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4月 09 2026

神理の祈りの偉大さ

10:32 AM ブログ

「米イラン 2週間停戦」と今日の中日新聞にデカデカと載っているんですが、それが決まったとたんイスラエルがレバノンに大規模攻撃。

またこれです。イスラエルがぶち壊しです。

これでホルムズ海峡の通行は不可能となるんでしょうね。残念なことです。(というか、日本にとっても世界にとっても死活問題)どこもイスラエルを止められないからです。

こういうイスラエルを、いまだ擁護している人たちがいるのには呆れますが(ほんと何者なんでしょう。そういう人たちはです)もはやこの暴走イスラエルを止められるのは神だけなんですけどね。

なにせアメリカでも止められないようであるからです。

皆で神理の祈りをするなら止められるのに、本当に残念です。いまだ神理を無視している人ばかりでです。

それどころか、まだやってますからね。この辺りの人たちは(どこかのバカ会社は)神理流布のじゃまをです。これではいいことが起きるわけがない。本当に本当に残念です。神理に不可能はないのにです。

例えば前回の話ではありませんが、だから園頭先生は物のつくり直しは出来ても子供のつくり直しは出来ないと。だから子供はちゃんと教育しないといけないと、よくいわれていたのです。

子供が働かない、引きこもって外に出ない、家で暴力をふるい暴れる、などなど、そういう子供を持つ親たちがたくさん園頭先生の下には相談にきていたからです。

最近でもこういう相談は多いんでしょうが、それでそんな相談を受けたカウンセラーとやらの人たちは、こういう子供を、家族を、救うことが出来ているんでしょうか。

今のようなカウンセリングの仕方ではとても無理だと思いますが。そんな「あなたは悪くない」とか「もう頑張らなくてもよい、あなたは十分頑張っているのだから」などというアドバイスではです。

そんなものはただの傷のなめあいでしかないからです。それで慰めあってそれでどうにかなる話ではないからです。特に親子の話はです。何年も何十年も苦しんでいる話であるはずだからです。

では、どうすればいいのか? ということです。

何年も何十年も息子が働かない、あるいは引きこもって家から出ない、暴力をふるって暴れる、こういう子を持つ親はです。

そういうことはいけないと親がいくらいっても同じでしょう。(もちろん他の人がいってもきかない)そんなことはこれまでもいってきたはずであるからです。しかし、それでも直らないから、そのような人たちは相談にきているからです。

だから、そのような時はです。祈るしかないということです。神に祈るしかです。

しかし、その祈りも正しいものでないといけません。そういう時はただ神に祈るのではなく、その子の実相を思い、そうして自分のことを反省しながら神に祈るといいのです。

「あなたは神の子である、神の子である、素晴らしい神の子なのである」という祈りをして、その子供の実相をよく観て(心の目で。人間の真実の姿はみな素晴らしい神の心を現わす神の子)「お母さんは〔あるいはお父さんは〕素晴らしいあなたのことをよく観ることもせず、自分の我を出して間違った教育をしてあなたの素晴らしさをなくしてしまいました。そこは本当に反省しています。これからはお母さんもあなたの素晴らしさを認めてあなたに感謝します。だからどうぞあなたもまた神の子である自分の実相を表に出し、幸せな生活を送っていってください。どうぞこんなお母さんを許してください」と祈るのです。

そうして「神よ、私が息子の心を曇らせたその罪をお許しください、息子に光をお与えください、調和と安らぎをお与えください。どうぞ息子を正しくお導きください」と祈り、そのような祈りを何日も何日も続けていると、そのうちに子供についていた心のスモッグがだんだん取れてきて、その心のスモッグが取れると、その子は普通に戻るのです。

普通のまともな子供にです。

それで、急に子供がよくなった、親不孝であった子供が親子孝行になった、家庭内暴力などふるっていた子供が、暴力をふるわなくなっただけでなく親の世話をよくするようになった、そのような声が園頭先生の下にはよく届いていたそうです。

園頭先生は、そのような神理の祈りの指導をされていたからです。

そのような子供になったのは、そのような子供になる原因を親がつくっているのであり、親はその原因をよく反省して、そしてダメなその子ではなく、その子のすばらしい実相を観て、そうしてその実相を神に祈るなら、実相がだんだん表に(表面意識に)現れてきて、そのダメだった子はよい子に変わるのです。

というよりも、元々はその子はよい子なのですから(人間みな神の子)そのよい子に戻るということです。

これは子供だけでなく夫あるいは妻にもいえるのです。(ただ妻の方はなかなかむつかしい。女は業が深いからです)

だから、人をよく変えるには神への祈りが必須であるのですが、その祈りがないカウンセリングなどしたところで本当に人はよくなるのでしょうか?

そこは疑問なんですが、だからこのような正しい祈りがある正法神理は無敵であるといっているのです。祈って神の力を降ろしてもらえるなら不可能はないからです。

100%ではないにしろ、それなりのよい結果は現われてくるからです。

しかし、どれだけそれをいっても理解しないようです。このブログを見ている多くの人たちはです。

いつまでも神理流布を行わなくて、本当によいのですか?

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