6月 12 2024
大事な教育
もう少し教育のことを書いておきますが、例えば最近など3~4歳児がマンションの窓から(あるいはベランダから)転落死したなどというニュースがよく流れてきます。
そんなニュースを見ると、親がしばらく、あるいはほんの少し目を離したすきに子供が勝手に窓を開けて、そこから身を乗り出して落ちてしまったなどといわれています。
では、こういう子供の転落死などどうやって防ぐのですか?
いくら口で窓を開けてはダメだとか、高いところに昇ってはダメだとかいっても、活発な子はしてしまうのです。そんなことはいくらでもです。
だから、親が目を離すなとか、台に(窓から乗り出せる足場に)なるようなものを置いておくなとかいってもです。親が四六時中、子供を見続けているわけにもいかず、そんな台になるようなものなど子供はどこからかみつけてきて、それを台にして高いところなどのぼるのです。
そういう子供たちに、そんなことやってはいけませんよとか、窓を開けて身を乗りだしたら下に落ちるかもしれず危ないから、絶対にそんなことをしてはダメですよ、などといっても止められないでしょう。3~4歳児など、その意味も分からず、そういうことがどれだけ危険かもまだ分別出来ないんですから。
だから、そういう子供の事故をどうやって防ぐのですか? ときいているのです。
だから体罰は必要でしょう、といっているわけです。いくら口でいっても分からなければ、高いところに上がったのなら、ひっぱたいてやればいいのです。尻の辺りでもいいから二、三発です。一度で分からないなら、二度三度たたいてやればいいのです。そうすれば3~4歳児などそういうことはやめるからです。
それをすると叱られると、そんな痛い目をみるならそういうことはやめておこうとそう思ってです。いい、悪いがまだ判別出来ない年の子など、そういうやり方もしなきゃいけないからです。それが教育であるからです。少々ひっぱたいたって死ぬよりいいからです。
あるいは、最近はよく小学校などで学級崩壊など起きているようですが、その理由が一人二人の問題児がいて、その問題児が暴れるのでまともに授業が出来ず、それで学級崩壊を起こしているということのようなんですが、そういう問題児もそうです。
そういうことはしてはいけないと、先生がいくら口でいっても分からないのです。その問題児がいるせいで他の勉強したい生徒たちはまともに勉強が出来ず、学級崩壊まで起きているのです。そういう生徒をどう教育するのですか? 他のまじめな生徒に迷惑をかけているそんな生徒をです。
もちろん、そういう生徒は体罰を行えば、そういう態度を直すのかといえば、そんな単純な話ではないのかもしれませんが(当然、親の問題もありますから)しかし、そのような体罰も一つの手段として教育には必要でしょう、と私はいっているのです。
それを完全に排除してしまっては教育が出来ない部分はあるからです。
それを完全に排除してしまった結果が、先ほど書いた小さな子供の転落死や学級崩壊が増えている結果となって現れているのではないですか。そんな口だけでいいなどという、甘えた教育などしているからです。
だから夏休みなど終わったとたん、自殺してしまう子供も増えてきているんでしょう。そんな甘やかされて育てられている子供ばかりでは、少しばかりの苦労にも耐えられないからです。
そんな夏休みが終わるくらいで、それが嫌で自殺する子供がいるなど私たちの小さい頃ではきいたことがありませんでした。
私などいつも夏休みの宿題をやりきれていなくて夏休み明けるのが嫌で嫌で仕方なかったんですが(苦笑)しかし、そんなことくらいで自殺します。(まったく不思議です。その発想がです)そんな休みが明けるのが嫌なくらいで自殺するなら、少々嫌なことがあればどちらにしても自殺してしまうのです。そういう子供はです。
仮に私たちの小さな頃にそんな話などきけばです。多分、皆が笑っていたことでしょう。バカじゃないのそいつ、などといってです。それほど小さな行いであるからです。夏休みが明けるのが嫌で自殺するなどです。その頃なら小学生に笑われるくらいのです。
私たちの小さい頃など、もちろん小学校へいき、悪いことをするならビンタはられていましたからね。普通にです。それは誰でもそうでした。男の生徒ならです。たまに女の生徒までたたく先生までいましたからね。(今なら大問題。〔苦笑〕)しかし、だからなに、という感じで、それでもなかなか悪いところは直らなかったんですが、しかし、そういう者は(私のようなぐうたらな)そういう教育をされないと絶対に直さない。
口でいわれるだけなら今ごろはまだぐうたらなままだったでしょうね。あの時にたたかれてでもやらされたから、私も少しはまじめになり、このような神理も書けるようになったのです。
それで、心の耐久性はついたようで、もし、その時にそういう教育を先生たちにされていなければです。もう私はとっくに自殺しているでしょうね。こんな集団ストーカーなどこれだけ続けられればです。(苦笑)
痛い目をみてもよい悪いを教えてくれたあの時の小学校の先生方の教育があったから、いま私はどれだけひどいことをされても神理流布は続けないといけないと、そういうことも出来るのであって、小さな時でないと(若い時でないと)そのような心の耐久性もつかないのです。大人になってからではなかなかです。
だから「可愛い子には旅をさせよ」とか「若い時の苦労は買ってでもせよ」といわれる言葉は神理なのであって、そのようなことは将来に必ず生きてくるのです。
また、最近はそれをしていないから(そういう言葉が死語になったから)これだけ若い子供の自殺や事故が増えたのです。先ほど書いたような起きなくてもいい事故や自殺がです。
そういえば私の小さい頃など子供の自殺が少なかったのはもちろんですが、そんな小さな子供が高いところから落ちて死んだなどという事故もきいたことがありませんでした。
それこそ小さな子供が、そんな高いところにのぼるなど親がさせなかったし(それこそひっぱたいてでも止めたし)周りの人たちからも強い口調でよく注意もされたからです。(外でよその人から怒られることなどしょっちゅうでした。私たちの子供の頃はです)
しかし、今はどうでしょう。よその子に注意などするなら親が怒ってきますし(私などもそうでバカガキが先に嫌がらせをしてきたのでこちらが文句をいったら、その近くにいた親に文句をいわれたことがあります。なんでも子供がすることは自由なようです)また逆に子供らが少々危ないことをしていても知らない顔をする人も増えてきています。
子供らに対するきびしい教育が足りないのと同時に、あまりに甘やかせすぎていると感じるのは私だけでしょうか。だから子供が死ぬのが増えているのです。そのような教育の仕方が間違っているからです。
ザッと書きましたが、まあ、体罰もです。そんな極端に叩いてしまってはいけませんが、中道の範囲内ならそれは教育の一環としてよいではないでしょうか。というよりです。体罰という大事な教育をなくしてしまったから、よけいな子供の自殺や事故など増えているのではないのでしょうか。
今の世相に真っ向から反するブログを書きましたが、そのような世相も踏まえてです。よくよく考えてみてください。私が書いていることをです。



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