>>ブログトップへ

6月 12 2025

神理と政治 心の大事さ

10:44 AM ブログ

今日も朝からあちこちお怒りのようです。頭を下げれば、それですむ話なのにです。

しかし、誰一人それはしようとしない。お前が悪いの一点張り。自分は一切悪くなくて悪いのは全部お前。ほんとあり得ない発想なんですが、それをずっと通しているところがこちらの皆さんの凄いところで、一人として謙虚に頭を下げようとはしない。

自分が悪うございましたと、いろいろ教えてくださりありがとうございますと、謙虚に布施する人もいない。

これでは止まりませんよね。どんどん出てくるわけです。天罰もです。

早く気づいてください。自分たちのすさまじいまでの傲慢ぶりをです。そうして分かるまでいいますが、あなたたちは神に逆らっているのです。(私の後ろにいるです)

平気で神に逆らっている人たちなど今生の人たちだけです。いつまで続けるのでしょう。そんな恐ろしいことをです。

いい加減気づいてください。自分たちのしていることの恐ろしさをです。

そんな態度はこれまで誰も取ったことがないからです。そんな、それだけの長い間、自分たちがどれだけ滅ぼされても、それでも天罰に(それはすなわち神に)逆らい続けるなどという、そんな恐ろしい態度はです。

しかし、こちらはずいぶん調子がいいですね。こちらも神に逆らっていることには変わりがないのにです。

どこかの球団が、苦手なはずの交流戦で同率とはいえ一位になっている。

えええ、一体どうなっているのでしょう。誰か心変わりする人でも出てきたのでしょうか?(するとソロソロしますか、誰か私に布施をです)

しかしまあ、そんな選手もいないでしょうね。こういうことはこれまでもありましたからね。交流戦、わりと調子がいい時もありました。しかし、その交流戦が終わると調子が悪くなり最後は定位置におさまってしまうのです。(安定の最下位とまではいいませんが、Bクラスに)不思議なことにです。

しかし、これで5連勝で昨日は14安打も打って8点も取った。普通であるなら、もうちょっとやそっとで調子を落とすことはなく、これからそこそこの戦いもしていけると思うんですが、このチームはこの後が怖いですからね。

これで一度負けると、そこから今度は連敗が始まります。(そろそろやばくないですか。〔苦笑〕)こちらもそういう話をして長いんですが、もう少し神を畏れて(信じて)神理に感謝の布施をされませんか。

そうすればそういうことも起きなくなるからです。その調子なら、後半戦も楽しみだからです。

もうこれほどの現象が現れているのです。いい加減信じ行いませんか。少しずつでも神理をです。そうすれば自分たちはもちろん、世界の人たちも救われるからです。

九州の雨はもう大丈夫なんですかね。

しかし、台風の影響もあるとかでまだ数日は油断出来ないんでしょう。しかし、その後も晴れれば晴れたで異常な暑さになるだろうし、雨が降ったら降ったで異常な雨になる。

どう考えがえてもおかしいでしょう。こんな極端な天気はです。(それも超極端)それを温暖化といって、それを二酸化炭素のせいにしていますが、しかし、その二酸化炭素を一番出しているのは海なのです。

地球上の60%以上の二酸化炭素は海から排出されていて、人間の出す二酸化炭素の排出量などわずか数%なのです。

なんでそんなわずかな人間が出す二酸化炭素が地球温暖化に影響を与えているのでしょう。その数%しか出していない二酸化炭素を減らせ、などとやっているんですから、いかに再生可能エネルギーの普及が無駄なことなのか、金儲けの一点の理由しかないのかはよく分かることなのですが、しかし、それが原因なのです。

このような温暖化はです。そうして気候変動はです。

二酸化炭素ではなく、そういう嘘をついてでも自分たちが儲ければいいという、そのような欲深な心がです。

そのような心が地球温暖化を促し、異常気象をもたらしているのです。そのような良心に反する間違った心は天気をも変えてしまうからです。そういう心の人が多ければ多いだけ天気も同じように間違うからです。

そのように出来ているのです。この世界はです。人の心と天気は(特別、天気だけではありませんが。周りに起きてくることは)連動しているからです。

私はそれを伝え続け、そのような証明もしています。いい加減理解してもらえないでしょうか。とりあえず、今の日本の異常現象を止められるのは、そのことを知っている、このブログを見ている人たちだけであるからです。

その人たちが、神理に口をつぐむなら、日本の異常気象は永遠に止まらないからです。

自分が動かないと変わらないのです。政治と同じようにです。政治は選挙の時に投票にいかないと変わりませんが、神理も同じなのです。

ボーっと読んでいるだけでは変わらないのです。読んで理解し行わないとです。

ここに嫌がらせはやめないといけないと書いてあるのなら、それをやめないといけないし、神理を読んだのなら感謝しないといけないと、感謝の布施は行わないといけないと、そう書いてあるのなら、それをしないといけない。

そうしないと変わらないからです。変わらないどころか、どんどん悪くなるのです。神理を見ている人たちが最低限のこともしないでいるとです。

だからそれは政治も同じでしょう。政治もただ見ているだけでは変わらないどころか、どんどん悪くなるのです。この三十年どんどん日本が貧困化しているのが、そのよい例ではありませんか。

それどころか、それで出生率もどんどん落ちて死ぬ人までどんどん増えている。

政治が劣化しているからです。日本の多くの人たちが(半分くらいの)政治にあまり興味を持たずほっておいたからです。

するとこうなる。どんどん悪くなる。すると自分たちも困るということです。政治は自分たちの生活に大いに関係しているからです。

それを勝手に、自分たちとは関係ない、自分一人が投票にいっても変わらないと判断して、ボーっと見ていた結果がこのようなことになっているのです。このような悲惨な結果にです。

それと同じで神理も自分たちとは関係ないと思ってこのブログを見ている人が多いのでしょう。

だからなにもしようとしない。自分と関係ないなら、別に自分がなにかする必要はないからです。暇つぶしにブログなど見ていればそれでいいからです。

しかし、神理に対しなにもしないとこうなる。このような悲惨な結果になる。関係ないことはないからです。大いに関係あるからです。人の生活と神理はです。

だから、これだけのことが起きている。人の心と人は切り離せないからです。心がない人などいないからです。(そういう人は死んでいますから)

その人とは切り離せない、人の心をよくするものが神理なんですから(政治は人の生活をよくするもの)これもまた必須であるのです。人にとって神理はです。

だから関係ないなどとやっていると、悪いことが起きてくる。神理くらい人に関係するものはないからです。神理がない(要は神の心を知らない)人ほど不幸になるからです。

だから、その通りの結果になっているのです。神理に反発するということは、その神理を知ろうとしないということであり、だから不幸になっている。神の心は知れば知るほど幸福になり、知らなければ知らないほど不幸になるからです。

だから、その通りの結果が出ていませんか。この神理に反発する部分が多い人ほど不幸になっていると、そのようにです。

まあ、このブログを見ている人の生活まではよく知りませんが、別に不幸になってもよいという人はいいのですが、しかし、それでは先ほどの政治のように、それをほっておくなら不幸はそこで止まらずもっとひどくなるのです。

それでは自分だけどころか、家族も周りも日本もです。

同じだからです。神理も政治もです。先ほども書きましたが、神理は人の心をよくするものであり、政治は人の生活をよくするものであるからです。

両方とも人からは切り離せないものであるからです。

政治をよくしないと人の生活はよくなってきませんし、神理を実践しないと(神理はいいも悪いもないからです。神理は最初からいいからです。神理は元々が神の心であるからです)人の心はよくなってきません。

心などどうでもよくて、生活がよくなればそれでいいと(要は金持ちになればそれでいいと)そう思う人もいるのかもしれませんが、どれだけお金があってもです。

怒りや苦しみで心がいっぱいであるなら金などいくらあっても楽しくはないでしょうし、自分が鬱(うつ)でもなるなら、そんな人生もやはり楽しくはないのです。

逆にお金はそれほどなくても、心が愛と安らぎで満たされ、幸福感がいっぱいであるなら、それほど楽しい人生もありません。

要は心なのです。その心が楽しいか楽しくないかで、自分の人生は決まるのです。自分が幸せであったかどうかはです。

そうではないのでしょうか。人というものはです。

まあ、自分は鬱でも幸せだという人は神理も必要ないのでしょうが、そのようなことを理解するなら神理くらい必要なものもないのではないでしょうか。私たちにとってです。

そのような必要なものの基準を一度よく考えてみてください。金なのか物なのか、それとも心であるのかをです。

それで本当に必要なものがなにかが分かれば、自分の人生も変わっていくからです。その人生を大きくよい方に転換させるのがこの正法神理であるからです。

神理を信じ行ってみませんか。しばらくでもいいからです。(別に一生しなくていけないものではありませんから。〔もちろん一生した方がいいのですが〕)一時でもすれば違いは分かるはずであるからです。

心が神に通じているなら、どれほどの愛と幸福感が得られるかしれません。

その神と本当に通じることが出来るのが、この正法神理であるのです。

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。