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8月 12 2026

神理のタネ

10:55 AM ブログ

台風15号は大きな被害もなく過ぎ去っていきそうですかね。

だといいんですが、しかし、今回の台風は、それほど勢力が強くなくて暴風域がなかった割には、風の影響が出ていますよね。だって、山にはえている木がバタバタ倒れて線路はふさぐわ、道路はふさぐわ、街路樹がまた根こそぎ倒れるわで、あちこちの木がたくさん倒れたんですよね。

そんな倒木被害がかなりひどいようではないですか。こんなに倒れるものでしょうか。十数メートルの風くらいではえている木がです。

このくらいの風でこれでは(風速25メートル以上の)暴風域がある台風などきたら、そこらじゅうの木が軒並み倒れるということになります。あまりに倒れすぎていませんか。最近は木がよくです。

だからこれもまた災いでしょうね。また学者は、根腐れだの、老朽化だの、気温上昇だの、思いつくあらゆる原因を並べ立てるのでしょうが、そうはいってもいきなり人がいる方に倒れてきた大木もたくさんあります。(今回の台風では幸い人のいるところに倒れてきた木はなかったようですが、しかし、道路や線路などのインフラはかなりやられたようです)

これもまた災い(禍)だと思いますよ。植物禍。クマやイノシシ、シカなどの動物禍同様に災いが増えているのです。

罰当たりな人が多いからです。いつまでも神を思おうとしない不遜な人が多いからです。そうするとこうなるということです。どんどんどんどん災いが増えてくるということです。

いい加減、理解しませんか。神理をです。そのような神のことについて正しいことをいっているのは、この正法神理だけであるからです。

しかし、こちらは少しは理解する人も出てきましたかね。最近調子がいいからです。どこかの球団もです。

昨日は珍しく勝ちましたよね。どうせ連勝のあとは連敗が続くのであろうとこちらは思っていたのにです。

しかし、昨日は連勝のあと一度負けたのにすぐにまた勝った。少し心変わりする選手も出てきましたかね。神理に感謝しないといけないと思う選手もです。

そう願いたいものです。そういう選手が出てきていて、神理に感謝(布施)出来るなら、ここからどこかの球団はより調子がよくなり、クライマックスシリーズ(CS)にもいけることになるからです。

しかし、そうではなくまだ神理の無視を続けるなら、またすぐに調子が悪くなり連敗が続いて、今シーズンも終わってしまうからです。

球団創設90年を台無しにするか、それともここから盛り返すかは(奇跡を起こすかは)今の選手の心にかかっています。(謙虚に神を思えるか、思えないかの)去年を思い出してください。

去年も同じことが起きたのです。同じような時期に調子がよくなって、同じようにこの調子ならCSにいけると騒がれたのです。(こちらの地元では)

しかし、そう騒がれだしたとたん調子を落として、結局CSにはいけなかったのです。

同じ間違いを今年も繰り返すのですか? いい加減進歩しませんか。神に対してです。それが出来ないから、これだけひどいことも起きているからです。

しかし、神に対しては考えを進めようとしない人たちばかりですからね。だから、動画の方の視聴回数も全然増えない。

本当の神の教えを伝えているというのに、視聴回数が10回、20回ってどういうことでしょう。(苦笑)

しかし、私の動画の視聴が1回でも2回でも増えていくなら、その動画を観た人の心には確実に神理のタネがまかれたことになります。今まで神理にふれたことがない人が、少しでも神理にふれるなら、それだけでその人の心の中には神理のタネがまかれたことになるのです。

そうして、その心の中にまかれた神理のタネはどこかで芽が出てくることになります。それがいつかは分かりませんが(今生のうちに芽が出るか、それとも来世か、再来世か、それは分かりませんが)しかし、必ず芽は出るのです。

それが神理という真の神の教えであるからです。

そのためにいま私は一生懸命タネまきをしているということです。神理のタネまきをです。

キリストは、このようなタネをまく人のことを次のようなたとえ話で話されています。

「種をまく人が、種をまきに出ていった。まいている間にある種は道端に落ちて人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。他の種は石地(いしじ)に落ち芽は出たが、水気(みずけ)がないので枯れてしまった。他の種は茨(いばら)の中に落ち、茨も一緒に伸びて押しかぶさってしまった。また他の種は良い土地に落ち、はえ出て百倍の実を結んだ」

キリストは、このような話をされてから、大声で「きく耳のある人はききなさい」と叫ばれたそうですが、私が今していることはまさにそれなのです。

神理のタネをまいているところであるということです。そうしてこの神理のタネは、踏みつけられても、鳥に食べられても(その鳥の糞からまた復活する)どんな水気のないところでも、そうして茨にはばまれても、最後にははえ出て百倍の身を結ぶことになるのです。

神理のタネとはそのようなものであるからです。ただ、キリストはそのような事実を事実のままに話されなかっただけであるからです。(神理を説く時間や、その時の状況でたとえ話は違ってくるからです。しかし、神理の本質は変わらないのです)

だから、ソロソロです。このブログを長く見ている人たちはきく耳のある人であるのですから、もうきかないといけないということです。

それをきかないからこれほどの災いも起きているからです。

きく耳のある人はいい加減そのような事実をきいてもらえませんか。

こちらはもうずっと神理のタネをまき続けているのだからです。

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