6月 11 2012
女のあり方③
同じく園頭先生のご著書「仏陀をめぐる女性たち」より抜粋します。
<釈迦を陥れる道具にされて殺されたスンダリー
釈尊とその教団の名声が高まるにつれて、それまでの既成のバラモン教団の修行者は自然とないがしろにされるようになった。
こういう時、バラモンの修行者たちは釈尊を怨まないで、自分たちの教義がどうであるかを反省しなければならないのであるが、心の出来ていない、心の狭い人達はどうしても自分を反省しないで、相手が悪いとすぐ相手を怨みたくなるものである。そうしてさらに心の狭い智慧の足りない人達は、こうした心の狭い修行者たちの煽動をすぐ信じるものである。
それらの修行者たちは集まって相談し、美しい女の修行者スンダリーを使って釈尊の評判を悪くすることを計画した。
スンダリーは、仲間のためならば生命を捨てても惜しくないといって、その役目を引き受けた。
事の善悪も考えずに、ただ仲間の間でいい顔ができればそれで満足するという、いわゆる単細胞といわれる人間がどこにもいるものである。スンダリーはそういう傾向の人間であった。
スンダリーは人目を引くようなけばけばしい派手な身なりをして夕方に祇園精舎に向かい、朝になると祇園精舎から出てきたように見せかけてサーバァッティの町に戻って行った。そうして会う人ごとに「祇園精舎でゴーダマの部屋に泊まってきた」といいふらした。
それから幾日か経って、スンダリーの噂がひろまった頃を見はからって、悪い修行者たちは殺し屋を雇ってスンダリーを殺し、祇園精舎の釈尊の部屋近くの溝にその死体を投げ込んだ。悪い修行者たちは「この頃スンダリーの姿が見えない」といって騒ぎ出し、国王のところにも訴え出た。
「どこか心当たりはないか」とたずねられると、
「最近はよく祇園精舎に行っていたようです」
と、答えた。
「それならその附近を探したらよかろう」
王の言葉に力を得て、仲間を連れてしばらく探しまわるような格好をして、スンダリーの死体を溝から引き出してサーバァッティの町へ戻ってきた。そうして国王にいった。
「ゴーダマの弟子たちが、師匠の非行を隠そうとして、スンダリーを殺して溝に捨てたに違いありません」
悪い修行者たちは国王の言葉に従って町の大通りを行進し、四辻のところに立って大声で人々に叫んだ。
「よく見てくれ、これがゴーダマのやつらの仕業である。恥知らず。嘘つき、堕落坊主、口ではうまいことをいって、善行だ、清廉潔白だ、嘘はつきませんといってるくせに、このありさまを見てくれ。これが宗教家のすることか。さんざん女をもて遊んでおいて、その揚句に女を殺すとは、なんということだ」
この噂がひろまると、サーバァッティの住民たちは釈尊を非難し、至るところでその弟子たちは罵られた。
弟子たちは祇園精舎に戻って、釈尊に報告した。釈尊は弟子たちに教えられた。
「もし、人々が罵ったらならば、次のように言い返してやるがよい。
『偽りをいう者は地獄に落ちる。自分でしておいて、自分でしないという者も同様である。どちらも死後には同じ運命に遇い、来世には卑しい者として生まれるであろう』」
釈尊は、またいわれた。
「そういう噂は永くは続かない。七日の間は続くであろうが、七日過ぎたら消えるであろう」
しかし、町中のこぞっての非難の声は全く耐え難いものであった。弟子の中にはこの町から引き揚げた方がよいという者もあった。しかし、釈尊は動こうとはされなかった。
パセナディ国王は、バラモンの修行者のいったことをうっかり信用してしまったことを後悔し始めていた。あのようなすばらしい法を説かれる釈尊とその弟子たちが、そのようなことをされる筈がないのではないのか。「他に犯人がいるかも知れない」と、そう考えて役人に捜査を命じた。
殺し屋たちは貰った金で酒を飲み、やがて仲間同士で喧嘩を始めた。
「スンダリーを叩き殺して溝に埋めた者はお前じゃないか」
これを耳にした役人は殺し屋一同を逮捕して国王の前に引き出した。
殺し屋たちは、バラモンの悪い修行者たちに頼まれてスンダリーを殺したことを自白した。バラモンの悪い修行者たちは国外に追放され、殺し屋たちは死刑にされた。
先のチンチャー事件があって、釈尊とその弟子たちの名声と尊敬が一層高まっているところに、このスンダリー事件があり、このことで尚一層名声と尊敬が高まることになった。>
悪い女の例を園頭先生のご著書より書いてみました。
このブログを見ている女性の方々は、ここに書いたような悪い妻、あるいは単細胞な女など一人もいないと思いますが(笑…笑ったら失礼ですね)世の中にはこんな女もいます、ゆめゆめこのような女にはならないようお気をつけください。(こんな女になれば地獄行きですからね)



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