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11月 06 2012

ソドムとゴモラ

10:33 AM ブログ

旅の僧の格好をした三人の御使いが、アブラハムの住む家の近くにある大きな木の近くに現れ、アブラハムに「これからソドムの町に行き、多くの奇跡を起こすであろう」と伝えます。

それを聞いたアブラハムは驚きました。そして「ソドムの町に十人の心正しき人がいれば町を助けてほしい」と懇願します。

三人の御使いたちはそれを承諾し出かけていきました。

三人の御使いがソドムの町に行くと、町は快楽と果てしなく続く肉欲と同時に、すべての欲が絡み合い、地獄の様相を呈していました。それは悲しく壮絶な光景であったのです。

ソドムの者どもは、三人の御使いを見ると危害を加えようと寄ってきましたが、その時、この御使いたちから、目がくらむほどの光が四方に放たれます。これはこの御使いたちの心の光、光子体(霊体)の光でした。

その光によって、周りに寄ってきていたソドムの町の、多くの者どもの目が潰れてしまいます。

このソドムと、そうしてゴモラの町の者どもの、心を一瞬で見抜いた三人の御使いたちは、ソドムとゴモラの町を廃墟にします。(たった十人の心正しき人も、ソドムとゴモラの町にはいなかったということです)

このソドムとゴモラの町が廃墟になったのも、そこに住む人々の心がそうしたのであり、三人の御使いたちではありませんでした。(三人の御使いたちは、そこに住む人々の心にあわせて行っただけであり、そこに住む人々の心がそれを望んだのです…断っておきますが、このソドムとゴモラの話はただの伝説ではありません。実話です)

現在の名古屋もソドムとゴモラの町と等しいことが起こりつつあります。

ソドムとゴモラの町は、快楽と果てしなく続く肉欲とすべての欲が絡み合っていた、といわれますが、名古屋も繁華街など行けば似たようなものでしょう。

もちろん、ソドムとゴモラの町の人々も神など信じなかったでしょうし、名古屋の人々も同じです。神など信じないでしょう。

では、ソドムとゴモラの人々は御使いの言葉など信じなかったでしょうし、名古屋の人々も(特別名古屋に限ったことではありませんが)私の言うことを信じません。

ソドムとゴモラの町を滅ぼした御使いとは、ミカエル、ガブリエル、ラファエルの三人の七大天使でした。

今、名古屋にその七大天使が来ています。相変わらず救急車のサイレンは止まりませんが、この近辺の方々は、このサイレンを毎日のように(何度も)聞き何を思われるのでしょうか?

この救急車のサイレンが(それは急病人が出ているということですので)七大天使の御業が現れている証拠です。

ソドムとゴモラの町は一夜にして廃墟となりました。

七大天使の御業を無視し続けるのであれば、名古屋もそうなるでしょう。

ソドムとゴモラの町が滅んだのは、そこに住む人々の心がそうしたのです。

そうであるならば、この名古屋に、七大天使の御業が現れているのは、私のせいでしょうか?それとも、そこに住む人々のせいなのでしょうか?

(心正しき人であったアブラハムは数奇な人生を歩まれます。では、このアブラハムとは一体誰であったのでしょうか?この方こそ後にイスラエルに生まれ、偉大な奇跡を数々現され、多くの人々を救われたイエス・キリストであったのです)

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