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5月 11 2026

古神道(こしんとう)と神社神道の違い

10:44 AM ブログ

さてさて、今日も朝からお怒りなんでしょうか。

どうもそのようです。どこかの会社だけではなくあちこちです。あちこちからきこえてきますから。バシバシ、どんどん、ゴホゴホなどとです。(苦笑)

この辺り、多くの天罰が降りているようです。

しかし、こういう人たちもお寺や神社などいき賽銭を投げてお参りとかはするんですよね。

なら私にもすればいいのにね。頭を下げて布施くらいです。そうすれば、その怒っていることは止まるのにです。そのくらいのご利益は確実にあるのにです。

しかし、神社や寺などいっていくらお参りしても、その天罰は止まりません。(だから怒っているんでしょう。なにをしても天罰が止まらないから)

まだ分かりませんか。どちらが本物かがです。本当の信仰を間違えてはならないのです。

本当の神への信仰とは神理を説いている人に感謝し、その説かれている神理を実践することなのです。

だから、寺や神社などいくらお参りしてもなんのご利益もないのです。それは本当の信仰ではないからです。だから起きないでしょう。心がすっきりしたとか、パワーをもらったとかいっているだけで、実際にそんなところにお参りにいってもなんの奇跡もです。

それは、それが正しい神への信仰ではないからです。神への信仰とは、そのような場所にいってただ祈るだけではないからです。祈りとともに神の心を実践しないといけないからです。

だから、神理を知らないといけないというのです。神理を知らないと神の心が分からないからです。

神の心が分からないなら実践しようがないからです。本当の神の心をです。

お寺や神社では神の心が分かりません。ただ、お経をあげたり祈っているだけではです。だから、ご利益がないのも当たり前なのです。神の心を実践しないとご利益はいただけないからです。

まあ、寺など坊さんがいろいろ説法もされますので、そういう話をきいたのなら、よい話をきいただけで終わるのではなく、それを実践されることです。そうすれば少しはご利益もあるからです。その説法に合わせて心をよい方に変えるならです。

その説法も全部正しいわけではないのでね。(だから奇跡が起きない)そこがむつかしいところですが、だから、奇跡が起きているこの正法神理を素直に実践すればいいのに、よりにもよって、その本物の神の教えに逆らっている。

だから天罰も食らうということです。その天罰が神理が正しいという、神理こそ本物だというなによりの証拠であるからです。(どれだけ泣こうがわめこうが悔しがろうが、それが事実だから仕方ない)

だから、場所も坊さんも神主も関係ないのです。そのような奇跡が起きてくるかどうかなのです。本物か偽物かを見分けるのはです。

だいたい、現代の日本の人たちがありがたがっている寺や神社でもです。寺などはただの宿泊所であったのだし(前に書きましたが)神社でもそうです。

元々は、そんな神社など存在しなかったのです。日本の初めからあった神武天皇が説かれた古神道の時にはです。しかし、神社神道が説かれるようになって、そうしてつくられたのです。いま各地にある神社などはです。

神社は、あの菅原道真公が亡くなられた後の祟りを鎮めるために建てられたのがはじまりで、そこから神社神道がつくられ、それから人を神として祭るようになったのです。

だから神社など、その菅原道真公を神として祭るのはもちろんこと(大宰府神社)豊臣秀吉を祭ったり(豊国神社)あの大日本帝国海軍の大将であった東郷平八郎元帥(げんすい)を至誠の神様として祭ったり(東郷神社)あるいは陸軍大将であった乃木希典元帥を神様として祭ったり、あるいは人以外の物まで祭り(熱田神宮の草薙の剣など)なんでもかんでも神として祭り、ここから日本の多神教も始まったのであり、元々は神武天皇が説かれていた古神道は一神教であったのです。

それはそうです。こんな人から物から(大自然から)なにからなにまで神として祭り上げることが正しいはずがないからです。

神は、この世界のすべてをつくられた創造主である神のみであって、他のなにものも神ではないからです。神は唯一全知全能の神のみであり、他のなにものも神にはなれないからです。

にもかかわらず、他の多くのものを神として祭ってしまった神社神道など大間違いであり、だから、そんな神社などいってお参りしてもご利益などないといっているのです。(宿泊所であった寺はもちろんですが)

元々の始まりが間違っているからです。神の心とは大間違いのところから始まっているからです。

だから、神社などいって祈っていると逆に罰が当たりますよ。当たった人いませんか。神社にお参りなどいき、それからなにか調子が悪いなどという人はです。

それはそうなります。神社に神のご加護はないからです。それどころか本当の神の教えであった古神道を曲げてしまったものとして、神は神社神道に怒りさえ感じているはずであるからです。

ここまで日本の元々ある信仰を否定してしまっては、それは私も嫌われるのでしょうが(苦笑)しかし、事実は事実です。そうして私は口だけではなく、その証拠も(奇跡も)ちゃんと現わしています。

正しい信仰を行いませんか。少なくとも日本に元々あった古神道に戻しませんか。神社などはです。(人を祭るのはやめて、そこを神の教えを説く説法の場とする)

そうしないと日本に起きてくる災いは増えこそすれ減ることはないからです。

よいことが起きてきてこその信仰です。そのよいことが(奇跡が)常に起きてくる神理を信じ行うことです。

そうすれば災いは奇跡へと変わっていくからです。

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