11月 01 2026
傲慢と大間違い 反省の行為
昨日も(どこかの会社はもちろんですが)烈火のごとく怒っているところがありました。
皆さん、滅びる気満々のようです。
よくここまで態度を間違えるものです。そのような天罰が止まらない時は、自分たちが悪うございましたと頭を下げないといけないのに、なんと現代の人たちは、こうなったのはお前のせいと全部こちらのせいにしている。
「こっちは、ただ歩いてただけだよな。それで一方的に嫌がらせをしてきたのはそっちだよな。それで起きてきた悪いことまでこっちのせいか」と声をかけると、急に黙ってしまうくせにです。
昨日の烈火のごとく怒っていたところもそうです。私がそういうと急に静かになりました。
本当にバカなんですかね。どこをどう取っても自分たちが悪いのに、悪いことが起きてくると、もうそのことだけにとらわれて、自分たちがしていた行いなどどこかに飛んでしまい、全部それを私のせいにしている。
愚かという以外、他に言葉が見つからないのですが、こういうところを傲慢というのです。
昔の人たちなら、そういう悪いことが起きてくると、まず自分の行いが頭に浮かんできたのですが、今の人たちは悪いことが起きてきても、少しも自分たちの行いは浮かんでこないようです。自分の行いよりもすぐに他に原因を探すようです。
だから、こちらの人たちは、悪いことが急に起きだすと、それは私のせいとすぐになるのだし、他の人たちも災害などたくさん起きてくるなら、それは温暖化、気候変動などということになるのです。
自分たちの行いをまるっきり無視しているからです。
そこに大きな間違いがあるということです。昔の人たちは悪いことが起きてくると、そのような悪いことは自分が悪いことをしているから、そういうことが起きてくると、この悪いことは自分が原因とまず自分を反省した。
だから、そのような悪いことはすぐに止まったのです。
しかし、現代の人たちは悪いことが起きてきても、自分を反省することなく他の原因を一生懸命探して他を原因としている。
だから、そのような悪いことはいつまでたっても止まらないのです。
その原因が間違っているからです。原因が正しければ悪いことは止まるはずであるからです。それが道理であるからです。
だから、それに尽きるのですが、その道理をどうしても現代の人たちは認めない。だから、悪いことが止まらない。止まらないどころか、悪いことがどんどんひどくなる。
そのような道理が分からないからです。自分の責任は一切認めずすべて責任転嫁しているからです。
それでは、その悪いことが起きている正しい原因が分からないということになりますので、だから、災害はどんどんひどくなり、家は壊れ、町は壊れ、働くところもなくなって、病人けが人が続出、〇人まで出ているというのに、それでも自分たちの間違いが分からず(認めす)責任転嫁をし続けている。
それでこのような悲惨なことになっているということです。そのような人たちが間違いをし続けているからです。
いい加減にしませんか。その傲慢さ(自分の悪いところを認めない)大間違いが原因でこのようなひどいことに現代はなっているからです。
だから、あれが原因、これが原因ではないのです。その原因の根本は自分にあるのです。自分の心と行いが悪いことが、自分に悪いことが起きている本当の原因であるからです。
だから、昔はすぐに悪いことが止まったのです。悪いことが起きれば昔の人はすぐにまず自分の行いを反省したからです。
善因善果、悪因悪果は神理であるからです。だから、悪い因である自分の悪いところを反省して自分で取り除くなら、自分の回りに起きている悪いことは当然止まるのです。
しかし、現代の人たちは、その自分の悪いところを少しも取り除くことなく(反省することなく)他に(無理やり)原因を求めるから、いつまでたっても悪いことが止まらない。
その原因が間違っているからです。
これが現代に災いが起き続けている理由なのです。悪いことが起き続けている原因をずっと間違えているから、ずっと悪いことが止まらないのです。
昔の人のようにまず自分を反省し、自分が悪かったと頭を下げるなら、こちらで起きている悪いことはすぐに止まるのです。そうしてひどい災害も自分たちの行いを反省し、神を信じもっと心に愛を持つなら、やはり止まるのです。
昔の人たちが、ひどい災いなど続くと神に詫びを入れ(これが神を信じる反省の行為)お供えをして(これが愛の行為)天なる神に祈ったというのは(もう悪いことはいたしませんと)それは正しい行為であったからです。
そんなの迷信ではなく、そのような行いをしたから、ひどい災害は止まったのです。
そのような行為は自分たちの反省の証(あかし)として神も認められたからです。
だから、現代の人たちはそれをしないから(そういう心にならないから)災いが止まらないのです。
私は、祈って台風の災害を防いだことも、大雨を止めたこともあります。そうして渇水のところに大雨を降らせたこともあるのです。もちろん病気を癒したこともです。
そうして、そのような災難はどうしたら防ぐことが出来るのか、そのような災難に遭わないにはどうしたらいいのか、それを毎日のように伝えてもいます。
その私に対し、感謝もせず、無視や嫌がらせをし続けていて、そのようなところはまったく反省せずにいて、それで悪いことの責任転嫁をし続けていて、本当によいと思いますか?
それではいけないから、それだけ悪いことが起き続けているのです。



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