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12月 11 2025

神理のお陰

11:09 AM ブログ

ずいぶん引いているのにです。それでもまだしてきますか。(ずいぶん小さな音で)

そのくらいのことしか出来ないのであれば、もうやめておけばいいのにね。哀れなだけであるからです。

あれほどやかましくしていた、あの名うてのどこかの会社が(こういう表現が正しいかどうか知りませんが)今はもうきこえるかどうかの嫌がらせしか出来ないのであればです。

どんどん広がっているんでしょうね。降りてくる天罰がです。だからこれほど静かにもなる。

従業員から家族から、もしかしたら、この会社に出入りしている業者にまで広がっているんではないですか。そのような天罰がです。

そういう人たちにも私の悪口が広がっているであろうからです。すべて悪いことを私のせいにしている、そんなでっち上げの悪口がです。(そのくせ自分たちがしている悪いことは一切いわない)

そうであるなら、そういう人たちも私の悪口をいうのでしょうから(そういう一方的な嘘をそのまま信じて、あんな悪い奴はいないということで)そういう人たちにも天罰は降りてきます。

私の悪口をいうということは神理の悪口をいうということであり、そうであるなら、そういう人たちにも天罰は降りてくるからです。あの教育研究会未来がそうであったからです。園頭先生の悪口をいっている人にどんどん癌が出ていたからです。

そういうものなのです。本当の神の教えというものはです。そんなでっち上げの嘘を信じて神理の悪口をいおうものなら、そういう人にも天罰がくだる、それほどのお陰があるからです。

それほどの素晴らしい(すさまじい)教えと巡り合っているということです。このブログを見ている人たちはです。

そうであるなら、もうきっぱりとそのような嫌がらせはやめて頭を下げて神理に感謝しませんか。自分たちの間違いを、そこまでとことん教えてもらえるものはこの正法神理以外にないからです。

どれだけ小さな音でも神理のじゃまをしている以上罪になります。そんな小さな音同様、小さな小さな意地など捨てませんか。そうして大きな大きな正法神理に帰依されませんか。

そうすることこそ神の子の人間としての正しい行いであり、正しい道にも進んでいけるからです。神理に帰依するなら、様々なお陰が現れてきて正しい道に導いてもらえるからです。

昨日もくだらないことをしてきた人たちがいましたが、そういうくだらないことをしている人たちはともかく(どうせ地獄行きですから)そういう気にならない人たちはです。

神理を見ていて感謝する気持ちが少しでもある人たちは素直に神理に感謝しませんか。そうして、その感謝の気持ちを表しませんか。そうすれば必ずお陰があるはずだからです。

まあ、これだけ天罰が降りているのです。(これも神の導き)私によいことをしてお陰がないはずがない。だから、私に布施などしている人たちは皆なにかお陰があったはずです。そういうコメントもいくつもいただいていますしね。

それでも足りないと思われる方がいるのなら、もっと神理を行うことです。そうすればもっとお陰はもらえるからです。私がよい例であるからです。

昨日でも、母に差し入れをもっていきましたが、母のいる施設までは歩いて一時間くらいかかるんでね。その間、事件は必ず起こります。(苦笑)

まあ、ブシュブシュやられるのはもちろんなんですが、そんな哀れな連中とは別に、あっちからこっちからよく鳥が飛んできました。途中、中川運河をわたるんで、それで橋の上から川の中をのぞくと水鳥がもう何羽もきていました。(あの体全体が真っ黒のやつです)

「お前らきたのか」と声をかけると、水面でバシャバシャ暴れるのはいる、川の中を出たり入ったりするのはいる、勢いよく川の水面を泳ぎ回っているのはいると元気いっぱいでした。そんな水鳥たちが川面で泳ぎ回っているにもかかわらず、魚まで跳ねだすのですから驚きました。

「お前ら水鳥がいるんだから危ないぞ(食われるぞ)」と魚たちにも声をかけていましたが、まあ、元気なもので、こちらも元気が出ました。

運河の上の橋を歩いていくだけでこうですから。(笑)

そうして歩いてく先々でカラスがカアーカアー鳴くんでね。ずっとカラスの鳴き声をききながら歩いていました。

ほんとどこを歩いているんだろうと、なにか山の中を歩いているように錯覚してしまいますが(あまりに鳥やら魚やら騒ぐんで)どこにいても自然を味わえるのがこの正法神理です。(笑)

そういう動物たちと遊びながら歩いていると心も安らぎます。このように神理はやればやるほどお陰が現れてくるのです。

私に布施されている人でも、あまりいいことが起きてこない人はです。(そういう人がいられたらという話ですが)もっとされることです。神理をです。そうすればどんどんお陰が現れてくるからです。

こんな時期になり、山では雪まで降り出したというのに雪の中までクマの出没が続いているようですね。何日か前には、スキー場でスノーボードで滑っている最中にクマに襲われそうになった人がいるとか。

クマ禍は続きます。そうして大きな地震まで頻発し、最近は山火事も多発しているとか。いくら乾燥がひどいからと、山火事がそんなに起きてくるものなのでしょうか。

どちらにしても、山火事が多発するなら、それがいつこの前の大分のような大規模火災に発展するかしれません。

どれだけ多くの知識をその教えから得たとしても、そんな山火事や地震、あるいはクマ禍を止められるものなどないのです。

しかし、神理は違います。神理を行うのなら確実にお陰が現れてきます。そのお陰が現れれば現れるだけ災いは消えるのです。

いま現在の日本は様々な災いが次々に現れてきて、恐ろしいことにそれがどんどん増えています。

神理を無視していてよいのですか。このような災いを止めることが出来るのは、この正法神理しかないからです。

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