4月 24 2012
他力本願
今週でた週刊ポストに宗教の特集記事が載っていますが(宗教法人に課税する話もあちこちから出てきているようです)どちらにしても、もう現代宗教は人を救う力を失っていると思います。
その理由の典型的な例を一つ挙げておきましょう。
日本の多くの宗教は他力本願を説きます。(お経を上げれば救われる、仏様の仏像に祈れば救われる、などなどです)
お経を上げたり、仏像に祈るだけで救われるというのであれば、世の人々はとっくに救われていなければなりません。しかし、未だ救われない多くの人々がいるのはなぜでしょうか?(そればかりではなく、そのように言っている人たちも悟られたり、救われたりしている人は少ないのではないでしょうか、というか、そういわれている人で、悟ったり救われたりしている人がいるのでしょうか?)
人は、そんな簡単なことでは救われないようにできています。つまり他力本願では救われないのです。
その他力本願では救われないという理由を、簡単に書いておきましょう。
お経を上げたり仏像を拝むだけで救われると言うのであれば、では、そんな習慣のないアメリカやヨーロッパのキリスト教や、ユダヤ教の人たちは救われないということになりますが、そこはどうなのでしょうか?お経や仏像を拝めば、自分の性格がほっといてもよくなっていき、よい人間に変わるとでもいうのでしょうか?
そんなことはありませんね。お経を上げたり仏像を拝まなくても救われる人は救われるでしょうし、救われない人は救われないでしょう。また、お経上げたり仏像を拝まなくても、よい人間になる人はよい人間になるし、ならない人はならないでしょう。
そう考えるのであれば、お経や仏像を拝むことと、自分が救われる救われない、よくなるよくならないは別問題で、さほど関連もないと考えられないでしょうか。
例えば、公害問題など考えていただければ分かりやすいのですが、大都市の上空にある光化学スモッグなど、人が作り出したものですが、これをお経を上げたり、仏像を拝むだけで消すことができるのでしょうか?
お経を上げたり仏像を拝むだけでは、このような光化学スモッグを消すことはできません。そのスモッグは「どこから出るのか」「どうして出るのか」という理由を突き止めて、それをなくす努力をしない限り、そのスモッグを消す方法はないと思います。
これと同じように、自分の悩みや苦しみで作り出した心のスモッグは、どれだけお経を上げようと仏像を拝もうと消せないのです。自分が作り出した心のスモッグは「どうして、そんなスモッグを作り出してしまったのか」という、悩みや苦しみを作り出した心の原因を知り、それをなくす努力をしない限り、その心に作り出してしまったスモッグは永遠に無くならないのです。
自分の心と行いが変わって、自分の悩み苦しみをなくす努力をして、初めて救われるのであり、そのような努力もなしに、ただ座ってお経を上げたり、仏像に拝んだりするだけで救われるはずがないのです。
仮に家が貧乏だったとして、それがお経を上げたり仏像を拝むだけで、その家はお金持ちになれるのでしょうか?絶対になれません。金を稼ぐ努力をしないとお金は入ってこないからです。
お経を上げれば救われる、仏像を拝めば救われるなどといっている、他力本願の人たちは、そういう現実的な努力もなしに救われると、非常識なことを平気で言っている人たちなのです。
少し考えただけでも「他力本願」では救われるはずがないと、お分かりいただけるのではないでしょうか。
このような非常識な教えを説いているのが現代の宗教です。この「他力本願」のような教え一つとっても、現代の宗教では救われないと理解できると思います。
(しかし、最近は西を見ても東を見ても脱原発で再稼働反対のオンパレードですね。〔昨日もテレビを観ていて腹が立って仕方ありませんでした。橋下市長も引く気なさそうですし〕現在の日本に生まれている人たちは〔本当の神の教えである〕法の勉強はしない、原発は廃そうとしていると、神の心の逆ばかりをやろうとしています。もう何を言ってもダメかもしれませんね…ソロソロ切れそうです)



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