6月 27 2012
心の段階
最近はずいぶん寒暖の差が激しいようで、それが原因で、夏カゼをひく人が急増しているそうですが、こうも気温や天気が極端ではそれも仕方がない話でしょう。
前回、心のレベルの話を少し書きましたが、なぜ世の中(どこかの政党はその典型ですが)人との意見がこんなにも合わないものか、と思うことがよくありますが、その原因はこの心のレベルにあるのです。
例えば、原発の件でもそうですが、ある人は脱原発を主張し、ある人は原発推進を主張します。
今回の大飯の原発再稼働の問題でもそうですが、原発は稼働してもしなくても危険度は変わらないはずなのに、再稼働を反対している人たちは、再稼働すれば危険だ、だから原発を稼働させるな、とヒステリックに騒ぐのです。
稼働させてもさせなくても危険度が同じなら、稼働させると危険だ、と稼働させることだけを一方的に騒ぐのはおかしい、と普通なら気づくはずですが、再稼働させるなとヒステリックに騒いでる人たちは、そのおかしさにまるで気づかないのです。
原発を稼働させて、また大地震でも起きて津波が来たらどうするのか、と騒ぎますが、それは原発を稼働していなくても(危険度は同じなのですから)事故が起きる時は起きるし、起きない時は起きないのです。事故が起きる起きないは、稼働しているしていないに関係なく、また、稼働させれば事故が起きた時に被害が大きくなる、ということでもないはずなのに、さも稼働すると事故が起きやすくなり、事故の被害も拡がるような言い方をして、そこだけ見て騒ぐのです。
なぜこうなるのか、ということですが、これは結局心のレベルに差があるからです。
心のレベルの低い人は、やはり視野も狭いし、高い位置から物事を冷静に見ることができません。(つまり、原発事故の被害のひどさ、その一点しか目に入らないのです)だから原発イコール原発事故としか見られないのです。
「原発は事故が起きると被害が甚大」そこしか理解できず、原発のメリットはまったく考えることができないのです。だから、ことごとく原発に反対するわけです。
ところが原発を推進している人は(中には私利私欲でそれを主張している人もいるでしょうから、そのような人たちは別にして)日本全体の現在、過去(これまで推進してきた原発の過程)未来を考えて、そうして原発事故のリスクも考え、そういっている人が多いのですから、ただ原発反対を主張している人とは、考える次元(広さ深さ)が違っているわけです。
これでは意見が合うわけありません。(考えるレベルがまるで違うのですから)
このような考えの広さ、深さで、その人の心のレベルは観ることができますし、また、意見が合う合わないは、そのような心のレベルの違いにあるわけです。
なぜ私が今回このようなことを書いたのか、ということですが、やはり現在私のブログを読んでいる人たちは、まだ、あまり心のレベルが高い人がいないようです。(これは地位や名誉や職業、有名無名は関係ありません。そのようなこの世の立場は、その立場を通して、自分の心を磨いてくると決めてきたから、そのような立場に今あるだけで、その立場と心のレベルとは全然関係ありません)
園頭先生からお聞きした話ですが、キリストが次のようなことを言われたそうです。
「愛のない者に法を伝えてはならない」
愛のない者とは、心のレベルがまだあまり高くない人を指しているのですが、そのような人に法を説いても、正しく法を理解しないばかりか、怒りの心までもってしまう、そうなってしまうと逆に法を聞くことが、その人にとってはマイナスになる、だから、そのような者に法を説いてはならない、とキリストは言われたのです。
このことを急に思い出したのですが(これも天の導きでしょう)そういえば、私の近所の人たちを見ると心当たりがありました。自分の気に食わない内容のブログを書かれると、私に嫌がらせをしてくる人がいるのです。(心当たりがある人いくらでもいるでしょう)そればかりではなく、妬みやひがみまで加わって嫌がらせしてくる人もいるのですから、このような人たちは、私のブログを見ること、すなわち法を知ることが明らかにマイナスになっているのです。
そのようなことを考えますと、嫌がらせはしなくても、このブログはいいことを書いていると思っている人でも、やはりまだ心の段階はあまり高くないと言わざるを得ません。
それは、これだけ私が協力してほしいと頼んでも誰も協力者が現れないということが、そのよい証拠でしょう。(結局、法の価値がまだ分からないのです。法の価値が分からないのですから、その法の流布に協力してほしい、といくら頼んでもされないわけです)
ここ二年ほどブログを書いて協力者を募りましたが、それがわずか四、五名の方しかご協力いただけませんでした。これは私の法の伝え方が悪いというよりも、やはり聞く方の側に問題がある、と言わざるを得ません。(私はブログを書いていただけではありません。多くの現象も現しました。それはここに書いたことが次々に起きた、ということで証明されるはずです。これだけの奇跡を現していて、なおその奇跡を現している者に誰も協力しないというのでは、これはもう、私のブログを見ている人の心のレベルが、低いからと言わざるを得ません。今起きていること、そしてこの法がどれだけ価値あるものなのか、心のレベルが低いので、その偉大さがよく理解できないのです)
このような人たちに、これ以上法を説いても、無駄になるばかりか法の価値まで下げてしまう、と天から言われました。(私のブログを見れば、ただでいつでも法を見ることができますからね、これでは法の価値が分からなくなります)
どうやら時が来たようです。進歩しようとしない人たちに、これ以上法を伝えてはならない、ということのようです。
従って次回のブログが最終回となります。あと一つだけ、皆さんに伝えておかなければならないことがありますので、それだけ書いて、このブログは終わりにしたいと思います。(今度は本当に終わりです。天がこれ以上書いてはいけないと言われているのですから)
これ以上法を伝えても、心が向上しない者たちには無駄かマイナスにしかならない、それが天には分かったので、これでもうよいという指令が出たのでしょう。
私はやるべきことはやったと思います。後は皆さんそれぞれでご判断ください、次回書く最後のブログは“予言”です。お楽しみに。



人目の訪問者です。
