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8月 15 2025

地獄の世界

10:57 AM ブログ

こんなお盆休みの真っ最中だというのに昨日も多かったですね。ちょっかいをかけてきた人がです。

しかし、布施する人はゼロ。

呆れますね。神理と分かっているのに、そのような(傲慢不遜な)態度を平気で取ってくる人ばかりでです。本当に現代の人たちは罰当たりで残念な人が多いようです。自分がどれだけ愚かかまだ分からないようであるからです。

よく考えてみてください。前回書きましたお盆のいわれでも、釈尊の弟子であった目連の母でも地獄に堕ちているんですよ。

目連の母は別に悪いことをしたわけではありませんでした。人を傷つけたり、殺したり、あるいは人の物を取ったり、そんなことをしていたわけではないのです。悪いことどころか、目連の母はインドでは最高のカーストであるバラモン教徒として生まれ、そのバラモン教の教えをよく守って、そうして死んでいかれたのです。

だから、当時のインドの人たちからすれば、そんな立派な方が地獄に堕ちているなど考えられなかったでしょう。そんな話を当時のインド人がきくなら、釈尊はなにをいっていられるのかと、あの立派なバラモン教徒であった目連の母が地獄に堕ちるわけがないではないかと、誰も信じなかったでしょう。

しかし、弟子の目連は実際に苦しんでいる母の姿を観ています。(霊視して)だからよけい釈尊の言葉の正しさが実感出来たのです。

この世の行いはどうであれ「心が一番大事である」といわれている釈尊の神理の正しさがです。

目連の母はバラモンの家に生まれて、そのバラモン教をよく学んで、それをよく守り一生を終えられた、当時のインドの人たちからすれば立派な方であったからです。

しかし、そんな人であっても地獄に堕ちている。ただ、人よりも尊大であったり、傲慢であったり、感謝が足りなかったりしていただけでです。

そういういい方になるのではないですか。そういう人はいま現在でもたくさんいるからです。尊大で、傲慢で、感謝が足りない人などです。しかし、そういう人たちは、別にそんなことは悪いことではないと思っている人も多いはず。

しかし、それが過ぎれば地獄に堕ちるのです。この目連の母がよい例であるからです。そのような態度をこの世で取り続けているのなら、そのような人たちは死んだのち地獄に堕ちるのです。

だから目連の母も、目連が釈尊から、そんな母を救いたいのであれば、年に3~4日ほどは恵まれない人たちに施してあげなさいといわれて、それを始めても、最初は目連がなにをしているのか分からなかったことでしょう。

自分がしようともしなかったことを自分の子である目連がしている。一体この子はなにをしているのかと、不思議でならなかったことでしょう。

しかし、何年も何年も目連がそれを続けている間に、そんな目連の愛の心、そのような施しをもらって喜んでいる貧しい人たちの幸せな心を何度も何度も知ることによって、だんだん目連の母の心にも愛が芽生えてきて、そうして、ああ自分はこれをしないといけなかった、自分も人にもっと愛を与えないといけなかった、ということが分かってきて、そこでようやく天から光が差してきて天上界への扉が開くのです。

そこで初めて目連の母は天上界に昇っていかれることになるのですが、しかし、そこにいくまではです。

そんなすぐではなかったと思いますよ。目連が何年も何年も貧しい人たちに愛を与えて、ようやく目連の母も自分に愛がなかったことに気づいて、そこからそのことをよく反省され、それでやっと天上界に昇られるのです。

それまでの何年間か、あるいは何十年間かは分かりませんが、そのことに気づくまでの間はずっと地獄にいたのです。ずっとのどの渇きが癒せず熱くて苦しいだけの火炎地獄にいたのです。目連の母はです。

だから、そんな目連の母と同じことをしている人たちがいるのではないですか。現代にもです。怒り、ねたみ、傲慢、感謝を知らない、そんな心にまみれている人たちがたくさんです。

そういう人たちは死ねば確実に地獄に堕ちるということです。目連の母と同じような火炎地獄にです。(まあ、別な地獄かもしれませんが。その人の心によって死後いく場所は違ってきますから)

この目連の母がなによりの証拠なのです。そういう人も地獄に堕ちるというなによりのです。

だから、このブログに逆らっている人たちだけでなく無視している人たちも同じであると思いますよ。それもまた傲慢な態度であるからです。

ということは、そのような人たちは黙って日本が壊れていくのを見ているということになるからです。

実際そうなっているからです。いま現在の日本はです。

それをどれだけ温暖化だの気候変動だのごまかしても、知っている人は知っているはずです。日本がこれだけ壊れていっているのは、自分が神理を無視しているからであるとです。どれだけ現実逃避していても自分の心は知っているからです。

そのような「事実」をです。

そんな自分の心に嘘はつけません。では、そういう心がある人が、神理を無視し続けているなら、それは罪にはならないのですか?

自分自身が神理の無視を続けているため、これだけ日本にはひどいことが起きているとその人は知っているのにです。

それでなにも行動を起こさないなら(神理のために)それは罪になるのです。

日本破壊罪です。心の世界から観たらです。

自分が神理のために動くなら、日本はこれだけ壊れないと分かっていて、それでも動こうとしないなら、それは自分が日本を壊しているのと同じであるからです。

ですから罪とはこの世の法律を犯すだけではないのです。この世の罪と心の罪、両方あるのです。むしろ、心の罪ほど大きいのです。その心はどのようにも広げていけるからです。そうであるなら、心で悪いことを思うなら、その悪い心はどこまでも広がっていくからです。

そのような悪い心をこの辺りで止めませんか。これ以上、日本を壊すのはやめにしませんか。神理に感謝出来るなら、日本の破壊は止まるからです。

どちらにしても、神理に謙虚になれない人ばかりではもう日本は終わりです。

終わらせるつもりなんですか。そのような人たちはこの日本をです。

今日は終戦の日です。大東亜戦争が終わったこの日とともに、神理を無視するのは終わりにしませんか。

そういう人がたくさん出てくるのであれば、本当に日本は救われていくからです。

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