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3月 25 2026

ご利益 十字架 キリストの祝福

11:00 AM ブログ

今週の金曜日からいよいよプロ野球も開幕ですね。

それでどこかの球団は、毎年恒例の熱田神宮への必勝祈願にいったそうですが、しかし、熱田神宮に毎年必勝祈願にいってもずっとBクラスです。(最下位の時もあったし。3年連続最下位の時もあったし)

では、その必勝祈願のご利益ってあるのでしょうか?

とてもあるようには思えませんが(結果が現わしている)そちらにいくのもいいんですが、その前に私のところにきませんか。そうして必勝祈願をされませんか。(神理に感謝の布施などして)

そうすればご利益は必ずあるからです。

なにせ私にはそのご利益が毎日現れています。これほど分かりやすい話もないからです。

どこかの会社も昨夜も遅くまで大変そうでした。(もちろん天罰が)千年、二千年に一度しか現れない神理の流布をじゃましているのなら、当然そのようなことは起きてきます。

いい加減、そんな恐ろしい行いを反省され、詫びを入れて感謝の布施をしませんか。神理に対してです。(まあ、今日もやっていますけど。半べそかきながらくだらないことをです)

そうすればその天罰は止まるからです。それもまた神理のご利益であるからです。

しかし、こちらも早く止めてもらわないと世界が危ないですよね。米イスラエル対イランの戦争の方はです。日本はもとより世界各国でガソリンなど爆上がりしているからです。

しかし、それに反してトランプ大統領の支持率はどんどん下がって、トランプ政権の2期目開始以降では最低水準に落ち込んだとか。(36%)まずいですね。中間選挙も近いのにです。

この中間選挙に敗北するようなら、民主党からトランプ大統領は弾劾(だんがい)されるかもしれないといわれていますが、大丈夫なんでしょうか。

それで大統領を首になるなら、トランプ大統領もアメリカの憲法によって裁かれるかもしれないからです。今回のイランに対する戦争から、西半球に対する政策から、国内の様々な政策から(トランプ関税を含めた)エプスタイン事件に至るまでです。

トランプ大統領には多くの疑いがかかっているからです。

だからいっているでしょう。トランプ大統領も裸になりなさいとです。私は一宗教人としていっているのです。神理を説いている者の一人としてです。これまで神理を説いていた者であるなら、誰だって私と同じことをいったはずであるからです。

世界のどの人に対してもです。たとえその人が世界一の権力者であろうとです。(表向きは)

それでも正しいことをいうのが神理を説いている者の務め(使命)であるからです。

だからもう洗いざらい話されたらどうでしょう。弾劾裁判など受けて、それから話されたとしても国民の不評を買うだけだからです。例えばエプスタイン事件などでもです。(それでトランプ大統領が変わってしまったともっぱらの噂ですから)

エプスタイン事件でトランプ大統領が自分の行ったこと、そこで観られたことを正直にいわれるなら、元大統領であろうと、どんな権力者であろうともうとぼけるわけにはいきません。

なにせ現在のアメリカ大統領が、正直にエプスタイン事件のことをいってしまうのなら、あとの人たちが正直にいわないわけにはいかないからです。

トランプ大統領が信仰していられる、キリスト教を説かれたイエス・キリストは、最後は無実の罪をきせられて十字架にかけられるのです。

キリストは、一番弟子であったペテロが自分を三度知らないということも、ユダが自分を裏切るということもすでに知っていられました。それは聖書を読むなら明らかです。

だから、当然自分が十字架にかけられるということも知っていられたのです。だからキリストは、その十字架から逃げようと思うなら、いくらでも逃げることが出来たのです。

しかし、キリストはそれが分かっていながらあえて逃げようとはされず、自分が無実の罪で十字架にかけられることも分かっていながら、それさえも受け入れ、そうして十字架にかかられたのです。

かけられたのではなく、かかられたのです。キリストは十字架に自分からです。

そうすることで自分が説いた福音は全世界に伝播するということが、すでにキリストには分かっていられたからです。(実際にそうなっています)

キリストは法(神理)のために生きられ、法のために亡くなっていかれたのです。

そこまでの覚悟をキリストは後の弟子たちのために示されているのに、それほどの覚悟を持たれた方を師に持つトランプ大統領は、少しの覚悟もないのですか。

自分がエプスタイン事件のことを正直にいったからと、それで十字架にかけられるわけでもないのです。裁きは受けるかもしれませんが(それと地位や名誉はなくすかもしれませんが)それがなにほどのことがありましょう。キリストが十字架にかけられたことを思うならです。

その思いは、そんなこと比較にならないほどお辛(つら)かったであろうと思うからです。

そんなキリストは(自分が罪を負おうが、地位名誉をなくそうが)そんなことよりどれだけこの世を正直に生きられたのか、そちらの方をよほど重視されるのです。

そちらの方がはるかに重い(人にとって大切な)ものであるからです。

愛と慈悲の塊であるイエス・キリストは愛や慈悲や正直。そちらの方をよほど重く観ていられるのです。

そのキリストはちゃんと天上界にいられます。亡くなられたからもういないではないのです。

嘘をつき続けてこの世で自分の罪から逃れ、そうして亡くなってもどちらにしても地獄行きです。自分でつくった罪は自分で清算するまでなくならないからです。

トランプ大統領は、もし今のまま亡くなられたらキリストにあわせる顔があるのですか?

しかし、そのような様々なこともこの世でしっかり清算されるなら(正直に全部話して、すべての罪を自ら受け入れ反省されるなら)その罪は許されます。

そのような方々は(キリスト教の)死んであの世に帰れば、キリストに出迎えを受け、そうしてキリストから祝福を受けられるのです。この世を正直に生きられた方はです。

「私の教えをよく実践出来た」ということでです。

そういう人になりませんか。その方がよほど世のため人のためになるからです。

特に地位が高ければ高い人ほどです。

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