罰がくだり使命があまりない人から(少なくなった人から)引き上げられているからです。(病気になって死ぬ人が増えているということです)
だから、もし、このブログを見ていて大病を患っている芸能人の人などいましたら非常に危ないです。(汗)即、神理に感謝された方がいいでしょう。その方が、その病気も(奇跡が起きて)早く治っていくからです。
このブログを見ているのならです。私のいうことはきいた方がいいでしょう。こちらの人たちなど、私のいうことにあまりに逆らい無視するものですから、すさまじい数の天罰がくだるようになってしまっているからです。(ほんと段々増えてきましたもんね。くだる天罰がです)
そうなる前に、ぜひ私のいうことをきいて幸せな人生を歩んでいってください。私のいうことを無視しているのなら(神理を無視しているのなら)絶対によい人生など歩めないからです。
多くの人たちは、何の奇跡も起きない、悪いことがよく起きている不幸な人生を、金や物さえあればそれが幸せだと勘違いしているだけなのです。
本当の幸せはそんなもの(金や地位や名誉や、その他諸々のものがあれば幸せ)ではないのです。神理を行うならそれが分かってきます。本当の幸せ(心の安らぎ)それが何かということがです。
神理は見るものではなく行うものです。少しずつでもはじめてみませんか。神理の実践をです。そうすると少しずつでも分かってくるからです。本当の心からの幸せがです。それにもうそうしないとあまりに危険であるからです。
過去の人たちは皆そうしました。だから、このブログを見ている多くの人たちもです。そのことに(神理の大事さに)早く気づいてくれることを願ってやみません。そうしないともう命までなくしてしまいかねないからです。
しかし、そういう最悪のことがこちらではたくさん起きているというのに、それでも折れない人たちばかりです。本当に呆れますね。その我の強さにはです。
その折れないといえばです。総理も折れないらしいですね。(苦笑)どれだけ増税反対の声が強くても、ここで折れたら政権がつぶれるなどといわれて増税はひっこめないようですが、しかし、そんな国民を苦しめる(しかもこれほど苦しい時にです)増税ばかりを主張する政権などつぶれてもらった方がいいですよね。我々国民からしたらです。
どうやら総理は国民の声をきくのではなく一部の人たちの(財務省の)声しかきかないようです。もし、総理が本当に国民の声をきいているのなら、国民がこれだけは反対している増税を行うわけがないからです。(90パーセント以上の人が増税に反対しているんですよね)
馬脚があらわれましたね。総理のです。きく力などといい、国民の声をよくきく総理などといいながら、実は一部の人たちのいうことしかきいていなかった。
まあ、最初からいうことがずいぶん変わられていましたから、どうかとは思っていたんですが、残念です。ここまで一部の人たちのいいなりであるとはさすがに思わなかったからです。(だって、ここまで増税を主張する総理などいなかったでしょう。これまでです)
これだけ増税をいわれるとです。防衛費の増額も増税をしたかったがためいいだしたのではないかと疑ってしまうんですが(そこまでの疑いを持ってしまいますよね。これだけ増税、増税いわれるとです。日本の国防より増税の方が大事なのかとです)しかし、このような総理もです。
神理を行う人たちが集団で祈るならかえられるのです。(人が代わるのか、考えが変わるのかは分かりませんが)神理を実践する多くの人が心を一つにして祈るなら、その祈りの効果は絶大であるからです。
今のまま神理を無視し続けるならどんどん不幸になっていきます。(その通りのことが起きているでしょうが)
いつまでこのブログを見ている多くの人たちは神理の無視を続けるのですか。それだけ愚かなふるまいもないのです。
(次回からもう一つ前のブログのコメント欄に書くことにしますが……本当にいつまで愚かなふるまいを続けるのですか? このブログを見ている多くの人たちはです。そういうふるまいを続ける限り災いは止まりませんし不幸な人生は続きます。総理ではありませんがもういい加減折れませんか。神に対してです。そうすれば、それほど幸せな人生もなくなるからです)