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12月 27 2012

反省を知らない者の愚かさ

10:39 AM ブログ

安倍内閣が発足しました。まさにそうそうたるメンバーで、オールスター総出演といったところでしょうか。懸案事項を一気にやってしまおうという、安倍総理の気概が感じられます。

しかし、別の総理をはさんでの再登板は、安倍総理が戦後二人目とのことですが、全然知りませんでした。(もっと何人かの方がみえるとばかり思っていたものですから)この時点でもう歴史に名を残されましたね安倍総理は。(笑)

すでに歴史に名を刻まれたのですから、より頑張っていただかねばなりません。期待しましょう。(未来の党は早くも分裂だそうですが、まったく分かりやすすぎますね、呆れてしまいます)

せっかく正法の世にすべき安倍内閣が発足したのに、肝心の法の流布はちっとも進展しません。あまりの遅さに情けなくて涙が出ます。(涙)

それにしても参りましたね、この硬直状態は。これだけ皆さん法に対して、感謝の心も行為もないとなると私もやりようがありません。仕方がないので、もう少し辻説法の話を詳しく書きましょう。

今でいう辻説法は、もちろん釈尊在世当時もありました。釈尊も他の弟子たち同様、辻説法をしながら布施をもらわれていたのです。

いくら釈尊とはいえ、いろいろな場所で説法をされるのですから、中には釈尊のことを知らない人もいて、釈尊が説法をされても布施してもらえない時もありました。釈尊でも、何も布施してもらえなかった時など、一日食事をされなかったこともあったのです。

しかし釈尊は、自分が何ももらえかったからとはいえ、弟子たちが布施してもらった物を、それをよこせと横取りすることなどありませんでした。今日は法に縁のある人と出会えなかったのだなあと、その日の説法を反省し、静かに瞑想にふけられていたのです。

釈尊でさえ布施していただけない時があったのですから、私のような者が、そんなにしょっちゅう布施してくれといっているわけではないのです。

もう何年も前から私はこのブログを書いています。このブログには神の教えが書かれてあるのですから(それはすなわち辻説法をしていることと同じなのですから)毎日のようにこのブログを読んでいる人は、せめて年に一度か二度くらいはお気持ちだけで結構ですから、布施していただけませんか、といっているだけなのです。(いってはいけませんが、それが法を聞いている者の、当然のしなければならない報恩の行為でもあるからです)

しかし、そのような申し出さえ多くの人は拒否しているのです。そればかりか自分の考えと合わないと、嫌がらせまでしてくるというのですから、もう目も当てられません。

自分がおかしいと思うのであれば、私がいう申し出を受け(年に一度か二度の布施)そうして、ここのところはおかしいのではないかと、堂々と直接私に意見をいうなり、コメントをするなりすればいいのですが、そういう筋は一切通さないのです。

ただで見るだけ見て、気に食わないことを書けば、嫌がらせだけはキッチリしてくるのですから、これでは子供とかわりません。といより礼儀も何もあったものではないのですから子供以下です。こんなことを続けていれば当然ではありますが、よいことは起きてきません。私の周りで異常なことが起きているのも、ある意味当然のことではないでしょうか。

ずいぶん私に対して失礼なことをしているのですが、そんなことはやっている人たちは少しも思わないのです。一人の人間として、ずいぶん恥ずかしいことをしているということに気づかないのです。

そうして何か悪いことが起きれば、あいつが悪い、あいつのせいだ、といってまた嫌がらせをしてくるのです。

これで救われるのでしょうか。こんな(子供以下の)ことをしていて、悪いことが起きれば私や神のせいにしているから、私はそんな人たちを「バカだ」といったのです。

釈尊は世の中で一番悪い人は“知るべきことを知らない人である”といわれました。

そのような知るべき礼儀を知らず、この世に生まれ絶対に知らなければならない“法”(本当の神の教え)を唯一伝えている私の価値が分からない、そのような人ほど愚かな人はいません。

釈尊でさえ反省はされていたのです。釈尊の境地に遠く及ばない私たちが、それを忘れてしまうようでは、救いようがないバカということになります。

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