6月 19 2025
部分と全体 嘘と真実
今日も朝からお怒りですかぁ……と思ったら意外に静かですね。昨日の今日なので、さぞ怒っていることだろうと思っていましたがずいぶん静かです。
ということはあれですか。ついに滅びたということなんでしょうか。昨日は凄いキレようであったからです。
昨日など夕方くらいからもうキレまくっていましたからね。どこかのバカ会社はです。
相当出ていたようです。天罰がです。昨日は朝からうるさかったんでね。そりゃそうだろうとも思いましたが、しかし、天罰にキレている人たちは現代の人たちだけです。
そんな恐ろしい態度はいい加減反省して感謝の布施をしましょう。そこまでして(天罰まで降ろして)教えてくれる教えなど神理しかないからです。
そうしないと何度でもいいますが(本当のことなので)そんな天罰に逆らっていると死んだ後まで祟られるからです。地獄でです。
よくよくお考え下さい。
しかし、こちらも恐ろしいことが書いてありますね。「米、イラン攻撃検討」などと今日の中日新聞にです。
いやいやマジですか、これはいよいよ第三次世界大戦を覚悟しないといけませんか。テロもたくさん起きだすでしょうしね。
日本など原油まで止まってしまうかもしれず、おまけにアメリカがイランと戦争を始めるなら、またアメリカからどういう要求を突き付けられるかしれません。(金を出せか、自衛隊を出せか、どちらかはいわれるでしょう)
ここは早めにロシアと手打ちをして日ロ同盟など組んでおいた方がいいのではないでしょうか。
アメリカがイランを攻めれば、もはやアメリカは真っ二つに割れ(そもそもいまにもわれそうなのに)テロが頻発するようになるだろうからです。そんなことになれば日本にはいちいちかまっていられないであろうからです。
その間に日ロ同盟を締結してしまいましょう。その方が日本はよほど安心であるからです。様々な安全保障までです。ロシアは距離的にも近く(というか、隣の国だし)資源も豊富で日本にないものがたくさんあるからです。
それにプーチン大統領はトランプ大統領ほどではありません。(様々な意味で)世界ではもうアメリカよりロシアを支持する国の方が断然多いのです。
それはなぜか? ということです。
日本もいつまでも騙されていないで(ディープステートに)ここはいいチャンスなのです。(ディープステートに支配された)欧米から、それこそレジームチェンジするです。それが現政権に(自民党に)出来ないというなら、そこもレジームチェンジです。
そのような大きな過渡期がきているようであるからです。だから、ここでやり方を間違えるなら先はないということです。
しかし、このような時は神に祈らないといけない。
皆さん大いに神に祈りましょう。そうすれば神が正しく導いてくださるからです。神の導きに従い行っていくのであれば間違いないからです。
中東の方はもはや外野がなにをいってもきかないでしょう。あとは神に祈るしかいないのです。我々に出来ることはです。どうぞ一人でも多くの人が前回書いた神への祈りをしてくれることを願ってやみません。
そのような正しい祈りを多くの人がしてくれるなら、中東も神が正しく導いてくださるからです。
それを願いましょう。望外な結果をです。
しかし、中東もイスラエルがいては望外は望外でも妨害の方にしか転ばない気がしてなりませんね。イスラエルにディープステートとくっついている一部のユダヤの人々がいてはです。
そういう人たちがユダヤ教を曲げ、今のイスラエルをつくっているからです。今のように(実際は)世界中から嫌われているユダヤ教をです。
モーゼの十戒には「殺すなかれ」と書かれてあるんですから、その正反対のことをイスラエルの人たちはしているんですから、もはやそれはユダヤ教ではないと分かりそうなものですが、なんでそれをおかしな解釈をして無理やりユダヤ教としているんでしょう。
なにか、その十戒に「殺すなかれ」と書かれた部分を、それはユダヤ教徒に対していわれたもので、異教徒は殺してもかまわないんだなどという、でたらめな解釈をされている人たちもいますが、そんなことを神が(ヤハウェが)いわれるわけないでしょう。
そんな狭量なことをです。
人類みな神の子であるのですから、そこにユダヤ教徒も異教徒もないのです。すべての神の子の人間に対していわれているのです。十戒に書かれた「殺すなかれ」という部分はです。
しかし、旧約聖書の中に、そのユダヤ教を説かれたモーゼがエジプト人を殺す場面が出てきます。
そこの部分だけを取り、だからユダヤ教の十戒はユダヤ教徒だけに当てはめているものであり異教徒は関係ないのだと、異教徒は殺してもかまわないのだと、それが今のイスラエルなんだといっている人たちもいますが、そこは大間違いですね。
イスラエルの人たちが、どういう勘違いであんな大間違いな態度を取り続けているのかは知りませんが、モーゼがいわれた十戒は全人類に向かっていわれたものです。そこはお間違いのないように。
では、なんでモーゼはエジプト人を殺したのか、それが旧約聖書に書かれてあるのか?
その時のモーゼはまだそのユダヤ教を始める前のモーゼであったからです。
この時のモーゼはまだ奇跡が起きだす前の、つまり十戒を授かる前のモーゼなのです。ということは、まだ悟りを開かれる前のモーゼであったということであり、ということは、私たちとなんら変わりないモーゼであったのです。
いっていることがお分かりですか。モーゼや釈尊やキリストも、悟りを開いて多くの奇跡を現わし法を説いて回られる前のモーゼや釈尊やキリストは、私たちと同じ怒りや憎しみや恨みなど持たれるただの人間であったのです。
それが証拠に釈尊は釈迦族の王子であった時代は、戦争で人を殺したこともあれば、妃だけではなく妾なども何人もはべらせ、王子としてどこの国とも変わらない生活をしていたのです。
ただ、他の人とこのような偉大な悟りを得る人との違いは、そのような生活に疑問を持ち、そうして神を思って、その神の心を徹底的に追求し、そのような生活の中から神の心と自分の心と行いを見比べて反省し、そうして悟りを開かれて多くの人たちを救っていった、そのような心と行いが立派で偉大なのであり、だからつまり、モーゼや釈尊やキリストも、悟りを開かれた(そうして奇跡を起こして法を説いていかれた)あとのモーゼや釈尊やキリストが偉大なのであり、それ以前のモーゼや釈尊やキリストが偉大なのではなかった、ということです。
だから、モーゼがあることが問題で人を殺してしまったのは(それも別の書物では殺してまではいないと書かれたものもありますし)それはまだ悟りを開く前のモーゼであり、思い悩み怒りがまだある時のモーゼであるのです。
だからといって人を殺していいとはいいませんが、この時代は今の時代とは違い、人の命をずいぶん低く見ていた時代でもありますし、昔の常識を今の常識で測り、そうしてその部分だけを取って、だからユダヤ教は異教徒は殺してもかまわないと解釈するのは、あまりに拡大解釈が過ぎた偏った見方なのではないでしょうか。
つまり、そのような見方は間違いであるということです。
モーゼや釈尊やキリストの偉大さは悟りを開いた後にあります。
だから私たちもやる気が出るわけです。モーゼや釈尊やキリストさえも私たちと同じように思い悩み、怒り苦しみを持ち、そのような中から反省して、改心し、そうしてあのような偉大な方々になられていったのだという現実を知るならです。
だからなんでもそうですが、部分を見ていては真実は分かりません。そのような全体を見て、そのような真実を知って、そうして語りましょう。いま起きていることを事実のままにです。
だとしたら、いま行っていることは正しことなのですか。ユダヤ教徒の方々はです。
そこをよく考えてほしいものです。



人目の訪問者です。
