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8月 20 2024

正しい選民思想

10:11 AM ブログ

昨日も夜まで出ていたのにね。

それもあって今日は朝からお怒りという部分はあるんでしょうが、しかし、もうやめた方がいい。そんな怒りに任せたくだらないことを朝からしているのであればです。

また今日もどれだけ(天罰が)くだるかしれないからです。

もう素直に頭を下げてはどうでしょう。いつまでも無理してそんな恐ろしいことをし続けているのではなくです。もはや怖いのは誰だって分かるからです。周りに次々に病気になる人が出て恐ろしくないはずがないからです。

それに対して怒っているだけ。

そんな愚かな態度を取り続けている人たちは現代の人たちだけです。自分たちのこれまでの行いをよく考えてください。あなたたちが先に嫌がらせを(神理のじゃまを)してきたのです。

それでそのようなことが起きだしたのです。決して私が先に、お前らが気に食わないと、お前らがいるだけで面白くないので、それで祈って、そのようなことが起きだしたわけではありません。

何度でもいいますが、あなたたちが散々私に嫌がらせをしたのです。それでそういうことが起きてきたのです。

では、あなたたちの方が頭を下げないといけないのではないのですか。それが筋であるからです。

無理が通れば道理が引っ込むなどということは、神理の前では通用しないからです。

だから私はもう頭を下げて布施しなさいといっているのです。間違ったことをしているのはそちらの方であるからです。

どちらにせよ、間違った態度をし続けている間は天罰はくだり続けます。あなたたち(どこかの会社)だけではなく誰に対してもです。

神理を見ているのなら感謝されませんか。そうすることが正しい態度であるからです。正しい態度を取るなら、災いも止まり奇跡も起きてくるからです。

そうしてこちらもです。いい加減正しい態度を取ってほしいものです。

まず、やめませんか。イスラエルのパレスチナの人々に対する攻撃をです。

ガザではいまだイスラエル軍の無差別攻撃が続き、すでに死者が4万人を超えているとのこと。(分かっている人たちだけで)いつまでそんなジェノサイドをし続けるつもりですか。

それでイスラエルの首相がハマスとの停戦案の受け入れを支持したって、それがそのまま通るわけないでしょう。なぜ、パレスチナの人々への攻撃をやめないのですか?

それをまずやめてから、それから停戦案を話し合わないと進むわけがありません。一方でジェノサイドを続けながら、もう一方で停戦案など話し合われても、それでは大量虐殺を行い続けている殺人犯と話しているようなものであるからです。

イスラエルはハマスと戦っているわけではなく、大方はなんの武器も持たない、パレスチナの一般市民の人々を虐殺しているだけであるからです。

それでもう世界中から非難を浴びているというのに、では、まずその虐殺行為をやめてから話をしないと進まないでしょう。どんな話もです。

何度でもいいますが、泥棒が泥棒を続けながら、もう泥棒などやめますといくらいったところで、誰もそんなこと信じないからです。それは詐欺師が詐欺を行っていることと同じであるからです。

だから、まず、ジェノサイドをやめろと世界中の国々がいわないといけない、それでもやめないならやめさせる努力をしないといけない(もちろん平和な方法で。どうなったんですかね。兵糧攻めはです。アメリカが武器をイスラエルに渡さなければそれで停戦出来るのに、アメリカはそれをしない。だから他の国でやってもらうしかないのですが……)それでもだめなら、皆で神に祈らないといけない。

そこまで多くの人たちが行うのであれば必ず神は力を貸してくださるからです。その祈りをきいてくださるからです。

そのような自分たちで出来る努力はすべてして、そうして神に(正しく)祈るのであればです。

そういう出来る努力をし続け、祈っている人たちもいることでしょう。(私もその一人ですが)そうであるなら、必ずイスラエルは(そのようなひどい争いの原因をつくっている人たちは)ひどい天罰を受けることになります。

私たちは神を信じ自分の出来ることをして後は祈りましょう。そうすればこの問題は調和と安らぎのうちに話がついていくであろうからです。少々時間はかかってもです。

そのようなことをし続けられる人こそ本当の選民であるからです。

それを教えてあげましょう。生まれで選民が決まるのではなく、選民はこの世の行いで決まるのであるということを、生まれで選民が決まっているなどと勝手な勘違いをしている、そんな哀れな人たちにです。

選民であるはずなのになんの奇跡も現れない、そうして心には怒りと憎しみしかない、そんな愛と慈悲の塊である神の心とはかけ離れた、自分だけ選民思想がひどい哀れな勘違いをした人たちにです。(選民は最初から決まっているのではなく、途中で選ばれるのです。その人の今生の行い次第でです。人種も能力も関係ありません。その人が今生、どれだけ神の心に沿う行いが出来たのか、それだけなのです)

私たちは愛と慈悲の心で、やるべきことを行っていけばいいのです。それが実践出来た人こそ、本当に神に選ばれた選民であるからです。

神はそのような人たちの上にあります。

大きな心で、私たちは勘違いな選民思想を持ち続けている哀れな人々を導いてまいりましょう。正しい方向にです。

そのようなことが出来ている人たちに奇跡は起きてくるからです。

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