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8月 05 2024

神に対する態度

10:17 AM ブログ

最近はクマだけでなくイルカにまで襲われるみたいですね。

福井県の海水浴場で(敦賀市にあるようですが、私は小さい頃この敦賀の海によく父に連れていってもらいました。あちらの海はきれいだということでです)十歳の子供が海に入って遊んでいると、近寄ってきたイルカに手をかまれて大けがをしたとか。

ここの海水浴場は、こんなイルカにかまれる事件が多発しているそうですね。

こんなことも昔では考えられなかったことなんですけどね。そんな人が大勢泳いでいる海水浴場にわざわざイルカが泳いできて人をかむなどです。

なんでこんなことが起きているんでしょうね。それは人が不調和であるからです。不調和でけんかしている人が多ければ多いだけ、動物たちも人間に危害を加えてきます。

私にもよく動物たちが寄ってきますが、私の周りは同じ動物たちが寄ってくるにしても喜んで寄ってきているのです。決して危害を加えようとして寄ってくるわけではありません。(私などスズメバチに囲まれたことまで何度もありますが、一度も刺されたことはありません)

愛を持ちませんか。もう少し愛の心をです。そうすれば、そんなことは起きないからです。そのような愛がなく争いの心ばかり持っているから、動物などにも襲われ、それだけ悪いことも増えているからです。

それにしてものおかしなことが最近は多発中ですね。いま真っ盛りのオリンピックなど、その典型なのではないですか。

開会式のおかしさはまた今回度外れていましたが、あの女子ボクシングの試合などもずいぶん問題になっているようではないですか。男女(おとこおんな)を女子の試合に出させているということでです。

あのような選手など精神の構造はどうなっているのか知りませんが、身体は男なんですよね。それが自分は女だといいはり女子の方の試合に出る。本当にこれもまた異常ですよね。こんなこと昔のオリンピックでは問題になったことなかったのにです。どんどんおかしくなります。オリンピックもです。(元々やっている人たちがおかしいんでそりゃそうなんでしょうが)

しかし、今回などアマチュアの試合だからまだいいのですが、これがプロの試合となると金が絡んできます。どうします、女子プロゴルフとか女子プロテニスとか、そういうメジャーな女子プロの試合にこんな選手が混ざってきたらです。

全部賞金かっさらわれますよ。それに記録も全部に塗り替えられることでしょう。これまで(純粋な)女子選手がつくってきた記録などです。

まあ、めちゃめちゃになるでしょうね。こんな男女を女子の大会に参加させるようになるならです。差別だのなんだのいってです。

大丈夫ですか。どんどん神の心に反することをしていっていますが、そうするとこうなるのです。絶対にもめてうまくいかなくなるのです。そうして多くの争いも始まる。(それに動物たちも参戦してくる)

その通りのことが次々に起きてきています。よいのですか。正しい神の心が書かれているこの正法神理をいつまでも無視していてです。

そんな神の心を無視しているから、こういうことにもなっているからです。

そういえば今回のパリオリンピックで、その神のことを「こんなタイミングで神様にいじわるされるとは……」などとインタビューで答えていた女子選手がいましたが(しかも日本の選手で)本当に恐ろしいことをいいます。

同じ神のことをいうなら、感謝の言葉を述べればいいものをです。

それなのに神という言葉を出して、その神にいじわるされた? 別に神はなんのいじわるもされてはいないのにです。

単に自分が練習のしすぎで腕を痛めただけなのにです。それなのに、それを神のせいにして自分はなんの反省もしないなど、これほどの神への冒涜もありません。もうあの選手はこの後は選手をやれないでしょう。あんなことを(どういうつもりか知りませんが)公(おおやけ)の場でいってしまってはです。

これからはその腕が痛んで、選手生命は終わりでしょう。それどころか、一生苦しむことになるのです。その痛む腕が災いしてです。

絶対にいってはいけないことを平気でいってしまっているからです。多くの人がきくであろう、公の場でです。

そんな皆の前で神にいじわるされたなどといったらです。それを信じて神がこの選手にいじわるをしたんだと思う人も出てきます。だから絶対にいってはならないのです。神に対するマイナスの言葉など私たちはです。

神はすべて善であり、愛と慈悲の塊なのであり、そんな神が人間に対していじわるなどするはずがないからです。

神は常に私たち人間に、愛と慈悲を与えてくださっているのであり(この〔大宇宙はもちろん〕地球をはじめとした地球上に存在するすべての物〔空気、水、太陽の光などすべての人間が生きていくための〕これは神が存在しなければ存在しえないものばかりなのです。一つとして人間はこのようなものをつくれないのです。神はこのようなものすべてを私たち人間にただで与えてくださっているのです)神がこのような愛を、私たちに与えてくださらなければ私たちは一秒とて生きられないのです。

否、存在すら出来ないのです。私たち人間は神の存在なくしてです。

それほどの愛を与えてくださっている神が人間にいじわるをする。

もし、本当にそんなことをされたのなら人間などやっていられないのです。一瞬で消えるのです。私たちはです。それほど私たち人間は神からしたら小さな存在でしかないからです。(大宇宙から見たら地球に住む私たち人間など、どれだけ小さな存在でしょう。ちりやほこり、それよりも小さな存在なのです)

だから絶対にいってはならないのです。神への悪口はです。少しでもいうなら、その悪口は自分にまともに返ってくるからです。しかし、それを公の場で堂々という。

こういうこともあるから私は一刻も早く神理を世に伝えないといけないといっているのです。

こんなことを公の場でいうなら、それをいった人はもう一生、浮かばれないからです。もうこの後は決していいことは起きてはこないからです。それだけ恐ろしいことをしているということです。神への悪口はです。

だから神理を一刻も早く世に伝えないといけないというのです。こういう恐ろしことを平気でいってどんどん不幸になっていく、そういう人も出てくるからです。神のことをあまりに知らずにいるとです。

神理をよくきき従うなら幸せになります。だから昔の人たちは誰もそうしたのです。神理が出ている時は、喜んでそれに従ったのです。それほど幸せになる方法もないからです。

しかし、現代の人たちは、それが分かっているのに、神理が出ているともう知っている人も多いのに、平気で神理を無視しているのです。

だから起きるのです。これだけの不幸もです。

まだ分かりませんか。神の有難さが、そうして神理の有難さがです。

しかし、それが分からない限り、不幸は増えはしても決して減ることはないということを知ってください。

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