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8月 27 2012

にっぽんど真ん中祭り

10:33 AM ブログ

立川のオバちゃんや福岡のオジちゃんの相手をするのも大変です。ブログを書く時間もなくなりますね。あの人たち何も知らないので教えてあげないといけませんし、マァ、私のブログを読んでる人には、法を知る上での参考くらいにはなるのではないでしょうか。

一日二日前に「にっぽんど真ん中祭り」を見に行ってきました。やはり大勢で踊ると迫力がありますね、ずいぶん見物客もたくさんいて驚きました。(かなり暑かったんですが)こんな大きな祭りを見に行ったのも久しぶりですが、これだけ大きな祭りだと管理運営も大変だろうな、と変なところに気がいってしまいました。(笑)

栄と名古屋駅をぷらぷら散歩がてら歩いて見てきたのですが、もちろん目的はそれだけではありませんでした。

私のことどれくらいの人が知っているのか、確認も兼ねてです。(最近は近所の人ばかりでなく金山辺りでもジロジロ見られますので)

ああいうところに行くと、ずいぶん私の悪名も知れわたったものだと感じました。(笑)しかし、何でこれだけ知られていて、嫌がらせする人はいても協力してくれる人はいないんでしょう?これだけ知られていれば、誰か私のスポンサーになってくれても十分宣伝になりそうに思いますが、悪名がいけないんでしょうか。(笑)

バスの運転手連中も、栄では今一よく分かりませんでしたが、名古屋駅では分かりました。私の顔をまともに見て、おもいっきりエアーをふかせた運転手がいたからです。(お二人ほど)名鉄バスの皆さん、私もおもいっきり祈っておきました、また、私(法)の宣伝よろしくお願いします。(笑)

こんなことしてると皆さんに嫌われたくりますかね…そうではありません。

何度も言いますが、私が祈るのはその人の不幸を願って祈るのではないのです。(そんなことしたら自分も不幸になりますので)「どうぞこのような方々が間違った心でそれをしているのであれば、様々な現象を現し、この方々を正しい道にお導きください」と祈るのですから、その人たちが間違った心でしていなければ何も起きませんし、間違った心でしているのであれば、様々な現象が現れそれに気づかされるのですから、こんなありがたいことはないのではないでしょうか。(感謝されこそすれ恨まれる理由などこれっぽっちもありません)

それに何か現象が現れるというのも、それは神の御業が現れるのですから、そんな体験そうそうできるものではありません。あまりできない体験もでき、それで正しい道に進むことができるのであれば、こんなよい話はないではありませんか。マァ、それが迷惑だと思われる人もいるかもしれませんが、どちらにしても、現在の日本を見てもらえれば分かりますが、次々に不幸な現象が現れています。(この異常な猛暑に加え、ここ二、三日だけでも北海道や福島、宮城、茨城など震度四、五クラスの地震が立て続けに起き、沖縄には観測史上最大級の台風が直撃しているのです。異常現象は全国各地で毎日のように起きています)

もう悪い心を持っていては生き残れないのです。今日本に次々に起きている異常現象に多くの人は気づかなければならないですし、それを防ぐためには心を変えるしかないのです。本当の神の教えに早く気づくほかないのです。

ですから、そのように私にちょっかいをかけた人に何か起きれば、そのような現象を通して、また本当の神の教え(法)に気づく人も出てきます。私にちょっかいをかけた本人も気づきますし、その周りの人も気づきます。一石二鳥ということで、私は何かあれば即祈るようにしているのです。(どれだけ嫌がられようが、そうしなければ神の教えは拡がりませんし、そういう人でも不幸なことにならないよう、私はブログに不幸にならない方法は書いてあります)

このままなにもしなければ、多くの人は神の教えに気づかないでしょうし、仮に気づいていても何もしようとされないでしょう。(現在がそうですから)そうなれば天も異常現象を出さざるを得ないでしょうし、天が異常現象を出すのであれば不幸は続きます。

不幸な現象をこれ以上起こさせないため私も必死です。本当に何もやる気のない人は、これも何度も言いますが私にかかわらないでください。少しでも私を冒涜する行為をするのであれば(それは神を冒涜するのと同じことですから)ことごとく天に祈り、その人の心と行いを天にゆだねます。

「にっぽんど真ん中祭り」という名称がついている祭りが、この名古屋近辺で行われているということは、その名の通り、この辺りが日本の中心であるということです。

日本の中心で神の運動が大きく展開されることになれば、その運動は日本中に拡がることになります。

今は私一人ですが、何としてもこの運動は日本中に拡げなければならないのです。(ですから天も必死です。だから、私が祈ると次々に現象が現れるのです)

東京に生まれそこで生活している人は、その場所での使命役割があり、大阪に生まれそこで生活している人は、その場所での使命役割があり、日本の中心に生まれそこで生活している人は、その場所での使命役割があります。

この日本の中心に生まれられた方々は、なぜ今そこで自分は生活しているのか、ということをもっと考えないといけないのです。

そこによく神の御業が現れている、ということは、それだけそこに住む人たちは神に愛されているということになりますし、そうであるならば、自分たちは何を一としてやらなければならないか、自分たちの本当の使命役割をよくよくお考えください。

(キレーなお姉さま方、最近はああいう時間あわせがブームなんですか???そんなことをしているより、少しはご協力願えませんかね、私に協力していただいた方は、どんな高い化粧品で化粧をするよりきれいになります。〔心がですが、しかし、心がきれいになると、それが顔にも現れてきて顔もきれいになるのです。これこそ、本当にきれいになる方法です〕それにあなた方のようなきれいな女性たちが協力してもらえれば、スケベな男性陣も、たくさん協力してくれるようになるでしょう〔笑〕日本のためです、変なところでチームワークを発揮するのではなしに、神のためにチームワークを発揮してください)

6コメント

6 コメント to “にっぽんど真ん中祭り”

  1. 読者2012/08/27 at 1:41 PM

    大矢さんへ。自分の都合の悪いことには答えられないようですね。笑。まあいいです。もともとちゃんと答えられないと思っていましたから。

    大矢さんの主張を読んでいると悪霊に出てくるおばあちゃんを連想してきました。「自分の周りの人が自分の悪口ばかりいっているという被害妄想の人です。

    大矢さん今回は町まで出て自分のことを知っているかの確認ですか・・・・本当にあなたは可哀相な人ですね。コメントのしようがありません・・・。

    いいですか。よく聞いてください。バス停の運転手の人がシュッシュッとやったのは貴方には何の関係もありません。だから祈る必要もありませんよ。安心してください。

    そして世の中の人は誰も貴方に対して迫害もしていないし・悪口もいっていないです。そこをよく知ってください。

    法についてですが・正法は現象現象とおっしゃいますが・まず第一番にそういう現象を現象とはもうしません。

    自分の身の回りにある不幸をなぜそういうことになるのか反省を通してそれを知り・思い方行い方を反省して心をかえていくことで・心が変り幸福になりそのときに体の調子がよくなったとか・事業がうまくいくようになったとか・そういうことが現象でり・奇跡というんです。(高橋先生の本にかいてあります。初心に戻ってよく読み返してみてください)

    貴方の言う現象とは奇跡とかいうのとは違うんです。

    ところで貴方が100回読んだと申されましたが・貴方は現証とはいわれますが・では八正道や・実践についてどうして記述されませんか?

    それでは現証のほかに文証・理証がありますね。是非それを説明してください。

  2. 読者2012/08/27 at 1:56 PM

    追伸・ところで貴方は「読まなければいいではないか」ということを書いておられます。

    それは貴方が高橋信次先生のお名前を出さなければ私も何も申しませんよ。

    貴方が高橋信次先生のお名前を引き合いに出して・自分は神の使い云々ということをかかれるから・それでは私としてはそれは違いますといわざるをえません。

    貴方が高橋信次という名前を最初からこれまで削除されるならば・私もコメントをすることもなければ閲覧もしないでしょう。

    実際問題として貴方が寄付を御願いしますと書こうが神の使いだと書こうが・そういう人は世の中に沢山いますからそれを云々いうつもりもありません。但し高橋信次先生のお名前をださないならばです。

    貴方も高橋信次先生のお弟子だと公言なされるならばもっと心を正し・反省するところは反省して・もっと自覚をもっとブログを書いてください。

    なぜなら自分の都合の悪いことには過ぎ越しの祭りをするとか・自分は神の使いだ゜からタイの洪水をひかせるからトヨタに1000万円寄付してくれだとか・そんなこといって自分が恥ずかしくありませんか?

    神の使いであればお金はもらわなくしても神に祈りそういう人々の苦しみが除かれるように祈るものです。

    神の使いであれば菩薩以上の人でしょうが・そういうひとは慈悲と愛の心に満ち溢れているはずです。困った人がいれば助けるはずです。

    なぜ暇つぶしに自分がどれだけ知られているか町に出て行って散策しますか?そんな暇がどこにあるんですか?

    菩薩であれば自分の親が病気であれば親孝行して快方するはずです。それがどうして母親を責め裁いて母親が愛をださなければならないといって自分は傍観しているんですか。

  3. gtskokor2012/08/27 at 9:58 PM

    都合の悪いことは答えないって法のことですか?そんなの私のブログを読めば分かるでしょう(あなたたち二人はほんとよく私のブログを読んでるんですから…それだけでも十分嫌がらせです〔笑〕)少しは自分で考えなさい。
    立川のオバちゃんに反省どうこう言われたくないですね、あなたたちこそ口だけではないですか。私には現象が出ていないと言いますが、では、末期癌の癌が小さくなり痛みがなくなった奇跡はどうなのですか?その岩田さんから先日も、母のことはお世話になりました、賛助会員の年会費を振り込みました、というメールが来て寄付していただきましたよ。
    何も奇跡が起きていなければ、こんなことをしてくれる人がいるのでしょうか?奇跡が起きたからこういうことをしてくれるのです。
    いいですか文証も理証も(それはこのブログのことです。この中に文証が書かれてあり、そのブログに書かれたことを法として話すのですから、それが理証です)正しく書かれて(また語れて)いるから現証(奇跡)が起きるのです。また、法を実践しているから、その証明としてやはり奇跡が起きるのです。私には文証、理証、現証がすべて揃っています。
    あなたたちこそ自分で現証(奇跡)は起きないといっているのです。ということは、文証も理証もない(または間違っている)ということであり、法の実践もできていないので、だからあなたたちは何の奇跡も起きないのです。
    高橋先生の名前を出さない方がいいのはあなたたちではありませんか?(自分たちの間違いをいい加減自覚しなさい)
    あなたたちこそ、もっと反省しなさい。
    (私が八正道や正法という言葉を使わないのは、その言葉は、そこらの寺や坊さんたちが普通に使っているからです。そういう人たちと一線を画したいから使わないだけです。おいおい使うようにするつもりですよ)

  4. 読者2012/08/28 at 11:23 AM

    大矢さん今度は随分怒ってますね。笑。神の使いも怒りますか?笑。怒りは悟りとは一番遠いところにあるということをまず最初に知ってください。

    それから再度申しますが立川のおばちゃんって誰ですか?そういう人はどこにもいませんね。まずそこが貴方のおかしいところですね。貴方の神様が私のことを立川のお゛ばちゃんって言われたんでしょ?そこから間違っています。そこから類推すると貴方の奇跡や現象がどういうものなのか全て分かりますね。

    ところで貴方は「しなさい」と上から目線でいわれていますが神の使いは上から目線なのでしょうか。

    神の使いは謙虚であられるという認識だったと思います。おもいやりが深く謙虚であり善行をなしても決して自分から吹聴しないと思いますが貴方の場合全面にでてきて自分が自分がと仰いますがそれってどうなんですか?

    高橋信次先生の本からイメ-ジする神の使い・菩薩様や如来様とはえらい違いですね。

  5. 読者2012/08/28 at 11:33 AM

    ここまで読まれた冷静な方々はわかると思いますが・神の使い・菩薩・如来といわれる方々は・謙虚で・真摯な人柄であり・善行をなしても決して吹聴はなさらないでしょう。そうして言葉というよりもその人の行いによって人々が感化され・そしてその善行が自然に人々に伝わってその行いが愛と慈悲の波動によって法が伝道なされていくのです。

    そのためにはまずは己の今までの人生を振り返り法に適わなかった思いや行いを反省し・自然と慈悲と愛の思い・行いに変えていく人のことをいいます。

    決して自分は神の使いだからお金を寄付しなさいとか・自分に対して迫害しているひとがいるから過ぎ越しの祈りをやるとか・自然現象を自分の祈りで云々とか・また生んで頂いた親の面倒もしない・仕事もしない・そういう人が神の使いであるかどうか・普通に読めばわかることです。

  6. 読者2012/08/28 at 11:50 AM

    大矢さんへ。

    反省をしなさいということですが・私たちは反省は毎日やっていますよ。そして私たちは貴方と違い・ただの凡人なんです。

    貴方との基本的なスタンスの違いです。貴方は高橋信次先生の本を読み・園頭先生の本を読み・いつまにか自分は神の使いではなかろうかと思うようになりました。

    実はそういう人は案外多いんです。自分こそ使命のある人間ではなかろうか・本を読むうちにそのように思うようになり・そうして周りの人がバカに見えて・周りの人が間違って見えているようにかんじるようになるんです。

    そういう人は高橋信次先生の本をあまり読んでいない人に多い特徴です。また自分ではほとんど反省をせず教えをどこか高いところにおいて「自分こそは」と思う典型の人ですね。

    法は生活の足元にあります。そして貴方の日頃の思いと行いの中にあるんです。

    貴方はまず神の使いだという思い込みをやめて・ただ一人の人間としていま自分が思っていることは何か・それは法に適っているか・静かに反省することからはじめることが大事ですね。

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