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1月 30 2025

正しい祈りと視野

10:08 AM ブログ

あの埼玉県の道路陥没事故は大変なことになっているようですね。

道路の陥没が拡大し、中に水や土砂が流れ込んで近くにガス管まであって救助が難航を極めているとか。

だから神に祈ってからした方がいいと私はいっているのです。

前回も書いた通り、神に祈ってから救助作業を行うならこんなことにはならなかったのです。また、結果的にこうなったとしても、それは救助者が助かった後にこういうひどい結果になったと、そういう時間差で救われるということも起きてくるのです。

しかし、ただひどい事故が起きたからと救助に向かっても、現場の惨状があまりにひどければ(あるいはそこの霊域があまりに悪ければ)こういうことにもなってしまうのです。悪いことに悪いことが重なるというこういう状況にもです。

だから、全然違うんですけどね。こういう時に神に祈ってからするのと、それをしないでするのとではです。

だから今からでも遅くないので神に祈ってからするといいでしょう。そうすればこの後は今のように悪いことが重なるようなこともなく、うまく救助も出来て、それをしている人たちがけがなどすこともなくおさまっていくからです。この陥没事故もです。

あの現場で救助をしている人たちが(または埼玉県の人たちでもいいのですが)このブログを読むかどうかは分かりませんが、その神への祈り方をここに書いてきます。

まず、あの事故現場の状況を心に描いて「神よ、あの事故現場に光をお与えください、調和と安らぎをお与えください」と祈ります。

そして、あの事故現場に天から神の光が強烈に降りているところを心にアリアリと描きます。そうして「神よ、この事故現場の救助と作業が調和と安らぎのうちに進んでまいりますようお導きください。この事故現場に光をお与えください。調和と安らぎをお与えください」と祈って、この事故現場の救助と作業が何事もなくトントン拍子に進んでいくことを心に描いて、しばらくそのまま祈り続けてください。

そうして、その作業がうまく終わって皆が喜んでいるところを心にアリアリと描いて「神よ、調和と安らぎのうちにこの仕事を正しく終わらせてくださり、ありがとうございます。ありがとうございます」と祈って、あとは神にお礼をいって(神よ、ありがとうございました。ありがとうございました)この祈りを終えてください。

だいたいで結構ですので、このような祈りをしてからするのと、なにもしないでするのとでは雲泥の差があります。誰でも結構ですので、その事故現場の近くの方はこういう(神理の)祈りされるといいでしょう。

そうしないと最悪の結果が現れてもいけないからです。(ガス爆発)しかし、こういう祈りをあの事故現場の近くの人たちが出来るなら、そんな最悪のことも起きずに、救助も、その後の処理も、早く終わっていくであろうからです。

どちらにしても、あの事故処理が長引けば長引くだけ、あの周辺の人たちも困ります。水や電気が止まってしまったり、排水も出来ないような状況ではです。それに最悪のことが(ガス爆発など)起きれば大きな被害が出ます。

だから、どちらにしてもした方がいいのです。神への正しい祈りはです。そうした方が奇跡が起きるからです。

こちらから祈ってもいいのですが、しかし、地元の人たちが祈った方がその祈りはよりきかれます。それにこちらから祈っても、こう周りに神理に反発している人が多くては、その祈りもどこまできかれるか分かりません。(その反発の念にじゃまされて)

そちらの人たちが祈った方がいいでしょう。その方が天に届くからです。そんな正しい祈りはです。

そちらの誰かが祈ってくださることを願ってやみません。誰かが正しい祈りをするのなら、こうも悪いことが重なることもなくなるはずだからです。

こういう時にも神理があるのとないのとではえらい違いだと思うんですが、だから、正しい神の教えなど別にあってもなくてもいいと、このブログを読んでいる人の中にはそう思っている人も多いと思うんですが(それか、こんな教えなどない方がいいと思っている人も多いんでしょうか。特にこの辺りの人たちなどです。だったら最悪です)全然違うのです。

こういう問題だけではなく、本当の神の教えがないと世の中は調和しないからです。

だからこれまで調和しなかったでしょう。最近はトランプ大統領が出てこられたので多少は静まりましたが、その前までは第三次世界大戦や核戦争まで本気で心配されていたのです。

神理が(本当の神の教えが)広がっていないからこうなるのです。神理が広がっているのならこうはならないのです。神理が広がっているのなら、そうなる前に様々な神の導きがあって、そこまでひどくはならないよう世界全体が導かれていくからです。

第三次世界大戦や核戦争など絶対に起きないようにです。

しかし、そういうことはなにも考えず、ただ目の前のことを理解しているだけ(目の前で起きていることを騒いでいるだけ…昨日も夜まで大変そうでした。あの会社はです)ではあまりに考えが狭いのです。

もう少し視野を大きくしませんか。そうしないとこの世に出てきた意味もないからです。

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