7月 31 2024
偽善信仰の間違いと神と正法神理
本当に暑いですね。まさに災害級の暑さです。
実際に熱中症になる人が何十人も何百人も出て、そうして亡くなる人まで出ているんですから本当の災害でしょうね。これほどの暑さはです。
だって、今週など名古屋は39度予想の日もあるくらいですからね。その予想が高い方に外れたら40度超えです。もはや殺人猛暑といっても間違いではありませんね。そんな気温になるなら、確実に死人が出るからです。熱中症でです。
なんでこんなことになっているんでしょう。温暖化の影響ですか? 早く気づいてほしいものです。その間違いにです。
前回も書きましたが、日本の人たちは多神教をいうのですから、これだけ日本に天変地変が起き殺人猛暑にまでなっているのなら、少しは反省されたらどうですか? 自分たちの行いをです。そういう大自然もすべて神様なんでしょう。
では、その神が怒っているから、こんなひどいことも日本に起きているんですから、反省されるべきでしょう。日本がこれだけの災害大国になってしまったことをです。
日本の人たちが多神教をいうのなら、大自然の神様を怒りに怒らせまくったからこうなっているはずだからです。日本はです。
しかし、こんな時は多神教をいう人たちは、その神様がどっかにいってしまい、これは温暖化の影響、などといって少しも自分の反省はしない。
だとしたら、ずいぶん都合のいい信仰ですよね。天気のよい時は神様のお陰で悪い時は温暖化の影響などといっていては、それでは一体なにを信仰しているのか分からないからです。よい時は神様のお陰で悪い時は温暖化なら、自分は全然関係ないからです。
自分たちにとって都合のいい天気になった時は(例えば、なにか催しものがあった時に晴れなどしたら)それは神様のお陰、天も喜んでいるなどというくせに悪い時は温暖化。なんで、自分たちにとって都合のいい天気の時は、自分たちが正しいことをしているので天も(神も)味方しているみたいなことをいうくせに、悪い時は温暖化なんでしょう。(あるいはなにも天気のことはいわない)
あまりに都合がよすぎていませんか。その言い方はです。
天気のよい時に、そのように神をいうのなら、悪い時にもいわないといけないからです。自分たちが悪いからこんな悪い天気になったとはっきりです。
それなのに、よい時だけ神のことをいい悪い時には神のことをいわない。
そういう信仰とは名ばかりの自分にとって都合のいい時だけ神を利用する、神を便利屋のようにしか思っていない、そんな偽善信仰など続けているから、これほど悪いことも起きているのです。日本にはです。
偽善の神への信仰など続けていたら神が怒らないわけがないからです。
こういう都合のいい偽善信仰を何十年も(もっとですか。何百年、何千年もですか)日本の人たちは続けているのです。そりゃ神も怒ります。これほど罰当たりな態度もないからです。
多神教をいってすべてのものが神とか奥ゆかしいことをいいながら、そのすべてのものがどんどん悪くなっていても、少しも反省しないからです。日本の人たちはです。
それでこれだけ大自然をおかしくするなら、そりゃ熊も怒るでしょう。
これほど熊や他の動物たちが人に被害を及ぼすのは、これほどの異常気象を日本に起こしているからです。日本に住む人たちがです。だから、これだけ熊も人を襲うのです。お前らのせいでこれだけ餌がなくなっていると(大自然もおかしくなっていると)分かっているからです。
そのような日本の人たちの偽善信仰、そうして無反省のせいで日本はどんどんおかしくなっています。
だからこれだけひどいことも起きているのです。すべてがひどくなるのです。大自然から、動物たちから、景気から、なにからなにまでです。
いつまでたっても、そのような偽善信仰を日本の多くの人たちが続けているからです。
だいたい、こういう天気でもそうでしょう。今これだけ暑いのはどこどこの高気圧とどこどこの高気圧が同時に日本を覆っていて、ダブルの高気圧に覆われているため、それでこれほどの高温になっているという説明は分かるのですが、しかしそれは単にそのような順序をいっているだけで、そのようになっている、そのようにならしめている、そのような意志は(エネルギー)は、一体どこからかかっているのでしょう。
その大本(おおもと)の意志を、科学は自然現象といっているわけです。それほどの巨大な意志など存在しないと頭から科学は思っているからです。そう思っていないのなら、そのような大本の意志は存在するかもしれないが今の科学ではまだ分からないと、はっきりいわないといけないからです。
実際そうであるからです。このまま科学が発展していくなら、いずれ科学は嫌でも神の存在を認めざるを得なくなるのです。そのような巨大な意志の(エネルギーの)存在は科学が発展していくなら分かってくるからです。そのような超巨大な意志を持ったエネルギーは確実に存在しているからです。
それが私たちが神と呼んでいる存在なのですが、だいたい、そのような神の存在を認めないと、科学も宗教になってしまうんですけどね。そのようなすべての物を動かしている大本を自然現象などと、えたいのしれないこといっているとです。
じゃあ、星々の自転も公転も自然に(ということは勝手に)回っているということになり、なんでそんな自然に回っているものが、これだけ正確無比に回っているのか? という疑問は当然わくからです。
そんな星の自転公転を自然現象などというなら、その星を回すほどのエネルギーも、まるでコンピューターに制御されているかの如く正確に回る自転公転も、すべて勝手に行われているということになりますが、そういうことなんでしょうか。
そんな多くの星々を回転させるほどのエネルギーがどこから勝手にわいてきて、勝手に自転公転が正確に行われているとこういうわけですね。いま現在の科学はです。
そんなことがあり得るんですかね。大宇宙の星々の自転公転が勝手に行われているなどということがです。
だから、それだと科学も宗教になりませんか? といっているのです。宗教と科学の違いは原因がはっきりするかしないかの違いであるからです。
原因をはっきりいって、それでこうなっている(こういう結果になる)というのが科学であり、宗教は結果だけいって、その原因はというと、それは神がそうしたのであるとか、教祖様のお力でそうなったのであるとか、そのように原因がはっりしないものを宗教というからです。
その違いなだけなのです。科学と宗教の違いはです。
なら、そんな科学が、このようなことが起きている原因は(異常気象せよ、地球を含めた大宇宙の星々の自転公転にせよ)自然現象であるなどといったら「はぁ」となりませんか。原因がよく分からないことを原因にしているからです。
まあ、それはともかくです。(あまり突き詰めると科学のメンツも丸つぶれですから。〔苦笑〕)このような多くの疑問にはっきり答えることが出来、その証明も出来るのが、この正法神理なのですが、だから、そんな未完成の科学や偽善信仰などいつまでも続け、神理を無視していて本当によいのですか? と私は何度もいっているのです。
そういうことをしていれば、悪いことが起きてくるのは必然であるからです。この世には(超巨大な意志とエネルギーを持たれた)神がつくられた法則というものがあるからです。
そこまでちゃんと教え、またその証明も常に現れてくるのがこの正法神理なのですが、これほど有難く正しいものも他にありません。
そこにもいい加減気づいてください。こちらはこれだけ神に関する様々なことを伝えているからです。



人目の訪問者です。
