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5月 30 2024

病気治し

10:44 AM ブログ

今日はやたら朝から窓をバシバシ開けたり閉めたりしていますね。(そんな音が響いてきます。前のマンションからです)よほど痛いんでしょう。神経痛がです。(痛)

昨夜もそうでしたからね。バシッとやたらでかい音を立てて窓を閉めていたんで痛いんだろうなと思い「そんなことをしていても痛みは取れんぞ」「(反省して)布施しないと死んだ後まで痛みが続くぞ」などと声をかけていたんですけどね。今日は朝一からそんなことやっていますんでね。さぞ痛むんでしょう。足や腰がです。前のマンションの爺さんはです。

しかし、神経痛が痛いのを私のせいにされてもねえ。(というか、八つ当たりしているだけかもしれませんが)私も神経痛だったので(座骨神経痛からヘルニアになりました)よく分かるのです。あの痛みはです。もう死んだ方がましと思うくらい痛いし、その痛みがずっと続くのでね。(それでまともに歩くことも出来ない。だから前のマンションの爺さんもずっと家にいるみたい)ほんと地獄ですね。生き地獄。

夜も痛みでちゃんと寝られないからです。痛み止めの薬を飲まなきゃです。それほど痛いからです。神経痛などです。

しかし、それが私は治りましたからね。ちょうどその神経痛の痛みが出ている時は正法会に入っていた時で(入ったばかりの時かな)神理を少しずつでも実践していたら、いつの間にか治りました。

気がついたら痛みがなくなっていたのです。そういえば最近は痛みが出ないなと思っていたら、そのままあの痛みを体験することはなくなりました。あの神経痛の足がびりびりする痛みはです。

だから前のマンションの爺さんに(そのひどい性格を反省して)神理に布施しろといっているんですが、いつまでたってもそれをやろうとしない。それをするなら治るのにです。そのひどい痛みもなくなるのにです。また表に出て元気よく歩けもするのにです。

私がそうですから。もう痛みもなく普通に歩けますから。ずいぶん歩いていますからね。私など辻説法をしながら毎日のようにです。(笑)

園頭先生が神理を説いていられた正法会に入って、少しずつでも自分の悪いところを反省していたら治っていったのです。段々とです。それでも半年、一年かかったかもしれませんが。

だから、それをしない限りもう治らないでしょうね。その神経痛はです。実際に私が治療している時もいわれましたからね。その治療を受けている医者から、もうその痛みは取れないとです。痛みがよくなったり悪くなったりの繰り返しで、痛み止めの薬がきいている時はよくてもきかなくなるならまた痛みが出てきて、その痛み止めの薬も段々と強くしていかないときかなくなってくるとです。

その時はまだ私は三十代くらいでしたからね。もう死刑判決を受けたのと同じくらいの衝撃でしたね。そんなことをいわれた日にはです。こんな痛みがこれから一生続くのかと思ったら、もうお先真っ暗であったからです。これではまともに仕事も遊びも出来ないとそう思ったからです。

その時は営業の仕事をしていましたんでね。まだやれましたけど、あれが身体を使う現場仕事ならとても出来なかったですね。

それがほぼ治ってしまうというのですから(足などもう全然痛み出ませんから)不思議なものですが、神理の実践はそれほどよいということです。そんな奇跡も起きるということです。医者に治らないといわれた病気も治るのです。神理を実践するならです。何度もいっていますが、病気は気の病であり、その気(心)を直すなら病は治ってしまうからです。

もちろん肉体の消耗で、それでなっている病はまず肉体を治すしかないのですが、しかし、そのように肉体を消耗させた原因もやはり心にあるのですから、心も合わせて直していくと肉体の病も治りが早くなるということです。

特にこのような神経痛などなる人は前にも説明しましたが、神を敬っていないか、または身内を恨んでいるか、そのような心を持っているとなるのですから、その部分を反省することです。そうすれば、その痛みはなくなっていくからです。(そう思と私もあの神経痛になっていた頃など親を恨んでいたかもしれませんね。特に父と別れて家を出ていった母親をです。そういう心を反省したから治ったのでしょう)

神を敬うには神理に布施することが一番ですし、また身内を恨んでいるのならです。その恨みグセはあなたの心が悪いからそうなるのです。あなたも十分、人から恨みをかっているからです。お門違いの私を恨み(ほんとすぐに人を恨む)そうして周りを気にすることなく夜中であろうと平気で窓をバシバシやっている、その周りのことをまるで考えない、小さく狭量な自分が悪いのです。

そこを反省するなら、その毎日痛む神経痛は治っていきます。しかし、それが反省出来ないというならです。その痛みは死ぬまで続き、死んだ後は今度は地獄でその痛みに耐えないといけなくなるのです。つらく苦しく痛み止めの薬などない地獄で、その恨みグセのある小さな心を反省するまでです。

そのような病を抱えている人たちなど今のうちに反省して治しておきませんか。そのような病はです。そうしないとその病は死んだからといって治るわけではなく、死んだ後まで続くからです。しかし、生きている今なら的確に心を直してくれるこの正法神理もありますし、医学が発達した病院もあります。

そのひどい病気を治すには今くらいよいチャンスはないのです。なにせ、そのまま死んで地獄にいくなら、その病気は全部自然治療で自分で治すしかないからです。地獄には神理もなければ病院もないからです。

今くらいそのひどい病気を(ということは、そのひどい性格を)治すチャンスはありません。今やるしかないのですよ。そんなひどい病気になっている人は(ひどい苦しみを与えられている人は)今、治すしかです。

そのひどい病は、自分の心を反省していけば確実によくなっていくからです。だからもうこの病気はよくならないと諦めている人たちも、一度神理を実践してみませんか。そうすればそのよくならないと思っていた病気も、なんらかの奇跡が必ず起きてよくなっていくはずだからです。

神理はそのような難病、奇病も治すという奇跡もあります。(というか、本来はそれがメイン。ところは今は逆〔病気になる方がメイン〕あまりに神理に逆らう人が多いため)一度、信じて行ってみませんか。そうすれば分かるからです。

この正法神理の効き目はです。

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