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4月 12 2026

大きな使命と神理流布

10:44 AM ブログ

昨日は天気もよかったんで久しぶりに白鳥公園の方までいっていました。

あの公園は今は工事中で(国際会議場は改修工事しているし堀川沿いの歩道も同じように工事しているし)まともに歩けないんですが、まあ、工事が終わらないことにはいっても仕方ないですね。

工事している間はやたらうるさいし(工事の連中が私を見ると怒りまくっているし……自分たちが嫌がらせをしてきたくせにです)堀川沿いも工事中で歩けないからです。

しかし、そこら辺まで歩いていくとたくさんいますからね。嫌がらせをしてくる人がです。(苦笑)その私に対する嫌がらせが布施に変わらない限り(そういう心の人が増えてこない限り)名古屋はいいことが起きてはこないでしょう。

いつまでも、それだけ神理に逆らう人が多くては神のご加護もないからです。

しかし、こういう人たちには神理がなんたるかを教えないといけません。そのような人たちにはもれなく天罰がくだり、分かってもらえることでしょう。本当の神の教えとはそのようなものであるとです。

神理に間違ったことをすれば本当に天罰はくだるのであるとです。

このような人たちは比較的心が低い人たちなのです。だからそういうことが起きないと神理を信じない、ここに書いているだけでは分からない、そのような人たちなのですから降ろすしかないということです。

天罰をです。

そういうことが起きてはじめて分かるからです。そのような(心が低い)人たちはここに書いていることは本当であるということがです。神理は本物だということがです。

だから、そういう体験も必要だということです。天罰をくだすということもです。そうしないと分からない(心が向上しない)人もいるからです。

しかし、それが何度起きても分からない人もいます。そういう人はどうか滅ぼされる前に(大きな天罰がくだる前に)分かってほしいものです。そのようなことが本当に現れる神理の偉大さをです。

そうしないと、それを自覚しないままあの世に帰るではこの世に出てきた意味もないからです。死んだ後どれだけ後悔するかしれないからです。

神理にこの世で巡り合っていながら、なにもしないまま(逆らったまま)あの世に帰るではです。

だから、私のしていることはすべて神理の流布になっているんですが(ブログから、辻説法から、嫌がらせを受けることから。〔嫌がらせを受けると自動的に天罰がくだってくるので〕)こちらもいい加減それを理解してもらいたいものです。

そんな神理の有難さをです。

昨日の試合は大敗ですか。(3対9で)逆転負けしたり、大敗したり、はじまったばかりなのに今シーズンはずいぶんひどい負け試合が続いています。

どこかの球団はもうさすがに大きな天罰がくだりつつあるようです。何年たっても自分たちに天罰が降りているということを理解しようとしないからです。

しかし、そういう人はこのブログを見ている人たちの中にはたくさんいます。いい加減理解することです。その降りている天罰をです。それを理解し、神理に感謝しない限り、その悪いことは止まらないからです。

どれだけそれに怒っても(なんて傲慢、天罰に怒るなどです)どれだけそれを無視しても、しらを切っても、その天罰は終わりません。その自分の悪に自分で気づいて(神理の天罰を無視しているという)その悪を反省し、よいことを行うまで(神理に感謝するまで)その天罰は続くのです。

もう一刻も早くこの正法神理を世界に広げなければいけないからです。そうしないと、このままでは世界が滅ぶからです。このまま神理のない世界が続くならです。

しかし、その神理流布には、そのような神理の天罰がボンボン降りている人たちの力が必要なのです。だから生かされている。必要なければとっくに滅ばされています。それだけ長く神理に逆らい続けているならです。

そこも理解しませんか。今アメリカとイランの対面協議が行われているようですが、こういうこともただやきもきして見ているだけではなく、神理を知っている人たちが皆で祈らないといけないのです。

そうすれば神が力を貸してくださり、どう考えてもこんな協議まとまらないだろうと思えることでも(今回がそうですが)不思議とまとまったりするのです。それが神の導きであるからです。

私一人の祈りでは全然足りません。心のレベルが低い人たちが仮にどれだけ集まって祈っても、それではきかれません。

出来るだけ心のレベルの高い人たちが集まって祈らないときかれないのです。大きなことへの祈りはです。

このブログを見ていて、そうだそうだと賛同出来る、その賛同出来ることが多ければ多い人ほど心のレベルが高いのです。心が高くないと正法神理は理解出来ないからです。

そういう心の高い人たちが皆で祈らないと大きな祈りはきかれないのです。

だから、このブログに賛同しているにもかかわらず(そういう部分が多いにもかかわらず)それでも悪いことが起きている人は(特にたくさん悪いことが起きているような人は)そのような人は確実に神理を行わないといけない使命があります。

その多くの天罰は早く神理に気づけという気づきの現象であるからです。

もうそのような人たちは神理を行わないと自分の心は向上しないのです。そのような人たちはこの世でどれだけ善をなそうと、それだけでは心は向上しないからです。そのような人たちはもはやそういうレベルに達しているからです。

この世のどんな善を行ってもそれでは自分の心が向上しないレベルにです。

だからこの世の善をいくらなしてもなにかもの足りない、なにか心がしっくりいかない、そういう人が多いのではないでしょうか。そのような人たちはです。

そういう人たちは神理を行わない限り、自分の心は満足しないからです。そのような人たちの足りないものは正法神理であるからです。

その神理を実践するなら自分の心は満たされるのです。

そういう使命を持った人が(神理の実践、神理流布)このブログを読んでる人たちの中にはたくさんいます。

その偉大な使命を果たそうとしない人が多いから世がこれだけ乱れるのです。

しかし、目覚めないといけない人たちが目覚めようとしなければその乱れはさらにひどくなります。

神理を見ているだけではなくもう立ち上がってください。神理が分かる(それでも天罰を食らっている)人たちはです。

そういう人たちがいつまでも立ち上がろうとしないため、世の(世界の)滅亡がどんどん迫ってきているからです。

その滅亡を止められるのは、そのような使命を持った人たちだけであるからです。

神理がいつまでも分からない人たちはともかく、神理が非常によく分かる人たちはです。(それは年齢性別にかかわりなくです。男であろうと女であろうと子供であろうと年寄であろうとです。心の高低はみな違うからです)立ち上がってください。

もはやそのような人たちが神理流布に立ち上がらない限り、この世が救われることはないからです。

そのような人たちは、この世を救うための大きな使命を持ってこの世に出てきた人たちばかりであるのです。(だから、逆にいうなら、そういう人たちがボケっとしているくらいの罪もないということです。そういう人たちが神理にかかわらないくらいの大きな罪もです)

だから、それをそのような人たちが自覚し、その使命を(神理流布の)果たそうとしない限りは、この世が救われることはないということです。

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