1月 31 2025
神理を無視する罪
また朝から怒りたくっているのがいますね。ほんと哀れです。
そういう哀れな人たちが昨日もたくさんいました。特に市バスの運転士などどうにかならないんですかね。もうブシュブシュブシュブシュやたらうるさい。さぞこの連中もたくさん降りていることでしょう。天罰がです。
だってこの連中も、そんな哀れなどこかの会社同様、もう十五年近く私にこんなことをし続けているんじゃないですか。一番最初にブシュブシュやってきたのはこの連中でしたからね。その後にトラック連中がそれを始めた。
それからでしょう。この辺りにどんどん天罰がくだり始めたのはです。その前まで、そんなことは起きてはいなかったはずであるからです。
しかし、それからこの辺りは天罰が降りっぱなし。にもかかわらず、まだ分からない。自分たちが悪いとです。これだけ(十五年間も)一方的に災いが現れているというのにです。
しかし、私には奇跡しか起きない。私が正しいから奇跡が起きる、そうして嫌がらせなどしている方が間違っているから災いが起きる。これは未来永劫変わらない事実であるのです。
今はそうだが、百年たったら災いが起きている方が正しくて、奇跡が起きている方が間違いになった、などということはありません。二千年も三千年も前の時代のキリストや釈尊、あるいはモーゼという方々が、永遠に正しいといわれていることでもそのような事実は分かるはずです。
災いが起きている方が間違っているのです。
なら、そちらが反省しないといけないのではないですか。いつまでもべそなどかいていないでです。
ほんといま騒いでいるどこかの会社のバカ。(多分あいつでしょうが)本当にべそをかいているようです。ガンガンガンガンなどと子供のように騒いでいるからです。
ほんとそんな子供ばかりを相手にしているようでこちらも大変なんですが、私のいっている(正しい)ことがまだ分かりませんか。
それが分からずギャーギャー騒いでまだ嫌がらせなどしてくる者は本当に子供なのです。心がです。そうしてこれは私が正しいと、もうこれだけそんなことが起きているんだから、こちらが変わらないといけないと、そう思える人は大人なのです。心がです。
私は肉体のことをいっているのではなく心のことをいっているのです。
だからそんな大人の人はです。(心のレベルが高い人はです)早くそれをした方がいい、一刻も早く神理に感謝した方がです。もはやそんな神の怒りは凄い勢いで天罰をくだしはじめたようであるからです。
あまりに多くの人たちがいつまでも神理に逆らい無視しているからです。それほどの罪はありません。だから、これほどの天罰もくだるのです。この辺りはです。
いい加減、その罪の重さが分かりませんか。これだけ天罰が降りていてです。(この辺りはこんなどこかの会社のようなところがたくさんありますから。さきほどの市バスの運転手たちもそうですが)それほど重いのです。神理を無視する罪とはです。
だから、分からない人たちは仕方ありませんが、それが分かる人たちは感謝されませんか。神理にはです。神理に感謝するなら、それほどの悪いことは起きないからです。感謝すればするだけよいことが起きてくるからです。
まあ、こんな感じでとにかく周りに凄いことが起きています。次から次へとです。
とにかくここで座ってブログを書いているだけでも、こんなどこかの会社だけでなく、家の前を歩いていく人はゴホゴホガハガハやっていく、走っていくトラックでブシュとやっていくのはいる、そうして挙句は郵便局員まで怒っている。
やたら怒ってハガキを入れてくるのもいれば、家の前で何度もバイクに積んでいる荷台のふたを開けたり閉めたり、開けたり閉めたりでかい音を立ててしている者はいる、そうしてやはりゴホゴホガハガハしてくるのはいる、この連中も、そんなことばかりしてきます。
それで次々に天罰がくだる。すると会社のお仲間連中がそれに怒って、またそんなことをしてくる、するとまた起きる、その繰り返しです。
どれだけ起きても(天罰がくだってもくだっても)それでも嫌がらせをしてくる。それをもう十五年も続けているのです。(ほんとご立派。それだけ進まないのもです)
神理が出現していると分かっていながら、それほど逆らっている人たちなどこれまでいないのです。そうして、それだけ神理を無視する不幸は自分たちだけではなく、それだけ世界の多くの人たちをも不幸にしているということにもなるのです。
それがまだ分からない。だからそれほどの天罰もくだるのです。神理を伝えない不幸はもう計り知れないからです。
だから十五年前に私がこの正法神理を説き始めた頃から、それを素直にきき、よく勉強して日本はもとより世界に神理を伝えてくれる人がたくさん出てきていたのなら、今のような世界にはなっていなかったのです。
日本の天変地変がおさまるのは当然として、たくさんの奇跡も現れ、そんな日本に起きている奇跡が世界に伝播して、世界の多くの人々が神理を知って、今とはまったく違った世界が出現していたのです。(こんな核戦争を心配しなければならない、そんな世界にはならなかったのです)
少なくとも、十五年前からしっかり神理を理解し行われる人が一人でも二人でも出てきて、そういう人が少しづつでも増えていっていたのならです。
絶対に今のようにはなっていなかった。日本も世界もです。
神理の効果は、こちらの人たちを見ても分かりますが、絶大であるからです。そこに私のような人が出てくるなら、その人一人で、そこに大きな奇跡が現れてくるからです。
そういう人になりませんか。キリストやモーゼ、そうして釈尊のような方であったと、後の人たちにいわれるような、そんな人にです。
神理をよく実践するならなれるのです。そのような人にもです。(なかなか釈尊やキリストといわれるまでにはなれませんが、その弟子たちのような人くらいにはなれます)
そういう人たちがあちこちから一人でも二人でも出てくるなら、それだけで世の中は変わっていきます。それも大きくです。今のように怒り、争い、不幸、災い、など次々に現れてくる世界から、愛、調和、幸福、奇跡など次々に現れてくる世界にです。
現に私の周りにはそのようなことがあふれているからです。愛、調和、奇跡がです。(人間たちではなく動物たちにですけど。今はまだです)
こういうことまで考えが至るなら、神理を無視する罪。その罪の大きさ重さ深さが、本当によく分かるはずです。
だから、これほどのことが(不幸が)起きている。
今ほどの不幸が起きている意味をよく理解してください。



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