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11月 01 2024

間違いを正す

10:22 AM ブログ

昨日も次々に出ていたようですが今日もずいぶん引きながらお怒りのようです。どこかの会社はです。

もう早く布施した方がいいと思うんですが、だから昨日嫌がらせをしていた人たちも驚いているんではないですか。今頃はです。そのようにすぐに出るからです。天罰がです。

昨日は珍しくやたら怒っているところもありましたが(最近は引いているところが多いので)間違ったことをするなら、そのような天罰が即くだるのが、この正法神理です。

分かりやすくていいでしょう。これだけ分かりやすい教えは他にはないからです。

そんな稀有な教えとあなたたちは巡り合ったのです。感謝して帰依されませんか。

そうすれば本当に救われていくからです。

それにしても総理を続けたいがためだけに国民民主と手を組みますか。とりあえずはよいと思いますよ。国民民主党は経済政策はいいので、そこの部分だけ手を組み、そうして例の103万円の壁ですか。

そんなものさっさと取っ払って手取りを増やすのはです。そうして、その恩恵のない人たちにはしっかり給付もしてもらわなければいけませんので、そこまで決めてもらえるのはです。(今度は二十万円ほどいただけないでしょうか。そんな十万円ばかりではなくです。その程度では全然足りないからです。私のような貧乏な年金生活者はです。そのような〔十万円では全然足りない〕年金生活者は他にもたくさんいるからです)

その財源はどうするだの、七兆円の税収がなくなるだののくだらない議論はもうやめましょう。そんなのどっちみち国債であるからです。財源は最初から国債しかないからです。

国債は将来世代のつけだのなんだの、もうそういう嘘には騙されないよう願います。逆に、そのような(よい)経済政策を行わないことこそ、将来世代のつけになるからです。

日本経済が退廃していくなら、もう日本の将来などなくなるからです。

それに国債は別に借金(純粋な)ではありませんし、もうその説明は何度もしていますのでここではしませんが、だから、そこまではしっかり決めてもらい(補正予算を100兆円とか本予算並みに決められてです。〔苦笑〕というか、本予算が100兆円クラスでは少なすぎるのです。今の日本にはです。30年もGDPが上がっていないのになぜそれが分からない)それできっぱりやめられたらどうでしょう。総理をです。

そうすれば石破総理は短命ではあったが、最後によい仕事をされたと後世まで伝えられるはずであるからです。その功績をです。(長年いわれていた103万円の壁を打ち破るなんて凄いことですから。ほぼほぼ国民民主党の手柄とはいえです。〔苦笑〕)

そうしないと、このまま(無理やり)続けられてもどちらにしても手詰まりになり、あとあと無理やりやめさせられるということにもなりかねません。いくら総理は総理自身がやめるといわない限り続けることが出来たとしてもです。

それで参院選まで続けられ(来年七月)そこでまた自民が大負けなどするならもう取り返しがつかなくなるのです。そうなったらさすがに続けられないでしょう。二連敗どころか、二大連敗などしたらです。(二回続けて大負け)

そんな総理はこれまで存在しないからです。(だいたい、大負けしたならみな総理をやめるので)

それだと怨嗟(えんさ)の声は(自民党内だけでも)ものすごいものになります。そうなったら自民党にさえいずらくなりますよ、そこまで見苦しく総理にしがみついた人などいないからです。過去の自民党の歴史ではです。(他党は知りませんが)

「終わりよければすべてよし」という言葉もあります。最後によい仕事をされ、きっぱりやめられる、それを願ってやみません。

あの二刀流の選手のチームが大リーグのワールドシリーズで優勝しましたね。大リーグってシーズン以外で何試合やるのか多すぎてよく分かりませんが、それはともかく移籍早々のワールドシリーズ制覇です。

自身の成績も過去最高であったようですし(とういか大リーグ史上初の偉業も達成したようですし。50ー50の)最高の伴侶もいただいて、最高の成績も上げ(そのような成績を上げたのは嫁さんの力もあるといわれますが、それはたしかにあるでしょうね)最高の年となりましたよね。今年はこの選手にとってはです。

といいたいところなんですが、しかし、本当にそうなんでしょうか? 本当に最高の年となったんでしょうか、今年はこの選手にとってです。

だって、通訳に年俸をばくち代に使われているのが分かったのは今年でしたよね。(それで通訳逮捕)そしてせっかくマイホームを買ったのにその場所を多くの人にばらされて、それを売ってしまったのも今年、そうして最後にはワールドシリーズでのけがです。(脱臼)

この二刀流の選手、野球の試合だけに限ればよい年だったのかもしれませんが(それでも最後に亜脱臼)私生活では決してよい年ではなかったんではないですか。今年はです。野球以外のことを見るなら、むしろ悪い年ではなかったかと、そう私には思えるのですがいかがでしょうか?

それともこれほどの大選手になれば野球の成績がすべてであり、それがよければすべてよし(先ほどの終わりよければすべてよしではありませんが)ということになるのでしょうか。

そうはならないでしょうね。いくらなんでもです。ばくちの金を肩代わりされ(それも知らない間に勝手に)せっかく買った家を売る羽目にもなり、最後は野球で脱臼までして、その年はよい年であったなど思う人はまずいないと思うからです。

またどこかの会社はなにか起きたみたいです。(急に怒り出し〔物をたたきつけて〕急に引いてしまいました)

なんでこんな不幸が起きるのですか? それは自分たちの考えのどこかに間違いがあるからです。

その間違いを正すのがこの正法神理なのです。

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