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1月 19 2025

年寄りの声

11:02 AM ブログ

今日は日曜日です。なら今日くらいは静かに書けますか。このブログもです。(苦笑)

などと思っていても、またバシバシバシバシやる人とか、どこからかでかい音が響いてきたりするんですよね。日曜日は日曜日でです。

前回も書きましたが、本当に自覚がない人が多くて困ります。神理に対する感謝の自覚のない人が多くてです。

こんな有難い教えは他にないのにね。それなのに、それを読んでいるにもかかわらず感謝どころか、嫌がらせ。こんなに次々に現象が現れてくる教えもないのに、その現象に対して怒っている。

なにをいっても、なにを書いても、それがどうしたと、感謝しないくせに、では、その証明をと、様々な現象を起こせば、今度はその現象に対して怒る。それではなにも起きなければいいのかといえば、なにも起きなきゃ見向きもしない。

じゃあ、どうやって神の心を伝えればいいのかという話にもなります。その神の心を伝えなければ世は滅ぶというのにです。このように伝えていても、それでも世は滅びかけているのにです。(核戦争など起きそうで)

本当にそういう自覚が全然ありません。まあ、子供や若い者たちはともかく、いい年をした年寄りまで神理の大事さが分からないというのでは、呆れるどころか情けなくて涙が出ます。

せめて(この世の経験も豊富で老い先短い)年寄りくらいは理解してほしいものです。この正法神理の大切さをです。

昨日もそんな神理の大切さを理解出来ないダメダメな年寄りが何人もいました。どちらかといえば年寄りの方が私に嫌がらせをしてくる確率が高いようです。なにが気に食わないのか知りませんが(まあ、これまでの信仰を否定するということはあるにせよです。しかし、そんな間違っているものを正しいとはいえないでしょう)理解してほしいものです。神理の正しさはです。

私はあなたたちを救う者なんですが本当に残念です。そんな正しいことを見ることが出来ない明き(あき)めくらのような年寄りが多くてです。

しかし、年寄りは本当に危ない。もう天がそんな年寄りをボンボン引き上げてしまっているようであるからです。

だって、この近所はもちろん(前のアパートも急死した爺さん婆さんがいますが)あちこちで私に嫌がらせをしていた年寄りの家がずいぶん空き家になっているからです。

引っ越しなどあまりしないでしょう。年寄りの人はです。なら亡くなったんではないですか。その家に住んでいた年寄りがです。だから空き家になった。そこに住む一人暮らしの老人が亡くなったからです。

まあ、その人は寿命で亡くなったのかもしれませんが、そういう家がこの辺りにはいくつもあります。私に対していじわる爺さん、婆さんだった人の家が空き家になってしまったという、そのような家はです。

どちらにしても、もうこの世の使命も(修行も)少なくなった年寄りが、神理を説いている私に嫌がらせなどしていたら『お前はその年にまでなってなにをしているのか』ということで天が引きあげてしまうという話はよくあることです。(皆さん方が理解しないだけで)

神理をきいているのなら感謝しませんか、特に年寄りはです。そうしないとせっかく長い寿命をいただいていたとしても(それこそ100歳くらいまでの)途中で亡くなるということもあるからです。

そうならないよう神理には感謝しましょう。神理に感謝するなら、少なくとも自分が神からいただいている寿命までは確実に生きることが出来るからです。

しかし、こんな日本ではもうそんな長生きもしたくありませんか。長く生きても貧乏な生活しか出来なければ、地獄にいるのと同じであるからです。それでは生き地獄であるからです。

だから前回も書きましたが、財源は無限にあるので(いくらでも発行できる国債が)年寄りを(年金生活者は)無税にしろと、そういっているのです。

そうすれば年寄りも、そんな生き地獄のような生活をしなくてすむからです。今のようになんとか平和が保たれ、苦しいながらも生活が出来るのは、そんな年金をもらっている年寄りが働いて(働かないと年金はもらえませんから。生活保護とは違いますから)今のような日本をつくってきたからです。その恩には報いないといけないのです。

そのような恩を忘れず報いるのであれば、この後、日本は大いに救われていくことでしょう。その報いた恩は必ず返ってくるからです。

だから年金生活者は無税というのもなかなかやりにくいでしょうから、年金を今の二倍にするのです。それなら簡単に出来るからです。そうすれば、これまで生活を切り詰めてきた年寄りも自然と普通の生活が出来るようになり、当然これまで切り詰めてきたものが普通に買えるのなら、その分、消費は活発化します。

今は高齢化社会です。年寄りの消費が増えるなら、どれだけ消費が増えるかしれないのです。年寄りは金をもらっても、消費に回さず貯金をしてしまう、などといいう話はもう昔の話だからです。それこそバブルの時代くらいのです。

あの頃は皆が貯金があって、その貯金だけで生活出来る人もいました。(金利が8%くらいの時もありましたので)そういう時はたしかに年金が増えてもすぐには使わない、という年寄りも多かったんでしょうが、今は時代が違います。

一部そのような金持ちもいるのでしょうが(だから、そういう一部の金持ちを基準にはしないでください)もう大部分はお金がなくてきゅうきゅうとしているのです。そういう年寄りが多いのです。

そういう人たちが年金が倍になったらどうなるのでしょう。先ほども書きましたが、当然まず生活を普通に戻します。

別に贅沢をするわけではないのです。今まで節約していたものを普通にするだけなのです。それだけでも金はかかります。だから、そうするだけでもう消費がずいぶん増えるということです。節約していたものを普通に買うならです。

そうして、それで生活に少しでも余裕が出来るのなら、年寄りだってほしいものは買いたいだろうし、今の年寄りは元気な人が多いのです。

なら、旅行に行く人も増えるのではないですか。それで年寄りの消費が活発化するなら、それだけ日本の景気はよくなっていきます。何度もいいますが、日本は高齢化社会です。

それが大いにプラスに働くということです。今の景気低迷の日本にはです。

それに年金が増えるということになるなら、いま働いている若い人たちも助かるんではないですか。それは後々、自分がもらえる年金も増えるということになるからです。

今の若い人たちは将来年金がもらえるかどうか分からない。たとえもらえたとしても今よりは少なくなると、そう思っているから、年金など払えるかと、年金を払う気もなくなるのです。いま自分たちが引かれている年金は、みな年寄りの年金に回り、自分たちの年金になるわけではないと、そう思って(思わされて)いるからです。

しかし、実際は違うのです。そのような年金の財源は全部国債であるからです。だから今のような日本が続いていくなら、絶対に年金がもらえなくなるということはないのです。

しかし、今のような日本が維持出来なくなれば、その年金は本当にもらえなくなるのです。今のように財源論を盾にこんな緊縮財政など続け、どんどん日本が貧困化してしまうようならです。その国民の多くの貧困がこの日本をつぶしてしまうからです。

だから積極財政が日本を破綻させるわけではないのです。今のような緊縮財政を続けていくなら、日本が破綻してしまうということです。貧困化が過ぎてです。

だから富ませないといけないのです。日本をです。そうしないと逆に日本がつぶれてしまうからです。こうも貧困化が進んでいってはです。

その日本を富ませるためにはまず日本にたくさんいる年寄りを富ませることです。そのたくさんいる年寄りにもっと金が回るなら、その年寄りは大いに金を使うからです。今は金を使いたくても使えない、そんな年寄りがほとんどだからです。

だから金持ちの年寄りはほっとけばいいのです。そんな年寄りはほんの一部であり、そんな年寄りは少々金が増えようが減ろうが関係ないからです。しかし、大部分いる金に苦しい年寄りたちはもう金を使いたくて仕方ないのです。(もちろん私もその一人ですが)

しかし、使える金がない。そういうたくさんいる貧乏な年寄りたちに金を配るなら、一気にその金は使われます。

そうなるなら、それだけでもずいぶん日本の景気はよくなるということです。理解してくれるまでいいますが、年寄りは金をもっと使いたくても使えない、そういう年寄りが今の日本には相当数いるはずだからです。それだけ今の日本の貧困化はひどいからです。

それが出来なきゃ仕方ありませんが、それは出来ることなのです。しかも簡単にです。通貨発行権がある日本政府が年金の財源である国債をもっと増やすだけで、それで終わりであるからです。

あとは手間もなにもかかりません。いま配っている年金の金額をただ二倍にするだけであるからです。

それで国内消費が一気に増えてくる。これほど簡単な景気回復術もないのではないでしょうか。金を使いたくても使えない。そんな年寄りなど今の日本にはごまんといるからです。

自分たちが働ける者たちはいいのです。そういう人たちは働いてまだなんとか出来るからです。しかし、働こうにも働けない人たちもいるのです。80~90の年寄りなどこんな物価が上がり、増税など続けられたらどうなるのですか?

そういう人たちのことも考えないといけないのです。働けず年金暮らし。そんな年寄りのこともです。

しかし、そんなことなど考えないのが今の日本の人たちです。

だからいっているのです。年寄りは神理に感謝しないといけないとです。この神理に感謝し、そうして祈るなら(祈りくらいは誰でも出来ますから。たとえ身体が不自由な年寄りであってもです)そういう苦しい声は届くからです。多くの人にです。

その声を神が多くの人に届けてくださるからです。そうして、その苦しみがなくなるよう導いてもくださるからです。

分かりますか。私にいじわるしてくる年寄りの皆さん。この正法神理がいかに大事であるのかがです。

あなたたちの声をきき、そうしてそれを多くの人に届けてくれるのは、この正法神理しかないということを知ってください。

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